2026年03月31日掲載

社内外の人材から「働く場所」として選ばれる、労働市場ブランディング - 第1回 「確率論の採用」から脱却せよ ~採用の在り方を変える新たな視点

株式会社リンクアンドモチベーション 常務執行役員
川内正直

【編集部より】
全5回の連載「社内外の人材から『働く場所』として選ばれる、労働市場ブランディング」がスタートします。執筆いただくのは、株式会社リンクアンドモチベーション 常務執行役員の川内正直氏です。
本連載では、企業が「働く場所」として求職者や社員から選ばれ続けるための考え方と、実践の要点について、豊富な実例も交えながらお伝えします。第1回では、採用活動を例に挙げながら、「労働市場ブランディング」という考え方について解説していただきます。

採用担当者が抱えるジレンマ

 近年、新卒採用活動を取り巻く環境は大きく変化している。就職活動の早期化・通年化が進み、応募者のエントリー手法も多様化したことで、応募者に対応する採用担当者の負担は大きくなっている。多くの企業では、限られた人数で膨大な応募者対応に追われているのが実情である。
 その上、採用担当者には、毎年の採用人数目標という明確な数字が課されている。目標を達成するため、母集団の拡大に力を注いだ結果、対応すべき応募者はますます増えていく──。こうした状況に、悩みを感じている採用担当者もいることだろう。
 採用担当者の多くは、本来、効率だけを追い求めたいわけではない。できることなら、応募者一人ひとりの志向や価値観を理解し、入社後の活躍まで見据えた採用を実現したいと考えている。しかし現実には、日々の業務に追われ、そのような対話の時間を十分に確保することは容易ではない。
 結果として、採用活動は「より多くの人と出会い、その中から選ぶ」という確率論的な方法に頼らざるを得なくなる。この方法自体が誤りというわけではない。しかし同時に、「このままのやり方を続けて本当に良いのだろうか」と感じている採用担当者も少なくないのではないだろうか。
 本連載では、こうした採用活動の課題を捉え直す視点として、「労働市場ブランディング」という考え方を紹介したい。「労働市場ブランディング」では、求職者から働く場所として選ばれる「採用ブランディング」と、社員から選ばれ続ける「インナーブランディング」を統合して考える。
 この視点に立つと、採用は単なる人材獲得の活動ではなく、“企業と個人の関係性をつなぐ第一歩” として捉え直すことができる。そしてこの考え方は、採用だけでなく、入社後の育成や定着の在り方にも示唆を与えるものだ。
 今回は、採用活動を具体例として取り上げながら、「労働市場ブランディング」という考え方について整理していきたい。

採用現場で起きている二つの問題

 採用活動の現場では、実際にどのような問題が生じているのだろうか。具体的な事例を見てみたい。

 一つ目は、「採用と育成が十分に接続されていない」という問題である。
 採用とは本来、「採って用いる」という言葉のとおり、人材を迎え入れ、その後の活躍につなげていく活動である。しかし現実には、採用が「採って終わり」になってしまうことがある。
 例えば、事業拡大を背景に採用人数を大きく増やした企業があった。採用目標の達成に向けて母集団を拡大し、結果として単年で100人規模の新卒採用を実現した。しかし、その採用を担っていたのは数人の担当者にすぎなかった。膨大な応募者対応に追われる中で、一人ひとりの志向や価値観を理解し、配属先と丁寧に擦り合わせることは容易ではない。
 この企業でも多くの企業と同様に、採用と育成の機能が分業されていた。採用担当者としては、出会った学生が、入社後どのように成長していくのかを十分に見届ける機会はなかった。
 その結果、入社前後で期待の擦り合わせが十分に行われないまま入社を迎えた社員も少なくなかったため、数年後には早期離職が増え、欠員分の業務負担が中堅層に集中した。さらに、その負担の大きさから中堅社員にも退職者が出始め、組織全体に影響が広がっていった。
 このような事例は、当社が開催したセミナーの参加者からも複数寄せられている。

 二つ目は、「“採用に至らなかった応募者” との関係性構築を失敗している結果、将来の損失を生むリスクがある」という問題である。
 前述のとおり、多くの企業では母集団を広げるための採用活動を行っている。しかし、多くの人に会えば会うほど、採用に至らなかった人数は増える。その結果、採用ブランドにデメリットが生じることがある。
 例えば、ある企業では1000人規模の母集団を形成し、最終的に目標だった10人を採用した。採用という結果だけを見れば成功している。しかし、その過程で出会った残りの990人が、どのような体験をしたのかについては十分に意識していなかった。
 その結果、学生からは次のような声が出ていた。
 「不合格の連絡も業務的だったし、大事にしてもらえたとは感じなかった」
 「自分を見てもらっているというより、見定められているように感じた」
 企業に悪意があったわけではないが、採用活動を通じて生まれた関係は、そこで途切れてしまった。
 採用活動で出会った応募者は、今後もさまざまな形で企業と関わる可能性を持っている。新卒時には採用に至らなかった人が、数年後に転職者として入社を検討することもあるだろう。顧客として企業と関わるかもしれないし、投資家として企業を支える存在になる可能性もある。また、友人や家族に自らの体験を語ることもあるだろう。もし採用活動を通じてネガティブな印象を持たれれば、それは長期的に企業にとっての損失につながりかねない。

「確率論的な採用」の限界

 こうした問題は、多くの採用担当者が認識している。「改善しなければならない」と思いながらも、日々の忙しさの中で後回しになってしまっているケースも多いだろう。
 本来であれば、採用プロセスを見直し、面接の通過率を高めながら母集団の規模を適切に保つことで、一人ひとりの候補者と丁寧に向き合う採用を実現することが望ましい。だが現実には、そこまで採用プロセスを設計する余裕がなく、目の前の採用目標の達成が優先されやすい。その結果、現在の採用プロセスにおける通過率を前提に、必要な人数を逆算し、母集団を拡大することで目標を達成する、という「確率論的な採用」に依存することになる。
 しかし、母集団が大きくなるほど採用担当者の業務負担は増えていく。結果的に「採用と育成が十分に接続されていない」「“採用に至らなかった人” との関係構築に失敗すると、将来の損失を生むリスクがある」といった問題が、さらに深刻化する。

 そこで今、求められているのは「確率論的な採用」だけに縛られず、採用に対する考え方そのものを広げることである。その視点が、本連載のテーマである「労働市場ブランディング」だ。
 労働市場ブランディングとは、簡単に言えば「社内外を問わず、人材とより良い関係を構築していくための取り組み」である。採用だけでなく、入社後の定着や活躍、さらには採用に至らなかった人材や退職者との関係性も視野に入れた考え方である。
 こうした関係を長期的に積み重ねることで、企業には自然と求める人材が集まり、採用の質も高まっていく。その結果、母集団を無尽蔵に拡大する必要がなくなり、入社後の定着や活躍まで見通した採用が可能になる。
 労働市場ブランディングは長期的な投資であり、短期的に成果が出る手法ではない。短期的には、考慮すべき事項が増え、負担が大きくなる場面もあるだろう。
 現在の採用の捉え方のままで活動を続けていても、構造を変えることはできない。だからこそ、目先の成果を追うだけでなく、新しい採用の在り方を模索していく必要があるのだ。

「労働市場ブランディング」という考え方

 ここで、「労働市場ブランディング」の考え方を整理しておきたい[図表]
 前提として、企業が向き合う「労働市場」について確認しておこう。労働市場は、大きく二つに分けることができる。一つは、現在働いている社員に向き合う「社内労働市場」。もう一つは、就活生・転職者など社外の人材に向き合う「社外労働市場」である。
 これまで多くの企業では、「社内労働市場」に向けた取り組みを「インナーブランディング」、「社外労働市場」に向けた取り組みを「採用ブランディング」と位置づけて、それぞれ個別に進めてきた。
 しかし本来、この二つは切り離して考えられるものではない。詳しくは次項で説明するが、今の時代、企業の実態は簡単に社外に伝わり、採用に影響を与える。一方で、採用時に形成された期待は、入社後の定着や活躍にもつながっていく。

 そこで重要になるのが、この二つの労働市場を一体として捉える視点である。社内労働市場に向けたブランディングと、社外労働市場に向けたブランディングを統合して考える。こうした発想を、本連載では「労働市場ブランディング」と呼ぶ。

[図表]労働市場ブランディングとは

図表

なぜ「統合」が重要なのか

 それでは、なぜ社内労働市場と社外労働市場に向けたブランディングを統合して考える必要があるのだろうか。それは、両者が密接に影響し合っているからである。
 まず、インナーブランディングが機能していなければ、採用ブランディングは成立しない。近年は、SNSや社員口コミサイトの普及、人的資本開示の進展などによって、企業の「中身」は隠せない時代になっている。採用広報でどれほど魅力的なメッセージを発信しても、組織の実態と乖離(かいり)していれば、その差はすぐに可視化され、社外へと広がっていく。つまり、社内で起きていることが、そのまま企業の採用力を左右する時代になっているのである。
 同時に、採用ブランディングが機能していなければ、インナーブランディングもまた成立しない。
 採用段階で形成された期待と、入社後の現実に大きなギャップがあれば、組織にはさまざまな問題が生じる。社員は「思っていた仕事と違う」「聞いていた働き方と違う」といった失望を抱き、やがて離職につながることもある。一方で企業側も、「パーパスを浸透させたい」「価値観を共有したい」と考えていても、採用段階で期待が十分に共有されていなければ、その実現は難しい。入社後の関係構築は、採用段階でどれだけ期待を擦り合わせ、関係性を築けていたかに大きく左右されるからである。
 このように、社内と社外は決して独立した世界ではない。両者は常に影響し合っているため、社内労働市場と社外労働市場に向けたブランディングを切り離して設計することはできないのである。
 だからこそ、両者を統合して捉え、人材との関係を一貫して設計していく必要があるのだ。これが、労働市場ブランディングという発想の根底にある考え方だ。

なぜ「ブランディング」なのか

 ここまで、「労働市場ブランディング」という考え方について整理してきた。では、この言葉に含まれる「ブランディング」とは、どのような意味を持つのだろうか。
 その意味を理解するために、企業を取り巻く環境の変化から考えてみたい。近年、多くの企業において、事業活動における価値の源泉は「人」へと移りつつある。とりわけ、高い専門性や能力を持つ人材を確保し、活躍してもらうことは、事業の成長や競争力に直結する経営課題となっている。
 同時に、人口減少が進む中で、そのような人材は企業間で奪い合いの状況にある。企業は、社内外の人材から「働く場所」として選ばれ続けなければならない。
 そのためには、単に高水準な労働条件を提示するだけでは不十分である。他社と比べて「なぜこの会社なのか」という明確な理由を示さなければならない。言うなれば、「ここ “で” いい」ではなく、「ここ “が” いい」と思われるだけのオンリーワンの理由が必要なのだ。
 そのために有用なのが、ブランディングという考え方である。ブランドの本質とは「個体識別」を確立することだ。つまり、労働市場においては、他社と比べたときに、自社ならではの価値や特徴を明確にすることを意味する。
 社内外の人材から「ここがいい」と選ばれる理由をつくること。これこそが、労働市場ブランディングの目指す姿なのである。

労働市場ブランディングで「憧れられる会社」へ

 最後に、労働市場ブランディングによって実現したい状態のイメージを共有しておきたい。
 かつて企業の魅力は、採用広告やオウンドメディアなど、メディアを通じた情報発信によって形づくられる側面が大きかった。しかし現在は、企業イメージを一方向的に形成できる時代ではない。
 情報の発信源は多様化し、企業の評判はさまざまな場所で語られるようになっている。友人や先輩、親戚、あるいは知人のさらに知り合いなど、どこから企業の話を聞くことになるかは分からない。企業が発信する情報以上に、実際に働いている人や、かつて働いていた人の言葉のほうが信頼されるようになっている。
 だからこそ重要になるのは、社内外の人材から自然に語られる企業の姿である。
 「働いている人が生き生きとしている」
 「辞めた人も良い会社だと言っている」
 そうした姿が周囲に伝わり、「あの会社で働いてみたい」と憧れられる状態こそが、これからの企業に求められる姿なのではないだろうか。

 第1回となる本稿では、「労働市場ブランディング」という考え方について整理してきた。次回以降は、この考え方をどのように実践していくのか、具体的な取り組みについて紹介していきたい。

プロフィール写真 川内正直 かわうち まさなお
株式会社リンクアンドモチベーション 常務執行役員
組織人事領域のコンサルタント・プロジェクトマネジャーとして顧客企業の変革を成功に導く傍ら、新拠点立ち上げ、新規事業「モチベーションクラウド」の拡大などをけん引。2010年、当時最年少で執行役員に就任。2022年より、常務執行役員。組織開発、人材開発などのテーマで経営者やビジネスパーソン向けの講演や各種メディアへの寄稿多数。著書に『マネジャーのための人事評価で最高のチームをつくる方法』(翔泳社)。