2023年07月04日掲載

ケーススタディ 人事データ活用のノウハウ - 第2回 理想の人材ポートフォリオの実現を目指して(その1 採用)

熊倉佑哉 くまくら ゆうや
株式会社浜銀総合研究所
情報戦略コンサルティング部 主任研究員

1.はじめに

 第1回では人事データを活用する際のステップ・ゼロとして、人事戦略・人事施策の課題を明確にすること、また従業員理解を深めることを狙いとして、「従業員構造把握」の事例を紹介した。ここでは、この従業員構造把握の結果、将来の事業戦略を実現するための人材ポートフォリオの見通しに懸念が見られた場面を想定しよう。
 少し話がそれるが、「ポートフォリオ」という言葉は、一般的に資産運用の場面で用いられることが多く、この場合、現金や株式、債券や不動産などの保有資産の構成内容や組み合わせを意味する。価格変動に伴い理想の配分利率(ポートフォリオのバランス)が崩れた場合、そのリバランス(崩れたバランスを理想の状態に戻すこと)が必要となるが、それには大きく二つの方法がある。一つは「①新たな資金を追加すること」、もう一つは「②現有資産を組み替えること(売却と購入)」である。これを「人材ポートフォリオ」に当てはめると、「理想の人材ポートフォリオの実現」に向けた“リバランス”においては、「採用」と「異動・配置」が常套(じょうとう)手段といえる。
 そこで今回は、「理想の人材ポートフォリオの実現」を目指すため、まずは「採用」を題材としたデータ活用事例を紹介する。本稿で扱う「採用」は、スキルや経験の浅い「新卒採用」をイメージいただくとよいだろう。
 なお、第1回を含めて本連載で紹介する事例やその分析のアプローチは、実際には試行錯誤を重ね、時には失敗を経て見直しの末にたどり着いたものもある。故に、一部の内容はやや唐突感が否めない部分もあるかと思うが、その点はご容赦いただきたい。

2.ケーススタディ2:適性タイプの分類による採用活動の強化

 遠藤裕基「『新卒採用の2021年問題』は本当に起こるのか?」(Economic View No.35、2021年)によれば、2010年代ほぼ横ばいで推移していた大学卒相当の22歳人口は、2021年以降減少局面に入ったとされており、新卒一括採用が根強い日本企業にとっては、近年の就職観の変化と相まって、採用の難易度は急激に高まっているといえるだろう。
 さらに追い打ちをかけるように、コロナ禍において採用活動のオンライン化が進んだことから、会社説明会など自社の魅力を伝える機会は減り、面接では応募者の反応が見えづらく、選考の難しさは増したと考えられる。加えて切実な課題として、持続可能な採用戦略を実現するためにも、選考(見極め)をベテラン面接官の経験や勘に頼り続けるわけにはいかない現実もあることだろう。
 こうした背景の下、採用活動における人事部門の業務改善とともに、冒頭に示した「理想の人材ポートフォリオの実現」の目的を達成すべく、応募者のタイプに応じた計画策定とプロセス管理を通じた採用活動の強化に取り組むこととする[図表1]

[図表1]人事データを採用に活用して理想の人材ポートフォリオを実現する

[図表1]

資料出所:浜銀総合研究所(以下、特に明記のない限り同じ)

[1]使用するデータ
 では、どのようなデータを活用すればよいか。近年ほとんどの企業では応募者に適性検査を受検させ、その検査結果を何らかの形で選考に利用している。採用段階で収集できる情報には限りがある中で、適性検査のデータは極めて貴重な情報である。そうした情報を各社はどの程度活用できているか。多くは「ストレス耐性」や「知的能力」の確認、もしくは何か自社にとってネガティブな特徴がないかを確認する程度ではないだろうか。そこで分析に当たっては、「適性検査データ」※1を軸に、以下のようなデータを準備するとよいだろう[図表2]

  • 適性検査データ(採用時)
  • 入社後の所属部署や職務経験
  • 業績、人事評価
  • 配属希望調査 など

[図表2]使用するデータの例

[図表2]

※1 リクルート就職みらい研究所「採用活動中間調査 就職活動状況調査データ集 2023年卒」において、採用プロセス実施率(該当卒年の採用実施企業/複数回答)のうち、「適性検査・筆記試験(対面・Web含む)」は73.8%となっている。
 ただし、採用時の「適性検査データ」を全従業員について蓄積できている企業はまれであろう。例えば、直近数年分のデータを基に分析を進めることが現実的と考える。

[2]応募者の適性タイプの分類と可視化
 ここでのアプローチでは、応募者を幾つかのタイプに分類することで、画一的でない人材の獲得を目指している。このようなケースでは、「クラスター分析」※2を用いるとよいだろう。

※2 クラスター分析とは、さまざまな特徴を有するデータの中から、類似した特徴を持つデータ同士に分類する多変量解析の一つである(本稿では、分析者が分類するクラスター数を指定する非階層クラスタリングを用いるものとする)。なお、クラスター分析は、Excelなどの表計算ソフトでは計算できない場合が多く、「エクセル統計」のようなアドインソフトや、「Python」や「SAS」など専用のツールが必要となる。
 実務上は、適性検査データのほか、属性、業績・評価などさまざまな切り口で基礎分析を経て、それらの傾向と分析の目的を照らし合わせながら、分析手法を決定する。

 分析を進めるに当たっては、まずは対象データ、すなわち適性タイプ分類に用いる対象従業員データを定義する。例えば、入社間もない新入社員は、適性検査データはあるものの、パフォーマンスやキャリアビジョンなどがまだ明らかでないこともある。したがって、そうした入社間もない従業員データは除くといったことも考えられよう。
 使用する適性検査データに応じて必要な前処理(例えば、データを標準化し、スケールをそろえる等)を行い、クラスター分析を行う。分類するタイプの数(クラスター数)の設定には、教科書的にはエルボー法(最適なクラスター数を求めるための手法)やシルエット分析(クラスタリングの性能の可視化する手法)などの方法があるが、これらを用いつつも、分類タイプごとのデータ上の特徴を整理し、人事担当者による(バイネームでの)違和感チェックなど定性評価も組み合わせ、納得感あるよう最終的な「適性タイプ分類モデル」を確定させるとよい[図表3]。その際は、どのようなタイプがどのような業務にフィットするか、単に業績や人事評価だけでなく、定着率やエンゲージメントサーベイなど周辺の人事データとも組み合わせて、タイプの特徴を考察していくことも重要である。

[図表3]適性タイプ分類モデルのイメージ

[図表3]

[3]適性タイプ分類モデルを用いた過去の振り返り
 過去の応募者の適性検査データに対してクラスター分析の結果を適用することで、過去はどのようなタイプから応募があり、どのような選考を行ってきたのか、そして、これまでの採用方針がどの程度実現できていたのかを定量的に検証することができる。
 タイプ別に工程ごとの通過率や辞退率を算出すれば、これまでの経験と勘(〇〇な学生は面接が得意、△△な学生は書類選考が通過しにくいなど)に対して、客観的なデータによって裏付けができ、採用面接の課題抽出につなげることもできるだろう[図表4]

[図表4]さまざまな切り口でタイプ別の傾向を客観的に把握できる

[図表4-1] [図表4-2]

[4]適性タイプ分類モデルを用いた採用活動の強化
 ここでは適性タイプ分類モデルを、実際の採用活動に活用した事例を紹介する。

(1)タイプ別採用計画の策定と実践
 人材ポートフォリオのリバランスのため、あらかじめタイプ別の内定者数に目安を設ける。また、過去の辞退率の実績値を基に各選考過程における通過率の目安を設定した[図表5]
 いざ選考が始まると、応募者数や辞退率をモニタリングしながら通過率をコントロールした[図表6]

[図表5]タイプ別採用計画の策定と実践

[図表5]

[図表6]選考ステップごとに計画と実績に基づいて調整をかける

[図表6]

 これにより、当初計画していたタイプ別構成比(ポートフォリオ)に近しい形での採用を実現することができ、さらにタイプ別の想定辞退率に基づき面接計画も立てたことから、最終的な内定辞退率も低下し、採用担当者の突発的な業務(追加募集など)の負担軽減につながった。

(2)タイプ別面接官マニュアル整備
 選考のオンライン化・短時間化が進む中、求職者(学生)の特性に合わせた適切な面接を実践するため、タイプ特性に応じて面接官を配置するとともに、データから見るタイプ特性に応じて質問事項や面接のポイントをまとめた面接官用の面接マニュアルを、外部専門家の支援も受けながら整備した。なお、タイプ別面接マニュアルの導入に際しては、面接官に研修を行い、タイプの特性を考慮しつつも、応募者の個性を見極めるよう実践した。
 こうした取り組みにより、面接官からは、「ある程度の人物特性や将来の活躍イメージをもって面接ができたことで、学生の理解が深まった」との反応があった。さらに内定者ガイダンスで学生から「どこの会社よりも自分をとらえた質問をしてくれて話しやすかった」「自分をアピールしやすかった」等の声が多数寄せられた。
 このほかにも、育成担当からは、内定者のタイプ特性やそのバランスも可視化されているので、入社後の研修カリキュラムも組みやすいといった声もあった。人事データを活用した採用活動の強化では、「理想の人材ポートフォリオの実現」という中長期的な効果とともに、各人事担当者への足元での業務改善の効果も期待できる。
 なお、今回の事例のように、採用活動においてデータ活用し、また内容によって求職者のプロファイリングを行う場合には、企業は採用時に取得した情報の取扱規約で、その利用目的を明確にする等の対応が必要となる。

 次回(第3回)は、「理想の人材ポートフォリオの実現」を目指すもう一つのアプローチとして、内部人材の観点から現有の従業員を対象に、配置転換や育成をテーマとした事例を紹介する。

熊倉佑哉 くまくら ゆうや
株式会社浜銀総合研究所
 情報戦略コンサルティング部 主任研究員

東京工業大学大学院社会理工学研究科修了後、株式会社浜銀総合研究所入社。マーケティング高度化支援、組織・人材管理領域のデータアナリティクス業務等を担当。一般社団法人ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会 認定人事データ保護士。