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中島美鈴 なかしま みすず 時間管理とADHDの認知行動療法を専門とし、医療機関や大学勤務を経て中島心理相談所所長。九州大学学術協力研究員なども務める。『なぜあの人は時間を守れないのか』(PHP研究所)など、著書多数。 |
いつも締め切りを守れない部下に手を焼く
職場でよくあるシーンとして、管理職であるあなたは、このような経験をしたことがないだろうか。今回も、締め切りまでにタスクを仕上げられなかった部下がいる。チームで進めるプロジェクトだから、1人の遅れが全体の進行状況を左右する。メンバーはあきれ顔で、あなたは管理職としての責任を感じて青ざめている。しかし、あなたは知っている——その部下が決してサボっていたわけではないことを。ところが、なぜ締め切りに間に合わないのかが分からない。「なぜ締め切りに遅れたのか?」と尋ねれば、「すみません」と頭を下げられ、結局、あなたが渋々フォローする。そして、次の締め切りも、やはり遅れるのである。
こうした場面で管理職が陥りやすい誤解は、「部下はできるのに、しない」という解釈である。難しいプレゼンテーションをこなせるのに、簡単な書類提出が遅れる。その「ムラ」が、部下のやる気や誠意の問題に見えてしまう。
しかし、近年の神経心理学研究では、時間管理の困難の多くが「実行機能」の特性に起因することを明らかにしている。「実行機能」とは、目標に向かって行動を組み立て、制御する脳の働きである。計画を立てる力、注意を持続させる力、誘惑にブレーキをかける力などが含まれ、その脳の働き方には驚くほど大きな個人差がある。締め切りに遅れる部下は「怠けている」のではなく、行動を起こすまでのプロセスのどこかで「止まっている」可能性が高いのである。
“どこで「止まっている」か” を一緒に見つける
筆者は企業研修において、実行機能の働きを四つのステップ——①取りかかり、②計画立て、③進捗管理、④脱線防止——に分けて示すフレームを用いている。このフレームの最大の利点は、「なぜできないのか」という人格への問いかけを、「どのステップでつまずいているのか」というプロセスへの問いに変換できる点にある。
冒頭で掲げたケースを例に挙げると、最初にこのフレームで部下に面談してみることが重要である。「なぜ遅れたのか?」ではなく、「この四つのステップのうち、どこが一番難しかったか?」と図を見せながら尋ねる。それに対し、このケースでは、部下はこのように答えた。「 “取りかかり(①)” のところです。やらなきゃと思うんですが、全体を考えると手に負えない気がして、つい別のことをしてしまって……」。
つまり、この部下の完璧主義がタスクを実際以上に巨大に見せ、不安から着手そのものを回避させていたのである。これは意志の弱さではなく、実行機能における「表象(ゴールや全体像の把握)」と「抑制(不安への対処)」の段階でのつまずきとして理解できる。
なお、つまずきの箇所は人によって異なる。「②計画立て」で止まる人は、ゴールを描かないまま走り出し、見積もりが甘くなりがちである。「④脱線防止」で止まる人は、スマホの通知一つで集中が途切れてしまう。だからこそ、ステップごとに見極めることが対策の精度を上げるのである。
叱責ではなく “仕組みの分解” で動かす
原因の見当がつけば、対策は具体的になる。例として掲げた部下の場合、まずタスクを極限まで小さく分割させた。「報告書を書く」のではなく、「報告書の構成案のメモを5分で書く」ことを最初の一歩にしたのである。脳の報酬系(目標達成や満足感を得た際などのとても強い快楽)の特性上、遠い締め切りよりも目の前の小さな達成感のほうが、はるかに行動を起こしやすい。小さなタスクを一つ終えるごとに好きな飲み物で一息つけば、ご褒美が行動の燃料になる。さらに、60%の完成度で上司に共有するルールを設けてみた。「完璧でなくても途中で見せていい」という安心感が、着手のハードルを大きく下げていった。
面談後、その部下はタスクを小分けにしたチェックリストを自ら作成し、週2回の短い進捗共有を申し出るようになった。最初から劇的に変わったわけではない。しかし、「すみません」の一言で終わっていた面談が、「ここまではできました。ここでタスクが詰まりそうです」という対話に変わった。上司のフォローも、事後の尻拭いから事前の方向修正へと姿を変えたのである。
時間管理ができない人と指導/ハラスメントの境界線
締め切りが守れないことについて、障害と結びつけて考える人もいる。障害者への企業の対応として、2021年に改正された障害者差別解消法(2024年4月1日施行)は、事業者に障害者への合理的配慮の提供を求めている。しかし時間管理ができないということは、障害の診断をされた人だけの話ではないことに留意すべきである。時間感覚の個人差、計画立ての得手不得手、集中の持続のしやすさは、程度の差こそあれ誰にでもある特性であり、決して障害者に限定されるものではない。環境や仕組みを少し調整するだけで、職場などで本来の力を発揮できる人は少なくない。
さらに、時間管理の指導がハラスメントになるのは、それが人格への攻撃に転じるときである。「だらしない」「やる気がないのか」という言葉は、相手を追い詰めるだけで行動を変えない。一方、実行機能の視点を持てば、指導は「あなたの性格の問題」ではなく「仕組みの改善」として進められる。部下のつまずきは、案外驚くほど基礎的なところにある。だからこそ、そのつまずきを一緒に見つけ、一緒に手だてを考えるという姿勢こそが、指導とハラスメントを分ける境界線となるのである。
