Point of view [2016.06.10]

第64回 中野円佳

"時短の罠"の原因と対策


中野円佳  なかの まどか
女性活用ジャーナリスト・研究者

東京大学教育学部を卒業後、日本経済新聞社に入社。金融機関を中心とする大手企業の財務や経営、厚生労働政策などの取材を担当。育休中に立命館大学大学院先端総合学術研究科に通い、同研究科に提出した修士論文をもとに2014年9月、『「育休世代」のジレンマ 女性活用はなぜ失敗するのか?』(光文社新書)を出版。2015年4月より㈱チェンジウェーブに参画。東京大学大学院教育学研究科博士課程在籍。

 

企業の人事担当者と話す中で、「保育園は18時まで預かり可能なはずなのに、15時半に帰る人がいる。どれだけ遠く住んでいるのか」「時間が余っているので買い物をしてから迎えに行くケースもあるようだが、それは本来の使い方ではないのではないか」などの声を聞く。

一方で、短時間勤務を利用している女性側に話を聞くと、「本当はそろそろアクセル踏んでもいいと思っているが、なかなか時短の解除しどきが分からない」という本音や、「子供が今の生活リズムに慣れてしまっていて、自分のキャリアについては先が見えなくなってしまった」といった悩みが出てくる。

日本の大手企業の中には、育児中の社員向けに「小学校3年生まで」「6時間勤務から」という充実した短時間勤務制度を備えているケースが少なくない。おそらく、保育園に入れず幼稚園に入れるケースや、小学校入学後のケアまで踏まえて設計されている。

その充実した制度をフル活用してしまうゆえに、働く時間を延ばせず、それに伴い仕事の責任が縮小し、モチベーションが下がり、ますます働く時間を延ばせなくなる"時短の罠(わな)"にはまる女性が多いように感じている。人事や上司側の働き掛け、あるいは職場環境の変更により、彼女たちの仕事へのエンジンの掛け方は変わり得るのだろうか。

■「必要ないのに時短を使う」三つのケース

2014年、『「育休世代」のジレンマ』という本で、①就職時はバリバリやる気満々だった女性ほど出産後に所属していた企業を退出し、②どこかの段階で上昇意欲を調整(冷却)できた女性のほうが継続しやすい――というパラドキシカルな二極化の現象を指摘した。その②に当たるのが「管理職になりたくないと言い、時短をできるだけ長く取ろうとし、意欲を冷却させマミートラックにはまる現象」である。

※マミートラック:育児休業からの復帰に当たり、会社や上司が仕事と子育ての両立を配慮した結果、産前よりもハードルの低い仕事やポジションを割り振られ、昇進・昇格とは縁遠くなってしまうキャリアコースのこと

個人レベルでは本人が納得していれば特に問題はないのかもしれないが、組織としては意思決定層の女性が増えていかない、社会全体としては家事分担が女性に偏り続けるという帰結につながる。また、表向きは納得しているように見えても、その実モヤモヤしている当事者は多い。周囲の不満や不公平感につながっていることもあり、"時短の罠"はさまざまな不協和音を引き起こす。

短時間勤務制度を、本来の目的とややズレた形で「絶対に必要」でなくとも利用する人はいくつかのパターンに分かれる。具体的には、(1)定時まで働きたくないため時短で帰っているケース、(2)本当は定時までなら働いてもいいと思っているが時短で帰っているケース、(3)実際は定時まで働いているのに時短で申請しているケース――の三つが挙げられる。

■意欲冷却スパイラル

一つ目は、私自身も経験があり気持ちも状況もよく理解できるのだが、仕事に費やす時間と子供との時間を天秤(てんびん)に掛けて、"意欲冷却スパイラル"にはまってしまうケースがある。子供との時間を十分に確保できるよう、制度を最大限使い、早く帰れるようにする。その期間が長くなると、働く時間が少ないことで、量をこなせなかったり、成長できないと感じたりする。そうすると自信がなくなり、責任を負いたくないと感じ、ますます仕事から逃げたくなる。一方、子供は早めのお迎えに慣れきってしまう。これをなかなか抜け出せなくなる。

通常多くの管理職は、良かれと思って必要以上に仕事を減らしてあげようという「過剰な配慮」に基づく働き掛けをしやすい。女性はただでさえ、男性よりも自信を持ちにくい傾向にある。女性に「どうしたいか」を聞けば、時短を選べるのにあえて子供との時間を削ることに罪悪感を覚えることもある。ここでは、上司や人事サイドから「期待」を伝え、それなりの責任を与えていくことが必要になるだろう。

日本企業のOJTでは、通常新入社員をはじめ、慣れない業務に就く社員に対しては「少し上の球を投げる。ちょっときついかなと思いながらも、本当に無理だったらサポートする」という態勢を作って、仕事にチャレンジさせるケースが大半ではないか。そのような期待とフォローの姿勢を育児中社員にも適用してもらえれば、少しずつ意欲冷却のスパイラルから脱出することができるはずだ。

■"0か100か"ではない働き方を

二つ目は、定時までは働いてもいいと考えているにも関わらず、時短申請を解除したとたんに長時間労働が降りかかってくると思い、予防線を張ってしまうケースだ。その時点では保育園に子供が慣れて定時まで働ける状態でも、今後の2人目の妊娠可能性や小学校入学など起こり得る"次のライフイベント"に備えてブレーキを掛け続け、時短を解除できない。

これを脱するには、職場環境として「ちゃんと定時で帰れること」が必要だ。1日単位で子供の体調がイマイチな時などに、柔軟に在宅勤務やフレックスタイムに切り替えられるのであれば「毎日15時半」を死守する人は減るだろう。時短を解除したとたんに、フルスロットルで仕事が振られるのではなく、様子を見ながら増やしていくこと、そして再び別のライフイベントが発生した時にはすぐに戻せることも大事だ。

三つ目は、定時まで働き、あるいは時には残業もしているのだが、周囲が毎日"長時間の残業ありき"で仕事をしているので、申し訳なさを覚え、申請上は時短扱いにしてもらうことで処遇差を甘受しているというケースだ。実際にはそれなりに仕事をこなしているのにも関わらず、「時短の人」というレッテルで評価されないことがあり、徐々に本人の中に不公平感がたまると、処遇差に合わせた意欲冷却や、より評価される環境への転職の検討につながる。

本来、仕事の量が相対的に少ないのであればボーナスなどで調整し、周囲の負担が増えている社員がきちんと報われるような仕組みが必要だ。一方で長期的なキャリア形成にかかわる評価やアサインメントをきちんと行い、成長機会を付与していかなければならない。時短を申請しているかどうかにかかわらず、きちんと能力に応じて配置していくことが育児中の社員の意欲維持につながる。

■「働き方の多様性」を前提としたマネジメントを

そもそも、皆が残業しない環境を作ることができれば、多くの問題は解消する。また、子供がいるかどうかにかかわらず、フレックスタイムや裁量労働で、仕事が早く終わった日は早く帰ることもあり、どうしても残る必要がある日は残るという形で"0か100か"ではない働き方が増えていくことが望ましい。

従来の日本型雇用を支えていた「全員がフルコミットで働ける」という前提での人事管理やマネジメントではもはや成り立たない。今後、介護にかかわる社員も増える中で、短時間勤務をはじめとする制度の運用と、制度を公平で適切に使ってもらうための職場環境の整備、多様な働き方を支えるダイバーシティマネジメントをどう進めていくのかが、多くの企業の課題となるのではないか。

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