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プロが語る 成果を上げる社員の条件【佐藤文男】
メンタルトレーナー 田中ウルヴェ京さん編
[2011.06.01]

メンタルトレーナー 田中ウルヴェ京さんが語る“デキる社員”の条件~自分が好きなことは続けられるし、のめり込むことができる(2/3)


各分野のプロが語る 成果を上げる社員の条件(23)

田中ウルヴェ京さん

(メンタルトレーナー/コーピングコーチ)

インタビュアー:佐藤文男(佐藤人材・サーチ株式会社 代表取締役)
文:千葉はるか(パンクロ)

各分野で活躍されている10人の方にご登場いただき、“デキる社員”にはどんな思考、行動様式が求められるのかを解き明かす本シリーズ。第8回のゲスト、メンタルトレーナーの田中ウルヴェ京さんは、1988年のソウル五輪において、シンクロナイズドスイミング(デュエット)で銅メダルを獲得。一躍、全国民からの注目を集めました。しかし、そんな「絶頂期」の後、田中さんに大きなキャリアチェンジの機会が訪れたのです――。

メダリストなんて、引退して、何も始めなければ、ただのスポーツ選手にすぎない

―オリンピックで見事、銅メダルを獲得されました。大きな目標を達成された後、どのような道に進もうと考えていらっしゃいましたか?

その当時は、21歳の大学4年生だったわりには、自分のキャリアプランについては、まったく考えていませんでしたね。メダルを取ったころは、「私は日本一偉い人間」というくらいの気分でした。ソウルから帰国する飛行機の中で、日本を見下ろしながら「みんな私のことを知っているんだな、ふっふっふ」なんて考えているような勘違いな人間でしたから(笑)。いまから思うと本当に精神的に未熟ですね。

田中ウルヴェ京さん(メンタルトレーナー/コーピングコーチ)

参考資料 ソウルオリンピック 第15日の決勝記録(1988年10月1日)
◇シンクロ・デュエット◇
1.キャメロン、ワルド(カナダ)197.717
2.S・ジョセフソン、K・ジョセフソン(米国)197.284
3.田中 京、小谷実可子(日本)190.159
4.シューラー、カプロン(フランス)184.792
5.ボス、シンガー(スイス)183.950
6.チェルニアエワ、チトワ(ソ連)182.667
7.シャーン、グッドウィン(英国)179.075
8.L・カンディーニ、カルデナス(メキシコ)176.833

でも実際に、飛行機を降りたらカメラのフラッシュがものすごくて、テレビの取材も続きますし、「私ってすごい!」とさらに勘違いしてしまったんです。その後、2年くらいはちやほやされる状況が続きました。当時はバブル経済のころだったこともあって高い講演料で講演の依頼もたくさんあり、「私はもう成功したから、後は余生をどう過ごし、元メダリストとしてどう社会に貢献すべきか」としか思っていませんでした。

でも、メダリストなんて引退して、何も始めなければ、ただのスポーツ選手にすぎない。世間のことを何にも知らず、当然、社会経験もないわけですから、「社会は広い」という認識すらできないので、逆に、「自分は、世界で戦ってきたから社会を知っている」という誤解までできてしまう。そういう人間は、貢献できるどころか、「自分は貢献できる人間」と自分勝手に思ってしまう、まさに「貢献できない人間」になってしまう(笑)。

自分の知らないことを知らない人間というのは、たちが悪いですから、そんな私に対して、周囲の人の“熱”も徐々に冷めていきました。

「自分という人間は、くだらない欲を持っている未熟な人間なんだ」と正直に認めるだけの自信が、自分にはなかった

大学卒業後、周りの方が尽力してくださったおかげでミズノに入社し、ミズノの計らいで社員とシンクロ日本代表のコーチの“二足のわらじ”を認めていただきました。しかし、当時はシンクロ日本代表のアシスタントコーチへの就任のありがたみも分かっていませんでした。

私がコーチ業を始めて、選手としては、もはや、もてはやされなくなり始めたころ、デュエットパートナーだった小谷実可子さんはテレビキャスターに転身なさっていました。いまになって正直に自分を振り返れば、当時、私もテレビに出たかったわけです(笑)。なんかカッコよくて、輝いてみえる実可子さんが羨ましかったわけです。しょせん、私なんて、スポットライトを浴びたいタイプですから。でも、当時は「テレビに出て、ちゃらちゃらするのは格好悪い、私は縁の下の力持ちをやっているのが格好いいんだ」と自分に言い聞かせていました。

単なる職業の違いですから、まともに考えればどちらが格好いいということはないのですが、ちやほやされず、テレビに出られない、ということが、当時の自分にとってのストレスだと認めることができなかったんです。たぶん、コーチという仕事は決して嫌いではなく、むしろ好きだったとは思うのですが、ただ、「自分という人間は、実は、とってもくだらない欲を持っている、まだまだ未熟な人間なんだ」と正直に自分を認められるだけの自信が、自分にはなかったんですよね。

だからいつもモヤモヤしていて、周囲に当たり散らしたりして、コーチというすばらしい仕事にも感謝できていなかったのです。

人は、好きなこと、やりたいことに関しては、続けられるし、のめり込むことができる

―メンタルトレーナー、コーピングコーチという現在の道に進まれる転機となったのは?

JOC(日本オリンピック委員会)が海外に若手のコーチを派遣する「在外コーチ研修制度」というプログラムがあって、それに応募したのです。オリンピックから3年たって、なんとなく「今の自分は格好悪いな」ということに気づき始めたころでした。2年間のプログラムに合格して、24歳でアメリカに渡りました。

佐藤文男さん(佐藤人材・サーチ株式会社 代表取締役)

最初はシンクロクラブの近くにある英語学校に通ったんですが、いくら勉強しても英語が全然上達せず、「どうしてこんなに話せないんだろう、私はバカだ」と思って最初の3カ月は毎日泣いていましたね。でも、たまたま手に取ったスポーツ心理学の本に“leadership”とか“motivation”という言葉があって、選手の精神面を支えるさまざまなメンタルトレーニング手法があることを知りました。そして、意味を調べているうちに面白そうだなと感じて、「スポーツ心理学の本を読みたい」という思いで英語を前向きに勉強できるようになったんです。

スポーツ心理学を選んだのは、「メンタルについて学ぼう」という考えがあったわけではなく、「今の自分に必要なこと」という感じで、好奇心で勉強していました。セントメリーズ大学大学院に入ったのも、そこで必死に勉強したのも、単に「自分がやりたかったから」です。さまざまな葛藤や悩みを乗り越え、やっと自分でやりたいものが見つかったという感じです。人は好きなこと、やりたいことに関しては、続けられますし、それにのめり込むことができるのです。

その後、95年に日本に戻り、アトランタ五輪のシンクロ日本代表のアシスタントに就任しました。学んだ理論を使って選手にメンタルトレーニングを教えるのはとても楽しかったですね。私はシンクロが好きですし、そのころは「ずっとシンクロにかかわり続けたい」と思っていました。

コーチを辞めることになったのは、フランス人の男性と結婚して99年に長男を出産したことがきっかけです。私は「いずれはシンクロのコーチに戻ろう」と思っていたのですが、ちょうどそのころ、夫がMBA取得を目指していたので、家族でアメリカに再度、渡りました。たまたま、家の近所にプロスポーツ選手が勝つための認知行動療法を研究しているアーゴジー心理専門大学院を見つけ、そこでコーピングを学んだことが、2001年の起業につながりました。

profile  田中ウルヴェ京さん(メンタルトレーナー/国立鹿屋体育大学客員教授)

1967年生まれ。聖心女子学院初中高等科を経て、日本大学在学中の1988年にソウル五輪シンクロ・デュエットで銅メダル獲得。1989~1999年に日本代表チームコーチ、アメリカ五輪ヘッドコーチアシスタント、フランス代表チーム招待コーチなどを歴任。1991年より渡米、米国カリフォルニア州セントメリーズ大学大学院健康・体育・リクリエーション学部修士課程修了。99年からは米国アーゴジー心理専門大学院にて認知行動療法とスポーツカウンセリングを、2000年米国サンディエゴ大学院にてパフォーマンスエンハンスメントとアスレティックリタイヤメントを学ぶ。2001年に起業し、心身の健康をテーマに、株式会社MJコンテスを経営。アスリートからビジネスパーソンまで幅広くメンタル指導を行う一方、東京・白金台と大阪にピラティススタジオ「DMJボディバランシング」を持つ。米国ネバダ州立大学との完全提携で、ピラティス指導者、ゴルフピラティス指導者の公認資格発行も行っている。企業研修や講演は年に200を数え、最近では報道番組でコメンテーターも務める。夫はフランス人、二児の母。『書くだけで人生が変わる{感謝日記} すぐに幸福を引き寄せる30の方法』(実業之日本社)、『「リーダー力」を鍛える!メンタルトレーニング実践講座』(PHP研究所)など著書、共著、訳著多数。
【公式HP】http://www.coping.jp
【公式ブログ】http://ameblo.jp/miyako-land/
【twitter】http://twitter.com/miyakoland

profile 佐藤文男(佐藤人材・サーチ株式会社 代表取締役)

一橋大学法学部を卒業後、総合商社、外資系証券会社、メーカーといった異業種においてキャリアを積み1997年に人材サーチ(ヘッドハンティング)ビジネスへ。2003年に佐藤人材・サーチを設立。
著書は共著1冊を含め転職に関する本を12冊出版。 主な著書に『40歳からの転職術」(日経BP社)、『ヘッドハンティング・バイブル』『転職後、いい仕事ができる人の条件』(共に経済界刊)。今年3月に『転職のバイブル2012年版』を経済界より出版。
佐藤人材・サーチ ホームページ: http://www.sato-jinzai.com/


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