株式会社リクルートマネジメントソリューションズ
技術開発統括部 研究本部 組織行動研究所
主任研究員 武藤久美子
第3回では、実際に筆者がさまざまな企業で支援している「業務改革」、すなわち業務の総量を削減したり、“ムリ・ムラ・ムダ” をなくしたりする方法やその考え方について紹介します。
「業務改革」としてできる三つのこと
業務改革は一般に、次の取り組みにより進められます。
① 業務の代替・補完(技術によるもの、管理職の上司によるもの、管理職のメンバーによるもの、専門組織など別組織によるもの)
② 業務の平準化
③ 業務の削減
「①業務の代替・補完」には、例えば、ある業務を専門組織が集中して担うことで、効率的に遂行できるケースがあります。また、メンバー(部下)に管理職の役割の一部を任せることで、メンバーの成長につながることもあるでしょう。さらに、生成AIやAIエージェントを活用し、情報収集や書類作成の時間を軽減したり、人による意思決定の手前までの準備や企画などを任せたりすることもできるようになってきています。
「②業務の平準化」は、業務の “ムリ・ムラ・ムダ” の観点でいえば、特に “ムラ” への対応が該当します。管理職の負荷が一時的に増すことを避けられるため、その意味では管理職の業務負荷の軽減に寄与するでしょう。
上記①と②はともに、管理職の物理的または心理的な負荷の軽減に寄与しますが、「③業務の削減」( “ムリ・ムダ” の解消を含む)なくしては、管理職の業務負荷を本質的には軽減できないことに留意が必要です。生成AIやAIエージェントの登場によって状況は変わってきましたが、組織全体の業務の総量を減らす発想がなければ、管理職の業務負荷はなかなか解消されません。
例えば家の片づけでも、ある部屋にあったものを隣の部屋に移動しただけの場合、目の前から荷物はなくなるものの根本的な解決にはなりません。仕事ではさらに、業務の担当が移ることで他の人が負荷を感じるケースもあります。また、特に管理職は、他部署とのハブとして動いたり、メンバーの働きやすさに配慮してその業務を引き受けたりすることも少なくありません。そのため、誰かの負荷が増えるということは、結局のところ「管理職が別の業務を引き取る→業務の総量は変化しない」ことにもなりかねないのです。
「業務改革」の手順
「業務改革」の手順を簡単に記載すると以下のようになります。これを全社、事業部・本部、部・課といった単位で行います。
❶ 業務改革の方針の発信
❷ 現状の業務の洗い出し
❸ 業務ごとの改廃検討・決定
❹ 業務の改廃実施
➊の「方針の発信」とは、組織のトップが行う “本気度” の社内周知です。例えば、「誰が始めた業務かにかかわらず見直しの対象とする」「役員や経営幹部を喜ばせるためだけの業務は不要である」など、上位の役職に就く人から明確にメッセージを示すことで、本格的な業務改革に向けた機運を醸成するものです。こうした方針がない中での業務改革も可能ですが、その場合の改革の規模はどうしても小さくなりがちです。
次に➋現状の業務の洗い出しを行います。「本部からの依頼書類の削減」「決裁ルールの変更」など、既に対象の業務が決まっている場合には、それらの頻度や位置づけ、依頼方法、対応者などの実態を整理していくことになります。その前段階として、社員対象のワークショップやアンケートなどで、「意味を失っている業務」「量が多くて頻度の高い業務」等についての意見を業務の性格ごとに収集した上で、業務改革の的を絞っていくこともあります。
その後、➌業務ごとの改廃を検討・決定します。自組織内で判断できる業務であれば、そのまま改廃を決定しますが、他部署に関係・影響する業務については、他部署における当該業務の意味や、現状のプロセスを取っている理由なども確認しながら改廃の検討を進めていきます。
最後の❹業務の改廃実施については、期間を区切って対応したり、トライアル部署を決めて徐々に展開範囲を広げていったりする方法もあれば、全社でルールを決めて一気に進める方法もあります。
管理職の業務改革が進まない組織の特徴
以上が業務改革の大まかな流れですが、当然ながら実施するのは簡単ではありません。そこで、以下では業務改革が進まない組織に見られる特徴について、特に管理職の業務改革の観点から四つ紹介します。
(1)さまざまな業務を “ひとかたまりの業務” として捉えている
このような特徴を持つ組織は、「うちの部署の業務にはムダがない」「われわれの仕事はすべて大事だ」など、多種多様な業務や仕事をひとかたまりにして「業務」「仕事」と呼ぶことが多いです。
(2)業務改革に取り組もうとする人のエネルギーを削ぐ事象が多い
業務改革においては、目的として負荷軽減を掲げていたとしても、一時的に通常業務に改革関連のタスクが上乗せされることで、負荷が上がることが多いです。つまり、業務改革の検討対象となる部署や人は忙しく、当事者からすると「中長期的に見れば業務改革に取り組んだほうがよいのは理解するが、今の大変さを踏まえたらやりたくない」と思われがちです。
エネルギーを削ぐ事象の例として、業務改革に取り組む人が孤軍奮闘状態になってしまうケースがあります。管理職が自身の業務を見直そうとしたときに、「会社や上司の支援が何もない」「部下が『余計なことをしてくれるな』と思っている」というような状況では、管理職がそれらを意に介さず取り組みを進めることは難しいでしょう。
(3)“管理職はこうあるべし” という管理職への期待・要望が強固である
第1回でも触れましたが、会社にとって管理職は「会社側の人間である」という認識を持たれがちであるため、“いつでも、どこでも、何でもする” よう求められることがあります。また、近年の働き方改革の流れもあって、メンバーの業務を管理職が引き受けるケースも少なくないようです。
こうしたことに加えて、「管理職は現場の細かいことを知っておくべき」「管理職は各部署とのコミュニケーションの窓口であるべき」といった「べき論」を本社や本部、他部署の人が持っていると、現場の状況について各担当者のほうが圧倒的に詳しかったとしても、管理職に取りまとめ等の役割を求めがちになります。
(4)管理職自身が取り組みに賛同しない
管理職の負荷軽減がテーマになるということは、そもそも管理職が大変な状況にあることを意味します。とすれば、管理職の負荷軽減は、管理職自身がその成果を受け取る対象であり、これに反対することはないはずです。しかし、実態は必ずしもそうではありません。
管理職は会社や組織からの期待に応え、役割を果たしてきたからこそ、現在の地位にあります。業績達成へのプレッシャーにもさらされています。よって、仮に(3)のような状況に対して不満や気掛かりがあっても、「そんなものだろう」で済ませてしまうかもしれません。また、(2)でも述べたように、管理職自身が既に忙しいので、日常に変化を起こすような気持ちになれない人も多いでしょう。
ほかにも、管理職において、これまで築いてきた自分なりの “成功の方程式” が、手間や時間のかかるものだと認識している場合、「業務改革=その方程式を否定するもの」という思いを抱くこともあります。加えて、会社が業務改革に取り組もうとしていることを、「管理職やメンバーの業務にムダがあると会社が認識している」とのメッセージと受け取り、自分のやってきたことが否定されたと感じることもあるでしょう。これが転じて、「業務改革が成功して管理職の負荷が軽減されたら、管理職やメンバーの人数を減らされてしまうのではないか」と不安に思うことも、管理職が取り組みへの積極的な協力をためらう背景として考えられます。
業務改革によって管理職の負荷軽減を進める際のポイント
続いて、これら四つの特徴を踏まえ、それぞれにおいて管理職の負荷軽減を進めるポイントを紹介します。
(1)「さまざまな業務を “ひとかたまりの業務” として捉えている」ことへの対応
「業務を “因数分解” すること」をお勧めします。どの会社・組織でも、すべての仕事がムダである、もしくはムダでないということはありません。多種多様な業務を “ひとかたまりの業務” と捉える会社・組織においては、「業務」と呼んでいるものをいったん可視化することが効果的です。管理職の業務を、その頻度やスパンに応じて「年」「月」「日」「不定期」に分け、それぞれの業務にどれだけの時間がかかっているかを把握することは、業務の因数分解を行う際によく用いられる手法です。もし、「この辺りに業務のムダがありそうだ」という当たりがついているのであれば、そこから調べていくのもよいでしょう。例えば、本社や本部、他部署から管理職宛てに届いている業務依頼の「依頼元」「依頼日」「締め切り」「作業の手間のレベル」などを一覧にすることで、フォーマットは異なるものの、依頼内容自体は部署間で似通ったものだったと気づく、といったことが想定できます。また、休日の直前に依頼が来て休日明けすぐに締め切りが設定されている案件がいかに多いかに気づくこともあるかもしれません。
(2)「業務改革に取り組もうとする人のエネルギーを削ぐ事象が多い」ことへの対応
ポイントは、業務改革に取り組む管理職を孤軍奮闘させないことです。言い換えれば、「さまざまな人が業務改革の当事者としてできることをする」ということです。もちろん、管理職自身ができる業務改革もありますが、本人だけでできる改革には限界があります。会社の仕組みや制度で業務負荷を減らせないか、メンバーにできることはないかなど、それぞれができることに取り組むことが大切です。周囲に対し「私も自分でできることをして、改革に取り組みます。だから一緒にやりましょう」と言える管理職やメンバー、部署が増えれば、管理職の負荷軽減は多面的に進みます。
(3)「 “管理職はこうあるべし” という管理職への期待・要望が強固である」ことへの対応
この対応策は、簡単に言うと、管理職における「フツウ」「アタリマエ」を変えることです。ただ、これらはその企業の “勝ちパターン” とつながっていることも多いため、実行の難易度も高いです。昨今、女性社員の管理職登用が進んでいる背景には、管理職における「フツウ」「アタリマエ」を変えたいという企業側の意図も感じます。しかしながら、性別にかかわらず、すべての管理職が画一的な能力発揮を期待される状況では、実際には管理職の「フツウ」「アタリマエ」は変わりません。まずは、やり方を規定しないことから始めるのがよいかもしれません。例えば、自社の営業部門において、これまで顧客訪問回数の多さや、ご用聞き営業によって成功してきた実績があったとします。これを、「営業部としての組織の目的にかなうなら別の方法を採ってもよい」ことにすれば、業務負荷の軽減と組織成果を両立する方法を検討する一助になるでしょう。
(4)「管理職自身が取り組みに賛同しない」ことへの対応
「管理職にとって意味のある取り組みにすること」および「管理職の持つプレッシャーに寄り添うこと」が重要です。
「管理職にとって意味のある取り組みにすること」については、会社からの管理職に対するメッセージが、管理職の総労働時間または総残業時間の削減に焦点を当てているように見えがちな会社や組織において奏功します。長時間労働を見直すことは大事な活動ですが、同時に、労働時間の中に占める「意味や価値のある業務」の割合を増やす取り組みとすることで、管理職の賛同を得やすくなります。各管理職に「時間ができたら一番したいことは何ですか」と尋ねることが有効です。
「管理職の持つプレッシャーに寄り添うこと」は、管理職が自身や自組織に期待される役割をどのように果たそうとしているかを知ることから始まります。
例えば、ある営業部では、Aマネジャーが顧客接点を担っている契約社員のことを常に気にかけており、「契約社員のために自分は働く」という姿勢を示すことでその士気を高め、部門業績の向上につなげています。このケースで、Aマネジャーとしては、契約社員の日常のちょっとした困り事を把握し、すぐに解決することが理想的です。ただし、シフト等との関係で、すべての契約社員と接点を持とうとすると、Aマネジャーがオフィスにいる時間は増えます。一方、Bマネジャーは、契約社員の信頼を得るために別の方法を採っており、長時間労働もしていませんでした。
この場合、Aマネジャーが採っている方法は非効率だとして一蹴してしまってよいのでしょうか。業績達成などのプレッシャーを負う管理職は、たとえ達成方法等が自分にとって大変なものであっても、それによらざるを得ないことがあります。「その方法は非効率だから改めるべきだ」というのは一方的であり、本人にとっては受け入れがたいこともあるでしょう。今の取り組みを否定するのではなく、「別の方法でも目的にかなうケースがある」「このツールを用いることで、優先的に接点を持つべきメンバーが分かるようになる」など、課題解決に資する新たな “武器” を提供するアプローチが有効です。
次回は、人事部門が中心となってできる管理職の負荷軽減について取り上げます。
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武藤久美子 ぶとう くみこ 株式会社リクルートマネジメントソリューションズ 技術開発統括部 研究本部 組織行動研究所 主任研究員 2005年株式会社リクルートマネジメントソリューションズ入社。組織・人事のコンサルタントとしてこれまで150社以上を担当。「個と組織を生かす」風土・しくみづくりを手掛ける。専門領域は働き方改革、ダイバーシティ&インクルージョン、評価・報酬制度、組織開発、小売・サービス業の人材活躍など。働き方改革やリモートワーク、人事制度関連の寄稿多数。著書に『リモートマネジメントの教科書』(クロスメディア・パブリッシング)、『組織変革の教科書』(東洋経済新報社)がある。 |