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Point of view [2018.11.23]

第123回 熊代 亨

モチベーション源としての他者の重要性

熊代 亨 くましろ とおる
精神科医

1975年生まれ。信州大学医学部卒業。地域精神医療に従事する傍ら、現代の社会適応や心理的充足について、ブログ上で発信を続けている。"精神科臨床の「診察室の風景」と、ネットコミュニケーションやオフ会からみえる「診察室の外の風景」との辻褄合わせ"に拘っている。著書に『若者をやめて大人を始める』(イースト・プレス)、『認められたい』(ヴィレッジブックス)、『「若作りうつ」社会』(講談社)など。

 私は精神科医として精神疾患の治療に携わる一方、精神疾患に含まれないモチベーションの問題や、精神疾患では説明できない社会適応の問題に関心を持ち、著述家として活動し続けてきました。精神科医として「病気」に該当するものをrule outしながら、「病気ではない」現代人の心理にフォーカスを当て、それらについて考えていくのが私のライフワークです。

「他者がモチベーション源になる」という事実

 さて、人はどのような状況で意欲的に仕事や活動に取り組むものでしょうか。仕事や活動が金銭をもたらしてくれる時や、業績(成果)につながる見込みがある時は、そうでない時よりも人は意欲的に働きがちです。このような側面は決して過小評価してはいけないように、私は思います。
 しかし、それだけで人のモチベーションを説明するのは困難です。ある程度の給与やポストを与えられているにもかかわらず、必ずしも意欲的に仕事や活動に取り組めない人はどこの業種にもいます。
 そうした人の中には、稀ならず、うつ病などの精神疾患を抱え、その精神疾患によって意欲を喪失してしまっている人もいらっしゃいますが、あくまでそれは精神医療上の問題であり、精神科や心療内科への受診につなげていただくべき問題ですから、ここでは深入りしません。

 ここで強調したいのは、人は、他者との人間関係を介してもモチベーションを獲得するということ、その効果は案外ばかにならないということです。
 20世紀の心理学者のアブラハム・マズローは、人間の欲求を5段階に分けた、「欲求段階説」というモデルを提示しました[図表1]

[図表1]マズローの欲求5段階説

 マズローのモデルでは、人のモチベーション源は状況によって変わり、衣食住のような生理的欲求が充たされ、身の安全も確保されるようになると(図の青色部分)、モチベーション源としてより上位の社会的欲求(図の赤色部分)が優勢になる、とされています。今日の先進国では生理的欲求や安全欲求は当然のように充たされているため、人間関係にまつわる欲求がおのずと優勢になります。
 他人に評価されたい欲求(承認欲求)や、仲間意識や所属感を獲得したい欲求(所属欲求)などは、その最たるものでしょう。

 マズローの欲求段階説が書かれたのは50年以上前のことで、このモデルは必ずしも生物学的根拠に裏打ちされたものではありません。にもかかわらず、多くのビジネス書や教育書の中で頻繁に引用されるのは、学習や就労へのモチベーションをこれほど分かりやすく整理しているモデルがなかなか現れないからなのでしょう。
 上司と部下の人間関係や、同僚同士の一体感などによって、個人や組織のモチベーションは上がりも下がりもします。「なぜ、彼はポストや給与に見合ったモチベーションを発揮していないのか」「なぜ彼女はあんなに熱心に仕事に取り組んでいるのか」といった疑問が湧いた時には、組織内の人間関係をつぶさに観察し、個々のメンバーが承認欲求や所属欲求を充たせる状況なのかチェックしてみてください。そうすることで、いくつかの「なぜ」に答えが見いだせることがあります。

「自己実現人間」にはなりにくい。が、よい影響を受けることはできる

 さて、「欲求段階説」では、モチベーションの三角形の頂点に自己実現欲求なるものが配置されています。
 20年ほど前には、この自己実現欲求が流行の言葉となった時期があり、当時の書店には、この名を冠した自己啓発書が平積みされていました。しかしマズロー自身は、誰もがこの自己実現欲求に目覚めるとは主張していません。
 彼が著書の中で自己実現的人間として例示していたリストには、リンカーンやトマス・ジェファーソンら、そうそうたる顔ぶれが並んでいて、彼らの美質もたくさん数え上げられていますが、こういった人物になりおおせるのは簡単ではないでしょう[図表2]

[図表2]自己実現的人間としてマズローが挙げていた人物の例

現代人で、かなり確実なもの……7名
現代人で非常に可能性のある者……2名
歴史上の人物でかなり確実な者……2名
(晩年のリンカーンとトマス・ジェファーソン)
有名人および歴史上の人物で非常に可能性のある者……7名
(アインシュタイン、エリノア・ルーズベルト、ジェーン・アダムズ、
 ウィリアム・ジェームズ、シュバイツァー、オルダス・ハックスレー、スピノザ)

資料出所:『(改訂新版)人間性の心理学』A・H・マズロー著 小口忠彦訳
(産業能率大学出版部)

 とはいえ、こうした著名な人々に限らず、私達の日常に近い領域でも自己実現の境地にたどり着いたとおぼしき人が皆無なわけではありません。
 生理的欲求や安全欲求はもとより、承認欲求や所属欲求もほとんど気にすることなく、もっと裾野の広い次元にモチベーションの源を据えている人物は確かに存在します。
 例えば、私にとって間近な精神医療の世界には、高い志でたくさんの人々を導いてきた人物、たくさんの人の成長を見守ってきた人物がそこここに見つかります。そのような人物にたまさか巡り合うと、私は胸が打たれるような思いがして、たとえ彼らと同じにはなれないとしても、「私も、自分が為すべきことを為さなければ」という思いが湧いてきます。
 承認欲求や所属欲求では説明困難な、より高い次元にモチベーションを置いている人には、人の心を揺り動かすような、一種独特の力があるように体感されるのです。もちろんこれは医療業界に限った話ではありません。ものづくりの世界、サービスの世界、政治の世界にも、自己実現した人は見いだせることでしょう。そしてそれぞれの分野において、たくさんの人の心を動かし、たくさんの人を導いていることでしょう。

 私たち一人ひとりが自己実現の境地にたどり着くのは難しいかもしれません。しかし、既に自己実現の境地にたどり着いた先達から好影響を受け、モチベーションを新たにすることはそれほど難しくはありません。
 自己実現の境地にたどり着く人は、その性格上、比較的人生のキャリアを重ねた人が多いように見受けられます。ただし、役職の高い人とは限りません。案外、事務のおばさんがそのような境地にたどり着いていて、周囲の人々を導いている……なんてこともあったりするのです。そういう人をよく見極めて、組織のモチベーションの"味噌麹"として活躍していただくのも、大切なことだと思います。モチベーションの源は、あればあるほどいいでしょうから。

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