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Point of view [2019.05.10]

第134回 熊野英生

生産性上昇、誤解と正解

熊野英生 くまの ひでお
株式会社第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト

1967年 山口県生まれ。1990年3月 横浜国立大学経済学部卒、1990年4月 日本銀行入行。同行調査統計局、情報サービス局を経て、2000年7月退職。2000年8月 第一生命経済研究所入社。2011年4月より現職。専門は、金融政策、財政政策、金融市場、経済統計。日本ファイナンシャル・プランナーズ協会理事。著書に、『本当はどうなの? 日本経済―俗説を覆す64の視点』(日本経済新聞出版社)、『なぜ日本の会社は生産性が低いのか?』(文藝春秋)など

テーマの丸投げより、5W1Hをはっきり

 2019年4月から働き方改革が本格的にスタートした。残業時間の上限規制と年次有給休暇5日以上の消化である。これらは政府が定めたルールであり、生産性上昇とは直接関係がない。民間企業は、長時間労働の是正とは別に、生産性上昇について各自で考えなくてはいけない。
 もっとも、歓迎したいのは、民間企業が政府に頼まれたからではなく、自発的に生産性上昇について真剣に取り組もうとしている点だ。筆者がみる限り、正社員だけでなく、契約社員、派遣社員など職種の違いを超えて活動の輪が広がっている。
 ただ、残念なのは生産性という言葉だけが独り歩きして、組織のメンバー全員が気炎を上げているのに、実はほとんどの人が何をしてよいか分からずに右往左往している点だ。そして、会議縮小やコピー枚数削減、ペーパーレス化など従来からの経費節減をなぞっているだけに思える。何かにつけ頑張ってみて、生産性上昇という目標に向けて動き回るだけでは、組織のリソースを空回りさせているにすぎない。
 よく言われる5W1Hを確認すると、誰が(Who)、どこで(Where)、いつ(When)、何を(What)、なぜ(Why)、どのように(How)するのかが明確でないと、活動がひどく混乱してしまう。全体像が共有されずに、ミッション(使命)だけが現場に丸投げされると、その手の改革は失敗するのが常である。そこで本稿では、生産性上昇の取り組みにおける、誰が(Who)、何を(What)、なぜ(Why)、どのように(How)について、あらためて考えてみたい。なお、いつ(When)、どこで(Where)は生産性の測定と把握の問題であり、より複雑な議論となるため、別の機会に譲ることとしたい。

何が生産性なのか(What)

 まず、はっきりさせたいのは、生産性が「成果を上げること」を目的としていることだ。作業効率はその次である。そして、生産性の追求とは成果を優先に考えて、仕事の流儀やバックアップ体制を柔軟に見直すことだ。筆者も長く同じ仕事をしていると、バックアップがほしい場面がよくある。そうした場面でバックアップがないと、せっかくのチャンスを取り逃す。営業や製造現場でも、バックアップがあればもっと高い成果を得られることはあるだろう。
 何(What)が成果なのかは、組織の役割分担によってさまざまに異なるが、組織の成果がどのように生み出されているかをメンバーの誰もがよく理解しなければ、有意義にはワークしない。このことは、対極にある状況を考えると分かりやすい。例えば、セクショナリズムである。自分が成果のためにバックアップがほしいと懇願しても、「自分には関係ない」とか、「決められた仕事でない」とか、言い訳を探して返答されると、そこで成果は損なわれる。
 理想は、組織の成果がどのように生み出されるかをメンバーが知悉して、そこから自分の役割の中で、何が成果に一番貢献できるのかを逆算して考える状態である。特に、バックオフィスのスタッフは、顧客に接するフロントのメンバーが働きやすい環境をつくることが最重要だ。フロントのメンバーは時間が制約されて、しかも他社との競争にさらされている。成果に近いところにいるフロントの人たちに内部的な作業を課することは、間接的に成果を損なっている。成果に近いメンバーをバックアップして、彼らが自由に活動して、成果の追求に集中できるようにすることが、生産性の第一原理となる。
 実は、「生産性とは成果の追求である」と述べると、誤解されやすい点が二つある。一つは、成果は成果主義ありきで、うまく管理されているという錯覚だ。基本的に組織活動の成果は1人(個業)では生み出せない。それなのに、成果主義では便宜的に一人ひとり独立した成果が成り立っている体裁をとる。しかも、最近は、組織の中に年長者や役職者が増えて、彼らの多くはチーム自分一人で役割をこなしている。筆者が多くの会社の人から話を聞いたところ、異様に多くの人が"ぼっち仕事"で何年も一人仕事を切り盛りしていた。そして、彼らは、自分がその組織からいなくなると、その仕事が消滅すると憂えている。一人仕事の人を増やして、そこに成果主義を当てはめることが、組織の生産性追求に望ましいとは到底思えない。
 もう一つは、成果の追求を少ない人数で行うことが、生産性上昇だという誤解だ。この誤解は本当に多い。「生産性=アウトプット÷インプット」だから、インプットを減らせば、生産性が上がるとみなす。この誤りは後述するが、組織全体で人員や予算を増やせないから、現場からの人員増などの要求を断るレトリックとして、生産性を使う。そうした組織は、成果を優先しているのではなく、予算管理・人員計画を守ることを隠れた最優先事項にしている。

ではどうやって実現するか(How)

 新しい成果を得るには、インプットを行って、今まで以上のアウトプットを模索する。そのときのインプットのことを投資という。投資することが、生産性上昇を行うときのHowになる。考えてみれば当たり前のことだ。ただし、何でも投資を増やせば成果が上がるという筋合いではなく、投資の内容を吟味し、試行錯誤を繰り返すことになる。投資の繰り返しが資源の浪費とならないように、投資の経験知として蓄積していく必要がある。投資がアウトプットを増やす原動力だと考えると、インプットを削減する発想が生産性に逆行することだと分かるはずだ。
 また、投資に回す人的・物的資源は、既存の業務を効率化して節約することで捻出する。投資のプロセスは、①効率化して余力を捻出する、②余力を投資する、③投資の試行錯誤を行って成果を上げる――その結果として、限られたインプットに対して、高いアウトプットが得られた格好になる。投資の結果として、高い生産性を獲得できるのは、投資を行って成果が得られたからである。
 ピーター・ドラッカーは、自分の仕事を細かく記録して、既存の仕事に要する時間を最小限にせよという。そして、生み出された余裕を「明日のための投資に充てよ」と述べる。
 ここで誤解されやすいのは、余裕時間を使った投資が失敗したり、すぐに成果につながらないことを非効率とみて止めることだ。それは間違いだ。投資の収益性を事前に見透すことはできないので、試行錯誤を繰り返して事後的に高めるしかない。

誰が(Who)、どうして(Why)行うのか

 生産性上昇に向けた活動は、営業など業績が見えやすい部署、フロントだけが集中すればよい問題ではない。フロントの成果は、組織全体がやる気に満ちているときに高まる。その理由は、ある目的をメンバーが共有しているとき、特にバックオフィスの人が献身的に働いてくれることで、フロントの人たちの活動の自由度が増し、成果を持続的に高めることができるからだ。献身の反対語は保身であるが、バックオフィスの人たちが自分のポジションを守りさえすればよいと思って働いていると、フロントの人たちは細かなトラブルに時間を食われて成果を出しにくい。とりわけ、経営者が率先して汚れた仕事をやる姿は、フロントの人たちに献身を感じさせる。皆が献身を美徳として、利他的に働くとき、組織全体の成果は高まる。これがチームワークの正体だ。生産性上昇は、誰が(Who)主体かという問いの答えは全員であり、それも自明であろう。
 これに絡んで、なぜ生産性上昇が必要かというWhyの説明をしたい。メンバーの中でバックオフィスの人たちは、成果主義にはなじまず、期ごとの変動を抑えた固定給が中心である。固定給の人にとっての報酬の一つは、合理的に働くことだ。自分の仕事がきちんと成果に結びつき、無駄なく役立っているという実感は、働きがいにつながる。この働きがいがないと、献身も利他も生じない。生産性を追求することは、固定給の人々の心の勘定(メンタルアカウンティング)に報酬を与える。生産性上昇は、そうした意味で組織のメンバーの求心力づくりにも役立つものである。

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