株式会社リンクアンドモチベーション 常務執行役員
川内正直
採用に潜む “期待と実態のギャップ”
就職活動は、企業と学生の「化かし合い」である——そのように揶揄されることがある。企業側は「採用目標を達成したい」、学生側は「内定を得たい」と、互いに「選ばれたい」という思いが先行するあまり、表面的で聞こえがいい情報が優先され、事実を必要以上に良く見せ、伝えてしまう。結果として、本来共有されるべき実態が十分に伝わらないまま選考が進んでいく。
こうした構造は、以前から問題として認識されてきた。米国において1970年代より実証研究が蓄積されてきたRJP(リアリスティック・ジョブ・プレビュー)理論では、採用プロセスにおいて職務の実態を現実的に伝えることが、入社後の定着につながると説かれており、日本でも20年以上前から注目されてきた。にもかかわらず、入社後にギャップが生じるケースは依然として少なくない。
例えば、「若手でも活躍できる環境」と聞いて入社したものの、実際には与えられた業務をこなすことが中心で、自ら提案できる余地がないと感じる新入社員がいる。一方で、「入社したら挑戦したいことがある」と語っていた応募者の学生が、入社後にはそのような意欲を発揮していない、と企業側が感じる場面もある。
採用プロセスで形成された期待と、入社後の実態との間に生じる “ギャップ” は、企業と個人の双方にとって望ましいものではない。
「採用活動とはそんなものだ」と捉えることなく、この状況を変えていくことが重要である。RJP理論が提唱されて久しいにもかかわらず、ギャップが解消されないのは、「何を伝えるか」だけでなく、「伝えたことをどう扱うか」という視点が欠けているからではないだろうか。本稿では、企業と人材が互いに信頼関係を築くために何が必要かを、この視点から論じていきたい。
「労働市場ブランディング」における「約束」と「実行」
ここで、改めて本連載のテーマである「労働市場ブランディング」について確認しておきたい。
「労働市場ブランディング」とは、社内外を問わず、人材とより良い関係を構築していくための取り組みであり、その結果として、社内外の人材から「働く場所」として選ばれる状態を目指すものである。したがって、「労働市場ブランディング」におけるあらゆる施策の根底には、企業と人材の信頼関係の構築がある。
では、その信頼関係はいかにして築かれるのか。カギとなるのは、採用プロセスで伝えた内容を、互いに「約束」として認識することである。言い換えれば、一度伝えたことを必ず「実行」するという意識を持つことにほかならない。
そこで第2回となる今回は、具体的な手法論に入る前に、この信頼関係の構築に当たって外すことのできない、「約束」と「実行」という考え方について整理していく。
「約束」の落とし穴 ~「言っているだけ」になってしまう
ビジネスにおいて信頼を獲得するためには、「約束」を守ることが重要だ。言い換えれば「有言実行」である。言ったことを実行しない「有言不実行」はもちろん、実行はしていても言葉にしない「不言実行」もまた、信頼の形成という観点では十分ではない。しかし、社内外の労働市場において、この「約束」を十分に守っていない場面がしばしば見られる。約束が「ただ言っているだけ」になっているのである。
具体的には、採用プロセスで企業が人材に伝えた内容が、入社後に守られていないケースがある。また、採用時だけでなく入社後においても、「異動前に聞いていた話と実際の業務が異なる」「挑戦すれば評価されると聞いていたが、実際には評価されない」といった事例は珍しくない。
では、なぜこのようなことが起きるのだろうか。そのメカニズムとして、主に二つのパターンがある。
一つ目は、「約束」した内容が関係者に認識されていないパターンである。採用のケースでは、人事が採用プロセスで伝えた内容を、現場の管理職が把握していないことがある。また入社後においても、人事や異動前の上司が伝えていた内容を、異動後の上司が十分に認識していないことがある。そもそも、知らない約束を守ることはできない。
二つ目は、「約束」の内容に具体性が伴っていないパターンである。例えば、経営層が「今後は挑戦する人材を評価する」と方針を示したとする。しかし、何をもって「挑戦」と見なすのか、どのような基準で評価するのかを決めていなければ、管理職は従来どおりの基準で評価を行うだろう。採用プロセスにおける約束も同様である。「若手でも活躍できる環境」と伝えていても、現場でどのような活躍の機会を提供するのかが具体化されていなければ、実行にはつながらない。
このように、約束が関係者に共有されていなかったり、共有されていたとしても方法や基準が具体化されないままであるために、実行に落とし込まれていない状態が生じることがある。
「約束」を “守られるもの” にするために
この状態を解消するためには、まず「何を約束するのか」を明確に定める必要がある。あらゆる事項を約束しようとしても、すべてを実行することはできない。労働市場ブランディングにおいては、他社と比較した際の自社の特徴を見定め、そこから企業としてコミットできる内容を選び出し、人材に対して魅力として打ち出すことが効果的だ。「約束したからには実行する」という前提に立ち、何を約束するかを見極めることが出発点になる。
その上で、約束した内容については、実際に現場で実行されるよう、基準や方法など要件を示し、具体的な行動を明確にした上で、関係者に落とし込む必要がある。
この際にカギを握るのが、現場で実行の要を担う管理職である。管理職は、企業が人材に対して約束した内容を、自部署において確実に実行されるよう具体化する役割を担う。
加えて、管理職には、「人材が企業に対して行った約束」が実行されるよう支援する役割もある。人材の側が行う約束とは、例えば採用時に語った入社動機、ミッション、具体的な業務目標などである。これらを実務と接続された形で具体化したり、現場の実態と乖離がある場合には基準を調整したり、新たな目標を設定したりすることが求められる。
また、冒頭の例のように、採用プロセスにおいては、人材(応募者)側も自らの発言を「約束」として捉えていないケースが少なくない。企業が人材に対して約束を示すのと同様に、人材側においても「何を約束するのか」を明確にすることが重要であり、その整理を企業側が働き掛けていく必要がある。採りたい人材だからといって、企業側ばかりが約束する関係にとどまってしまえば、持続的な関係構築は難しい。
このように、ビジネスにおける約束は一方向のものではない。企業と人材が互いに約束を交わし、それぞれがその実現に向けてコミットしている状態こそが、望ましい姿である。
「実行」の落とし穴 〜「実現」にとらわれてしまう
「実行」とは、その名のとおり、約束した内容を現場で具体的な行動に移し、実現に向けて取り組んでいくことである。信頼は、この「実行」の積み重ねによって形成されていく。しかし、社内外の労働市場においては、「実行」に対する捉え方が誤っているケースが少なくない。
その典型が、「実行」ではなく「実現」にとらわれてしまうことである。 “結果として成果が出た状態” のみを重視し、そこに至るまでのプロセスについては閉ざしてしまうのだ。
例えば、「まだ十分な成果が出ていないため発信しづらい」「形になってから共有すべきではないか」といった考えから、成果として示せる状態になるまで発信を控える、といった判断を下してしまう。しかし、このような姿勢では、実行へのコミットメントが弱まりやすい。成果が出るまでの過程が可視化されないため、実行したことへのフィードバックが得られず、改善のサイクルが回りにくくなる。また、担当者の努力が評価されにくくなり、活動自体が縮小していく可能性もある。
重要なのは、「実現」ではなく、「約束を果たそうと実行し続ける姿勢」である。「有言実行」という言葉がある一方で、「有言実現」という言葉はない。信頼を生み出すのは、結果だけでなく、真摯に取り組む過程における、試行錯誤や改善の積み重ねだということを忘れてはいけない。
そのため、「実行していること」自体をオープンにしていく取り組みが重要だ。近年では、社員クチコミサイトの普及や人的資本情報の開示が進み、「実現したかどうか」だけでなく、「どのように実行しているか」という姿勢そのものが評価の対象となる環境になっている。取り組みの過程を可視化し、「言行一致」で実行し続けることで、社内外からの共感は広がり、結果として「実現」につながるのである。
なお、「実行し続ける姿勢」が信頼を生むのは、企業だけでなく人材側においても同様である。自らは、約束を実行する姿勢を周囲に示せているだろうか——こうした視点は、常に持ち続けておきたい。
「実行」を “組織に広げる” ために
ここまで、「実行」においては、その過程をオープンにすることが重要であると述べてきた。実行に向けた取り組みを適切に伝えていく上で、管理職の役割は重要である。管理職は、自らが約束の実行を体現する立場であると同時に、企業として実行している内容をメンバーに伝達する役割も担っている。
しかし、管理職の働き掛けだけに依存するのでは不十分である。管理職に過度な負担が集中し、伝達の機会も限定的なものにとどまってしまうためである。
そこで重要になるのが、企業として複数のコミュニケーションチャネル(経路)を組み合わせて活用することだ。
当社では、社内のコミュニケーションチャネルを「個別 ⇔ 全体」「日常 ⇔ 非日常」という二つの軸で整理し、四つの領域に分類している[図表]。
[図表]社内のコミュニケーションチャネルの4象限

重要なのは、これらのチャネルをバランスよく活用しながら、「実行していること」を多面的に伝えていくことである。特定のチャネルに偏るのではなく、個別の対話から全社への発信までを組み合わせることで、実行状況の可視化は組織全体に広がっていく。
例えば、現場における日々の取り組みを管理職が実行し、それを部門ミーティングで共有し、さらに全社イベントや社内報で発信するといったように、複数のチャネルを連動させることで、より広く、多くの人材に伝達することができる。
このように、「実行」が組織全体に浸透していくと、組織としての実行力は高まり、結果として約束の実現にも近づいていく。
「約束」と「実行」が生み出す好循環
ここまで、企業と人材との間の「約束」とその「実行」について整理してきた。約束したことを着実に実行し、その積み重ねによって信頼を築いていくことが、労働市場ブランディングの根幹にある。
冒頭に挙げた採用プロセスの例がイメージしやすいが、約束は実行を見据えて行うことが重要である。実行しようともしていないことを約束するべきではない。ただし、これは「約束は実現可能なレベルにとどめるべきだ」という意味ではない。企業のパーパスや理念もまた約束であり、夢を語り、魅力的な約束によって人材を引きつけることも大切だ。これらの「大きな約束」は、必ずしも短期的に実現できるものではないが、大切なのはその実現に本気で向き合い、実行し続ける意思があるかどうかである。
約束と実行を積み重ねていくことで、企業はより大きな約束を掲げることができるようになる。その結果、組織としてのパフォーマンスは向上し、社内外からの信頼も高まっていく。この好循環こそが、労働市場ブランディングを強化していく。
第2回となる本稿では、「労働市場ブランディング」において重要となる「約束」と「実行」について整理してきた。次回は、これらをどのように実践していくのか、具体的な手法について解説していく。
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川内正直 かわうち まさなお 株式会社リンクアンドモチベーション 常務執行役員 組織人事領域のコンサルタント・プロジェクトマネジャーとして顧客企業の変革を成功に導く傍ら、新拠点立ち上げ、新規事業「モチベーションクラウド」の拡大などをけん引。2010年、当時最年少で執行役員に就任。2022年より、常務執行役員。組織開発、人材開発などのテーマで経営者やビジネスパーソン向けの講演や各種メディアへの寄稿多数。著書に『マネジャーのための人事評価で最高のチームをつくる方法』(翔泳社)。 |
