2026年06月12日掲載

Point of view - 第301回 正木郁太郎 ― 企業における組織内課題の解決に向け、「社会心理学」の知見はどのように役立つか

正木郁太郎 まさき いくたろう
東京女子大学現代教養学部心理学科 准教授

2017年東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(社会心理学)。専門は社会心理学と産業・組織心理学で、ダイバーシティ&インクルージョンや、感謝を交わす意義などの職場マネジメントを研究している。著書に『感謝と称賛——人と組織をつなぐ関係性の科学』『職場における性別ダイバーシティの心理的影響』(ともに東京大学出版会)などのほか、6月22日に『強い組織は「感謝と称賛」でつくられる 「ありがとう」と「すごいね」が、組織を変える』(日本能率協会マネジメントセンター)が発売予定。

 「社会心理学」についてご存じの方はどれくらいいるだろうか。既に日常的に使われる言葉にもなった「同調圧力」や、採用面接における「ハロー効果」「認知バイアス」なども研究対象となる、集団や社会で生きる人の心と行動のメカニズムを探究する学問である。筆者は、社会心理学を学ぶことは、人事・労務や組織のマネジメントをよりよく理解し改善を図る上でとても有効だと考えている。本稿では社会心理学の幾つかのトピックに沿って、どのような研究があり、組織の課題とどのように関連し得るかを簡単に紹介したい。

欲求とモチベーション——人は何を好み、何に熱意を持つのか

 一つ目は人の欲求やモチベーションのメカニズムに関する研究である。人は何を好み、どのように熱意に火が付くのか、ということがテーマとなる。ここでは代表的な理論を二つと、それぞれが関連する人事・組織課題を紹介したい。
 一つ目の理論が「自己決定理論」である。この理論の要点として、人には「自律性」「有能感」「関係性」の三つの基礎的な欲求があり、それらが満たされたときに内発的モチベーション(自分から「やりたい」と思う気持ち)が喚起されると考えられている。すなわち、①自分で決めたとき(強制でないとき)、②成長や有能さを感じたとき、そして③他者と良い関係を築けていると感じたときに、人はモチベーションが高まる。この三つの欲求に応えられているかを軸に、働き方や制度、上司のマネジメントを工夫することで、従業員のモチベーション向上や行動変容を促すこともできる。
 二つ目の理論が「最適弁別性理論」である。人と所属集団(企業など)の関係を論じた理論の一つで、人には「ユニークな存在でありたい」という欲求と、「集団の一員でありたい」という二つの欲求があるとされる。この一見すると相反する欲求を人が持つが故に、例えばダイバーシティ&インクルージョンの領域では、「みんな違ってみんないい」(前者の独自性欲求に対応)だけではなく、ミッション浸透などによって組織の一体感を高めること(後者の帰属欲求に対応)の両方を満たすことがカギとなる。

認知プロセス——人はどのような順序で思考し、行動するか

 加えて、社会心理学の研究には人の思考プロセスの研究も多い。代表的なものが、「認知バイアス」と呼ばれる “考え方のクセ” に関する研究である。その内容は多岐にわたり、過度な楽観に関するものもあれば、ステレオタイプや偏見に関するものもある。こうした多様な認知バイアスはそれぞれが異なる現象にも思われるが、実際には共通のメカニズムも存在している。例えば、認知負荷(集中力の消耗やストレス)が高い状況下では認知バイアスが強まることや、行動経済学の研究でも有名になったように、人は熟慮と直感の二つの思考様式を使い分けている、といったことである。
 こうした人の思考プロセスを知ることが役立つ最も身近なテーマは、「アンコンシャスバイアス」への対応である。単なる啓発活動だけでは効果が薄く、どのような介入が有効なのかといったことを考える上で、大いに応用し得ると考えている。いわゆる「女性活躍推進」の文脈で、女性の(あるいは近年は男性も含む)「管理職観」「リーダーシップ観」のゆがみを理解し、緩和するためにも役立つ。

集団の研究——人は組織や他者からどのように影響を受けるか

 そして、組織への応用という点で筆者が最も有望に感じる分野が、集団に関する研究である。俗にいう「集団心理」の研究と呼んでもよいかもしれない。例えば、人はなぜ、どのようなときに周囲の他者の意見に同調しやすいか、あるいは逆に逸脱し、時に集団全体の雰囲気や文化、悪習を変革するかといった研究がある(文字どおり「同調」「逸脱」「変革」に関する研究と呼ばれる)。それ以外にも、「社会的アイデンティティー理論」と呼ばれる、人が「ある集団の一員」というメンバー意識が強まったときにどのような行動を取るかをテーマとする理論や研究群もある。後者は究極的には、「人はなぜ争うのか」「なぜ、派閥が生まれるのか」「なぜ組織に没入して不祥事や問題を起こすのか」といった問いにも関係する。
 集団の研究は、組織のマネジメントにおいて実に多様な課題に応用し得る。組織構造のようなマクロレベルの内容もあれば、上司のリーダーシップという中間レベル、あるいは個々の職場の心理的安全性といった職場レベルの内容など、さまざまな「集団」をより良いものとするために活用できるだろう。

理論と実践をつなぐために

 本稿では、社会心理学と人事・組織課題の関係について、代表的なトピックに絞って紹介してきた。これまで述べたとおり、社会心理学の理論を学ぶことは、人事・組織課題の「理解」に直結し得ると考えている。しかし逆に言えば、課題を理解しやすくするにとどまり、「自社に今必要な解決策」までは与えてはくれない。
 個々の企業や職場で事情は千差万別である。そして、多忙な現場で働く人々が受け入れやすい施策や解決策にするためには、さまざまな理論をうまく組み合わせることのほかに、時には「楽しさ」「エンターテインメント性」も必要になる。こうした具体性や「緩さ」は、学術研究や理論が最も苦手とするものでもある。現場の事情を最もよく知っているのは、当該企業で働く方々であり、そこにはさまざまな実践知もあるものと思われるため、課題解決は「理論と実践知の両輪」で進めることが欠かせないだろう。
 このように、理論 “だけ” で組織課題が解決するとは言い難いが、課題を言語化して分析することにはとても役立つ。また、解決の手がかりを与えてくれる点も非常に魅力的である。もし、少しでも共感いただけた場合は、ぜひ社会心理学の研究に目を向け、書籍を手に取っていただけると幸甚である。