改正前にポイントチェック!――法的義務となる「ストレスチェック制度」への対応 [2014.04.14]

第3回 ストレスチェック制度を実行するにはどのような課題があるか?


亀田 高志
株式会社産業医大ソリューションズ
代表取締役社長・医師

 多くの労働者が職場でストレスを感じているのだから、医師や保健師が確認し、希望者に面接を通じて助言する。もしも、病気の恐れがあるとすれば、これを治療に結びつけ、職場や事業場全体の環境改善につなげようというのが、本制度の趣旨である。 そのことに異論はないのだが、これまで解説したことを実行しようとすると、いくつかの課題が浮かんでくる。今回はこの点について説明する。

≪本連載の解説テーマ≫
 第1回 「ストレスチェック制度」とはどのようなものか?
 第2回 「医師による面接指導」と医師の意見に基づく措置とは?
 第3回 ストレスチェック制度を実行するにはどのような課題があるか?
 第4回 義務化が見込まれるストレスチェック制度にどんな準備ができるのか?
 第5回・完 自記式アンケートによりストレスチェックを行う際の課題と対応

1 ストレスチェックの精度について
 筆者は企業の人事部部門に対するコンサルティングや幹部や管理職への研修を日ごろから行っているが、ストレスチェックの9項目第1回の[図表2]参照)を見せると多くの人は笑い出してしまう。なぜかというと、「そりゃあ、疲れていて、くたくたで、だるいさ。気は張りつめているよ!」と日常的にどの項目も当てはまる気がするからだ。
 行政としては、労働者がストレスチェックに率直に答えられる環境を確保するよう期待している。だが反対に、非常に多くの労働者が高得点になってしまう恐れがある。そうすると、「面接指導を受けたほうがよい」という"高ストレス状態"の判定基準を見定めることが非常に難しくなる恐れがある。
 中には仕事を軽減してもらうことだけを狙って、すべての項目で重い点数をつけてもらえるように操作する労働者が出てくるかもしれない。いわゆる新型(現代型)うつが取りざたされる環境では、問題のある状況を助長する可能性もある。
 反対に、労働者がこれらの質問に率直に回答しない心配もある。情報が守秘されるとはいえ、結果の取り扱いがどうなるか不安だとなれば、質問にある問題をほとんどいつも感じていても、逆に「ほとんどなかった」と回答してしまうかもしれない。

 さらに専門的な視点で、これらの9項目が質問として本当に妥当なのかというあたりも問題となってくる。スクリーニング検査というのは、できるだけ、正常と異常の境目が明確なほうがよい。実際には、このチェック項目は高い点数に偏るか、低い点数に偏るかが不確定で、スクリーニング検査の精度があまり上がらない可能性もある。
 本来は、メンタルヘルス不調は多様で個別性が高い問題なので、その中でどの病気を狙ってスクリーニングを行うのか、ターゲットを明確にしなければならないのだが。 9項目で確認しようとしている疲労・不安・抑うつは精神面の症状として理解されやすい。しかし、これらがストレスチェックで確認されたから、何らかの心の病気を特定しやすいと言えるのかというと疑問が残る。
 この9項目の基となっている「職業性ストレス簡易調査票」の趣旨では、個人のストレス状況を確認するとともに職場単位でストレスの評価を行い、改善活動に結びつけるとされている。つまり、不調者をずばりと特定するデザインにはなっていないのである。
 うつ病の人がいないかをスクリーニングしようというのは、今までも過重労働に対する医師による面接指導で行われてきた。その際には、「面接指導自己チェック票」に回答を求めるが、その際のメンタル面のチェック項目は以下の5項目であり、これは明確にうつ病の一次スクリーニングと位置づけられている。

■「面接指導自己チェック票」で労働者に回答を求める5項目
 ①毎日の生活に充実感がない
 ②これまで楽しんでやれていたことが、楽しめなくなった
 ③以前は楽にできていたことが、今ではおっくうに感じられる
 ④自分が役に立つ人間だと思えない
 ⑤わけもなく疲れたような感じがする

 このうち、二つ以上にチェックがついた場合にはうつ病の危険性が高いと判定され、その結果行われる医師による面接指導では、次の質問を医師が直接尋ねて、うつ病の疑いがあるかどうかを判断することとなっている。

■医師によるうつ病等の可能性の評価と受診の要否の判断のための質問項目
(1)この2週間以上、毎日のように、ほとんど1日中ずっと憂うつであったり、
  沈んだ気持ちでいましたか?
(2)この2週間以上、ほとんどのことに興味がなくなっていたり、大抵いつも
  なら楽しめていたことが楽しめなくなっていましたか?
<このうちの1つ以上が該当した場合には次の質問に続く>
(3)毎晩のように、睡眠に問題(たとえば、寝つきが悪い、真夜中に目が覚める、
  朝早く目覚める、寝過ぎてしまうなど)がありましたか?
(4)毎日のように、自分に価値がないと感じたり、または罪の意識を感じたり
  しましたか?
(5)毎日のように、集中したり決断することが難しいと感じましたか?
<合計三つ以上でうつ病の疑いありと判断する>
(6)その上で、次の二つを確認し、精神科への受診を促すか、経過観察をするか
  という判断を医師が行うようになっている
 ①仕事や生活上の支障がかなりあるか
 ②自殺したいと思っているか

※自己診断項目および面接指導質問項目は、厚生労働省ホームページ「職場におけるメンタルヘルス対策等」掲載の『長時間労働者への面接指導チェックリスト(医師用)』より引用
  ⇒クリックして厚労省ホームページを参照 

 

2 ストレスチェックや面接指導を受ける人が少ないのではないかという疑問
 大手企業では既に一般定期健康診断のタイミングで、職業性ストレス簡易調査票等を用いて、アンケート形式でストレス状況を把握し、その結果を個人に返したり、職場単位での問題把握と改善に結びつけようと活用しているところもある。けれども、これが医師や保健師による面接形式となり、法的には「本人の希望による」とされた場合、実際に労働者が受けてみたいと思うかどうか、やや疑問である。
 ちなみに、自由民主党厚生労働部会で反対が出されるまで、厚生労働省は改正法66条の10の2として、すべての労働者にストレスチェックを受ける義務を定めようとしていた。その後、提出時法案でこの条文を削除することで、「労働者の希望によるもの」としたとされている。
 労働安全衛生法の改正に伴い、新たに企業でストレスチェック制度を実施したとして、「医師や保健師のいる個室に入るのはそれを希望する人だ」と多くの労働者が理解していると、受けた事実を知られるのが嫌で、ストレスチェックを受ける人が極めて少なくなる懸念がある。
 そして、ストレスチェックで"高ストレス状態"という結果を受け取った労働者が、次に医師による面接指導を申し出るのかという点も疑問が残る。
 前回に紹介した労働安全衛生総合研究所の調査報告では、回答者の半数程度が「希望する」としていたが、その点については、以下の問題が労使双方に発生する可能性があることを理解しておく必要がある。

【"高ストレス状態"であるのに医師による面接指導が低調となる場合の背景】
  1. うつ病を中心とするメンタルヘルス不調の多くは精神的な病の自覚がない。だから、その結果を見て、自ら医師による面接指導の必要性を感じ、それを希望する可能性は低い
  2. 反対に多くの高得点者が出た場合に、医師による面接指導の枠が大量に必要になり、医師の面接の枠が足りなくなる。
  3. 雇用不安を覚えるような職場では、本当のことを回答しないのと同じように、医師による面接指導などはあえて避けようという人が多く出る。


 例えば、今年に入ってから筆者が行った管理職研修で、高ストレス状態と判定された後に産業医による面接を希望するか、と参加者に尋ねたところ、「希望する」と回答した人は皆無に近かった。
 また、長時間労働者への医師による面接指導で起きていることに似た状況もある。長時間労働で医師による面接指導を受けられる職場はむしろ恵まれている。なぜなら残業の正確な申告が許され、なおかつ医師による面接指導が用意され、それを受けても不利益がないからだ。
 これに対して主に中小規模事業場を対象に、行政としては地域の医師会の運営する地域産業保健センターや精神福祉保健センターなどを活用しようとしてはいるのだが、その対応の青写真はまだはっきりとはしていない。

3 産業医等による意見提出と就業上の配慮がスムーズにいかない恐れ
 本稿を読んでいただいている読者の事業場では、健康問題を抱えた労働者への治療の勧めや療養の手続き、あるいは職場復帰の流れはスムーズだろうか?
 また、そうした問題で頼みとする産業医は活用しやすい人材だろうか?
 筆者はコンサルティング活動を通じて、多くの企業で不調者への対応スキームの構築をサポートしたり、人事労務担当者の方等への講演や研修を手掛けてきたが、その経験から言えば、産業医の活用に悩む企業が少なくないことを実感している。
 例えば、産業医による身体の病気への対応はそれほど難しくない。けれども、精神科や心療内科をバックグランドとする産業医は少数である。そうした面でも、本ストレスチェック制度に関連するメンタルヘルス不調者への対応が難しくなる現状があると思う。
 有効な対応スキームがないまま、意見が提出され、取り扱いに困るという可能性も出てくる。あるいは、"高ストレス状態"との判定が予想より多く出され、多数の面接希望者が出ても困ることになる。 もちろん、非常に症状が悪く、治療が始まったり、療養の指示が出るケースなら、早期発見の点からは効果があったと解釈可能である。
 しかし、現実的に"高ストレス状態"にあるから、不調になることを防止するために業務を軽減すること、例えば厳しい営業から間接部門への異動というような提案が産業医から出されたら、どのように対応することになるのだろうか。
 次のような、人事労務担当者としては看過できない状況になる恐れもある。

・会社として本当に必要だと思われる仕事をさせられない労働者がたまっていく
・その結果、問題がない労働者により仕事が集中する
・その結果、個人としても、職場としても生産性が下がる
・意図的に特定の業務や職場を忌避するためにこの制度を逆手に取る労働者が出て
 くる(その可能性がある)

 以上のように、ストレスチェック制度の目的である「不調の傾向が出ている労働者に配慮を行うことで発症を未然に防ぐこと」を実現するのは、なかなか難しいことなのである。

4 対応が困難となり得るその他のケース
 不調者がストレスチェックに引っかかったのに、医師による面接指導を受けることを希望せず、不調が非常に悪化したり、自殺してしまうという場合の取り扱いが微妙になるかもしれない。例えば、自殺をしたいと思っている労働者がストレスチェックで"高ストレス状態"との結果が出て、医師による面接指導を受けるよう勧められたのに、拒否したような場合だ。
 ストレスチェックの最中に、チェックを実施している医師や保健師が自殺の可能性に気が付いたらどうなるのか?個人情報保護の原則によると、自殺の恐れがあれば、本人の同意なく会社側に通報できる可能性がある。
 けれども、ストレスチェックの冒頭に「自殺の恐れがあるときは、あなたの同意なくとも、会社に通報する場合があります」などと医師や保健師が断れば、ますます正直に回答する人が、特に不調の可能性のある人ほど、減ってしまうのではないだろうか。

5 専門家団体の(猛)反対
 以上は現実に、職場でストレスチェック制度をまともに実施しようとした場合の課題だが、これらの懸念に関しては4年前の長妻厚生労働大臣による"うつ病のスクリーニング"発言以来、肝心の専門家の間でもすこぶる評判が悪い。この4年ほどの間に専門家から示された懸念や制度に対する反対の理由としては、以下のようなものがある。

・スクリーニングの精度や技術的な困難、効果の不明確さ
・検査結果を生かす対策がわずかであり、十分な対策(資源)が未整備
・ストレスチェックの結果を労働者に直接通知することの懸念(個人管理である
 ことの心配)
・対応する産業医や専門医のリソースの不足
・"高ストレス状態"との判定への不合理なレッテル
・メンタルヘルス不調への差別や偏見の助長
・多くの事業場で事後措置が不十分である可能性
・適切な就業上の配慮が行われないという心配
・職場単位の評価で管理職が悪者とされる可能性
・費用対効果の根拠が不明確なのに、負担を強いられる企業側の責任が強化され
 すぎる面

 どれも、一足飛びには解決し難い面を含んでいるが、実行する立場の人事労務担当者としては、一応、頭に入れておいたほうがよい課題と言えるだろう。

 最終回の次回は、現時点で明らかな情報と今回述べた課題等を踏まえて、ストレスチェック制度導入に向けてどのような準備ができるのかを考えてみたい。

■『労政時報カレッジ』のご案内
  本連載解説の筆者、亀田高志氏に改正安衛法についてわかりやすく解説いただく『労政時報カレッジ』セミナーを大阪(8月)・東京(9月)で開催いたします。これから事業主に義務づけられるストレスチェック制度の概要、今後の準備・対応に向けたポイントについて詳しくお話しいただく予定です。ぜひご参加ください。

『労働安全衛生法改正により義務づけられる「ストレスチェック制度」導入のポイント』
 ~スムーズな導入と実効性を高めるコツをわかりやすく解説します~
 講 師: 亀田 高志 氏(株式会社産業医大ソリューションズ 代表取締役社長・医師)
<大阪開催>
 日 時:2014年8月21日(木) 13:30~16:30
 会 場: 大阪府・大阪リバーサイドホテル
 詳細とお申し込み⇒http://www.rosei.jp/seminar/detail.php?item_no=4273
<東京開催>
 日 時:2014年9月12日(金) 13:00~16:00
 会 場:会 場:東京都・日本橋プラザビル
 詳細とお申し込み⇒http://www.rosei.jp/seminar/detail.php?item_no=4342


亀田高志 かめだ たかし
株式会社産業医大ソリューションズ 代表取締役社長・医師
1991年産業医科大学医学部卒業後、NKK(現JFEスチール)、日本アイ・ビー・エムやIBM Asia Pacificの産業医、産業医科大学講師を経て、2006年10月に産業医科大学による(株)産業医大ソリューションズ設立に伴い現職。職場の健康対策の構築を専門とし、企業の目線に立ったコンサルティングサービスと研修、講演や執筆活動を手がけている。メンタルヘルス相談機関であるEAP(従業員支援プログラム)の活用やゆとり世代等の若手問題の防止や育成、さらには危機管理における健康確保対策や高齢者就労における課題と対策にも詳しい。著書は「人事担当者のためのメンタルヘルス復職支援」(労務行政)、「できるリーダーは部下のうつに立ち向かう」(日経BP)、「できる社員の健康管理術」(東洋経済新報社)などがある。

 



「心の病」発生職場のマネジメント(上) 
亀田高志 著/日経BP Next ICT選書(Kindle版) 
現場マネジャーは自分の気力や体力に自信を持っているため、「心の病」への関心が薄いもの。部下が心の病を患ったとき、自信のある人ほど独りで対処しようとしがちです。しかし大手IT会社の産業医などを務めた経験から申し上げると、社内外の人と連携して「リスクと損失の最小化」を図る方がスムーズに対処できるでしょう。
本書は、読みやすい25件のケーススタディーから成り、どこから読み始めてもよい構成となっています。上巻では企業が雇う産業医や、人事担当者とうまく連携するノウハウを12のケースで解説。下巻では不調の部下との向き合い方や部下の家族との連携、採用時やM&A(合併・吸収)における経営面からのバックアップを13のケースで解説しました。「心の病」の解説も企業で想定すべきものはほぼ網羅しています。 
 

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