2025年12月04日掲載

360度フィードバックの現状と今後に向けた課題 - 第3回 エンゲージメント向上に寄与する360度フィードバックの戦略的活用

一般社団法人360度フィードバック実践活用研究会
代表理事 藤原誠司

1.日本企業におけるエンゲージメントの現状と課題

 近年、日本企業において「エンゲージメント」という概念への関心が急速に高まっている。『労政時報』第4097号(25. 4.25)掲載の「人事領域の注目テーマ/トレンドに関するアンケート」(調査対象:「WEB労政時報」の登録者から抽出した人事労務担当者のうち、部課長クラスの1万5628人、調査期間:2025年1月27日~2月7日)によれば、人的資本経営を導入・実施している企業のうち、「従業員のエンゲージメントに関する項目」をKPIとして設定していると回答した割合は78.9%と高い水準となっている。また、「従業員エンゲージメントの向上」を導入・実施している割合は50.4%に達する。
 エンゲージメントとは、従業員が自らの仕事や組織に対して抱く「心理的なつながり」や「主体的な貢献意欲」を指す概念であり、企業の生産性や定着率、さらにはイノベーションの創出と密接に関連することが指摘されている。
 実際、米国の人材開発・組織開発コンサルティング大手であるGallup社が2020年に発表した分析レポート(1990年代後半から2010年代後半にわたる調査をメタ分析したもの)では、エンゲージメントスコアの高い企業ほど収益性、生産性、離職率などの業績指標が良好であると報告されている。
 また、エンゲージメントサーベイの実施率は、『労政時報』第4039号(22. 7.22)の「人事労務諸制度実施状況調査」(調査対象:全国証券市場の上場企業[新興市場の上場企業も含む]3647社と、非上場企業1850社の合計5497社、調査期間:2022年2月28日~5月10日)によれば15.4%にとどまっている。なお、企業規模1000人以上の企業では24.1%となっている。これに対して、「従業員満足度調査」の実施率は33.9%。1000人以上の企業では42.5%である。広義の「従業員意識調査」という視点で捉えると、1000人以上の企業では6割近くが何らかの調査を実施していると解釈できる[図表1]

[図表1]組織活性化関連のサーベイの実施率

図表1

資料出所:労務行政研究所「人事労務諸制度実施状況調査」(2022年)

[注]「両者のいずれかを実施」には、両方のサーベイを実施している企業も含む

 しかしながら、サーベイを実施するだけで満足し、結果を十分に活用できていない企業が少なくない。実施結果を部門ごとに集計し、役員会に報告するだけ、あるいは各部門のトップに集計データを共有して終了するケースが多く見受けられる。一部の企業では、サーベイの結果を各部門トップに共有するだけでなく、それを受けて部門トップが管理職向けのワークショップを開催し、結果を踏まえて今後の改善策を検討する取り組みも見られる。
 しかし、こうした取り組みは、最終的に現場任せとなることが多い。意識の高い組織長であれば改善施策を継続できるが、そうでない場合には、「ワークショップを一度実施して終わり」という形で施策が定着せず、エンゲージメントが向上しないまま次年度のサーベイを迎えることが少なくない。このような形式的な運用に陥る背景には、サーベイ結果を「いかに具体的な行動変容につなげるか」という視点が欠如している状況があるといえる。

2.エンゲージメント向上のカギを握る管理職の影響

 Gallup社が2024年9月に発表した分析レポート(世界20万以上のチームを対象)では、「チームにおける従業員エンゲージメントの差異の原因の70%は、マネジメントの質(すなわち管理職の質)の違いによる」と指摘している。
 国内の調査でも同様の傾向が確認されている。リンクアンドモチベーションが2024年2月に発表した「マネジャーに対する周囲からの評価とエンゲージメントの関係性」についての調査結果では、マネジャーが上司ばかりを意識したマネジメントを行うと、従業員エンゲージメントの低下につながる可能性があり、部下の成長支援や動機づけを重視するマネジメントが重要であるとしている。
 また、アジャイルHRとインテージによる「A&Iエンゲージメント標準調査」(日本全国の男女有職者約1万人を対象)では、エンゲージメントが低い要因は、「管理型マネジメント」や「ピープルマネジメントの不足」にあるとし、上司のリーダーシップ・評価・キャリア支援・個人尊重などのマネジメントの質がボトルネックになっていると報告されている。
 エンゲージメント向上には、管理職層のマネジメントを見直し、日常の行動レベルで改善を促す仕組みを整備することが不可欠である。
 エンゲージメントサーベイの結果を有効に活用するには、単に数値を評価するだけでなく、どのようなマネジメント行動がエンゲージメントに影響を与えているかを明確に特定し、改善の起点とする視点が求められる。すなわち、サーベイを「結果の把握」で終わらせることなく、「原因の追究」「行動改善の起点」へと転換させる視点が求められる。
 エンゲージメント向上に寄与するマネジメント行動を特定し、それを管理職自身が理解し、日常のマネジメント実践に落とし込むことができれば、組織のエンゲージメントは確実に改善していく。しかし、理論や概念を学習するだけでは行動変容は起こらない。重要なのは、個々の管理職が当事者意識を持って「自らのマネジメント行動の現状」を客観的に認識し、改善すべき点を具体的に把握することが重要である。
 そのためには、客観的なフィードバックを受け、自己認識を深める機会を設けることが有効である。ここで焦点となるのが、360度フィードバックである。

3.360度フィードバックとエンゲージメントの連携活用

 360度フィードバックとは、上司・同僚・部下など複数の視点から行動観察を通じて、自身の行動特性を多面的に把握する仕組みである。特にマネジメント行動に焦点を当てた場合は、エンゲージメントに影響を与える行動(例えば、部下への支援姿勢、公平な対話、成果承認など)を意識させ、行動改善を促す点で極めて有効である。
 エンゲージメントサーベイが「結果の状態」を測定するのに対し、360度フィードバックはエンゲージメントに影響を与える「原因となる行動」を測定する。この両者を組み合わせることで、エンゲージメントの向上を「結果から原因、行動改善へとさかのぼるプロセス」として体系的に捉えることが可能になる。両者は相補的な関係にあり、連携して活用することで実践的な効果を最大化できるといえる。
 連携の仕方には複数あるが、今回は以下の二つのパターンについて解説したい。
[1]エンゲージメントサーベイを起点とした「設問の連携活用」
[2]エンゲージメントサーベイと360度フィードバックをそれぞれ実施する中での「結果の連携活用」

[1]エンゲージメントサーベイを起点とした「設問の連携活用」
 これは、エンゲージメントサーベイの実施後、その結果に基づいて、360度フィードバックをエンゲージメント向上につながるように設計して活用する方法である。エンゲージメントサーベイは実施しているが、360度フィードバックはまだ実施していない企業に推奨したい活用方法である。このパターンに該当する企業は少なくないと考えられる。
 実施・活用手順のポイントは以下のとおりである[図表2]

[図表2]「設問の連携活用」の実施ステップ

図表2

① 分析:エンゲージメントサーベイ結果を分析し、すべての設問の中でエンゲージメントに大きな影響を与えている項目を特定する。具体的には、「総合指標(推奨度指数。eNPS:自社をどのくらい他者に推奨したいかを数値化した指標)と相関が高い項目」や「エンゲージメントの高い組織と低い組織で、特に大きな差が生じている項目」に注目するアプローチが有効である

② 仮説設定:影響が大きいと特定されたエンゲージメントサーベイの項目に対して、それらの改善に寄与しそうな管理職のマネジメント行動を仮説として設定する

③ 設問への組み込み:仮説で設定したマネジメント行動を360度フィードバックの設問内容に組み込む。ここが「設問の連携活用」の核となるフェーズである

④ 実施とフォロー:その設問を用いた360度フィードバックを実施する。結果の返却を通じて対象者(管理職)がエンゲージメント向上につながる自らの行動について自己理解を深める。また、エンゲージメント向上を目的としたマネジメント研修を通じて今後自分が取るべき具体的な行動を理解する。360度フィードバックを活用することで、当事者意識が高まり、実際の行動改善につながりやすい

 上記の手順のようにエンゲージメントサーベイ結果と360度フィードバックを連動させることで、管理職の行動改善が組織全体のエンゲージメント向上へとつながる仕組みを構築できる。

[2]エンゲージメントサーベイと360度フィードバックをそれぞれ実施する中での「結果の連携活用」
 エンゲージメントサーベイと360度フィードバックのそれぞれの結果を連携させながら、マネジメント行動の改善にと展開する方法である。これは、既に二つのサーベイを実施済みの企業において、容易に適用・活用しやすい利点がある。
 実施・活用手順のポイントは以下のとおりである[図表3]

[図表3]「結果の連携活用」の実施ステップ

図表3

① 実施:エンゲージメントサーベイと360度フィードバックをそれぞれ実施する

② 比較分析:エンゲージメントサーベイで「高い組織」と「低い組織」を取り上げ、それぞれの組織における管理職の360度フィードバックの結果に着目する。エンゲージメントが「高い組織の管理職の行動特徴」と「低い組織の管理職の行動特徴」の比較分析を行うことで、エンゲージメント向上に影響すると考えられる「カギとなる行動」を特定する

③ 研修:特定された「カギとなる行動」を職場での実践につなげるためのマネジメント研修を実施する。その中で、対象者に自身の360度フィードバックの結果を振り返らせながら、エンゲージメント向上のための手法を習得させる

④ 設問への反映:次回の360度フィードバックの実施に向けて、上記の「カギとなる行動」を設問に反映させる。これにより、エンゲージメント向上に向けた意識と行動がより一層促進される

 いずれの方法においても重要なのは、「測定して終わり」ではなく、「測定結果を行動変容につなげる」ための支援を設計することである。エンゲージメントサーベイの結果が示す “組織の声” と、360度フィードバックが示す “個人の行動” を結びつけることで、現場レベルの改善サイクルが機能し始める。この連携は、単なる人事施策の組み合わせではなく、エンゲージメントを「組織文化」として根づかせるための実践的アプローチであるといえる。

4.具体的な事例の紹介

 大手メーカーA社では、5年前からエンゲージメントサーベイを毎年実施していたが、結果はあまり向上せず、特に営業部門では若手離職が増加していた。この状況を問題視した営業部門のトップは、改善に向けて360度フィードバックの導入検討を指示し、筆者に相談が寄せられた。筆者は360度フィードバックを単独で実施するよりも、既存のエンゲージメントサーベイと組み合わせるほうが効果を高めやすいことを提案し、協議の結果、その方向で進めることとなった。
 まず、A社の5年間分のエンゲージメントサーベイ結果を分析し、総合指標(推奨度指数。eNPS)と相関の高い項目に着目した。特に相関が高かったのは、以下の三つの項目であった。

この会社の商品にお客さまは満足し、感謝していると感じている

自分の努力や成果が職場で認められていると感じている

この会社で自分は成長でき、将来に希望を持てると感じている

 これらは、管理職の「情報共有」「承認」「成長支援」という行動に関係する要素であると解釈した。

 そこで、360度フィードバックの設問には、次のような要素を中心に設計した。

お客さまからの感謝の声をメンバーに共有すること

メンバーの業務に関心を持ち、良いところや頑張りをきちんと認め、褒めること

メンバーの成果を正当に評価し、ともに喜ぶこと

メンバーの成長やキャリアについて関心を持ち、寄り添って対話すること

 上記以外にも、可能な限りエンゲージメント向上に影響するマネジメント行動を反映させて設問を設計した。
 完成した設問を使用して360度フィードバックを実施した。その後、結果に対して、「エンゲージメントが高い組織の管理職は360度フィードバック結果も高いのか」を検証したところ、おおむねその傾向が確認できた。そして、360度フィードバックの全対象者の傾向を分析して、エンゲージメント向上に不足している行動を明らかにし、その行動をどのように実践していくのかを研修を通じて伝えた。
 こうした取り組みを約3年間継続した結果、エンゲージメントスコアは緩やかではあるが改善を示した。それ以上に意義深かったのは、管理職のマネジメントスタイルに変化が生じたことである。従来の “指示型の強いリーダーシップ” から、“メンバーに寄り添うリーダーシップ” が営業部門に浸透し始めた。結果として、営業部門の若手離職率の低下につながった。
 本事例は、エンゲージメントサーベイによる「組織状態の把握」と360度フィードバックによる「管理職の行動改善」を連携させることで、エンゲージメント向上に効果があることを示すものである。

5.今後に向けて

 エンゲージメント向上のカギは、現場で日々繰り返される管理職のマネジメント行動にある。
 エンゲージメント向上を実現するためには、影響の大きい管理職のマネジメント行動を特定し、持続的に改善していく仕組みが不可欠である。
 しかし、エンゲージメントサーベイが「組織状態の診断」にとどまる場合、その効果は限定的である。診断から行動改善へとつながる循環を生み出すためには、360度フィードバックとの組み合わせは極めて重要な取り組みとなる。
 できれば、年1回の定期的なサーベイ実施に加え、ITツールを活用するなどして、高い頻度で行動改善の状況を理解させることが望ましい。あるいは、3カ月か半年に1回程度、管理職同士が顔を合わせる機会(対面またはオンライン)を設定し、行動改善の取り組み状況を共有するワークショップすることも有効である。
 サーベイとフィードバックを有機的に融合させ、エンゲージメントの「結果」と「原因」を往還させることが、組織の持続的成長を支える新たな人材開発のモデルの構築につながる。
 エンゲージメント向上に腐心する人事担当者は、360度フィードバックと連携させた戦略的活用の有効性を理解し、自社のエンゲージメント向上に取り組んでいただきたい。

プロフィール写真

藤原誠司 ふじわら せいじ
一般社団法人360度フィードバック実践活用研究会 代表理事
HRR株式会社(現・株式会社リクルートマネジメントソリューションズ)にて360度フィードバックの拡販責任者、その後、360度フィードバックに専門特化した株式会社SDIコンサルティングを設立。現在は360度研究会にて、人事部が無料で活用ノウハウを学べる情報プラットフォームを運営。『労政時報』では360度フィードバックに関する記事を複数回執筆。労政時報セミナーでは360度フィードバック講義も担当。

※一般社団法人360度フィードバック実践活用研究会(360度研究会)
https://360fb.org/