2026年08月28日掲載

Point of view - 第306回 安藤 翔 ― 施行が迫る日本版DBS法における人事担当者の留意点

安藤 翔 あんどう しょう
アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業 弁護士

2013年慶應義塾大学法科大学院卒業。2022年University of Virginia School of Law(LL.M.)修了。第一東京弁護士会労働法制委員会・契約法部会副部会長、経営法曹会議会員。国内外のクライアントに対し、労働法に関する相談一般に加え、労働紛争対応、ハラスメント調査や情報持ち出し事案など、労務コンプライアンスが関連する調査を多数取り扱う。企業年金法に加え、M&Aや個人情報保護、HRテクノロジーなど労働法と他の法領域が交錯する分野にも注力している。

労働法・個人情報保護法と危機管理的対応が交差する新法

 令和8年12月25日に、いわゆる「こども性暴力防止法」(学校設置者等及び民間教育保育等事業者による児童対象性暴力等の防止等のための措置に関する法律〔令6.6.26 法律69〕。以下、日本版DBS法)が施行される。これに合わせ、こども家庭庁は、同年1月9日、「こども性暴力防止法施行ガイドライン」(以下、ガイドライン)を策定した。
 DBSとは、イギリスにおける「Disclosure and Barring Service(犯罪証明管理および発行システム)」の略称であり、日本版DBS法は、これを参考に検討が進められたという経緯がある(児童福祉法等の一部を改正する法律案に対する附帯決議。また、制度の概要および異同については、神吉知郁子〔2024〕「性犯罪歴の確認と労働契約の締結・変更・解消——労働法の視点から」『ジュリスト』1604号61ページ)。日本版DBS法の施行によって、学校、保育所、児童福祉施設等の設置者や事業者は、児童等と接する業務の従事者について、性犯罪前科(特定性犯罪前科)の有無の確認(犯罪事実確認)を義務づけられる。学習塾やスポーツクラブ等の民間事業者も、こども家庭庁の認定を受ければ同様である(以下、これらを総称して、対象事業者)。
 そして、犯罪事実確認の結果、特定性犯罪の前科があることが判明した場合など、児童対象性暴力等のおそれがあると認めるときは、その従事者を対象業務に従事させないなどの防止措置が対象事業者に義務づけられる(同法6条、20条1項4号イ、25条)。日本版DBS法は、一定の事項に関するバックグラウンドチェックを、法律が制度として組み込んだものといえよう。
 日本版DBS法は、労働法のみならず、個人情報保護法、危機管理的対応が交錯する点に特色がある。犯罪事実確認の記録は厳格な管理の必要がある上、要配慮個人情報を含む等、個人情報保護法との重畳的な規律に服する。前科がある疑いが生じた場面では、事実の有無を判断するための調査が必要となり(しかも、その調査には児童等の心理的ケアの必要性など、通常の調査案件とは異なる留意事項が存在し、幅広い専門家の関与が必要となり得る)、危機管理的な対応も要する。日本版DBS法の論点は多岐にわたるが、本稿では、今後、実務上の影響が大きいと思われる特定性犯罪事実が判明した場合の雇用管理上の措置、特に内定取り消し、解雇、配転について概説する(なお、解雇、配転以外に、懲戒処分を行うことも選択肢の一つである)。

採用選考過程の事実確認が分水嶺となる

 対象事業者が講じるべき防止措置には、内定取り消しや解雇をはじめとする雇用管理上の措置が含まれる。日本版DBS法は、防止措置としての雇用管理上の措置の有効性を担保するものではなく、このような措置の有効性は、判例法理に照らして判断される。ガイドラインは、雇用解消措置の有効性について、採用選考過程(採用内定後に犯罪事実確認を行う前の段階)で前科の有無を明示的に確認していたかを分水(れい)としていると見受けられる(労働法制等を踏まえた留意点はガイドライン217ページ以降)。
 すなわち、ガイドラインは、内定取り消し事由として「重要な経歴の詐称」が定められている場合で、採用選考過程において特定性犯罪前科の有無を明示的に確認していたにもかかわらず、虚偽申告または黙秘があり、採用内定後の犯罪事実確認によって特定性犯罪事実該当者であることが明らかになったときは、内定取り消し事由に該当するとしている(ガイドライン219ページ)。
 法施行時点で既に現職に就いている者も同様であり、採用選考過程において、明示的に性犯罪前科の確認を行ったにもかかわらず、法施行後に特定性犯罪事実該当者であることが判明した場合には、重要な経歴の詐称に該当するとして解雇の有効性は認められることを前提としているようである。
 したがって、法施行日までに新規採用する人材に対しては、採用に先立つ事前準備や採用選考過程での確認がポイントといえる。ガイドラインは、募集要項の採用条件として、特定性犯罪前科がないこと、誓約書や履歴書等を通じて、特定性犯罪前科の有無を書面等で明示的に確認することが適当としている。
 なお、前科の不告知をもって解雇や懲戒処分等の雇用管理上の措置を講じること自体にも論点がある。かつての判例では、使用者が労働者の採否決定に当たり、労働者の思想、信条を調査することや、関連する事項についての申告を求めることなど、調査の自由が認められてきた(三菱樹脂事件 最高裁大法廷 昭48.12.12判決)。しかし、犯罪の経歴は要配慮個人情報であり、その取得には原則 として本人の同意を要する(個人情報保護法20条2項)。要配慮個人情報が差別や偏見を生じさせる個人情報を類型化したものであることを踏まえると、本人が黙秘し、後になって特定性犯罪前科が判明した場合に、それを重大な経歴詐称と評価できるのかは、なお議論の余地があるように思われる(河野奈月〔2026〕「こども性暴力防止法に基づく性犯罪歴の確認と人事管理上の措置」労働政策研究・研修機構『日本労働研究雑誌』No.786 27ページも参照)。
 もっとも、「こども関連業務従事者の性犯罪歴等確認の仕組みに関する有識者会議」報告書は、対象事業者が性犯罪歴の有無を尋ねることに必要性と合理性が認められるとしており、法律上の犯罪事実確認に先立つ採用選考過程における犯罪事実の本人確認を適法とする立場にいることがうかがわれ、この立場がガイドラインにも継承されているように思われる。この点については、“子どもへの性暴力を防ぎ、その心身を守る” という本法の目的を優先させ、対象業務の従事者には真実告知義務が生じると整理することになると考えることになろうか。いずれにせよ、ガイドラインは、裁判所の判断を拘束するものではないことから、施行後の司法判断にも注目する必要がある。

配置転換の際の留意点

 他の防止措置として、子どもと接しない業務への配置転換(配転)なども考えられる。防止措置としての配転命令は、就業規則に配転を命じ得る定めがあり、勤務地や職種を限定する合意がなければ、防止措置としての配転に業務上の必要性は認められ、不当な動機・目的や著しい不利益がない限り、権利の濫用とはならないと考えられる(東亜ペイント事件 最高裁二小 昭61.7.14判決)。他方、職種・勤務地限定の合意がある場合は、本人の個別的同意が必要となる点に留意が必要である(滋賀県社会福祉協議会事件 最高裁二小 令6.4.26判決)。事業者の規模によっては、子どもと接しない業務への配転等が困難な場合もあり得るところであり、そのような場合には、解雇も選択肢となり得る。

“施行前夜” の実情と、対象事業者に残された時間

 令和8年6月5日、東京都は国に対し、「こども性暴力防止法の施行に向けた緊急要望」を出している。その内容は、ガイドラインが膨大で事業者が必要な取り組みを理解することが困難であること、「不適切な行為」の判断が事業者に委ねられ大きな負担が生じていること、処理期間により令和9年4月の新規採用に確認が間に合わないおそれがあることなどが含まれており、既に実務上の混乱が生じていることもうかがわれるところである。
 とはいえ、施行日は動かない。対象事業者は、外部の専門家とも連携しつつ、募集要項、誓約書、就業規則の点検や情報管理体制の整備等を粛々と進めるほかないであろう。