寺前総合法律事務所 パートナー弁護士
岡崎教行
最終回となる今回は、就業規則における、懲戒に関する条文を検討していきます。
懲戒に関する基本的な考え方
懲戒処分とは、「従業員の企業秩序違反行為に対する制裁罰であることが明確な、労働関係上の不利益措置」と言われています(菅野和夫・山川隆一『労働法 第13版』[弘文堂]652ページ)。また、判例も「使用者が労働者に対して行う懲戒は、労働者の企業秩序違反行為を理由として、一種の秩序罰を課するものである」としています(山口観光事件 最高裁一小 平8.9.26判決 判タ922号201ページ)。
そして、労働基準法89条9号が、「表彰及び制裁の定めをする場合においては、その種類及び程度に関する事項」を就業規則の記載事項としており、また、労働契約法15条が、「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする」と定めています。
これによれば、懲戒処分をするためには、①「使用者が労働者を懲戒することができる場合」で、②労働者の行為が就業規則上の懲戒事由に該当し、「客観的に合理的な理由」があり、③当該行為の性質・態様その他の事情に照らして「社会通念上相当」なものと認められることが必要となります。
①「使用者が労働者を懲戒することができる場合」とは、使用者に懲戒権が認められることを意味しますが、具体的には、「あらかじめ就業規則において懲戒の種別及び事由を定めておくこと」「その内容を適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていること」が必要と解されています(フジ興産事件 最高裁二小 平15.10.10判決 労判861号5ぺージ)。
逆に言うと、就業規則がない企業の場合には、労働契約における書面上で、懲戒の種別を定めなければ懲戒処分を行うことができないということになりますが、これまで雇用契約書に懲戒の種別が書かれているものを見たことはありません。ほとんどのケースは、懲戒について就業規則に定めることになります。
懲戒の種類および程度
懲戒処分としてどういった制裁を科すかは、企業の裁量に委ねられています。そのため、企業によって内容は異なりますが、おおむね以下の6種類を定めているものが多いかと思います。併せて、就業規則に定めるに当たっての留意点についてもコメントします。
(1)戒告、譴責
戒告は将来を戒める処分のことをいい、譴責は始末書を提出させて将来を戒める処分のことをいうのが通例です。戒告は要するに注意を与えることであり、譴責はそれに加えて始末書の提出を求めるというものであり、それ自体では直ちに実質的な不利益は生じません。ただ、これらの処分を受けたことによって、昇給、昇格、一時金の支給などの人事査定において不利に斟酌され、結果的に不利益が生じる場合が多いです。
(2)減給
減給とは、本来ならば労働者が労務提供の対価として受け取るべき賃金額から一定額を差し引く処分のことをいいます。これについては、労働者の生活が脅かされることがないように労働基準法91条で減給できる金額の上限が定められています。
(3)出勤停止
出勤停止とは、労働契約を存続させながら労働者の就労を一定期間禁止する処分をいいます。多くの企業では、出勤停止期間中は賃金を支払わないとしていますが、その扱いをするのであれば、就業規則に明記しておく必要があります。
出勤停止については、期間を「7日以内」「10日以内」と定めている会社が多くあります。会社によっては、懲戒処分として降格を定めていないところも一定数あり、その場合、出勤停止の次に重い処分が諭旨解雇あるいは懲戒解雇となります。しかし、懲戒事由は千差万別であり、出勤停止期間を7日以内あるいは10日以内では軽過ぎるけれども、諭旨解雇とするには重過ぎることがあります。その際、解雇無効とされるリスクを取って諭旨解雇とするか、あるいはリスクを軽減するために7日以内もしくは10日以内の出勤停止を選択するしかありません。
懲戒の幅を持たせるためにも、出勤停止については短い期間ではなく、30日程度を上限として定めておくほうが運用上も使いやすいと考えます。
(4)降格
降格とは、役職、職位、職能資格などを引き下げる処分のことをいいます。降格には、人事権の行使としてのものもありますが、懲戒処分の一つとして行われることもあります。就業規則に定めるに当たっては、役職の引き下げを行うのか、それとも職能資格等級の引き下げを行うのか、また、両者を行うことがあるのかなども明確に定めておく必要があります。実務上よく見るのは、職能資格制度などの人事制度を導入していない(そもそも資格等級がない)にもかかわらず、規定上では「資格等級を引き下げる」としてしまっているものです。降格を定めるのであれば、人事制度の内容を理解した上で、必要に応じて定める必要があります。
(5)諭旨解雇・諭旨退職
諭旨解雇とは労働者に退職願を提出させた上で解雇するものであり、諭旨退職とは労働者に退職願を提出させた上で退職とするものです。いずれも、労働者が退職願を提出せず、退職に応じない場合は、懲戒解雇とされることが予定されています。
しかしながら、上記のとおり、諭旨解雇と諭旨退職とは手続きが異なるにもかかわらず、実務上はあまり違いが意識されていないと感じることがあります。具体的にいうと、就業規則には「諭旨解雇」と記載しているにもかかわらず、実際には退職願を提出させた後、退職扱いとしている例が数多くありますが、諭旨解雇の場合は退職願が提出されても、解雇しなければならないのです。したがって、退職扱いとする場合は、就業規則では「諭旨退職」としておくべきだと考えます。
なお、従来は、諭旨解雇・諭旨退職の場合には退職金を一部支給し、懲戒解雇の場合には退職金を支給しないという扱いもありましたが、最近では、懲戒処分と退職金とは連動させないことも多く、また、退職金自体がない企業もあることから考えると、諭旨解雇・諭旨退職というものが果たして必要なのだろうかとも思うところです。
また、諭旨解雇・諭旨退職は懲戒処分ですので、労働者が退職願を提出したとしても、裁判でその有効性を争うことができます。裁判で退職願の提出についても錯誤による意思表示であると評価されると、諭旨解雇・諭旨退職が無効になります(ヤマト事件 東京地裁 令6.3.13判決 労働判例ジャーナル151号1ぺージ)。
一般的な企業では、諭旨解雇・諭旨退職に当たるような非違行為をした労働者を会社に残しておきたくない、退職してほしいと考えることが多く、懲戒処分としての懲戒解雇や諭旨解雇・諭旨退職にこだわるケースはそこまで多くはありません。むしろ、諭旨解雇・諭旨退職を退職勧奨と同じものと考えている人事担当者も結構な割合でいます。そうだとすれば、法的に有効性が争われるリスクのある諭旨解雇・諭旨退職ではなく、退職勧奨によって退職願を提出してもらい、合意退職に導くのがよいのではないかと思います。
以上より、当職としては、諭旨解雇・諭旨退職の項目自体は削除してよいと現状では考えています。
(6)懲戒解雇
懲戒解雇とは、懲戒処分で一番重い処分であり、一方的に労働契約を解消する処分です。この場合、退職金を不支給とする例が多くありますが、先述のとおり、近年は懲戒処分と退職金を結び付けないケースもあるため、退職金の不支給には慎重になったほうがよいかと思われます。
これらを踏まえて、当職が推奨する規定例は次のものです。なお、労働基準法20条により、労働者の責に帰すべき事由に基づいて解雇する場合において、労働基準監督署長の認定を受けた場合は解雇予告手当を支払う必要はありませんので、その旨を⑤に示しています。
[具体例1]
(懲戒の種類および程度)
第●条 従業員が、第●条のいずれかに該当する場合には、その軽重に応じ、次の区分に従って懲戒処分を行う。
① 譴責
始末書をとり、将来を戒める。
② 減給
始末書をとり、将来を戒めるとともに賃金を減ずる。ただし、減給の額は、1回の額が平均賃金の1日分の半額を超えることはなく、また、総額が当該賃金支払い期間における賃金総額の10分の1を超えないものとする。
③ 出勤停止
始末書をとり、将来を戒めるとともに、30日以内の期間を定めて出勤を停止し、その期間の賃金は支払わない。
④ 降格
始末書をとり、将来を戒めるとともに、役職の引き下げおよび資格等級の引き下げのいずれか、またはその双方を行う。
⑤ 懲戒解雇
予告期間を設けることなく即時解雇する。所轄労働基準監督署長の認定を受けたときは、解雇予告手当を支給しない。
懲戒事由
上述のとおり、懲戒の種別だけではなく、懲戒事由についても就業規則に定める必要があります。当然のことですが、懲戒処分を下す前に、何をやってはいけないのかは事前に明示されていなければならないからです。
ここでは、就業規則に懲戒事由を定めるに当たっての留意点をご説明いたします。
[1]懲戒処分ごとに懲戒事由を定めるか否か
就業規則における懲戒事由の定め方としては、主に三つのパターンがあります。一つ目は懲戒処分の種類ごとに懲戒事由を定める方法、二つ目は軽い懲戒処分と重い懲戒処分をグループ化し、グループごとに懲戒事由を定める方法、三つ目は懲戒事由をまとめて包括的に定め、懲戒処分の種類とは対応させないで定める方法です。
結論から言えば、三つ目の方法が実務上、運用しやすいので適切と考えます。
確かに、懲戒処分の種類と懲戒事由を対応させることは、明確性という観点から利点があるのは事実ですが、“当該事案に即した妥当な処分量定ができなくなる” という欠点があります。すなわち、懲戒処分を決定するに当たっては、懲戒の対象となる外形的行為が同一であっても、個別の事案における背景事情、動機等のさまざまな要素を勘案した上で、異なる量定とするのが実情だと思いますが、懲戒行為に至る原因や事情をあらかじめ分類して懲戒処分の種類と完全に対応させることは不可能に近いです。そのため、懲戒処分の種類と懲戒事由を無理に対応させることによって妥当な処分ができなくなるおそれがあります。
[2]副詞・形容詞の多用は避ける
多くの企業の就業規則を見ていると、懲戒事由に「しばしば」「みだりに」「著しく」「再三にわたって」といった副詞や形容詞等が多用されていることがあります。裁判例では、懲戒事由は制限列挙(限定列挙)であると解されていることから、訴訟となった場合には、懲戒対象行為が、これら副詞あるいは形容詞に該当するか否かが争点となります。例えば、「正当な理由なく、しばしば遅刻したとき」であれば、「しばしば」とは何回以上を意味するのか、「会社の秩序・規律を著しく乱したとき」であれば、“会社の秩序・規律を乱した” だけでは足りず、それが「著しい」ものでなければならないなど、これらの副詞・形容詞は、訴訟の場では、懲戒処分が有効となるためのハードルを上げてしまう、あるいは無用な争点を生み出してしまう元凶となり得ます。第7回で述べた「故意または過失」としておけばよいものを、わざわざ「故意または重過失」とすることと同様です。
副詞・形容詞が入ることによって見栄えが良くなるという効果は一定程度あるのかもしれませんが、リスクマネジメントの観点からはお勧めできません。
[3]「服務規律に違反したとき」を含めることを忘れない
就業規則をレビューしていると、懲戒事由の一つとして「服務規律に違反したとき」が抜けていることがまれにあります。これが抜けてしまったとしても、包括条項(「前各号に準ずる行為があったとき」)によって、服務規律違反に基づく懲戒処分も可能になるとは思いますが、余計な争点を増やさないためにも、懲戒事由の中に含めておくべきでしょう。
[4]犯罪行為に関して
就業規則の中で、犯罪行為に関する事由として、「刑罰法規に違反し有罪が確定したとき」と定めているものをたまに見かけます。これは、有罪判決が確定するまでは罪を犯していないものとして扱う「無罪推定の原則」をそのまま具現化したものと思われますが、避けたほうがよいでしょう。この規定を設けた場合、従業員が、例えば横領等の犯罪行為を行い、犯罪行為を認めていたとしても、刑事事件が有罪確定するまでは懲戒処分できないことになってしまいます。実務上、従業員が犯罪行為によって逮捕された場合には、判決の確定まで待って懲戒処分を行うのではなく、その前のどこかの段階で懲戒処分をするのが通常ですので、それができるように「刑罰法規に違反したとき」としておくべきです。
[5]最後に「包括条項」を入れておく
前述のとおり裁判例の多くが、懲戒事由については制限列挙と解していますので、懲戒事由の最後に必ず、「前各号に準ずる行為があったとき」のように包括条項を入れておく必要があります。
以上を踏まえた当職の推奨する規定例は、次のとおりです。
[具体例2]
(懲戒事由)
第●条 次の各号の一に該当する場合は、第●条に定める懲戒処分を行う。
① 経歴を偽り、その他不正の手段を用いて雇用されたとき
② 正当な理由なく無断欠勤したとき
③ 正当な理由なく遅刻、早退、欠勤し、あるいは職場離脱したとき
④ 職務に不熱心で誠実に勤務しないとき
⑤ 会社の諸規程、通達等により遵守すべき事項に違反したとき
⑥ 本規定に違反し、または社命もしくは上長の指揮命令に従わないとき
⑦ 素行不良で会社の秩序、規律を乱し、または、そのおそれのあったとき
⑧ 故意または過失により、業務または就業に関して、会社に虚偽の事項を述べたとき
⑨ 第●条に定める服務規律に違反したとき
⑩ 会社の業務を妨害し、または妨害しようとしたとき
⑪ 火気を粗略に扱い、または所定の場所以外でたき火もしくは喫煙したとき
⑫ 会社内で暴行、脅迫、傷害、暴言またはこれに類する行為をなしたとき
⑬ 故意または過失により、会社の秘密を漏らし、または漏らそうとしたとき
⑭ 故意または過失により、会社に損害を与え、または会社の信用を失墜させたとき
⑮ 会社の金品を盗み、または横領するなど不正行為に及んだとき
⑯ 正当な手段によらず私品を修理または作成したとき
⑰ 故意または過失により、会社の施設もしくは金品を滅失・毀損し、生産の低下もしくは業務の渋滞を引き起こし、または労働災害その他の人身事故を発生させたとき
⑱ 職務を利用して私利を図ったとき
⑲ 取引先に対し、金品等の利益を要求し、または受領するなど職務上の不正行為をなしたとき
⑳ 許可を得ないで在籍のまま他に雇用されたとき
㉑ 正当な理由なく、異動を拒否したとき
㉒ 会社の敷地内で、許可なく集会を行い、または文書の配布、掲示、演説、放送を行ったとき
㉓ 飲酒運転(酒気帯び運転を含む)、ひき逃げ、その他刑罰法規に違反したとき
㉔ 会社外において、会社または役員、従業員の名誉、信用を毀損したとき
㉕ 部下の管理監督、業務上の指導、または必要な指示注意を怠ったとき
㉖ 前各号に準ずる行為があったとき
本連載では、テーマ別で全10回にわたり、就業規則のモデル条文を挙げながら、昨今の法改正や人事分野のトレンドを踏まえて解説してきました。実務上の留意点を踏まえ、自社の就業規則を見直すきっかけとしていただけると幸いです。
※本稿は個人的見解であり、スタンスの問題による点が含まれることに留意してください。
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岡崎教行 おかざき のりゆき 寺前総合法律事務所 パートナー弁護士 2000年法政大学法学部卒業、2001年司法試験合格、2002年法政大学大学院卒業、2003年弁護士登録。第一東京弁護士会所属。経営法曹会議幹事。2015年中小企業診断士試験合格。専門は人事労務を中心とした企業法務。主な著書に『使用者側弁護士からみた 標準 中小企業のモデル就業規則策定マニュアル』(日本法令)。 |
