2026年06月26日掲載

Point of view - 第302回 戸田 哲 ― 採用時の違和感を見逃さない ~採用段階で防ぐ労使ミスマッチ

戸田 哲 とだ さとし
弁護士法人戸田労務経営 代表弁護士・社会保険労務士

千葉大学法科大学院非常勤講師。企業側労務を専門とし、110社超の企業・法人・士業事務所の顧問先に、労務コンサルティングを実施。企業・士業・経営者団体等での労務セミナー登壇は200回超。菅野和夫東大名誉教授の著書『労働法 第12版』(弘文堂)の改訂に参加。主な著書等として『慰謝料算定の実務 第3版』(共著、ぎょうせい)のほか、『企業実務』(エヌ・ジェイ・ハイ・テック)、『月刊総務』(月刊総務)、『ビジネスガイド』(日本法令)の労務記事を執筆。

 最近、企業から「採用した人が思っていた人材と違ったので、辞めさせたい」という相談を受けることがとても増えている。
 人手不足はどの業界でも深刻だ。多少気になるところはあっても「まずは採用」となるのも致し方ない。
 ところが、こんな事案があった。採用時は良い人材だったのに、入社後に仕事が全くできないことが判明。しかも会社のルールに従わず、注意しても当人は「パワハラ」だと主張し、会社は「問題社員を採ってしまった」と嘆く。
 では、“簡単に辞めさせられるか” というと否である。日本の法律では解雇のハードルがとても高いためだ。
 私がこうした多くの労務相談を受ける中で感じるのは、いわゆる「問題社員」の問題の多くは、「労使ミスマッチ」に原因があるということだ。会社が期待していた能力・役割、行動基準、組織文化、価値観、仕事観、コミュニケーションの取り方等、こうした部分でマッチングしていないことから問題行動が顕在化していくケースが多いのだ。
 だからこそ、採用の入り口でミスマッチを回避することが、最大の問題社員対応になる。

採用時点で見える問題社員の傾向

 実は労使ミスマッチは、採用選考段階で一定の兆しが見えていることも少なくない。

短期離職が続いているのに退職理由が曖昧

前職への不満ばかりを語る

職務経歴書は立派だが、具体的に担当業務を聞くと説明が浅い

会社のルールや上司の指示をどう受け止めるかを尋ねると、どこか他責的な回答が返ってくる

適性検査で協調性、規律性、感情安定性の項目が低い

 これらの兆しが見られるときに注意するということは、本当に昔から言われている採用選考の初歩の初歩だが、案外バカにできない。私は、解雇紛争に発展した問題社員の採用時資料等もたくさん目にしているが、履歴書レベルでも、どこかにミスマッチの傾向が見て取れる。
 採用時に見極めるべきは、「一緒に働ける人か」「会社のルールや価値観に向き合える人か」「注意や指導を受け止められる人か」どうかである。マッチングを狙い過ぎるよりも、「ミスマッチを回避する」という観点が重要である。

ミスマッチを起こさないための情報提供

 ミスマッチを防ぐためには、会社側の情報提供も重要である。
 仕事内容、期待する役割、労働条件、職場の雰囲気、評価の考え方、求める行動基準等が曖昧なままでは、入社後に「聞いていた話と違う」「思っていた人材と違う」というズレが起きやすい。会社が大事にする価値観を行動基準にまで落として伝えることが重要だ。

採用選考でミスマッチを回避するポイント

 次に、採用選考でミスマッチをどう見極めるかである。
 まず、履歴書と職務経歴書は、その人の歩みとジョブの履歴なので、情報の宝庫だ。志望理由書も価値観に触れる資料として有益である。ただし、これらの書面を鵜呑(うの)みにしてはいけない。今やAIでの作成も容易であり、事前準備できる書面で判断するのは危険だ。
 そのため、面接の重要性はより高くなっている。書面を読んで気になるポイントは直接聞く必要がある。とにかく「まあこんなものか」で流さない。違和感は、採用後にいずれ現実化するためだ。
 面接では、失敗経験、指導を受けた経験、組織のルールと自分の考えが違った場面でどう対応したのか等、「課題解決能力」を見ていきたい。特に即戦力の中途採用では、専門知識や実務経験に目がいきがちだが、実際は報告、相談、協調性、規律性、感情の安定性のほうが重要である。むしろ、能力は高い半面、他者と安定的に働けない人材のほうが、逆の人材(能力は高くないが他者と安定的に働ける人材)以上に組織に大きな負荷を与える。
 また、実は適性検査も有益である。特に「協調」「規律」「感情安定」に関する項目は要注意だ。ここが極めて低い場合、問題の兆しがある。
 その他、前職照会(バックグラウンドチェック)を外注で取り扱う企業も増えてきている。多角的に採用選考をするという意味では、これを活用してもよいだろう。この点に関し、アクセンチュア事件(東京高裁 令6.12.17判決)が参考になる。これは、前職照会によって、内定者が直近の職歴を履歴書等に記載していなかったことが判明した事案だ。裁判所は、単に職歴に齟齬(そご)があったというだけでなく、会社が求める職務上の資質や、相互信頼関係を維持できる性格を欠くかどうかという観点から、内定取り消しが有効と判断した。
 結局、応募者側が会社に対し、誠実に情報を開示等することで他者と信頼関係を築けるかという点も、採用判断の重要な要素になり得るのである。

採用後の見極め期間を曖昧にしない

 続いて、採用後の見極め期間の制度設計も重要である。多くの会社は試用期間を設けたり、数カ月のトライアル的な有期労働契約を締結したりしていると思うが、「試用期間中なら辞めさせられる」とするのは早計であり、危険だ。
 法的には、試用期間での本採用拒否は解雇と同じであって、簡単にはできない。最近は、この手の労使紛争がかなり増えている。
 また、トライアルでの有期労働契約についても、実質的には試用期間付きの無期労働契約ではないかと争われることがある(神戸弘陵学園事件 最高裁三小 平2.6.5判決)。近時の明治安田生命保険事件(東京地裁 令5.2.8判決)では、制度設計等から有期労働契約と認められたが、制度づくりが曖昧であればリスクが残る。

入社後の違和感は早めに解消する

 そして、この見極め期間の中で、違和感を放置しないことが何より重要だ。
 必要なのは、感覚的な不満を、具体的な事実に落とし込むことである。単に「態度が悪い」というだけではなく、実際にどのような発言や行動があったのかを明らかにする。同様に、「能力が足りない」ではなく、会社が求めていた業務水準は何か、実際にどの業務が、どの程度できていないのか等を言語化する必要がある。
 また、叱るのではなく、「何を期待しているのか」「現状はどこが足りないのか」「いつまでに何を改善してほしいのか」を具体的に共有することで、ミスマッチが可視化される。なお、このミスマッチを修正する際には、会社が「大事にする基準」や、それに(ひも)づいた人事評価制度があるとやりやすい。
 ミスマッチが埋められないほど深刻になると、会社としては「別れ」(解雇や退職勧奨)で解消するしかなくなる。入社後にこれを解消するプロセスがあるかないかで、本人の納得感や、ひいては裁判所の判断も大きく変わる。
 労使ミスマッチは、イソップ童話の「北風」のように一方的に押し切っても解消できない。「太陽」のように向き合い、ミスマッチを相互認識することが、企業と従業員の双方を守ることにつながるのである。