寺前総合法律事務所 パートナー弁護士
岡崎教行
今回は、服務規律の2回目として、前回の各種ハラスメントに続いて副業・兼業、所持品検査・モニタリング、秘密保持義務、損害賠償義務について検討します。
副業・兼業
[1]副業・兼業の基本的な考え方
労働者は、生活全般について、使用者の支配に属するものではありません。労働契約によって就業時間中の労務提供を義務づけられているだけであり、勤務終了後の私的な時間については労働者の自由です。そのため、副業・兼業を禁止する規定があったとしても、その合理性が問題になります。
これまでの裁判例では、従業員の兼業の拒否については、労務提供上の支障や企業秩序への影響を考慮した上で、「会社の承諾にかからしめる旨の規定」は不当とは言い難いとされています(小川建設事件 東京地裁 昭57.11.19決定 労判397号30ページ)。
したがって、副業・兼業を会社の許可制とすることに問題はありません。
[2]副業・兼業の促進
近時、国は副業・兼業を原則として容認するべきだという立場に立ち、促進する方向性を打ち出しています。
厚生労働省の「モデル就業規則(令和7年12月版)」では、下記のとおり定められています。また、「副業・兼業の促進に関するガイドライン」も厚生労働省から公表されています。
[厚生労働省の規定例]
(副業・兼業)
第70条 労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる。
2 会社は、労働者からの前項の業務に従事する旨の届出に基づき、当該労働者が当該業務に従事することにより次の各号のいずれかに該当する場合には、これを禁止又は制限することができる。
① 労務提供上の支障がある場合
② 企業秘密が漏洩する場合
③ 会社の名誉や信用を損なう行為や、信頼関係を破壊する行為がある場合
④ 競業により、企業の利益を害する場合
副業・兼業を推進する企業は、就業時間外にフリーランスとして、もしくは他の企業で働くことを認めているのが一般的です。一方で、他の企業に労働者として勤務することを禁止している企業も少なくありません。
その理由の一つは、労働基準法(以下、労基法)38条の規定です。この条文では、「事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」と定められており、通達では、「事業場を異にする場合」とは、「事業主を異にする場合をも含む」とされています(昭23.5.14 基発769)。
厚生労働省が公表している「副業・兼業の促進に関するガイドライン」のQ&A等にも副業・兼業を行った場合の労働時間の通算について書かれていますが、その内容は必ずしも明確ではなく、使用者側としては、残業代を請求されるリスクを抱えてまで副業・兼業を認めることはしないというのが現時点での一般的なスタンスだと思います。
当職の見解としても、副業・兼業を原則として認めるのではなく、就業規則上は許可制とし、後は運用でカバーするべきだと考えています。したがって、以下の規定例を推奨しています。
[具体例1]
(副業・兼業)
第●条 従業員は、会社の許可なく、社外の業務に従事し、または自ら事業を行ってはならない。
もっとも、厚生労働省の「労働基準関係法制研究会報告書」(令和7年1月8日公表)でも、“通算しないという方向性で整理すべきではないか” という趣旨の内容が記載されており、今後、変更の可能性も十分にあり得るところかと思います。
なお、近時の裁判例(タイミー事件 東京地裁 令7.3.27判決 労経速2593号3ページ)では、「労働者が複数の事業主の下で労働に従事し、それらの労働時間数を通算すると労基法32条所定の労働時間を超える場合には、労基法38条1項により、時間的に後に労働契約を締結した事業主はその超えた時間数について割増賃金の支払義務を負うとされているが、当該労働者が他の事業主の下でも労働しており、かつ、同所での労働時間数と通算すると労基法32条所定の労働時間を超えることを当該事業主が知らなかったときには、同事業主の下における労働に関し、当該事業主は、労基法38条1項による割増賃金の支払義務を負わないものというべき」であるとし、「労基法38条1項の規定を念頭に置いて、原告の申告等がない場合にも、自ら、他の事業主の下での労働について原告に確認する義務を負っていたものと解すべき根拠は見出せ」ないとされています。結論としては是認できるものの、労働時間は客観的に決まるものであり、知らなかったら割増賃金の支払い義務を負わないというのは必ずしも論理的ではなく、この判断には論理の飛躍があるのではないかと当職は考えます。
所持品検査・モニタリング
[1]私物の持ち込み禁止
従業員は会社との労働契約によって労務提供義務を負うことになりますが、労務提供とは関係のない私物を事業場に持ち込むことを認めるのは、労務管理上必ずしも適切ではありません。もっとも、事業場で数時間にわたり業務に従事する以上、日常携帯品(スマートフォンなど)の持ち込みまでを制約するのは行き過ぎだという印象を持っています(近時、企業秘密の漏洩の観点から、私物のスマートフォンを事業場に持ち込ませない企業もあるようですが、職場の中でも一定の敷地内に限定するなどの制約が合理的ではないかと思います)。
したがって、以下の規定例のように、日常携帯品の持ち込みは認め、それ以外の私物を持ち込み禁止とすることをお勧します。これにより、従業員が職場において過度なプライバシー保護を期待する可能性を排除することができます。
[具体例2]
第●条 従業員は、日常携帯品以外の私物を事業場内に持ち込んではならない。
[2]所持品検査
職場内で物品がなくなった場合や、無断で日常携帯品以外の私物を持ち込んでいるのではないか疑わしい場合などに調査するためにも、就業規則上で所持品検査の定めを設けておくほうがよいでしょう。実際の規定例として、次のようなものを見ることがあります。
[具体例3]
第●条 会社は、従業員が私物を持ち込みまたは会社の物品を持ち出そうとする蓋然性が高い場合、従業員に対して、出勤時あるいは退勤時に限り、所持品検査を求めることがある。従業員は、正当な理由なく、これを拒んではならない。
しかし、これでは定めた内容とは異なる状況で所持品検査を実施しなければならない場合に、検査を実施することができなくなってしまいかねません。そのため、所持品検査を行う場面等を限定しない、以下のような規定を推奨します。
[具体例3の変更案]
第●条 会社は、職場規律の確保のためなど業務上の必要に基づき、従業員に対して所持品検査を求めることがある。従業員は、正当な理由なく、これを拒んではならない。
なお、当然のことですが、従業員は会社の所持品検査という業務命令に従わなければならないことを周知しておくためにも、正当な理由なく拒否できない旨を定めておいたほうがよいでしょう。
[3]貸与パソコンの私的利用の禁止
多くの企業では、会社が所有するパソコンを従業員に提供しています。本来であれば、会社が所有するパソコンをモニタリングするのは自由ですが、貸与パソコンを従業員が私的に使える前提にすると、パソコンに従業員のプライベート情報が記録されることを会社が容認していることになり、従業員のプライバシー保護を図る必要性が生じてしまいます。そのため、モニタリングを実施するに当たっては、パソコン上にある各種データ等について、従業員のプライバシー保護への合理的な期待を可能な限り排除しておいたほうがよいと考えますので、就業規則には、次のように会社の貸与パソコンの私的利用を明確に禁止する旨の条項を定めておくべきだと考えます。
[具体例4]
(貸与パソコンの私的利用の禁止)
第●条 従業員は、会社対応のパソコンを業務遂行以外の目的で利用してはならない。
[4]モニタリング
会社の貸与パソコン上にある各種データ等について、従業員のプライバシー保護への合理的な期待を可能な限り排除しておくためにも、会社がモニタリングをすることがあるということを明示しておく必要があると考えます。
モニタリングについては、個人情報保護委員会の「『個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン』に関するQ&A」(平成29年2月16日、令和7年7月1日更新)では、以下のとおり記載されています。
Q5-7 従業者に対する監督の一環として、個人データを取り扱う従業者を対象とするビデオやオンライン等による監視(モニタリング)を実施する際の留意点について教えてください。
A5-7 個人データの取扱いに関する従業者の監督、その他安全管理措置の一環として従業者を対象とするビデオ及びオンラインによるモニタリングを実施する場合は、次のような点に留意することが考えられます。なお、モニタリングに関して、個人情報の取扱いに係る重要事項等を定めるときは、あらかじめ労働組合等に通知し必要に応じて協議を行うことが望ましく、また、その重要事項等を定めたときは、従業者に周知することが望ましいと考えられます。
○モニタリングの目的をあらかじめ特定した上で、社内規程等に定め、従業者に明示すること
○モニタリングの実施に関する責任者及びその権限を定めること
○あらかじめモニタリングの実施に関するルールを策定し、その内容を運用者に徹底すること
○モニタリングがあらかじめ定めたルールに従って適正に行われているか、確認を行うこと
ただし、あくまでも、「望ましい」というレベルにすぎませんので、これに従わなければならないというものでもありません。
会社がモニタリングを行う場合としては、従業員による会社の貸与パソコンの私的利用や情報漏洩の有無に限らず、従業員による不正行為が疑われた場合の裏づけのための調査など、さまざまな場面が想定されます。
したがって、モニタリングの目的を具体的に特定してしまうと、特定した目的以外ではモニタリングができないことになってしまいますので、あまり具体的に記載しないほうがよいと考えます。
多くの会社では、パソコンを立ち上げるためにIDとパスワードを入力してログインするよう設定しています。しかし、パスワードを従業員が変更し、それを会社に届け出ていないこともあります。そのような場合には、会社がモニタリングを実施するに当たり、パスワードを調べる必要があります。このようなケースに備えて、従業員に対してモニタリングに必要な協力を義務づける定めをしておく必要もあると考えます。
さらに、“電子メールのモニタリングは、送受信記録あるいはこれにメールの件名を加えた範囲でしかできない” “モニタリングはIT部長のみが実施できる” “モニタリングは就業時間内のみとする” など、モニタリングの実施方法等を制限する定めを見ることがありますが、例えばIT部長が長期で海外出張に行っているときにモニタリングをしなければならない事態が生じることも想定できるので、基本的にはモニタリングで取得する情報の範囲、モニタリング実施者、モニタリング可能時刻等を制限するような規定は設けないほうがよいと考えています。当職が推奨するのは、次の規定例です。
[具体例5]
(モニタリング)
第●条 会社は、業務上の必要等に応じて、会社貸与のパソコンで従業員が送受信した電子メール、従業員がインターネットで閲覧したページ、その他のデータ等を閲覧することができる。
2 従業員は、閲覧に必要なパスワードを開示する等、会社による閲覧に協力しなければならない。
秘密保持義務
労働契約の付随義務として、従業員は当然に、秘密保持義務を負うと解されていますが、その趣旨を明確にするためにも、秘密保持に関する条項は定めておくべきでしょう。よく見る就業規則が以下の例です。
[具体例6]
(秘密保持義務)
第●条 従業員は在職中において、職務遂行過程で知り得た業務上の秘密を他に漏らしてはならない。
この規定例では、具体的に何が業務上の秘密に該当するのか明確には定められていません。しかし、従業員にとって秘密保持義務の対象である「業務上の秘密」が何か分からないのでは実効性がありません。他方で、秘密保持義務の対象とする情報すべてを就業規則に記載するというのも現実的ではありません。そのため、就業規則では「業務上の秘密」に該当する幾つかの情報を例示的に列挙し、より詳細な情報については別途誓約書等に落とし込んで従業員に提出させる――というのが現実的な対応かと思います。それを踏まえた以下の変更案が、当職の推奨する規定例です。
[具体例6の変更案]
(秘密保持義務)
第●条 従業員は在職中において、職務遂行過程で知り得た以下の業務上の秘密を他に漏らしてはならない。
① 製品・サービスの技術や設計、製品・サービスの企画、製品・サービスの開発に関する事項
② 製品・サービスの販売、顧客情報に関する事項
③ 人事管理、財務に関する事項
④ その他会社が業務上秘密としている一切の事項
損害賠償義務
従業員が会社に損害を与えた場合の損害賠償について、就業規則に明記されている例は多いのですが、多くの就業規則では「故意または重過失により」としており、単なる過失の場合には損害を負担させないとされています。しかし、債務不履行にしろ不法行為にしろ、従業員に責任が発生するのは「故意または過失」の場合であり、わざわざ「故意または重過失」に限る必要はありません。したがって、従業員が損害賠償を負う場合については、民法709条の原則どおり、「故意または過失により」会社に損害を与えた場合と定めておくべきでしょう。
また、多くの就業規則が「損害賠償を減免する」という趣旨の規定を設けています。これまでの裁判例を踏まえて、賠償させられる従業員に配慮したものだと思いますが、わざわざ就業規則に定めておくのは疑問です。あくまで会社が個別に鑑みて減免をすればよいことであり、規定として定めておく必要はありません。
もっとも、従業員に安心して勤務してもらいたい、損害賠償を減免されるということを周知したいということであれば、就業規則に定めるのも一つの判断かと思いますが、その場合には、「会社は事情に応じて損害賠償額を減免することがある」という程度にとどめておくのがよいかと思います。これらを踏まえて当職が推奨する規定例は以下のとおりです。
[具体例7]
(損害賠償)
第●条 従業員が、故意または過失により、会社に損害を与えた場合には、会社にその損害を賠償しなければならない。
※本稿は個人的見解であり、スタンスの問題による点が含まれることに留意してください。
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岡崎教行 おかざき のりゆき 寺前総合法律事務所 パートナー弁護士 2000年法政大学法学部卒業、2001年司法試験合格、2002年法政大学大学院卒業、2003年弁護士登録。第一東京弁護士会所属。経営法曹会議幹事。2015年中小企業診断士試験合格。専門は人事労務を中心とした企業法務。主な著書に『使用者側弁護士からみた 標準 中小企業のモデル就業規則策定マニュアル』(日本法令)。 |
