株式会社リンクアンドモチベーション 常務執行役員
川内正直
労働市場ブランディングを動かす「逆転発想」
本連載の第1回では「労働市場ブランディング」という考え方の全体像を、第2回では企業と人材の信頼関係を支える「約束」と「実行」の重要性を整理してきた。第3回となる今回は、その「約束」の過程において見落とされがちな視点と、それを踏まえた二つの逆転発想についてお伝えしたい。この二つの視点の転換は、労働市場ブランディングの強化にとどまらず、ひいては事業の成長にもつながる重要な意味を持つものだ。
逆転発想①「会社に人材を入れる」のではなく、「人材の中に会社を入れる」
組織力を高めたり、組織風土を醸成したりするための、社内労働市場ブランディング(インナーブランディング)施策として、「パーパスを浸透させたい」「価値観を共有したい」と考える企業は多い。しかし、入社時点で十分に共感していなければ、後から「社員として共感してほしい」と求めても、容易なことではない。第2回で整理した言葉を使えば、「約束」していなかったことを、後から「実行」しろと言うようなものだ。パーパスや価値観への共感は、採用の段階から既に始まっている。
そこで、採用段階で企業として「約束」しようとしたとする。ここで見落とされがちなのが、「自社の軸に対して、応募者や社員に共感してもらう」というように、会社を主語とした一方通行の約束になっていないかという点だ。採用とは「会社に人材を入れる」(=入社してもらう)ことだと捉えられる場合が多い。だが、重要なのは、「人材の中に会社を入れる」(= “自分ごと” 化する)という逆転の発想をすることである。
一人ひとりの人材は、自らの人生やキャリアに対する価値観や意思を持っている。先に人材側の価値観があり、そこに会社の価値観を重ね合わせ、共感するかどうかという観点で自ら選び取ってもらう。言い換えると、「会社の軸と個人の軸を確かめ合う」という捉え方である。当社では、これを「この指とまれ」の発想と表現している。
「この指とまれ」採用を実現するためには、まず企業側が、自社の価値観や特徴を明確に打ち出す必要がある。当社では、人材が組織を選び続ける要因となる四つの魅力を「4P」として整理している[図表]。Philosophy(目標の魅力)、Profession(活動の魅力)、People(組織の魅力)、Privilege(待遇の魅力)の四つである。
[図表]組織の魅力因子(4P)

重要なのは、「4P」すべてを総合的に高めようとするのではなく、自社ならではの強みを絞り込むことだ。労働市場ブランディングに成功している企業は、一つの要素にとどまらず、二つ以上の要素が際立っていることが多い。例えば、独自のビジョンを掲げている(Philosophy)だけでなく、成長意欲の高いメンバーが生き生きと働いている(People)といった具合だ。どの二つを際立たせるかを意識的に決め、磨き上げていくことがカギになる。なお、冒頭の例のようにパーパスや理念を軸とした経営がしたい、大きなことを成し遂げたい、と考えている企業であれば、Philosophyへの共感は必須の要件となるだろう。
また、ここで留意しておきたいのは、企業としての価値観や特徴を示す以上、「選ばれないことも生じる」ということだ。働く人の価値観が多様なこの時代に、万人にとっての「良い会社」は存在しない。「この指とまれ」をしたとき、特徴が際立っているほど、とまらない人が出てくるのも当然だ。会社の価値観の “自分ごと” 化を期待するなら、なおさらである。すべての人から選ばれることではなく、自社に共感を持つ人材から選ばれることを大切にしたい。
あなたは、競合他社と自社の組織の違いを、働く人の視点から説明できるだろうか。また、自社の発信が「会社主語」になり過ぎず、「人材の中に会社を入れる」ものになっているだろうか。まず自社がどのような価値観や特徴を持つのか、そして採用段階から共感形成ができているのかを、改めて問い直してほしい。
逆転発想② 採用は現場のコストではなく、組織成果を高めるものである
採用活動を、目先の人材獲得のための活動だと捉えている人は多い。そのため、現場に協力を求めると「忙しい中で、優秀な社員の時間を使わないでほしい」と思われてしまうことがある。しかし実は、採用活動こそ、現場の組織成果を高めるための活動なのである。
これは単に、「優秀な人材が採用できれば、将来的な事業成果が高まる」という話ではない。もちろん、採用活動は未来の事業活動を形作る重要な活動でもあるが、採用活動への参加が、組織の中で今まさに働いている社員の定着やパフォーマンス向上にもつながるのだ。その意味で、採用活動は最大のインナーブランディング施策と言える。
なぜそう言えるのか。それは、採用活動を通じて、社員の「時間軸」と「空間軸」が広がるからだ。
どんなに強い想いを持って入社した社員でも、日常業務では目先の目標や課題に追われて、「今・ここ」だけに意識が集中し、視野が狭くなりがちだ。仕事を「こなすべきタスク」としか感じられなくなり、モチベーションが低下して、新しい発想も生まれにくくなる。
しかし採用活動においては、会社の代表者として5年後・10年後の未来を求職者に語ることになる。しかも、採用を成功させるためには、自部署だけでなく全社に視野を広げ、ワクワクするような未来を描き、魅力的に伝えることが求められる。このプロセスを通じて、社員自身の時間軸と空間軸が広がり、「うちの会社ではこんな挑戦ができるのでは」というアイデアが生まれたり、未来に向けた希望や期待を持てるようになったりする。また、自分の言葉で求職者に語る、すなわち「約束する」ことで、「自分自身も実行していかなければ」というコミットメントが高まる効果もある。
なお、この時間軸の広がりは、未来だけでなく過去にも向く。多くの社員は、日々の業務に追われる中で、自らの仕事を振り返り、やりがいや成長を言語化する時間を持てていない。しかし採用活動に参加するとなると、求職者に対して志望理由や仕事内容、やりがい、これまでのキャリアなどを語ることになる。そのプロセス自体が、過去の経験の振り返りと言語化の機会となるのだ。
実際に、「自分の仕事のやりがいを学生に語ってほしい」と依頼されると、「人に語れるほどのことはしていない」と自信を持てなくなってしまう社員も少なくない。しかし、これまでの経験を丁寧に振り返ると、自分なりのこだわりや想いを持って仕事に取り組んでいたり、気づかないうちに成長していたりするケースは多い。言語化を通じて自身のやりがいや成長を “棚卸し” することが、個人の成長にもつながっていく。
このように、採用活動に参加した社員は、視野が広がり、気持ちを新たにして生き生きと現場に戻ってくる。採用活動への参加は、社員の定着やパフォーマンス向上に直結する。そして、現場の活性化や成果向上につながる。だからこそ、期待をかけている社員ほど積極的に採用活動に参加させるべきだ。あなたの会社では、採用担当者だけでなく、現場の社員も採用活動に参加しているだろうか。ぜひ、社員が参加できる機会をつくり出し、現場で輝いている社員ほど巻き込んでほしい。
インナーブランディング施策は、社員が会社から一方的に情報を受け取るだけの受動的な活動になりがちだ。しかし採用活動は、参加する社員にとって、人を感化できるレベルまで仕事や会社について深く理解し、思考し、自分の言葉で語るという、極めて主体的な活動である。そして当然、社員が生き生きと語る姿は、求職者にとってポジティブな1次情報となり、採用ブランディングも強化される。社内外、両方の労働市場ブランディングに高い効果を発揮する施策、それが採用活動への社員参加なのだ。
ただし、一点留意してほしいことがある。それは、社員側の「事前準備」が非常に重要だということだ。突然「話してほしい」と言われて、仕事や会社について魅力的に語れる人は多くない。準備が不十分なまま臨んでしまうと、会社として伝えたいメッセージと異なる内容が伝わり、採用ブランディングにとって逆効果になりかねない。また、事前に過去を振り返り、未来を描いていなければ、インナーブランディングとしての効果も小さくなってしまう。現場の優秀な社員をアサインすれば何とかなるだろう、という発想は禁物だ。事前準備が確実に行われるよう、仕組みとして整えておきたい。
二つの逆転発想の先にある世界
この二つの逆転発想を実践した先に、どのような世界が待っているのだろうか。
逆転発想を実践していくと、社員が自社のメッセージに強く共感し、 “自分ごと” として捉えるようになる。時間軸が広がり、未来を描くようになる。「目先の業務をこなす労働力」ではなく、「会社の未来を共につくる当事者」——そのような人材として成長していくのだ。こうした人材がいる組織の未来は、おのずと明るくなるだろう。
こうした人材は、共感の好循環によって増えていく。会社の価値観に共感した人材を採用し、その人材が採用活動に参加することで定着とパフォーマンスの向上が実現する。そしてその姿が、さらに共感する人材を引きつける。このサイクルが回り続けることで、労働市場ブランディングは着実に強化されていく。
その先には、事業の成長がある。労働市場におけるブランディングの強化は、やがて商品市場、すなわち顧客との関係性におけるパフォーマンスの向上にもつながる。より大きな「約束」を掲げ、それを「実行」できる組織へと進化していくのだ。一朝一夕で実現できることではないが、自社の特徴を際立たせ、それに共感する人材を1人でも増やすこと——この積み重ねが、労働市場ブランディングの強化につながっていく。
次回は、労働市場ブランディングを実現している実際の企業事例を紹介する。
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川内正直 かわうち まさなお 株式会社リンクアンドモチベーション 常務執行役員 組織人事領域のコンサルタント・プロジェクトマネジャーとして顧客企業の変革を成功に導く傍ら、新拠点立ち上げ、新規事業「モチベーションクラウド」の拡大などをけん引。2010年、当時最年少で執行役員に就任。2022年より、常務執行役員。組織開発、人材開発などのテーマで経営者やビジネスパーソン向けの講演や各種メディアへの寄稿多数。著書に『マネジャーのための人事評価で最高のチームをつくる方法』(翔泳社)。 |
