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山本陽大 やまもと ようた 1985年大阪府生まれ。博士(法学)。同志社大学大学院法学研究科博士後期課程を経て、2012年4月にJILPTに入職。2022年4月より現職。近時の主な著作に『新興感染症と職場における健康保護をめぐる法と政策』、共著として『諸外国における解雇の金銭解決をめぐる制度構造・運用実態・政策評価』(ともにJILPT)、『フリーランス法制を考える』(弘文堂)がある。 |
ICT発達の光と影
近年、情報通信技術(ICT)が飛躍的な発展を見せている。情報の通信速度は高速化・安定化し、通信容量は増大し、情報端末(PC、スマホ、タブレット等)は軽量化し、新たなコミュニケーションツール(LINEやSlack等)も登場している。そして、これらの技術は既に職場にも広く浸透しており、それによってわれわれの働き方は、“いつでもどこでも(anytime,anywhere)働ける” ものになりつつある。
このことが労働者にもたらすメリットは少なくない。特にテレワークや在宅勤務のように、ICTを活用し、会社(使用者)に決められた場所(職場)や時間に縛られることなく、自身にとって都合のよい場所や時間で働けることは大きな魅力だろう。しかし、“いつでもどこでも働ける” ということは、“いつでもどこでも働けてしまう” ということでもある。ICTが浸透した昨今の雇用社会では、労働者は労働時間以外の時間帯(休日も含む)であっても、常に上司や同僚、部下、顧客(消費者)等とオンライン上でつながれ得る環境にあり、毎日24時間仕事の指示や連絡が届く可能性のある状態に置かれるという問題が生じる。
このような問題への処方箋として注目されているのが、いわゆる「つながらない権利(right to disconnect)」であり、近年その議論は活発化している。この権利については、既に本欄の第138回(2019年7月12日掲載)において、独立行政法人労働者健康安全機構の久保智英氏が、主に自然科学の見地からその重要性を説いておられるが、本稿では、主に労働法の見地から、「つながらない権利」の必要性や具体的な制度設計の在り方等について考えてみたい。
「つながらない権利」はなぜ必要なのか?
ICT全盛の現代において、「つながらない権利」が必要とされるのはなぜか? この問いに対して、労働法の見地からは複数の回答を挙げることができる。
第一に、労働者が労働時間外でもICTを通じて頻繁に業務連絡に対応せざるを得ないという状態は、言うまでもなく長時間労働や過重労働による労働者の健康被害を引き起こすおそれがある。また、実際に業務上の連絡が届くこと自体は頻繁ではなくとも、24時間オンライン上でつながっていなければならない状態に置かれること自体、ストレスに感じる労働者も少なくないだろう。そのため、「つながらない権利」は、ICT時代における労働者の健康確保(労働契約法5条等)にとって不可欠なツールとなる。
第二に、労働時間以外の時間帯というのは本来、労働者がプライベート(育児や介護、趣味等)に費やすことのできる時間帯(生活時間)であるはずだ。しかし、労働者が24時間オンライン上でつながっている状態の下では、このような生活時間に対しても影響が及ぶことは避けられない。そのため、「つながらない権利」は、労働者のワークライフバランスへの配慮という観点(労働契約法3条3項)からも、その必要性を指摘することができる。
第三に、始業時刻前や終業時刻後における業務上の連絡は、場合によっては労働者に対する上司等によるパワーハラスメントや、顧客等によるカスタマーハラスメントの手段として用いられるおそれもある。そのため、労働者がオンライン上でハラッサー(ハラスメント行為者)とは “つながらない” ことができる状態を確保することは、パワハラ・カスハラ防止の観点(労働施策総合推進法30条の2、33条1項)からも必要といえるだろう。
以上のように、ICTの発展には、これまで労働法が守ろうとしてきた労働者の利益や価値を損なうリスクが潜んでいる。このために、ICT全盛の現代においては、「つながらない権利」によって、オンライン上での24時間接続ないしそれを通じた業務上の連絡から労働者を解放することが、労働法上も重要課題となるのだ。
「つながらない権利」をめぐる議論の高まり ~欧米各国と日本
このような観点から諸外国に目を向けると、「つながらない権利」をめぐって既に法制度化の動きが見られる。世界に先駆けて導入したのは2016年のフランスであるが、その後欧州各国で同様の動きが見られる。また、現在EU(欧州連合)では「つながらない権利」に関する指令(directive)の策定作業が進められており、今後この指令が発効した場合、同権利をめぐる法制度化の動きはEU加盟国全体に広がることが予想される。さらに、最近ではアメリカやカナダの一部の州、オーストラリアといったアングロサクソン諸国においても、同様の動きが見られるようになっている。
一方、日本では、2022年7月に厚生労働省が公表した「これからの労働時間制度に関する検討会」報告書において、「つながらない権利」というキーワードが初めて登場した。また、2025年1月に厚生労働省が公表した「労働基準関係法制研究会」報告書の中でも一定の言及が見られ、同権利の重要性に対する政府サイドの認識は明らかに高まってきている。もっとも、日本では諸外国のような法制度化に向けた動きまでは、いまだ見られないようである。
求められる法制度の在り方とは?
それでは、今後日本でも「つながらない権利」の法制度化を検討する場合、具体的にはどのような制度の在り方が望ましいのだろうか? この問題は、法律に「労働者は、つながらない権利を有する」と書けば解決するといった、単純な話ではない。
そもそも、先ほども触れたように、労働時間以外の時間帯(生活時間)をどのように過ごすかは本来労働者の自由であり、業務上の指示や連絡に応じる義務はない。もし、そのような義務がないにもかかわらず、業務連絡に応じなかったことを理由に使用者が懲戒処分や解雇を行った場合には、現行の労働法制の下でもそれらの処分は違法・無効と考えられる(労働契約法15条、16条)。その意味では、労働者は、実はこれまでも「つながらない権利」を有していたといえるだろう。しかし、それを現実のものとして保障(行使)することが、ICTの発展で24時間オンライン接続が可能となった今日では、いっそう難しくなりつつあるのだ。そうだとすると、「つながらない権利」をめぐる議論は、それを認めるか否かではなく、もともと労働者に認められていた権利をいかにして実効的に保障するかという点(=権利の実効性の問題)にこそ、その本質があるということになる。
それでは、現実に労働者が「つながらない権利」を保障されている状態、つまり労働時間以外はICTを通じた業務上の指示・連絡(あるいはその可能性)から解放される状態を実現するためには、どのような法制度が望ましいのだろうか? その実現のための措置として、分かりやすい例を挙げると、終業後から翌日の始業時刻まで会社のメールシステムをシャットダウンしてしまうことが考えられる。しかし、“つながらない” ための措置というのは、こういったハード面だけでなく、社内における労働時間外の業務連絡に関するルール作りや上司に対する研修の実施等のソフト面までさまざまにあり得る。一方、企業も業種や従業員規模等によって多様であり、例えば災害時等の非常事態下では労働時間外でも労働者に業務連絡を行う必要が生じるケースもあるだろう。また、労働者側についても、労働時間外は一切つながらないことを望む者がいる一方で、仕事の効率性の維持・向上等の観点から、むしろ終業後もオンラインでつながっていることを望む労働者(久保氏が指摘するところの「integrator」)が、職場に一定数いるケースも考えられる。このように、ICT時代において “つながらない” ことをめぐる労使の利害関係は多種多様であることを考えると、国が法律によって全企業に対し、例えばメールシステムのシャットダウンのような特定の措置の実施を一律に強制することは、必ずしも望ましい政策とはいえないように思われる。むしろ、複雑に交錯する利害関係を適切に調整し、各職場における「つながらない権利」の実効的な保障のための最適解を導き出すことができるのもまた、現場の労使にほかならないのだ。
国・政府は何をすべきか?
そうだとすると、今後の法制度としては、「つながらない権利」を実効的に保障するための具体的な措置について、各職場における労使の協議(コミュニケーション)を促すシステムこそが求められているといえるだろう。フランスをはじめ欧米各国を見ても、「つながらない権利」をめぐる法制度の多くは、そのような内容となっていることが分かる。
ところで、労働法の観点からいえば、このような労使間でのコミュニケーションは、伝統的かつ本来的には、使用者と労働組合との団体交渉によって担われるべきものである。そのため、団体交渉がうまく機能しているのであれば、「つながらない権利」についてあえて法制度化を行う必要性は乏しいともいえる。しかし、周知のとおり、現在の日本では労働組合の組織率は年々低下しており、すべての職場において労働組合を通じた自発的な労使コミュニケーションを期待できる状況にあるとはいえない。そのため、上記のような法制度(システム)を通じて、いわば人為的に「つながらない権利」に関する労使コミュニケーションの場を設定することが、国には求められる。この点、現在の労働法上も、例えば労働時間等設定改善委員会(労働時間等設定改善法6条)や安全・衛生委員会(労働安全衛生法17条以下)等のように、人為的に設定された労使コミュニケーションの場は幾つか存在する。一案としては、これらの制度を参考に、使用者に対し、労使で構成され、「つながらない権利」の実効的な保障をテーマに調査・審議を行う委員会を設置すべきことを法令によって義務づけつつ、具体的な措置の内容については、この委員会の判断に委ねるといったやり方が考えられる。
また、その際には同時に、同委員会が「つながらない権利」を保障するための具体的措置を各職場の実情に照らして適切に選択し得るよう、必要な情報にアクセスできる環境を整備することが望ましい。このような具体的措置については、既に先進的な取り組みを行っている企業も少なくないはずだ。こういった好事例(good practice)を積極的に収集・整理し、ガイドライン等の形で公表・周知を図ることも、ICT時代における政府(特に厚生労働省)の重要な役割といえるだろう。
