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プロが語る 成果を上げる社員の条件【佐藤文男】
日本マイクロソフト 四方ゆかりさん編
[2011.05.24]

日本マイクロソフト 四方ゆかりさんが語る“デキる社員”の条件~転職先の上司に「自分のキャリアを考える」という発想を持たせてもらった(1/3)


各分野のプロが語る 成果を上げる社員の条件(19)

四方ゆかりさん

(日本マイクロソフト株式会社 執行役 人事本部長)

※肩書きは掲載当時のもの

インタビュアー:佐藤文男(佐藤人材・サーチ株式会社 代表取締役)
文:千葉はるか(パンクロ)

各分野で活躍されている10人の方にご登場いただき、キャリア遍歴や仕事観、失敗談や苦労話までくまなくお聞きすることで、“デキる社員”にはどんな思考、行動様式が求められるのかに迫る本シリーズ。第7回のゲスト、日本マイクロソフトで執行役 人事本部長として活躍されている、四方ゆかりさんにお話をうかがいました。

新卒入社した総合商社では、「女性には“商社マン”の仕事をするチャンスはない」と考え、半年で退職

-複数の外資系企業で人事のプロとしてキャリアを積まれています。まず、人事の仕事に出会うまでの経緯を教えてください。

新卒で日系総合商社の日商岩井(現双日)に入社し、最初に配属されたのが人事部でした。しかし、このときは会社を半年で辞めてしまったのです。退職した理由は、入社してみて、女性にはいわゆる“商社マン”の仕事をするチャンスはない、ということが分かったからでした。もちろん、長く働き続ければいずれチャンスは巡ってきたかもしれませんが、少なくとも87年当時は、まだ女性が活躍できる環境ではなかったのです。

四方ゆかりさん (日本マイクロソフト株式会社 執行役 人事本部長)

外資系企業に転職したのは、たまたまGE Japanが経営企画部門でアシスタントを探しているという話を聞き、「1つの経験として英語の面接を受けておくのも悪くないだろう」と考えたからです。即戦力を求めているということだったのであくまで面接の練習のつもりだったのですが、やる気を買われてトントン拍子に選考が進み、採用されました。

1年ほどアシスタントを務めた後は、GE横河メディカルシステム(現GEヘルスケア・ジャパン)に出向し、3年ほどマーケティングの仕事をしました。しかし、医療機器の世界でマーケティングのプロになるには技術について究めなくてはならず、そのことに限界を感じるようになりました。そんなとき、社内でまったく新しい人事のポジションに就く人を公募していることを知りました。GEが世界各地で実施している人材トレーニングを日本で展開するために、その担当者が必要だということでした。それで、周囲から「人事の仕事が向いているんじゃないか」と言われていたこともあって、人事の責任者に具体的な仕事内容を聞きに行ったのです。それが、人事の道に足を踏み入れたきっかけです。

転職先の上司の質問から「自分のキャリアを考える」という発想を持たせてもらった

-自ら行動して、希望する人事の仕事へキャリアチェンジするチャンスをつかんだわけですね。

転職したばかりのころ、上司から「今後、どんなキャリアを積みたいのか」と聞かれたことがありました。キャリアプランを考えることは、今でこそ当たり前になっていますが、そのころは一般的ではなく、私も先のことはまったく考えていませんでした。そんな私に、上司は「次はどんな仕事をしたいか、どんな分野で自分の領域を広げていきたいのかを常に考え、自分から『この仕事に挑戦したい』と手を挙げていかなくてはならないよ」と教えてくれたのです。23歳にして「自分のキャリアを考える」という発想を持たせていただけたのは、非常にありがたいことだったと思っています。

人事の仕事を始めて1年ほど経ったころ、GEの米国本社に人事部門のリーダーを育成するプログラムがあると知った時も、「人事のプロになりたいので、参加したい」と自ら手を挙げました。それまでこのプログラムに日本人が参加した例はありませんでしたが、ダメで元々ですから、とりあえず門はたたいてみようと思ったのです。この選考に受かり、29歳から米国本社勤務を含む2年間のプログラムに参加したことがキャリアアップの“ジャンプ台”になりました。

人事部門のマネジャーとして、少しずつ規模の大きな組織を任されステップアップ

-プログラムを終えた後はどのようなキャリアを積まれたのでしょうか?

まず31歳で人材開発チームのマネジャーになりました。管理職として部下を持ち、年上の方や外国人を含めた多様なメンバーを束ねて仕事をしたことがよい経験になったと思います。

次のステップでは、人事部門全体を見る仕事をしたいと考えていました。しかし、社員1500人を擁するGE横河メディカルで人事部門を統括するには、経験不足は否めません。そこで上司に「規模の小さなグループ企業で人事部門を統括する仕事があれば、是非やりたい」と伝えていたのです。そうやって自らアプローチした結果、33歳の時にGEキャピタルカーシステムという自動車リースを手掛ける会社の人事部門長ポストを得ることができました。

四方ゆかりさん(左)と佐藤文男さん(佐藤人材・サーチ株式会社 代表取締役 右)

当時、GEキャピタルカーシステムは社員数120人ほどの会社だったのですが、私が人事部門長に就いて1年ほど経ったところで社員数約550人の日系企業と合併したため、より規模の大きな会社の仕事も経験することになりました。こうして人事部門トップとしてトータルで2年半ほど経験を積んだ後、GE横河メディカルに戻って人事部長に就いたのです。少しずつ規模の大きな組織を任されてステップアップできたことは、キャリア形成において非常に恵まれていたと思います。

profile  四方ゆかりさん(日本マイクロソフト株式会社 執行役 人事本部長)
1964年生まれ。1987年に東京外国語大学外国語学部インドシナ語学科を卒業し日商岩井(現双日)に新卒入社。半年後、GE Japanに転職する。1988年、GE医療機器事業アジア部門に異動し、GEと横河電機が合弁により設立した横河メディカルシステム(現GEヘルスケア・ジャパン)へ出向。マーケティング本部を経て1992年に人事部門に異動し、Global Training Programを担当。翌年より2年にわたりGEの人事リーダーシッププログラムに参加し、米国本社勤務を経験。1998年よりGEキャピタルカーリース部門人事総務部長を務め、後にM&AによりGEフリートサービス人事総務部長となる。2001年にGE横河メディカルシステム取締役人事部門長就任。2003年、AIGグループのAIU保険会社に転職し人事担当執行役員となる。2006年2月にマイクロソフト(現日本マイクロソフト)に入社し、現職。

profile 佐藤文男(佐藤人材・サーチ株式会社 代表取締役)
一橋大学法学部を卒業後、総合商社、外資系証券会社、メーカーといった異業種においてキャリアを積み1997年に人材サーチ(ヘッドハンティング)ビジネスへ。2003年に佐藤人材・サーチを設立。
著書は共著1冊を含め転職に関する本を12冊出版。 主な著書に『40歳からの転職術」(日経BP社)、『ヘッドハンティング・バイブル』『転職後、いい仕事ができる人の条件』(共に経済界刊)。今年3月に『転職のバイブル2012年版』を経済界より出版。
佐藤人材・サーチ ホームページ: http://www.sato-jinzai.com/


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