株式会社リンクアンドモチベーション 常務執行役員
川内正直
本連載の第1回では「労働市場ブランディング」という考え方の全体像を、第2回では企業と人材の信頼関係を支える「約束」と「実行」の重要性を整理してきた。第3回では、「約束」の過程において見落とされがちな視点と、それを踏まえた二つの逆転発想についてお伝えした。では、実際に労働市場ブランディングを進めている企業は、どのような取り組みをしているのか。今回は、労働市場ブランディングにおいて大きな成果を挙げた、電通とNECの取り組みを紹介したい。両社には、2025年7~8月に当社が主催したイベント「HR Transformation Summit 2025」に登壇してもらい、事業変革や組織変革、働きがい向上に向けた取り組みについて語っていただいた。本稿では、その内容も踏まえながら、2社の変革の取り組みを整理していきたい。
労働市場ブランディングにおいて社員の「働きがい」は欠かせない
本題に入る前に、労働市場ブランディングを考える上で欠かせない視点を一つ共有しておきたい。第1回で述べたとおり、社内労働市場に向けたインナーブランディングと、社外労働市場に向けた採用ブランディング(アウターブランディング)は、常に影響し合っている。今の時代、社内で起きていることは、そのまま社外へと伝わっていく。
その社内労働市場において、特に重要な指標となるのが、社員の「働きがい」だ。労働市場ブランディングにおいて、社員は最も強力なメディアである。社員が生き生きと働いていれば、その姿勢や言葉が求職者や社会に自然と伝わり、企業のブランドを形成していく。逆に言えば、働きがいが伴わなければ、どれだけ採用広報に力を入れても、発信は空回りする。
しかし、OpenWorkに投稿された社員クチコミデータを基に、クレジット・プライシング・コーポレーション(CPC)のアナリスト、西家宏典氏が作成したデータによると、働き方改革の推進により「働きやすさ」はこの10年で日本全体として大きく改善している一方、「働きがい」は同じ期間に低下し続けているという。
「働きがい」を高め、労働市場ブランディングにおいて大きな成果を挙げた前述の2社は、市場の変化を真摯に受け止め、社内外の人材から選ばれ続けるために「変わる」と決意し、これまでよしとされてきた働き方や、働きがいの在り方すらも変えてきた。その変革の過程にこそ、多くの企業にとっての示唆がある。
電通は、オープンワークの「社員の声で決まる 働きがいのある企業ランキング」で3年連続トップ3に選ばれるに至った。NECは、年間約5000人規模の人材が異動する、流動性の高い組織を実現している。
両社の事例は、事業変革と組織変革を進める中で、働きがいが高まり、結果として労働市場から選ばれ続ける企業へと変わっていったことを示す、実践的なモデルケースと言えるだろう。
電通の取り組み事例:仕事の価値を広げることが、働きがいになる
電通の変革は、単なる「働きやすさ」の改善ではない。前述のとおり、働きやすさが高まっても、働きがいが高まるとは限らない。同社が取り組んだのは、事業の価値を広げ、働きがいの在り方そのものを変えることだった。
電通が掲げるのは、従来の「広告会社」から「Integrated Growth Partner(IGP)」への転換だ。これは、広告やマーケティングにとどまらず、クライアントのパーパス策定や事業変革、新規事業開発など、統合的に課題解決を支援するパートナーへの転換である。この転換によって、既に事業の約4割を広告以外の領域が占めるようになっている。クライアントから求められるものが、広告領域だけでなく、経営や事業変革、組織変革にまで広がる中で、社員に求められる働き方や、仕事のやりがいも変わっていった。
では、このような変革はどのようにして実現されたのか。
かねてより組織変革を進めてきた同社だったが、2023年1月に電通グループ Global CHROへ就任し、2024年1月にdentsu Japanチーフ・ピープル・オフィサーを兼務した谷本美穂氏が、社員との対話から見えてきた依然として存在する課題として語ったのは、「時間労働に偏重したマッチョな人が評価される」「社員の行動が細かく管理されている」「管理職に女性が少ない」「役員選抜されるのは、社長と仲良しな人なのでは?」といった声だった。IGPへの転換を実現するためには、そのような働き方やマネジメントを変えていく必要があった。
そこで、「真のIGP」を実現するために、「電通DNAをアップデート」「個とチームの無限の掛け算」「オープンな経営の推進」「多様で柔軟な働き方の実現」「個人の成長支援」などの取り組みを進めていった。
例えば、「電通DNAをアップデート」においては、リーダーシップ基準「dentsu Leadership Attributes(dLA)」を策定。業績だけでなく、「他者を育てる」「多様な専門性を掛け合わせる」といった行動を評価基準へ組み込むことで、会社が求めるリーダーシップの在り方を伝えていった。
また、「個人の成長支援」においては、「People Discussion」を展開している。これは、対象者の育成や成長について、リーダー陣が議論を行う取り組みであり、業績だけでなくdLAの体現度も含めて評価・育成を行っている。dLAを体現している人材※を優先的に昇格させることで、会社が求めるリーダー像を組織全体へ浸透させているという。さらには、多様な人材が年次に関係なく活躍できるよう、組織の階層フラット化も実現した。
※電通における表記は「人財」だが、本稿では「人材」に統一した。
一方、「オープンな経営の推進」においては、dentsu Japan CEO(現電通グループ 代表執行役 社長 Global CEO 兼 dentsu Japan CEO)の佐野 傑氏が、全70局・社員5000人超と直接対話する「オープントーク」を実践している。「社長」ではなく「佐野さん」と呼ぶこと、忖度なしで意見を交わすことをルール化した。トップダウンではなく、対話を通じて組織を変えていこうとする姿勢が、電通の変革を象徴している。
また、「多様で柔軟な働き方の実現」においては、過去の労務問題も一つの契機として、長らく「労働環境改革」を推進している。定型業務を中心に「ワークダイエット」を進め、残業時間を大幅に削減。「どれだけ長く働いたか」ではなく、「どのようなアウトプットを出したか」へと価値基準を転換していった。
事業領域の拡大とともに、こうした組織変革を積み重ねた結果、コンサルティングや事業変革、スポーツ、エンターテインメントなど、多角的な領域へ挑戦できる機会が広がっていった。「領域を限定せず、顧客の課題解決をするのが面白い」という声が、自然と社員から出るようになったという。
年次に関係なく、新たな領域へ挑戦できる機会が広がったことで、自ら学び、キャリアを広げようとする社員も増えていった。こうした人と組織の変化を通じて、電通は実際に事業領域そのものを拡張していったのである。佐野氏はこう語っている。「仕事にやりがいがないと、働きがいは生まれない」と。新しい挑戦ができることそのものが、働きがいへとつながっているのだ。
これらの取り組みを数年にわたって積み重ねてきたことが、組織を確実に変えてきた。前述の「働きがいのある企業ランキング」は、実際に働く社員・元社員のクチコミデータを基に集計される、社員の生の声を反映した指標だ。電通は2023年までは下位にとどまっていたが、2024年に3位、2025年に1位、2026年に2位と、3年連続でトップ3に選ばれている。
まとめると、インナーブランディングの強化が、採用ブランディングの強化へと波及した好事例と言えるだろう。実際、中途採用は一貫して新卒採用を上回る規模で推移しており、dentsu Japan全体で、2024年度は新卒入社者数に対し中途入社者数が約2倍に達している。かつてのイメージを払拭し、多様なバックグラウンドを持つ人材からも選ばれる組織へと変わり続けているのだ。
NECの取り組み事例:「選び・選ばれる」組織へ——人材流動が事業変革の原動力に
NECの変革もまた、単なる人事制度の見直しではない。背景にあったのは、事業モデルそのものの転換である。
当社主催の「HR Transformation Summit 2025」で、当時CHROを務めていた堀川大介氏(現Chief Learning Officer 兼 Chief Diversity Officer)は、NECがかつて半導体、通信、コンピューターを中心に成長してきた企業だったと振り返った。1990年代には、半導体シェア世界1位、通信やコンピューター分野でも世界トップ5に位置していたという。しかし、GAFAや新興国企業が台頭する中で、多くの事業から撤退を余儀なくされた。
そこで、自社の存在意義を見直し、パーパスを刷新するとともに、社会課題を解決する「社会価値創造型企業」への転換を進めていった。
この事業転換は、社員に求める働き方や、働きがいの在り方も変えていった。ハードウエア中心の時代には、「モノづくり」が仕事の中心だった。しかし、社会課題を解決する企業へ変わる中では、顧客や社会の課題に向き合い、多様な人材と連携しながら価値を生み出す「コトづくり」が求められるようになったのである。
しかし、パーパスや戦略を掲げただけでは、組織はすぐには変わらなかった。堀川氏は、「それから5~6年は、まだうまくいかなかった」と振り返っている。
そこでNECは2018年から、「実行力の改革」へとかじを切った。堀川氏は「パーパスや戦略を掲げても、結局それを実行するのは人だ」と語っている。起点となったのは、社員との対話だった。タウンホールミーティングを通じて聞こえてきたのは、「大企業病」「内向きでスピード感がない」「会議ばかり、資料ばかり」といった厳しい声だった。エンゲージメントサーベイも開始したが、初年度の2018年度のスコアは19%。経営が変わろうとしても、社員には十分に届いていない。その現実を直視したことが、変革を加速させる契機となった。
そこからNECは、人事制度改革に踏み込んでいった。まず、同質性の中で行き詰まっていた組織に対し、外資系企業で経営経験を持つ人材を迎え入れ、外部の価値観や経験を積極的に取り入れていった。
さらに、評価や登用の在り方も見直した。堀川氏によれば、9ブロック(業績とバリューの2軸で、九つのマスに分類する評価手法)を活用し、フェアな評価とフィードバックができる仕組みを整備したという。
加えて、2024年度からはジョブ型人材マネジメントを全社員に導入した。堀川氏はその考え方を、「会社は『適時適所適材』を、社員はキャリア自律を、そして会社と社員は『選び・選ばれる』関係を実現する」という言葉で説明している。社員が自らキャリアを選び、会社は事業戦略に応じて最適な人材を配置する。一方的に動かすのではなく、双方が選び・選ばれる関係へ。企業の競争力を強化するために、人材の流動性を高める必要があったのである。
当初は戸惑いの声もあったという。しかし堀川氏は、新卒で入社して30年間同じ仕事をしてきた社員であっても、ジョブ型導入をきっかけに、自らの市場価値やキャリアを考えるようになったと語っている。その中で、「自分はこの仕事が好きなんだ」「もっと貢献したい」と主体的に仕事へ向き合う社員も増えていったという。
この過程で、マネジメントの在り方も大きく変わった。堀川氏は、以前のNECでは、各事業が活躍している人材を囲い込み、十分に力を発揮できていない人材が放置されることもあったと語っている。しかし現在は、活躍している人材をより適切なポジションへ送り出し、十分に力を発揮できていない人材には、必要に応じて別のポジションや改善プログラムを提供する運用へと変わった。人を抱え込む管理職ではなく、人が最も高いパフォーマンスを発揮できる場を見極め、「適時適所適材」を実現できる管理職が求められるようになったのである。
また、社内では他部署の業績やエンゲージメントスコアを可視化したダッシュボードも公開されており、社員が自らキャリアを選択する際の参考情報として活用できる。どこで働き、どのように成長するかを、社員自身が主体的に考えられる環境が整えられている。
その結果、ジョブ型導入後の1年間で、NEC単体の社員約2万2000人のうち、約4分の1に当たる約5000人が新しいポジションに就いた。エンゲージメントスコアも19%(2018年度)から42%(2024年度)へと上昇した。人材が流動化し、社員が主体的に挑戦するようになったことで、事業変革もさらに加速していったのである。
社長 兼 CEOの森田隆之氏は、「ビジネスの主役であるすべての従業員には、働きがいを持って自分たちの力で会社をキラキラと輝かせてほしい」と述べている。事業を変えるために、人と組織を変える。そして、社員一人ひとりが自らの成長と貢献を実感できる環境をつくる。その積み重ねが、NECの働きがいと競争力の双方を変え始めているのである。
2社の事例から読み取れること
電通とNECの事例から読み取れることは、大きく3点ある。
第一に、「働きがい」と「事業変革」は相互に作用するということだ。近年、多くの企業で働き方改革が進み、「働きやすさ」は改善されてきた。しかし、単に労働時間を減らしたり制度を整えたりしただけで、事業変革や、その先の事業成長が実現するわけではない。
両社が取り組んだのは、社員が「新しい挑戦ができる」「自分の能力を発揮できる」「社会や顧客へ貢献できる」など、「働きがい」を感じられる環境をつくることだった。電通では、「Integrated Growth Partner」への転換に伴い、階層フラット化や人材育成制度の見直しを進めることで、年次に関係なく新たな領域へ挑戦できる機会を広げていった。NECでは、社会価値創造型企業への転換に伴い、社員一人ひとりが自らの仕事やキャリア、市場価値を考え直す機会を提供していった。
つまり、「働きがい」を創出することで、人の主体的な挑戦を促し、その挑戦が事業変革を前進させる。そして、事業が変わることで、さらに新しい仕事や成長機会が生まれ、新しい「働きがい」が生まれていく。両社の事例は、「働きがい」と「事業変革」が循環しながら進んでいくことを示している。
第二に、「約束」と「実行」の積み重ねが、社員との信頼関係をつくるということだ。第2回でも述べたとおり、企業が掲げるメッセージは、実行されてこそ、初めて信頼につながる。
重要なのは、方針を掲げるだけでなく、評価・配置・育成といった制度に埋め込み、継続的に実行することである。両社とも、一度の施策で変わったわけではない。何年にもわたり制度運用と、理解・共感してもらうための対話を積み重ねてきたからこそ、「会社は本気で変わろうとしている」という信頼が社員の中に生まれていったのである。
第三に、インナーブランディングは、アウターブランディングへ波及するということだ。前述の通り、社員は企業にとって最も強力なメディアである。社員が働きがいを持ち、生き生きと働いている姿は、社員クチコミサイトやSNS、直接の会話などを通じて自然と社外へ伝わっていく。
もちろん、単に「人気企業」になることだけが、採用ブランディングの成功ではない。第3回で述べたように、本当に重要なのは「この指とまれ」の発想であり、自社に共感する人材と「選び・選ばれる」関係になることだ。
その点で、電通とNECは、事業変革に合わせて「集まる人材」そのものが変わり始めている。電通では、広告以外の領域へ挑戦したい人材も増えている。NECでも、ジョブ型やキャリア自律を重視する組織へ転換したことで、多様な専門性を持つ人材が集まり始めている。
つまり、両社ともに、事業戦略と連動しながら、「どのような人材に来てほしいか」を見直し、その変化が労働市場にも伝わり始めている。これは、インナーブランディングがアウターブランディングへと波及した、象徴的な事例と言える。
両社の変革は、まだ道半ばだ。それでも、「働きがい」を起点に、事業と組織を変え続けてきた歩みは、多くの企業にとって示唆に富む。労働市場ブランディングは、短期的な採用や定着にとどまらず、中長期的に事業変革の原動力となる。
2社の事例を参考に、自社の労働市場ブランディングを加速させてほしい。
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川内正直 かわうち まさなお 株式会社リンクアンドモチベーション 常務執行役員 組織人事領域のコンサルタント・プロジェクトマネジャーとして顧客企業の変革を成功に導く傍ら、新拠点立ち上げ、新規事業「モチベーションクラウド」の拡大などをけん引。2010年、当時最年少で執行役員に就任。2022年より、常務執行役員。組織開発、人材開発などのテーマで経営者やビジネスパーソン向けの講演や各種メディアへの寄稿多数。著書に『マネジャーのための人事評価で最高のチームをつくる方法』(翔泳社)。 |
