2026年09月11日掲載

Point of view - 第307回 松下隼司 ― 問題は突然起きない ~学校現場で見えてきた「小さな荒れ」が職場に教えてくれること

松下隼司 まつした じゅんじ
小学校教諭

1978年生まれ。2003年より現職。文部科学大臣優秀教職員表彰。受賞歴に読売教育賞優秀賞やプレゼンアワード2020などがある。著書に『むずかしい学級の空気をかえる楽級経営』(東洋館出版社)、『教師のしくじり大全 これまでの失敗とその改善策』(清風堂書店)、『先生を続けるための「演じる」仕事術』(かもがわ出版)、絵本として『せんせいって』(みらいパブリッシング)、『がっこうとコロナ』(教育報道出版社)などがある。19歳から10年間、小劇場を中心に演劇活動をしており、2024年からコンチャン劇団所属。Voicyパーソナリティとしても活動している。

職場のトラブルは、「突然」起きるのか

 「優秀な若手が急に辞めてしまった」
 「問題なさそうに見えた部署で、ある日突然ハラスメント問題が表面化した」
 企業の人事担当者や組織のリーダーといった立場にある方は、こうした悩みをお持ちではないだろうか。まるで晴天の霹靂(へきれき)のように訪れる組織のトラブルに、多くの人が困惑する。
 しかし、20年以上小学校の教壇に立ち、多くの子どもたちやクラスの変遷、そして職員室の同僚の変遷を見てきて、(私自身もたくさん失敗してきて)分かったことがある。それは、「問題は決して突然起きるわけではない」ということだ。
 学校現場には「学級崩壊」や「荒れ」という言葉がある。教室が収拾のつかない状態になる現象だが、これも一朝一夕で起きるものではない。必ずその手前に、見過ごされてしまった「小さな違和感=小さな荒れ」が存在する。そしてこの構造は、大人が働く企業の職場においても、全く同じことが言えるはずだ。

破壊の兆候は「目立たない変化」から始まる

 学校でクラスが崩壊に向かうとき、最初から暴力や不登校が起きるわけではない。始まりは極めて静かで、見過ごしてしまいそうな「小さな変化」である。
 例えば、以下のような兆候だ。

・挨拶の声が小さくなり、語尾が雑になる

・床に落ちているゴミを誰も拾わなくなる

・机の配置やロッカーの整頓が少しずつ乱れ始める

・特定の人の「ちょっとした失敗」を笑う空気が生まれる

 これらは一見すると「大したことのないマナー違反」にみえる。しかし本質はそこにはない。真の問題は、「場の空気が雑になり、お互いへの敬意が薄れ始めていること」にある。
 企業における「サイレント退職」「静かな退職」や「チームの形骸化」も同様ではないだろうか。

・「大丈夫?」「できる?」など聞いても、返答が「大丈夫です」「承知しました」と定型化している

・会議での発言数が減り、指示待ちの姿勢が目立つようになる

・チーム内の雑談がなくなり、チャットの文面が不自然に素っ気なくなる

・共有スペースの備品が散らかっていても放置される

 これらは、メンバーが組織に対して諦めを感じ始めたり、心理的安全性にひびが入り始めたりしている「初期症状」である。この “ボヤ” の段階で異変に気づけるかどうかが組織の運命を分けることを、私自身も過去の数々の失敗経験から痛感している。

なぜ私たちは「小さなサイン」を見逃してしまうのか

 なぜ、こうした初期症状は見過ごされてしまうのだろうか。理由は大きく分けて二つある。

 第一に、「数字や成果」にしか目が向いていないからだ。
 学校で言えば「行事指導が間に合ったか」「テストの平均点は高いか」、企業で言えば「今期の売り上げ目標を達成したか」という表面的な成果に追われていると、その背景にあるプロセスの不協和音が見えなくなる。成果が出ている間は「うまくいっている」と思い込み、足元のひび割れを放置してしまうのだ。この危険性は、学校での運動会や大縄跳び大会、学習発表会などの行事を通して私も強く感じてきた。

 第二に、「これくらいで騒ぐのは野暮(やぼ)だ」という遠慮と慣れである。
 違和感を覚えても、「場の雰囲気を悪くしたくない」「自分の気にし過ぎだろう」と誰も口に出さない空気。これは、大人の集まる職員室でも時に起こり得る。しかし、誰も口に出さないことで不自然な状態が「新しい当たり前」として組織に定着していってしまう。そして違和感が日常化したとき、組織の自浄作用は完全に失われてしまうのである。

「初期変化」を察知し、未然に防ぐ三つのアプローチ

 では、リーダーや人事担当者は、どのようにしてこの「小さな荒れ」を捉え、手を打てばよいのだろうか。学校現場での実践を基に、明日から使える三つの視点を紹介する。

①言葉ではなく、「状態(表情・声・間)」を観察する
 人は言葉では「大丈夫です」といくらでも繕うことができる。だからこそ見るべきは、非言語の情報だ。「表情に硬さはないか」「話すときのトーンや “間” が普段と違わないか」。
 (私は19歳から29歳まで小劇場を中心に演劇活動をしており、一昨年から再び舞台に立っているが)演劇において役者が相手の反応を全身で観察するように、相手の「状態」を感じ取る視点を持つ。そして「何かあった?」と曖昧に聞くのではなく、「今日、声のトーンが少し落ち着いていた気がしたけれど、疲れはたまっていない?」と具体的な変化を提示して声を掛けることが、信頼の第一歩となる。

②微小な「リスペクトの欠如」を放置しない
 誰かのミスを冷ややかにスルーする雰囲気や、特定のメンバーへの雑な扱いが見えたら、問題が小さいうちに「それ、少し気になったよ」と介入する。大切なのは責めることではなく、「この組織はお互いを尊重する場である」というラインを示し続けることだ。ルールで縛るのではなく、お互いを大切にする文化の基準を下げない姿勢が求められる。

③リーダー自らが「未完成さ」と「失敗」を開示する
 不満や違和感が隠蔽(いんぺい)される最大の原因は、「弱みを見せてはいけない」というプレッシャーだ。
 教員が子どもに対して「先生も今日ちょっと失敗しちゃった」と素直に言えるクラスでは、子どもたちも安心して失敗やSОSを口にできる。上司や人事が自身の失敗談や迷いをオープンにする(自己開示する)ことで、初めて部下も「実は今、ここで行き詰まっています」と小さなSОSを出せるようになる。

“ボヤ” の段階で気づくことが、最大の組織防衛である

 大火事になってからの消火活動には、莫大(ばくだい)なエネルギーとコストがかかる。燃え落ちてしまった信頼関係や、失われた人材を元に戻すのは容易ではない(これも学校現場で、痛いほど身に染みて経験してきた)。
 だからこそ、“ボヤ” の段階で気づくことが大切だ。
 日頃の「小さな違和感」を「まあいいか」と流さず、すくい取って対話のきっかけにすることである。
 一人ひとりの小さな変化を目ざとく見つけ、温かく声を掛け合える関係性をつくることこそが、結果として離職を防ぎ、持続可能で強い組織をつくる予防策になると信じている。