2025年12月18日掲載

360度フィードバックの現状と今後に向けた課題 - 第4回・完 若手管理職の登用と「年上部下」問題への対応

一般社団法人360度フィードバック実践活用研究会
代表理事 藤原誠司

1.バブル世代の退職がもたらす管理職層の急激な世代交代

 日本企業は現在、管理職層に関する大きな転換点を迎えている。労働政策研究・研修機構が2021年に公表した「管理職の働き方に関する調査」によれば、管理職の年齢層別比率は45~49歳が25.5%、50~54歳が21.7%、55~59歳が21.0%となっており、40代後半から50代の層が全体の約7割を占めている[図表1]。また、セレクションアンドバリエーションが2024年に発表した「管理職統計に紐づく管理職の実態調査」では、2023年時点で部長の平均年齢は52.8歳、課長の平均年齢は49.2歳となっている。これらのデータから管理職層の高年齢化の進行状況が理解できる。

[図表1]管理職の年齢層別比率

図表1

資料出所:労働政策研究・研修機構「管理職の働き方に関する調査」(2021年)

[注]対象は、全国における10人以上規模の1万5000事業所(農林漁業、公務を除く)で、調査対象事業所は、50人以上規模事業所が上場企業の事業所と非上場企業の事業所から各5000事業所を、10~49人規模事業所が上場企業の事業所と非上場企業の事業所から各2500事業所を抽出。管理職調査は調査対象事業所の管理職3万人

 一方で、次世代の管理職候補となるべき30代後半から40代前半の層は、総務省統計局が公表している日本の人口ピラミッド(2024年10月1日現在)を参照すると、40代後半から50代の層と比べて人口が明らかに少ない。さらに、40代から50代前半は就職氷河期世代に該当し、企業の採用抑制によって正社員として働く層が薄いことが推測される[図表2]

[図表2]日本の人口ピラミッド

図表2

資料出所:総務省統計局「人口推計(2024年〔令和6年〕10月1日現在)」

 加えて、内閣府「令和7年版高齢社会白書」によれば、男性の就業者の割合は60~64歳で84.0%、65~69歳で62.8%となっており、女性は60~64歳で65.0%、65~69歳で44.7%である。これらは必ずしも企業での就業を前提とした値ではないが、多くの高年齢社員が定年後も再雇用などによって働き続けていることを示唆している。
 これらを踏まえると、企業においては、以下の構造変化が進行している。

今後10年で大量の管理職が退職する

管理職候補である中堅層は人数が少ない

高年齢層は就業を継続するため、組織内に幅広い世代が混在する

2.若手の登用における「成果基準」偏重がもたらすリスク

 上記の構造変化から、日本企業では過去に例を見ない規模の若手管理職の登用を迫られている。その結果、現在成果を上げている若手をいち早く抜擢(ばってき)しようとする動きが活発化するだろう。
 しかし、ここで大きなリスクがある。それは、若手を「成果を出している」「優秀である」といったプレーヤーとしての基準だけで安易に管理職に登用することによる組織リスクである。
 優秀なプレーヤーが必ずしも優秀なマネジャーであるとは限らない。むしろ、プレーヤーに求められる要件(スピード、自走力、一貫した成果など)と、管理職に求められる要件(傾聴、支援的コミュニケーション、権限委譲、動機づけなど)は本質的に異なる。
 例えば、以下の傾向が見られる若手を、成果のみを基準として管理職に登用した場合、深刻な問題を引き起こす可能性がある。

後輩に対して自分と同じレベルのアウトプットやスピードを求めてしまう

自分の考えや思いが先行して、主張が強くなり、傾聴の姿勢が弱くなる

目の前の業務成果への意識が強すぎ、組織全体への視点が弱くなる

 これらの傾向は、部下のモチベーション低下や早期離職、チームの生産性悪化などを招く。
 このようなリスクを回避するためには、登用前の段階で「その役割を適切に担えるか」「期待する要件を発揮できるか」を確認することが求められる。ここで重要なのは、現時点で管理職の要件を満たしているかではなく、管理職としての素養や潜在能力の有無を確認することである。
 例えば、「後輩や関係者への接し方が優れているか」「管理職になった後、自ら改善・向上を継続できるか」といった点を評価する必要がある。このプロセスにおいて360度フィードバックは有効である。

3.次世代管理職の登用・育成における360度フィードバックの活用

 若手の管理職候補を優れた次世代の管理職として活躍させるには、360度フィードバックを「登用と育成を一体化させた仕組み」として運用することが求められる。
 より効果的な仕組みとするためには、①早期実施による成長軌跡の確認、②設問設計の工夫、③意識と行動を変えるための支援という三つの要素を踏まえることが重要である[図表3]

[図表3]良い仕組みにするための三つの取り組み

図表3

① 早期実施による成長軌跡の確認
 若手の管理職候補の中には、管理職としての資質はあるが、現在のプレーヤーとしての役割に注力するあまり、管理職に求められる要件を理解していない、あるいは興味を持っていない者も多い。
 そのため登用直前ではなく、早期段階(例えば、管理職登用を想定する5年前)から360度フィードバックを実施し、管理職に求められる要件と自分の現状とのギャップに早めに気づかせることが望ましい。その上で行動変容を促し、その後に、自律的に改善を継続できるか、管理職として成長できるかといった可能性の有無を確認することが重要である。この定点観測こそがカギとなる。
 もちろん、人事部としても早期に管理職候補者を把握しておくことは有益である。

② 設問設計の工夫
 若手の管理職候補は、その時点では基本的に部下を持っていないため、「部下マネジメント力」をはじめとする管理職としての要件を直接確認することは難しい。そのため、管理職となった際の行動発揮の可能性に着目した設問を設計することが好ましい。例えば、「後輩への関わり方」「他者の発言に対する傾聴姿勢」「反対意見に対する受容性」「チーム内の調整」「組織内の状況や他メンバーへの関心」「会社としての基本行動(価値観)の体現」などに関する設問が有効である。その結果によって部下マネジメントに関するポテンシャルのレベル感を推測することが可能である。

③ 意識と行動を変えるための支援
 近年は、多くの若手が「管理職は責任だけが増えるつらい役割」と捉える傾向にある。そのため、管理職の素養があったとしても、管理職になりたがらない若手が多い。
 これは組織としては宝の持ち腐れといえる状態であり、管理職の意義や今後のキャリアにおける有意義な経験になることを伝え、早めに動機づけを行うことが重要である。とはいえ、一般的な説明だけでは若手の心は動かない。そのために、360度フィードバックの自己分析を通じて管理職登用に向けた動機づけを行うことも有効な方法である。
 360度フィードバックは、対象者本人が自覚していない強みを気づかせる手法でもある。強みに関するフリーコメントから勇気をもらい、自分の努力が周囲に認められていることを理解することで、モチベーションや自己効力感が向上する。
 その後、上司によるフォロー面談を実施する。上司はその面談において、対象者の強みをチームマネジメントに生かす方法などをアドバイスし、管理職になることのメリット(キャリア価値の向上、成長の糧など)や期待を伝えることで、前向きな意識を引き出す。
 また、実際に部下マネジメントを経験していないため、360度フィードバックの個人レポートを見るだけでは「課題は分かったが、どう改善するか分からない」という状態に陥ることも少なくない。したがって、今後の管理職登用に向けた成長を促すために、スキル研修やコーチングなどの支援が望まれる。これらの支援は、結果として管理職に登用されなかった者に対しても有意義であり、組織力向上にもつながる。

4.若手管理職を待ち受ける「年上部下」マネジメントの現実

 若手を管理職に登用した場合、次に直面する課題が「年上部下」の存在である。役職定年や定年後の再雇用によって、以前の上司や先輩が部下になるケースは、今後ますます増加し、若手管理職にとって心理的負担が大きい状況になる。
 年上部下は、「専門性の程度」「成功体験の有無」「役職経験の有無」「仕事に対するこだわり」に起因して価値観が多様である。さらに、「生活・健康面の事情」には個人差が大きいため、マネジメントには高度な対応力が求められる。それだけに、「年上部下に対するマネジメントスキル」という固定的な方法論は存在しないのが現実である。
 年上部下に対する若手管理職の悩みや失敗例として、以下の事例が挙げられる。

良かれと思い任せて口出ししなかったことが、「放置されている」と受け止められてしまう

「自分は上司だから」と無理に頑張りすぎ、強い態度で接したことが反発を生んでしまう

年齢差を意識し、過度に遠慮することで言うべきことが言えなくなってしまう

 これらは「年下上司の思い」と「年上部下の思い」のズレから生じており、この差を埋める仕組みが必要となる。
 ズレを解消するためには、面談などの機会を設定して年上部下に向き合い、傾聴中心の対話を行うことが一般的である。これにより、年上部下への関わり方やマネジメントの方向性が見えてくることも多い。しかし、プライドの高い年上部下は、上司を目の前にすると本音で話せない人もいる。また、上司も関わり方やマネジメントの方向性が理解できたとしても、実際に試行錯誤する中で加減が分からず、年上部下との溝を埋められない状況も生じ得る。

5.年上部下との関係構築における360度フィードバックの活用

 年上部下との間の「見えない溝」を曖昧にしたままでは、意識のズレや誤解はますます拡大していく。そのため、年上部下の意識や期待を正確に把握し、「見えない溝」を明らかにして改善の方向に導くために、360度フィードバックの活用メリットは大きい。
 以下の二つのポイントを工夫することで、より有効な活用につながる。

① 設問設計の工夫
 ここで重要なのは、「年上部下との関係性を向上させるマネジメントの要素とは何か」という問いに対する考察である。一例として、以下の要素が挙げられる。

これまでの業務経験、人生経験に対する「尊重の態度」

プロセスや成果を褒めることよりも「感謝の言葉と姿勢」

年上部下の強みを生かした「役割や期待の明確性」

年上部下が望む「対話の頻度や質」を考慮した接し方

 これらの要素を360度フィードバックの設問に反映することで、「見えない溝」の状態が確認しやすくなる。既に360度フィードバックを実施している場合は、現在使用している設問に上記のニュアンスを加えるだけでも、年上部下に対するマネジメントスキルの向上に関するヒントを得られるだろう。

② 個人レポートの工夫
 個人レポートに「年上部下」の回答結果を独立させて表示することで、関わり方の状態を確認できる。しかし、年上部下が1~2人と少人数の場合、回答者が特定されてしまう懸念があり、本音で回答しにくくなるという課題がある。また、結果を見た際の動揺などから、年上部下に対する苦手意識が増し、関係性がさらにぎくしゃくする可能性もある。
 この状況を解決する一例として、「本人向けレポート」とは別に「上司向けレポート」を作成する方法がある[図表4]

[図表4]「本人向けレポート」と「上司向けレポート」の活用イメージ

図表4

「本人向けレポート」では、「全員(または部下全員)の平均値」は表示するが、「年上部下の平均値」は表示せず、匿名性を重視する。このレポートでは年上部下の結果を確認できないが、冷静に自身のマネジメント状況の理解に集中できる

「上司向けレポート」は、「年上部下の平均値」も表示し、「年下部下」との差異比較も可能とする。対象者の上司は、このレポート内容を理解し、対象者との個人面談を設定する。面談の中で上司は、「上司向けレポート」に表示されている年上部下の回答結果のポイントを、前向きなアドバイスに変えて対象者に伝えること

 重要なことは、上司が単に年上部下の回答結果を伝えるのではなく、改善に向けた具体的なアドバイスや、相談に応じる姿勢を示し、若手管理職の前向きな感情を引き出すことである。なお、面談を効果的に運用するため、事前説明会を上司に対して実施し、面談の進め方やアドバイスの仕方などを理解させておくことが望ましい。
 このように、360度フィードバックは、年上部下という新たなマネジメント課題に対し、“関係性の改善ツール” として機能できる。

6.三つの役割を同時に果たせる有効な仕組み

 バブル世代の大量退職と中堅層の不足を背景に、日本企業は急激な世代交代期を迎えている。若手管理職の登用は不可避であるが、その選抜を成果基準だけに委ねれば、組織全体のパフォーマンスを低下させる恐れがある。さらに、登用後には年上部下との関係構築という未経験の課題が待ち受けている。
 これらの複雑な課題に対し、360度フィードバックは「登用」「育成」「関係性改善」という三つの役割を同時に果たせる有効な仕組みといえる。企業はこれを単発の「評価」ではなく、継続的で構造的な制度として位置づけ、若手管理職の成長と組織の健全な世代交代を支えるための中核的な手段として活用していく必要がある。

7.総論:ポイントは「評価」ではなく「成長支援」

 「360度評価」を安易に「人事評価の仕組み」として導入すると、職場内の人間関係へ悪影響を及ぼす事態になりかねない。実際に、360度評価という名称で人事評価に使用している会社では、多くの社員から不満や不信感が生じている。これまで人事評価を行った経験のない一般社員にも評価させることに対して、不安や抵抗感が生じるのは当然ともいえる。
 端的にいえば、人事評価に「360度評価」を用いるのは極めて危険である。組織の感情的な混乱を招き、公正な評価や納得感のある運用につながる可能性が低い。
 注力すべきは、「360度フィードバック」と明確に位置づけ、周囲からの多面的なフィードバックを通して対象者に気づきを与え、行動変容を促すことだ。あくまでも、個人と組織の成長を支援する手法として活用すべきである。
 もちろん、「正しく人事評価すること」は組織運営において重要であるが、経営的観点から最も重要なことは「会社を強くし、成長させること」、そして「それによって組織成果を向上させること」である。
 この経営目標を実現するための有効な手法が「360度フィードバック」である。「360度評価」という名称で運用されることも多く、過去の事例から誤解されることも多いが、「360度フィードバック」を正しく理解して有効活用することで、企業の成長と経営への貢献につなげていくことを切に願う。

プロフィール写真

藤原誠司 ふじわら せいじ
一般社団法人360度フィードバック実践活用研究会 代表理事
HRR株式会社(現・株式会社リクルートマネジメントソリューションズ)にて360度フィードバックの拡販責任者、その後、360度フィードバックに専門特化した株式会社SDIコンサルティングを設立。現在は360度研究会にて、人事部が無料で活用ノウハウを学べる情報プラットフォームを運営。『労政時報』では360度フィードバックに関する記事を複数回執筆。労政時報セミナーでは360度フィードバック講義も担当。

※一般社団法人360度フィードバック実践活用研究会(360度研究会)
https://360fb.org/