2025年11月20日掲載

360度フィードバックの現状と今後に向けた課題 - 第2回 成功事例とその活用方法を分析し、成功要因を解明する

一般社団法人360度フィードバック実践活用研究会
代表理事 藤原誠司

1.360度フィードバックにおける「成功」の定義

 インターネットで「360度フィードバック」を検索すると、「導入事例」や「成功事例」を紹介する記事が多数見受けられる。それらの事例を精読すると、360度フィードバックにおける「成功」の定義が一様ではなく、曖昧であることに気づく。取り上げられている事例の中には、トラブルなく実施し、対象者から「気づきがあった」という肯定的な反応が得られたことをもって成功とする内容も見受けられる。
 そこで、まずは360度フィードバックにおける「成功」の定義を改めて検討し、体系的に整理した。
 360度フィードバック実施後の組織状態は、[図表1]の四つのレベルに分類できる。

[図表1]360度フィードバック実施後の組織状態——四つのレベル

図表1

[第1レベル]混乱、反発(失敗状態)
 一番下に位置する第1レベルは「混乱、反発」であり、いわゆる「失敗」と位置づけられる状態である。
 例えば、社員への説明で「評価」を過度に強調した表現を用いた結果、対象者・回答者双方に困惑が生じるケースは少なくない。また、返却された個人結果レポートを見てショックを受けた対象者が、部下に対して暴言や嫌みを言うなどの事案も報告されている。これらは、結果返却時の説明やフォローが不適切だったことが主な原因である。
 さらに、実施結果を安易に査定評価に用いて、処遇に結び付けたことで、上司が部下に対して厳しく指導できず、迎合的なマネジメントに陥るケースも見受けられる。加えて、処遇に結び付くことを知ったパワハラ傾向の強い上司が、サーベイ回答時に高圧的に振る舞い、部下が恐怖心から高評価を付けざるを得なかったという状況も確認されている。このように、結果の活用方法を誤ると、従業員の不信感やエンゲージメントの低下を招くことにつながる。
 360度フィードバックの結果は、査定評価や昇進・降格に直結させるのではなく、既存の評価制度の精度を高めるための参考情報として活用すべきである。

[第2レベル]気づき、理解(標準的な成果)
 第2レベルは「気づき、理解」で、360度フィードバックの実施では標準的な成果といえる状態である。適切な手順を踏んで実施し、個人結果を丁寧に返却することで、大きな反発もなく無事に終了することが多い。
 実施後のアンケートでは、多くの対象者から「気づきがあった」という声が寄せられ、人事部としても一定の満足感が得られるレベルである。

[第3レベル]行動改善、組織の活性化(個人の成長と組織の向上)
 第3レベルは「行動改善、組織の活性化」で、対象者が「気づき」を得て自身の仕事ぶりを振り返り、実際に改善に取り組むことで、周囲や組織に良い影響を与えている状態といえる。これは個人の成長にもつながる重要な段階である。上司と部下のコミュニケーション量が増加し全体に活気が出てくるなど、組織の状態が向上し始める。エンゲージメントサーベイの結果の向上も、その表れである。

[第4レベル]個人の成果向上、組織の成果向上(最終的なゴール)
 第4レベルは「個人の成果向上、組織の成果向上」で、これは人事施策として最終的に目指すべきゴールである。対象者、特に管理職の行動改善が継続的に行われ、マネジメントの質が向上することで実現する。経営への貢献度も高く、人事部による適切な支援が成功のカギとなる。

2.三つの成功事例とその要因分析

 以下に、三つの成功事例を紹介する。これらは「個人の成果向上」「組織の成果向上」「組織の活性化」という、それぞれが異なる特徴を持つ事例である。各事例の概要を示した後に、その成功要因を整理している。事例ごとに成功要因が異なっている点にも注目いただきたい。特に、既に360度フィードバックを導入している企業にとっては、多くの示唆が得られるだろう。
 なお、実際の事例を基にしているため、企業名が特定されないよう、一部表現を修正していることを承知いただきたい。

[ケース1]個人の成果向上
 大手IT企業に勤務する入社3年目のAさんは、360度フィードバックの対象者となり、結果レポートの返却を含む研修を受講した。この経験がAさんの人生を大きく変える契機となった。
 Aさんの結果レポートには、「あなたは、言われたことをこなすだけで、問題意識を持って自ら物事を考える力が不足している」といった思考力の低さが指摘されていた。プライドが高いAさんにとって受け入れがたい内容だった。
 職場に戻ったAさんは、職場メンバー全員を招集して研修報告会を開催し、その中で思考力が低いという指摘に納得できないことを率直に伝えた。しかし、思考力が低い具体的な職場での行動例を複数指摘されたことで、Aさんは指摘内容を受け入れざるを得なかった。
 ここでAさんは大きな問題に直面する。これまでの自分を反省し、改善に向けたアクションを検討したが、思考力が低いが故に今後何をすべきか全く思いつかなかったのである。そこで、尊敬する先輩に個別相談し、ロジカルシンキングを活用した業務の進め方を教わった。Aさんはその内容を黙々と実践し、先輩は適宜Aさんの相談に乗りながら支援を続けた。
 数年後、Aさんは大手コンサルティング会社に転職し、エース級のコンサルタントとして大企業のプロジェクトを率いるまでになった。経営への貢献度も高く、全社から一目置かれる存在として活躍している。かつて思考力が低いと指摘されたAさんの著しい成長といえる。
 Aさんはインタビューで「入社3年目の360度フィードバックで人生が変わった。あれがなければ、現在の自分の成功はなかった」と語っている。

成功要因
 Aさんの成功要因として、以下のポイントが挙げられる[図表2]

① 課題を独りで抱え込まなかったこと
 360度フィードバックの結果、自分の中で受け入れがたい「気づき」を放置しなかった。Aさんは職場メンバーに自身の率直な気持ちを伝え、それに対してメンバーから具体的な理由説明を受けることで、指摘内容を深く納得できた。このオープンな対話と受容のプロセスが成功のカギといえる。

② 具体的かつ実践可能な改善策が理解できたこと
 今後に向けたアクションを曖昧にすることなく、自身のプライドを捨てて、既に成果を出している先輩に指導を求めた。その結果、直ちに実行に移せる具体的な改善方法を理解でき、迷うことなく前向きな行動へと転換できた。

③ 継続的な実践と周囲からの支援があったこと
 先輩からのアドバイスに納得したことで、Aさんはその実践を愚直に継続できた。また、先輩も途中で諦めることなく継続的に支援し続けたことは、Aさんがモチベーションを高く維持できた上で重要な点といえる。

[図表2]「個人の成果向上」事例の成功要因

図表2

[ケース2]組織の成果向上
 B社は全国に約50の拠点を持つ大手メーカーの販売会社である。順調に売り上げを伸ばしてきたが、近年は売り上げも停滞気味であった。そのため、拠点長による強引で厳しい営業指導が増えたことで、若手社員を中心にメンタルヘルス不調や離職が増加していた。また、数年前からエンゲージメントサーベイを実施していたものの、その結果を具体的な施策に生かせない状態が続いていた。
 人事部は、全拠点長の個々のマネジメント実態を把握し、その状況を本人に認識させるために360度フィードバックを導入した。初年度は、説明会を通じて対象者へ個人結果レポートを返却し、対象者に気づきを与えた。ショックを受けた拠点長も多かったが、説明会での前向きな説明のおかげでショックも和らぎ、自ら考えて行動改善を促すこととした。
 2年目の実施に向けて、高い業績を上げ、かつ社員のエンゲージメントサーベイの結果も高い拠点を複数選定し、初年度の360度フィードバックの結果分析と拠点長本人へのインタビューなどを通じて、「優れたマネジメント行動」を抽出した。
 2年目の結果返却の際は、この優れたマネジメント行動の要諦を受講者全員で共有し、自分の拠点での実践に向けた研修を実施した。
 3年目以降も、結果返却時には必ず研修を開催し、「自分の結果を深掘りし、自分としっかり向き合うワーク」「受講者同士の成功体験の共有」「実践的なマネジメントスキルの解説」など、工夫を凝らしたプログラムを設計した。これにより、気づきだけで終わらせず、現場での実践につなげることに注力した。
 導入して4年目には、多くの拠点に活気が生まれ、離職者が減少し、全社業績も再び向上していった。

成功要因
 B社の成功要因として、以下のポイントが挙げられる[図表3]

①「気づき」にとどまらず、行動変容までを追求したこと
 導入初年度の実施後は「対象者の気づき」が得られたことで、人事部は満足しがちである。しかし、B社の人事部は、そこがスタート地点であるという意識を持ち、「気づきの後、対象者にどのような改善行動を促すか」「現場で行動に移すために、今後人事部として何を行うべきか」を徹底的に検討・実施したのである。

② 優秀拠点長のマネジメント行動を分析・共有したこと
 優れた拠点で行われているマネジメント行動を他の拠点にも展開することは、間違いなく全社的な底上げにつながっていく。自社内の実データに基づいた分析結果は、高いリアリティ-によって納得感を生み、多くの対象者の自発的な行動改善を促す要因になった。

③ 結果返却後の研修を継続的に実施したこと
 研修を継続的に実施することで、着実な行動改善につながった。研修を「自分の結果に真摯(しんし)に向き合う重要な機会」と位置づけ、360度フィードバック実施後には毎回開催した。その中で特に効果的だったのは、対象者同士の成功・失敗体験などの状況交換であり、これが改善意識の持続と行動変容につながった。

[図表3]「組織の成果向上」事例の成功要因

図表3

[ケース3]組織の活性化
 C社は、地方に複数の工場を有する大手メーカーである。すべての工場において、管理職と若手社員のコミュニケーションが希薄であるという課題が生じていた。上司は若手社員に対して、「何を考えているのか分からない」と悩んでいた。一方、若手社員は忙しそうな上司に話し掛けづらく、相談もできない状況だった。
 この課題を解消するため、360度フィードバックを実施した。設問は部下マネジメント、特に部下コミュニケーションに焦点を当て、フリーコメントも「部下との関わり方」に関する内容とした。
 個人結果レポートの返却時にはオリジナル研修を開催した。その中で、若手社員の価値観や行動の特徴・傾向について説明することで、管理職の苦手意識の軽減を図った。その上で、若手社員に対する効果的なマネジメントを解説した。対象が製造現場の管理職であるため、難解なマネジメント理論は避け、「声掛け」というシンプルな行動に絞り込んで、その意義や具体的なやり方を丁寧に解説し、職場に戻ってすぐに取り組むように徹底させた。
 半年後には、複数の職場で変化が見られた。上司と部下が目を合わせたあいさつや、笑顔を交えて相談している姿が増加した。職場では笑い声が聞こえ、雰囲気が明るくなった。
 毎年実施している従業員満足度調査(現在はエンゲージメントサーベイに変更)の結果も、前年より大きく改善し、職場の一体感の高まったことが確認された。

成功要因
 C社の成功要因として、以下のポイントが挙げられる[図表4]

① 明確な目的と現場課題に基づいた設問設計を行ったこと
 「管理職と部下(特に若手社員)のコミュニケーション向上」という明確な目的に焦点を当てて設問を設計したことで、対象者に具体的な状態を認識させることができた。具体的な状態が判明したことに伴い改善すべき事項が明確になって、具体的なアクションにつなげられた。

② 変革に向けて阻害要因を取り除き、前向きな意識を醸成したこと
 個人の成長や組織の変革が難しい背景には、多くの場合、何らかの阻害要因が存在していることが多い。それを取り除くか解消することで、変革が円滑に進み始める可能性が高まる。この事例では、管理職が抱える「若手社員に対する苦手意識」を阻害要因と捉え、その解消のために若手社員に現れやすい行動の特徴や内面にある価値観について解説した結果、対象者(管理職)から高い評価を得た。これは、若手社員に対する理解が深まるだけでなく、関心が高まり、行動変容を促進することにもつながった。

③ シンプルで実践しやすい行動を徹底させたこと
 今後行うべきことを「声掛け」という分かりやすい行動に絞り込んだことで、すべての対象者が理解しやすく、一律に徹底させることができた。「声掛け」という行動が合言葉になり、現場に浸透するとともに、良好な企業文化の形成にもつながった。

[図表4]「組織の活性化」事例の成功要因

図表4

3.成功事例から学ぶべき教訓

 冒頭で、360度フィードバック実施後の組織状態を四つのレベルに分類した。貴社の360度フィードバックは現在、どのレベルに位置しているだろうか。
 今回紹介した成功事例において、既に同じような成功要因を意識して取り組んでいる企業もあるだろう。ここで改めて考えるべきは、それらの成功要因は決して特別なものではなく、どの企業でも実践可能な基本的な取り組みといえる。

課題を独りで抱え込まない

具体的かつ実践可能な改善策を理解させる

継続的な実践と周囲からの支援

気づきにとどまらず、行動変容まで追求する

優秀拠点長のマネジメント行動を分析・共有する

結果返却後の研修を継続的に実施する

明確な目的や現場課題に基づいた設問設計を行う

変革に向けて阻害要因を的確に取り除く

シンプルで実践しやすい行動を徹底させる

 企業によって置かれた状況や課題は異なるものの、上記の成功要因をヒントとして活用することで、自社の360度フィードバックの初回導入時、あるいは継続実施時の効果をより一層高めることが可能である。
 今後、360度フィードバックを単なる制度として運用するのではなく、個人と組織の成長を促進するための戦略的な施策として位置づけ、成功事例に学びながら、自社に最適な形で活用していくことが求められる。

プロフィール写真

藤原誠司 ふじわら せいじ
一般社団法人360度フィードバック実践活用研究会 代表理事
HRR株式会社(現・株式会社リクルートマネジメントソリューションズ)にて360度フィードバックの拡販責任者、その後、360度フィードバックに専門特化した株式会社SDIコンサルティングを設立。現在は360度研究会にて、人事部が無料で活用ノウハウを学べる情報プラットフォームを運営。『労政時報』では360度フィードバックに関する記事を複数回執筆。労政時報セミナーでは360度フィードバック講義も担当。

※一般社団法人360度フィードバック実践活用研究会(360度研究会)
https://360fb.org/