|
|
尾野裕美 おの ひろみ 日本製粉株式会社(現・株式会社ニップン)の人事、株式会社インテリジェンス(現・パーソルキャリア株式会社)のキャリアカウンセラー、株式会社リクルートマネジメントソリューションズの研究員を経て独立し、大学生のキャリア形成支援に従事。その後、横浜商科大学専任講師、明星大学准教授を経て2023年より現職。筑波大学大学院人間総合科学研究科生涯発達科学専攻修了、博士(カウンセリング科学)。 主な著書に『個人と組織のための男性育休——働く父母の心理と企業の支援』『働くひとのキャリア焦燥感——キャリア形成を急ぐ若者の心理の解明』(ともにナカニシヤ出版)、主な編書に『スタンダード産業・組織心理学(ライブラリスタンダード心理学 18)』(サイエンス社)がある。 |
男性の育児休業(以下、育休)の取得推進は、いまや一部の先進企業だけの取り組みではない。産後パパ育休の創設や取得状況の公表義務化を背景に、多くの企業が男性育休を推進する段階に入っている。しかし、取得率を高めることだけを目標にすると、職場の実態を見誤る恐れがある。特に、1カ月以上の長期の育休では、本人の不在により上司や同僚の業務負担が増えやすく、職場内には支援したい気持ちと負担感が併存する。男性育休を真に定着させるには、取得者本人だけでなく、その周囲で働く人たちの心理にも目を向ける必要がある。
上司は支援者であると同時に “負担の受け手” である
男性部下が長期の育休を取得する際、上司の受け止め方は一様ではない。部下の育休を心から応援したいと思う上司がいる一方で、「なぜ男性が長く休むのか」と戸惑ったり、本音では休んでほしくないと思いながらも、それを口に出せず葛藤したりする上司もいる。これは、男性育休に反対しているという単純な話ではない。人員が限られた職場で業務を回す責任があるからこそ、育休の取得を後押ししたい気持ちと、職場マネジメントに対する不安との間で揺れ動きやすいのである。
実際、男性部下の長期育休に直面した上司は、育休の取得時期や期間を本人と相談の上、休業前に完了すべき業務を明確化し、引き継ぎ先を調整することとなる。さらに、職場に対して前向きなメッセージを発信し、不安や不満を抱くメンバーを個別に支援したり、場合によっては業務プロセスそのものを見直したりする必要も出てくる。つまり、男性育休は上司にとって、単なる欠員対応にとどまらず、職場マネジメントを再構築する機会にもなっている。
ただし、上司の努力だけに依存することには限界がある。業務量が増え、慢性的な人手不足を強く意識するようになると、上司自身も「不公平だ」「負担が重い」と感じやすくなる。男性育休を推進する企業は、上司に制度理解を促すだけでなく、代替要員を確保することに加え、上司が業務配分の見直しや復職後の働き方の調整を円滑に行えるよう、組織としてサポートする必要がある。
同僚の不公平感を放置してはならない
男性育休を円滑に進める上で、同僚の心理に配慮することも重要である。
職場に「お互いさま」の意識があり、普段から協働しやすい環境が整っていれば、同僚も育休取得者を応援したいという気持ちになり、育休中の業務を皆で支えようとする意識が生まれやすい。
一方で、引き継ぎが不十分であったり、業務負荷が一部の人に偏ったりすると、同僚は不満や不安を抱きやすい。育休取得者に対して「うらやましい」と思い、「自分だけ損をしている」と感じる場合もある。特に、自分の通常業務に加えて育休取得者の業務も担わなければならない状況では、男性育休への賛同が徐々に弱まり、葛藤が生じる。
ここで重要なのは、不公平感を「理解が足りない人の不満」として片づけないことである。不公平感の背景には、実際の業務負荷の高まり、上司からの説明不足、周囲からのサポート不足がある。職場のメンバーが納得できるように、誰が何をどの期間担当するのか、負担が偏った場合にはどのように見直すのかを明確にする必要がある。また、業務を引き受ける同僚に対して、感謝を伝えるだけでなく、適切に評価する、業務量を調整するなどの実質的な配慮を行うことも欠かせない。
男性育休を職場改革の契機にする
男性育休をめぐる課題は、育休そのものに原因があるのではない。むしろ、普段から業務が属人化していること、特定の人に仕事が集中していること、休みにくい雰囲気が残っていることが、育休をきっかけに表面化するのである。
したがって、男性育休の推進は、取得者を増やす施策を行えばよいというわけではない。業務の見える化、複数担当制の導入、引き継ぎルールの整備、管理職への支援、同僚への配慮などを通じて、誰かが一時的に不在になっても回る職場をつくる取り組みが必要である。これは、育児だけでなく、介護や病気治療、学び直しなど、今後ますます多様化する働き方への備えにもなる。
男性育休を本気で定着させようとしている企業は、「取得率を上げる」ことだけを見ていない。取得者、上司、同僚のそれぞれが何を感じ、どのような負担を抱えているのかを丁寧に把握し、職場全体で支える仕組みを整えている。男性育休は、単なる福利厚生ではなく、持続可能な職場をつくるための経営課題なのである。
【参考文献】
・尾野裕美 (2023).『個人と組織のための男性育休——働く父母の心理と企業の支援』ナカニシヤ出版
・尾野裕美 (2020). 「企業における男性の育児休業取得推進プロセスに関する探索的検討」『産業・組織心理学研究』34巻1号, pp.43-58.
・尾野裕美 (2025). 「男性の長期育児休業取得に対する同僚の心理とその影響要因に関する探索的検討」『産業・組織心理学研究』38巻2号, pp.217-226.
・Ono H. (2026). The Attitude and Behavior of Japanese Managers Toward Male Employees Taking Long-Term Parental Leave. Japanese Psychological Research, 68(2), pp.320-339.
