熊倉佑哉 くまくら ゆうや
株式会社浜銀総合研究所
情報戦略コンサルティング部 上席主任研究員
1.はじめに
第1回では、人事データを活用する際のステップ・ゼロとして、人事戦略・人事施策の課題を明確にすること、また従業員の理解を深めることを狙いとして「従業員構造の把握」の事例を紹介した。第2回では、従業員構造把握の結果、将来の事業戦略を実現するための人材ポートフォリオの見通しに懸念が見られた場面を想定し、「理想の人材ポートフォリオの実現」に向けて外部から人材を調達する「採用」に焦点を当ててデータ活用事例を紹介した。
なお、「理想の人材ポートフォリオの実現」を目指すには、第2回での事例(採用)のような外部からの調達とともに、内部人材の活用が欠かせない。そこで今回は、現有の従業員を対象として配置転換や育成をテーマとした人事データ活用の事例を紹介する[図表1]。
[図表1]配置転換や育成に向けた人事データの活用
資料出所:浜銀総合研究所(以下、特に明記のない限り同じ)
2.ケーススタディ3:ハイパフォーマー分析による適材適所の配置と人材育成
「適材適所」※1といわれるように、従業員が高いパフォーマンスを発揮するためにも、最適な配置転換の実現は、人材マネジメントにおいて極めて重要な意味合いを持っている。
しかしながら、多くの企業で見られる課題ではあるが、適正な配置や異動候補者の選定には、人事担当者の業務負担が大きく、またノウハウは熟練者の暗黙知にとどまってしまい、どのような人材をどのくらい確保できるかといった要員計画についても、曖昧な根拠で語られることが多い。
そこで、配置と育成を通じて「理想の人材ポートフォリオの実現」を目指すべく、パフォーマンスの高い従業員は他の従業員と比較して、どのような特徴があるのかをデータ分析を通じて明らかにする。これにより、当該業務のパフォーマンスが高いと見込まれた従業員を適切に配置することにつながり、またパフォーマンスと関連の見られる特徴や要因にフォーカスした育成・人材開発へと応用することも可能となる[図表2]。結果として、人事担当者の業務負担の削減や、ノウハウの形式知化といった効果も期待できよう。
[図表2]ハイパフォーマーの特性から導き出した適材適所の配置を検討
※1 近年注目を集めるジョブ型の考え方では、「適材適所(人を前提に仕事を設定)」ではなく、「適所適材(仕事を前提に人を配置)」といわれることがある。しかしながら、本稿では従業員理解を深化させ、従業員が能力を最大限発揮するためには、どのような配置や育成が望ましいかを検討する。すなわち、人を起点としていることから「適材適所」と掲題した。
3.使用するデータ
基本的に用いるデータは、第2回のケーススタディ2のデータと大差ないが、特に業務経験やスキルのデータを用意するとよい[図表3]。特にスキルのデータは、人事オペレーション上“勝手に”蓄積されるものではないため、昨今注目される「タレントマネジメント」を実践するためにも、データの収集を始めてもよいだろう。なお、人事制度改定等で時期によってデータ規則が変わる場合では、新旧でのマッピングを行うなどのデータ整備に注意が必要である。
[図表3]配置・育成に関して収集すべきデータ
- 属性等の人事基本情報
- 入社後の所属部署や職務経験
- 業績、人事考課
- スキル、保有資格、研修受講歴
- 適性検査データ
- 労働時間 など
4.ハイパフォーマーの分析と予測
ここでは、パフォーマンスの高い従業員が持つ特徴を明らかにし、ひいてはハイパフォーマーとなる見込み度を予測したいと考えたとしよう。こうした分析のアプローチは、学習データに正解を与えた状態で学習させることから「教師あり学習」などといわれ、さまざまな分析手法が存在する。今回のケースでは、各特徴量の重要度の算出可能な「ランダムフォレスト」や「ロジスティック回帰」を用いることとする※2。
※2 いずれの手法も、Excelなどの表計算ソフトでは計算ができないため、「Python」や「SAS」をはじめとした専用ツールが必要となる。ハイパフォーマーを予測することはもちろんだが、どのような特徴量(機械学習において予測の手がかりとなる数値)がハイパフォーマーの要因であるかを知ることも重要であるため、ブラックボックス化を回避できる解釈可能な手法を推奨する。各手法のメリット・デメリットなどの違いについては専門書を確認いただきたいが、使用するデータの特徴を踏まえて、特に複数手法を比較しながら分析を進めるとよいだろう。
[1]分析要件の定義
分析を進めるに当たっては、ケーススタディ2と同様に、分析対象や使用するデータ、予測対象など分析要件を定義する必要がある。なお、後述する「ハイパフォーマーの定義」の内容次第では、職務別など実運用を想定して、分析対象を分けてモデル構築を進めるとよい。
ハイパフォーマー分析を行う際の肝であり、最大の課題となるのは、「ハイパフォーマーの定義」である。営業職であれば販売実績額を用いればよいかもしれないが、それでも一筋縄ではいかない。野球の打者に例えれば、本塁打数なのか、打率なのか、打点なのか、それらを今季の成績でよいのか、直近〇年間平均とするのかなど議論は尽きないだろう。それが成果を数値で把握しづらい企画・管理部門ともなれば、そもそも何をもってパフォーマンスと定義するのかといったことから議論が必要となる。
結果として、人事評価を用いるケースも多いと思うが、例えば、中心化傾向が強かったり、昇格直後は一律中位評価扱いとしたりするなど、企業によっては人事評価上の課題を考慮する必要がある。データ分析担当者は、自社の評価制度と、特にその運用に詳しいメンバーとも議論しながら、定義を確認するとよいだろう。
なお、別の考え方として、人事担当者に「ハイパフォーマー」を選んでフラグを立ててもらうという方法もある。つまり、主観的な正解データを設定し、そこに選ばれた人とそうでない人の特徴をデータ分析から明らかにしていくアプローチだ。言い換えれば、「経験・勘・コツ」(いわゆる3K)での属人的な判断が、どのようなロジックで決定されていたのか、そのブラックボックスをひもとくこととなる。過去の異動・配置がある程度うまくいっている企業は、こうしたアプローチでもよいだろう。いずれの考え方にしても、ハイパフォーマーを定義できたら、バイネームで該当者をサンプルでも確認することを推奨する。
このほかにも、いつ時点のデータを使うのか、分析対象から除くケースはあるか等、分析要件を検討していく[図表4]。
[図表4]分析要件の検討
[2]基礎分析・モデル構築
分析要件の定義ができたら、いよいよ分析作業に着手できる。ハイパフォーマーが、その他の従業員と比べて、どのような違いがあるのか、[図表5]のようなさまざまな項目を自社の状況に応じて適宜データを加工しながら、地道にそして丁寧に基礎分析を重ねるとよい。
その際は、①いざ予測モデルを用いる際に使用可能な情報なのか(データ的観点)、②人材マネジメント上納得感のある傾向か(業務的観点)、③有意な傾向か(データサイエンス的観点)などの切り口から、有効な項目を選定するとよいだろう。
モデルに用いる特徴量の洗い出しができたら、いよいよモデルの構築となる。一方で、モデルから得られる予測値は、あくまで過去データに基づいて得られた知見であることから、「(今までには居なかったが)今後はこうした人材にも活躍してほしい」といった将来に向けた観点を入れるとなると、分析結果に加えて、これまでの経験や勘を組み合わせて判断することも必要となる。
[図表5]基礎分析に基づいたモデル構築
5.ハイパフォーマー予測モデルの「配置」と「育成」への活用事例
ここでは、ハイパフォーマー分析により構築した予測モデルを活用した事例を紹介する。
[1]社内版タレントプールの構築
幾つかの職務ごとに構築した、それぞれのハイパフォーマー予測モデルを全従業員に適用し、人材ポートフォリオの組み換えに即座に対応できるよう、社内版のタレントプールを整備した。これにより、人事異動検討時に、過去データに基づく客観的な適性判断の実施が期待できる[図表6]。
[図表6]社内版タレントプールの構築
また、別の例ではタレントプール内に入ること、すなわち構築したモデルにより算出されるハイパフォーマー見込み度を、社内公募における選考基準の一つとした[図表7]。なお、第2回で紹介した事例同様に、選考に当たっては分析結果や留意点について人事部門に説明を行い、ハイパフォーマー見込み度を考慮しつつも、応募者の意思や能力を見極めるよう実践した。
[図表7]ハイパフォーマー見込み度を社内公募の際に選考基準の一つとして活用
[2]研修カリキュラムへの反映
以下「※3」の注釈にも示したとおり、ハイパフォーマー分析では解釈可能な手法を推奨する。このことは上記[1]の事例のような説明責任がある場面に限ったことではない。どのような要因がパフォーマンスの向上に影響を及ぼすかが分かれば、それを人材育成へと応用することも可能となるためである。
ある事例では、業務Aの経験がある従業員は、部門Xでのパフォーマンスの高さが顕著であった。分析結果と、それを踏まえたハイパフォーマーへのインタビュー※3を通じて、業務Aの経験により培われたスキルaが、部門Xのコア事業に応用できることが分かった。そこで同社では、スキルaを習得する研修カリキュラム(業務Aの擬似体験プログラム)を策定し、部門X在籍者に受講を促した[図表8]。今では部門Xへ配置する際の“必修科目”となっている。
※3 人事領域におけるデータ分析は、マーケティングなどの他の領域と比較して、効果観測まで時間を要したり、ABテストのような科学的な効果測定が難しかったりするケースもある。そのため、分析結果をうのみにせず、ヒアリングやインタビューなどの定性面からの検証も併せて実施するとよい。
[図表8]ハイパフォーマー予測モデルを研修プログラムとして活用
第2~3回では、従業員構造の把握を踏まえ、「理想のポートフォリオの実現」に向けたデータ活用事例を扱った。次回は、人事担当者にとって悩みの多いと思われる「退職」や「コンプライアンス」をテーマに、データ活用を実務展開した事例を紹介する。
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熊倉佑哉 くまくら ゆうや 株式会社浜銀総合研究所 情報戦略コンサルティング部 上席主任研究員 東京工業大学大学院社会理工学研究科修了後、株式会社浜銀総合研究所入社。マーケティング高度化支援、組織・人材管理領域のデータアナリティクス業務等を担当。一般社団法人ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会 認定人事データ保護士。 |