デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
執行役員 パートナー 山本奈々
1.「人事中計」の必要性
本連載では、これまで人材ポートフォリオ(第1回)や「質」を含む要員計画(第2回)、そうした計画策定を行う際に必要となる質=スキル管理の在り方(第3回)、そして重要な施策の一つである質に着目した最適人材配置の考え方(第4回)について述べてきた。
特に第4回の最適人材配置のように、人材ポートフォリオや要員計画は、策定した計画(あるべき姿)をどう実現するかという施策がなければ、しょせん絵に描いた餅になってしまう。この目指す姿(=人材ポートフォリオ、要員計画)とその実現に向けた施策を併せて計画したものが「人事中計」である。
多くの企業が策定する中期経営計画の中には人事領域に関する計画が含まれている。しかしながら、大抵の場合、人材マネジメントや人材戦略、取り組みの方針を掲げてはいるものの、例えば「〇〇人材の育成」のように取り組むべき事柄の大きな方向性にとどまっていることも多く、具体的な施策まで落とし込まれていない[図表1]。また、中期経営計画は一般的に3年、長くても5年という時間軸での計画となっている。しかし、人事的な打ち手は短期的にできることに限りがあり、人材ポートフォリオの大きな変革を実現しようとすると、5~10年の中長期的な目線で物事を捉え、考えていく必要がある。こうした要因から中期経営計画と併せて人事中計を策定することが求められる。
[図表1]中期経営計画における人事課題・施策の典型的な記述例

2.人事中計の構成要素
人事中計の構成要素は、大きく以下の五つである。
① 会社/事業として実現したいこと(定量目標、定性目標)
② 人材の量・質・生産性のあるべき姿(目指す姿)
③ 現状の人材の量・質・生産性の状態(あるべき姿とのギャップ)
④ 現状の人材マネジメント上の課題
⑤ 施策一覧+スケジュール
[1]定量目標、定性目標の設定
すべての事業展開の出発点となる数値を定めた会社目標や事業目標が、①会社/事業として実現したいこととして描かれる。すなわち、中期経営計画で掲げる内容や、もう少し長期的な目線で考えた場合の会社として目指す売り上げ・利益規模、生産性などの定量的な目標値、もしくは成長させていきたいと考えている領域や実現したいビジネス上の変化などの定性的な目標である。
定量的な目標値については、中期経営計画等で既に検討済みのものがあれば転用できるが、まだ検討中であったり、そもそも特に中長期の目標値を設定していなかったりする場合も多い。そのような場合でも現状とのギャップの大きさをざっくりとでも把握しておくために、仮置きでもよいので、一定の前提を置いた上での概算値を目標として設定しておくことをお勧めする。
[2]人材の量・質・生産性のあるべき姿
①の目標達成に向けて、②の人材の量・質・生産性のあるべき姿については、会社/事業の目標の実現に向けて、人の量や生産性、そして質がどうあるべきかという、まさに人材ポートフォリオや要員計画において検討している内容がそれに当たる。
[3]現状の人材の量・質・生産性の状態の可視化
その実現に向けて何をすべきかの検討に当たっては、③の現状の人材の量・質・生産性の状態を可視化し、あるべき姿とどれくらいギャップがあるのかを具体的に把握する必要がある。そもそも人材の量が不足しているのか、期待されるスキルを持った人材が不足しているのか、会社目標や事業目標の達成に向けてどれくらいの生産性向上が必要なのかを把握するわけだ。もちろん、ギャップとして表れてくるのは一つだけではなく、複合的ではあるが、特にどこのギャップが最も大きいのか、経営計画・事業計画を達成しようとした場合に、必ず解消しておくべきギャップはどこなのかを明確にするために、現時点の立ち位置とあるべき姿との差分を可視化する必要がある。量および生産性のギャップの可視化の方法は、拙著『要員・人件費の戦略的マネジメント ~7つのストーリーから読み解く』(労務行政)を、質のギャップの可視化の方法は、本連載の第3回の考え方などを参照いただきたい。
[4]現状の人材マネジメント上の課題
取り組むべき施策の検討に当たっては、②あるべき姿と③現状のギャップから算出するだけでなく、現状の人材マネジメント上の課題も含めて検討すべきであろう。例えば、多くの企業が取り組むべきテーマとして掲げる人材の多様性に関する取り組みは、ビジネス上の数値目標をいかに達成するかという観点で検討するだけでは、取りこぼしてしまう課題の代表的なものである。特に、女性従業員比率や女性管理職比率の向上に取り組んでいる企業は多いと思うが、そのためには採用の時点で比率を意識した取り組みを行う必要がある。そもそも女性管理職の候補者が少ない領域では、ビジネス上の量・質の必要性とその中における性別のバランスを考えながら施策を検討することが求められる。
[5]取り組むべき施策とスケジュールへの落とし込み
①~④の検討を踏まえて、今後取り組むべき具体的な施策と、それらにどのような優先順位、時間軸で取り組むかをスケジュールに落とし込む。この際、取り組むべき施策は多岐にわたるため、人材マネジメントサイクル等の一定のフレームに沿った検討を行うことが望ましい。また、施策の実行フェーズでは、取り組みにかけられる工数や費用には当然ながら限りがあるため、ビジネスの目標達成に向けた最優先事項や、人事課題解決のために早急に着手すべきことを見極め、優先順位を付けることが肝要である。また、優先順位以外にも、例えば「スキルおよび本人のキャリア志向を重視した異動配置の仕組み」を実現するためには、そもそも「スキルの体系的な整理」と「本人のキャリア志向を把握する仕組みの整備」が必要となるように要素的な前後関係について考慮することにも留意してもらいたい。このように段階的に取り組まざるを得ないテーマも多くあるため、スケジュールを検討する際には、少なくとも2~3年のスパンで考える必要がある。
3.人事中計策定における成功のポイント
[1]経営企画や各事業部の理解と協力
人事中計は人事領域に関する計画ではあるものの、人事部門のみで検討できるものではない。そもそもの事業運営の前提となる経営計画や事業計画は、経営企画や各事業部門などの現場で検討されているものをインプットし、さらにその計画を実現するために必要な人材の在り方についても、特に現場におけるニーズの聞き取りが欠かせない。さらに、人事部門が全社的に行う打ち手だけでなく、OJTや育成のためのコミュニケーションなど現場で取り組んでもらう施策も数多く存在する。そのため、現場にかかる負荷や人事施策にかけられる工数の上限などを踏まえた上での施策の検討や取り組みに対する現場の理解・協力が必須となる。「人事中計の取り組みがうまくいかない」「検討をなかなか前に進めることができない」「やりたい/やらなければならないとは考えているが、検討に着手できていない」といった悩みがある会社では、関与する人の多さが障壁になっている場合も少なくないだろう。
経営企画は中期経営計画を策定する中で、コストの一要素として人件費の将来見積もりを “なり”(例えば、総額人件費×年間上昇率〇%等)で行い、計画内に読み込んでいたりする。各事業部は事業計画を検討する中で(人件費はあまり考慮しないまま)積み上げ的に必要人員数を見積もって、さらに現場目線で必要だと思う育成の施策を独自に検討・実行しているケースが多い。そして、人事部門は毎年、各事業部から提出される要員計画の取りまとめと、“調整” した結果に基づく毎年の採用や定期異動の検討に右往左往している。多くの会社でよく見る状況である。場合によっては、経営企画の検討している中期経営計画内の人件費の予算額と、人事部門の検討している要員計画や採用計画の擦り合わせを行っておらず、人事部門はあくまで「頭数」の計画のみを検討している(経営企画の検討している人件費予算とは別のロジックで計画・運用している)という状況になっていることも珍しいことではない。つまり、これまでは経営企画・事業部(現場)・人事部門が三者三様にそれぞれの視点から要員や人件費について検討していたものを擦り合わせ、会社としての意思統一を行い、計画に落とし込んだものが人事中計だったともいえるだろう。
[2]擦り合わせ・意思統一の方法
この擦り合わせ・意思統一というのが、まさに言うはやすし行うは難しであり、人事中計策定における最大の難所である。こうすべきという決まったやり方があるわけでもないため、どのようにアプローチすれば最も検討がスムーズに進むのか、自社のそれぞれの組織の役割や位置づけ、組織風土などを踏まえて進め方を考える必要がある。大きく区分すると、「トップダウン型アプローチ」と「擦り合わせ型アプローチ」の二つの方向性が存在するため、進め方を検討する際の参考にしてもらいたい[図表2]。
[図表2]人事中計策定のアプローチ

(1)トップダウン型アプローチ
トップダウン型アプローチとは、基本的には会社(=人事部門)から現場に対して要員数や人件費、生産性の「目標値」そのものを提示し、それを遵守する形で要員計画や生産性向上に向けた施策等を検討させる方法である。目標値を何で提示するか(要員数の上限値/生産性目標値など)によって、現場の計画策定の自由度の高さ(=会社として現場に課す制約の強さ)は変化するが、いずれにしても現場は一定の枠組みの中で検討を行うことになる。人事部門にしてみると現場から過大な要求が上がってくることがなくなるため、計画の取りまとめはやりやすくなる。一方で、最初に提示する目標値をあらかじめ人事部門(および経営企画)で検討を行う必要があるため、その準備には負荷がかかる。また、目標値に十分な根拠がなければ、現場がそれを受け入れることも難しいだろう。さらに、いかに根拠を提示したとしても、現場から反発の声が上がることもあるため、人事部門と現場の関係性を考えたときに、どこまでの強制力を働かせることができそうかを見極めながら検討を行うことが肝要となる。
(2)擦り合わせ型アプローチ
擦り合わせ型アプローチは、トップダウン型アプローチとは反対に、基本的には現場が主体となって物事を検討し、人事部門はそれをサポートし、会社全体の視点から調整しながら計画を具体化していく方法である。
擦り合わせ型アプローチであっても、いきなり現場で計画を策定してもらうのではなく、やはり最初は会社(=人事部門)で何らかの指針を提示するところから検討を始めることが多い。ただし、それは「目標値」のような強い制約を示すものではなく、大まかな方向性・ベクトルを示すものにとどまることになる。例えば、要員数であれば「増加/維持/減少」の三つのカテゴリーに区分し、会社としての事業ポートフォリオの計画に基づき、A事業とB事業は次期中期経営計画の売り上げの柱となっていく事業であるため「増加」、C事業は「維持」、D事業は事業として縮小させていく方針なので「減少」というように、各事業をそれぞれのカテゴリーに振り分け、この方針に沿って各事業部で計画を策定してもらうという進め方となる。
擦り合わせ型アプローチにおいても、方針を示す際にはバリエーションがある。要員数ではなく、生産性で方針を示す場合には、現場で調整可能なパラメーターが増えるため、より一層現場の自由度が高くなる。ただし、現場の自由度が高くなればなるほど、計画策定の難易度も上がるため、擦り合わせ型アプローチの場合には事業部側の人事領域に関する理解度の高さがポイントになる。そのため擦り合わせ型アプローチを取る会社の場合は、併せてHRBPの設置やHRBPによるサポート体制の高度化の取り組みが求められるパターンが多い。また、人事部門も、各事業部の計画を集約した後に、会社としての制約条件に照らして調整することになるため、どの程度までであれば事業部の計画を許容できるのか、あらかじめ基準を準備しておく必要がある。
人事中計は、その必要性の高さとは裏腹に、定量的な根拠を持った複数年の計画として具体的に落とし込みができている会社はそれほど多くないのが実情である。しかしながら、事業環境が大きく変化し、先の読めない時代だからこそ、中長期的な目線が求められる “人” に関する計画については、より解像度を高くして検討しておくことが必要である。本連載が、人事中計の策定を視野に入れている皆さんの検討の一助になれば幸いである。
![]() |
山本奈々 やまもと なな デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 執行役員 パートナー 人事中計の策定、要員・人件費計画の策定(Workforce Planning)および最適化マネジメント、要員・人件費計画策定プロセスの高度化、人材のトランジション実行支援、組織・人事戦略策定、同一労働同一賃金、DEI(Diversity, Equity & Inclusion)推進支援、ピープルアナリティクス、人事制度設計等、組織・人事関連のコンサルティングに幅広く従事している。 共著書に『要員・人件費の戦略的マネジメント ~7つのストーリーから読み解く』『"未来型"要員・人件費マネジメントのデザイン』(ともに労務行政) |
