jin-jour(ジンジュール) |人材育成、リーダーシップ、モチベーション、メンタルヘルス対策など 人事の視点から、働く人と会社の関係を元気にする情報を発信

ログイン
MENU

メニュー

×

プロが語る 成果を上げる社員の条件【社長編】佐藤文男
セコム木村昌平会長編
[2011.10.06]

大事なのは「自分の人生を賭けるだけの価値のある志を持って仕事をする」こと ~プロが語る 成果を上げる社員の条件【社長編】セコム木村昌平会長(2)


プロが語る 成果を上げる社員の条件【社長編(1)】-セコム木村昌平会長に聞く(2/3)

木村昌平さん

(セコム株式会社 取締役会長)


インタビュアー:佐藤文男(佐藤人材・サーチ株式会社 代表取締役)
文:千葉はるか(パンクロ)

セコム会長の木村昌平さんは、大学を卒業して入社2年目ながら債務超過に苦しむ三重県の子会社に責任者として赴任し、がむしゃらに経営を学びながら短期間で業績を回復させました。27歳の時、ネットワークビジネスを前提とした「グループ5カ年構想」を創業者の飯田氏に送ったことがきっかけで、本社で企画業務に携わることになります。そして、マネジメントを通じて仕事とは何か、その本質を知ることになるのです。

●本社で仕事をするようになったのはいつごろですか?

三重では3年3カ月、働きました。本社に移ったのは27歳の時です。きっかけは、私が「グループ5カ年構想」をまとめて飯田に送り付けたことです。

私が三重にいた頃、飯田は全国の幹部を集めて「ガードマンの巡回警備をやめる」と言い出しました。当時、巡回警備は収益率が高く、ものすごい勢いで成長しているビジネスでしたから、その場にいた全員が「やめるなんてとんでもない」と反対したんです。しかし飯田は、「全員反対か。わかった、やっぱり巡回警備はやめよう」と言って、オンライン警備システムに切り替えてしまいました。契約先にネットワークをつなぎ、アラームが鳴ったら駆けつける仕組みに変えたわけです。オンライン警備システムは当時すでに出来上がっていましたが、まったく売れていなかったんですよ。しかし、フタを開けてみると、売り上げが減るどころか、オンライン警備はものすごい勢いで伸びていきました。飯田というのは、やっぱりすごい男です(笑)。

木村昌平さん(セコム株式会社 取締役会長)

ちなみに後で飯田に聞いたら、この切り替えにはちゃんとした理由があったんです。飯田は、センサーでできるようになったことを人間にやらせるのは社員を冒涜(ぼうとく)することだと考えていました。「社員には、人間でなければできない仕事をやらせるべきだ。巡回警備は一刻も早くやめなければならない。人間の尊厳の問題なんだ」、と。

私が三重で書いた「グループ5カ年構想」は、このオンライン警備システムが前提になっていました。将来、会社を支える経営資源は何かと考えた時、「ネットワークと、そのネットワークの先につながれたお客さまこそが経営資源だ」というのが私の出した答え。5カ年構想の主旨は、「セキュリティ以外にも視野を広げてネットワークビジネスをすべきだ」というものでした。

5カ年構想を読んだ飯田から呼び出され、本社に社長室ができて、私は社長室で企画担当として異動したんです。

その後は企画をベースキャンプに、情報システムや人事などさまざまな仕事を経験しましたね。株式上場プロジェクトも担当して、1974年、32歳の時に東証二部に上場。医療やコンピュータなどの新規事業や、グループの戦略企画も担ってきました。

●20代でグループ会社の経営を経験され、その後30代、40代と、本社の経営の中枢に入っていかれたわけですね。若い頃から組織を束ねる経験を数多く積んでいらっしゃると思いますが、部下を率いていく際のポイントはどこにあるとお考えですか?

人は、命令では動きません。人を動かすには、人の心に火をつけ、心を動かさなくてはならないんです。そのためには、自分が“人間力”を身につける以外の方法はないと思います。自分自身が全身全霊で仕事に取り組むこと、自分の最善を他者のために尽くしきり、チームのメンバー全員を活性化させて、最高の状態に持っていくこと。そうしなければ、チームで大きな成果を出すことはできないでしょう。

自分自身が真剣に仕事に取り組むこと、“裸”の人間として真摯に人生を歩んでいることが伝わらなければ、周囲の人はついてきません。これは言い換えれば、自分をさらけ出せるかどうか、肩書を捨てた後に残るものがあるのか、ということでもあります。上司は、部下に背中で感じてもらえるようにならなければいけません。素の自分をさらけ出せないような生活を送っていては、ダメなんです。

もう一つ、最近思うのは、「人間が生きているのはものすごい奇跡なんだ」ということ、そのことを感じていなければ部下の心を動かすことはできないのではないか、ということです。

私たち人間は、人間という生物のDNAを解読し、設計図を手に入れました。しかし、世界中の知見を集めても、単細胞生物すら生み出すことができません。DNA解明の世界的権威である筑波大学の村上和雄名誉教授は、生命というものが誕生する確率はありえないほど小さく、命を生み出すにはなにか偉大な力が働いたとしか思えない、とおっしゃっています。つまり、命があること、生きているということは奇跡なんですね。

社員でも、お客さまでも、一人ひとりが生きていることをすごいと感じられるかどうか?「この人がここにいるのはすごいことなんだ」と思え、その気持ちを相手に伝えられることこそ、大切なのだと思います。

 

木村昌平さんと佐藤文男さん(佐藤人材・サーチ株式会社 代表取締役)

●2002年にセコムの代表取締役社長に就任されました。社長になるまでに心掛けていたことがあれば教えてください。

私は、社長になりたいと思ったことはありませんでした。いつも考えていたのは、「良い仕事がしたい」ということです。

私がずっとやってきた企画の仕事でいうと、「組織人としてうまくやろう」と考えてもうまくいきません。組織人として振る舞おうとすると、企画ばかり立てて実行段階を人に任せ、うまくいかなかったら「あいつのやり方が悪いんだ」と言っておしまいになってしまいがちです。「この企画は自分のものだ、自分の事業だ」と思い、自分が背負って立たなければダメなんです。セコムの企画部門は、時期によって人数に大きなブレがありました。これは、企画を立てた人間は企画部門を離れ、その事業の長として企画を実行に移すことになっていたからです。

結局、大事なのは「自分の人生を賭けるだけの価値のある志を持って仕事をする」ということなのだと思います。

Profile 木村昌平さん(セコム株式会社 取締役会長)
1943年生まれ、北海道出身。1967年に同志社大学文学部を卒業し、日本警備保障(現セコム)に入社。翌年、日本警備保障三重に出向し総括部長。1972年に企画管理課長、1975年電算部長、1978年企画室長、1982年人事部長、1985年取締役、1988年常務取締役、1995年専務取締役などを経て、2002年に代表取締役社長に就任。2005年4月より現職。  

profile 佐藤文男(佐藤人材・サーチ株式会社 代表取締役)
一橋大学法学部を卒業後、総合商社、外資系証券会社、メーカーといった異業種においてキャリアを積み1997年に人材サーチ(ヘッドハンティング)ビジネスへ。2003年に佐藤人材・サーチを設立。
著書は共著1冊を含め転職に関する本を12冊出版。 主な著書に『40歳からの転職術」(日経BP社)、『ヘッドハンティング・バイブル』『転職後、いい仕事ができる人の条件』(共に経済界刊)。今年3月に『転職のバイブル2012年版』を経済界より出版。
佐藤人材・サーチ ホームページ: http://www.sato-jinzai.com/


労務管理、人事評価、ハラスメント対応など充実のコース!

労務行政eラーニング 詳しくはこちら

禁無断転載
▲ ページの先頭に戻る

ログイン

×

人事・労務に役立つ商品・サービス検索

  • カテゴリとジャンルから検索

検索

注目商品ランキング 新着商品