Happiness insight合同会社 CEO/ベンチャー採用コンサルタント
津田恵子
生成AIの導入は、単なる業務効率化ではない。
企業にとって本質的な問いは、「AIを使える人材をどう採用し、どう育て、どう評価するか」である。実際、生成AI活用が進む企業では、“生成AIを前提に仕事を再設計できる人” と、“従来のやり方を維持する人” の間で、生産性や価値創出に大きな差が生まれ始めている。
つまり今後、人事に求められるのは、「生成AIコンピテンシー(生成AI時代に必要な能力定義)」を採用・育成・評価制度に組み込むことである。
本稿では、生成AI時代の人材要件設計について、具体的な企業事例とともに解説する。
企業が定義すべき「生成AIコンピテンシー」の3階層
生成AIを使うための力の一つに「生成AIリテラシー」(以下、AIリテラシー)がある。ただし、これは単に「ChatGPTを使ったことがある」ということではない。企業としては、生成AIコンピテンシーを少なくとも以下の3階層で整理する必要があり、AIリテラシーは第1階層(Level1)に当たる[図表1]。
[図表1]生成AIコンピテンシー

●Level1:AIリテラシー
ここで重要なのは、「ただ使える」のではなく、「正しく使える」ことである。具体的には、以下のような力が求められる。
・生成AIの得意・不得意を理解する
・ハルシネーション(事実に反する情報を、AIがもっともらしく生成すること)を見抜ける
・情報漏洩リスクを理解する
・プロンプトを工夫できる
・生成AIの出力を鵜呑みにしない
このリテラシーは、今後 “パソコンスキル” や “Excelスキル” と同様に、働く人の基礎能力になっていく可能性が高い。
●Level2:AI活用実践力
このレベルでは、「自分の仕事を生成AIでどう変えるか」が問われる。例えば、次のような活用が考えられるだろう。
・営業提案書を生成AIで高速化
・マーケティング分析を自動化
・採用のスクリーニング補助
・プログラムコードの生成
・業務フローの改善
AI活用実践力がある人材とは、単なる “利用者” ではなく、“生成AIを業務成果につなげられる人材” である。
●Level3:AI変革推進力
生成AIコンピテンシーの最上位層では、「生成AIを前提に組織を再設計できるか」が重要になる。具体例は、以下のとおり。
・「生成AI×人間」の役割再定義
・自社における「AIガバナンス」の設計
・生成AIへの投資判断
・生成AIを前提とした新規事業設計
・生成AIによる組織構造改革
ここでは、テクノロジーに関する知識だけでなく、「戦略」「組織」「倫理」「マネジメント」を統合する力が必要になる。
採用でどう評価するか——面接時の質問と評価基準
人材採用において生成AIコンピテンシーを評価する際に重要なのは、“生成AIを使った経験” ではなく、“生成AIをどう思考に組み込んでいるか” である。以下に、面接における質問の例と評価のポイントを示しておく。
<質問例①>
「最近、生成AIを使って改善した仕事を教えてください」
評価ポイント
・実業務で使っているか
・課題設定ができているか
・生成AI活用の限界を理解しているか
・成果を定量化できるか
<質問例②>
「生成AIの回答が間違っていた経験はありますか?」
評価ポイント
・生成AIを盲信していないか
・検証プロセスを持っているか
・批判的思考があるか
<質問例③>
「あなたの仕事は、生成AIでどこまで代替可能だと思いますか?」
評価ポイント
・自己を客観視できるか
・生成AI時代の職務を理解しているか
・人間にしかできない価値が認識できているか
階層別育成モデル
“AIを使える人材” の育成で失敗する企業の特徴は、「全員に同じ研修をする」ことである。生成AIの活用目的・方法は業務内容等によって異なるため、本来は、職種・階層別に施策を分ける必要がある。例えば一般社員の場合、育成の目的・ゴールは、「生成AIを怖がらず、安全に使える状態」といえる。そのため、研修内容は基礎リテラシーに加え、プロンプト作成の基礎、情報漏洩対策、日常業務への適用方法などが中心となろう。管理職の場合は、育成の目的・ゴールが「チームの生産性を生成AIで改善できる状態」となる。研修内容としては、生成AIによる業務設計や生成AI活用のKPI、生成AI時代のマネジメント、部下育成などが挙げられる。経営層では、さらに高い視座で「AIを前提に経営判断できる状態」を目指すこととなる。それ故、AI戦略やガバナンス設計、投資判断、組織変革、AI倫理といった、AI変革推進力を高めるプログラムが有効だろう。
生成AIコンピテンシーと人事評価
[1]人事評価に生成AI関連の項目を組み込む方法
人事評価に生成AIコンピテンシーの考え方を採り入れる場合、重要なのは “生成AIを使ったか” ではなく、“成果につながったか” を評価することである。そのため、人事評価では従来のような「業務量」「努力量」「経験年数」といった評価項目ではなく、「生成AI活用による改善提案数」「生産性向上率」「ナレッジ共有」などを設定する必要がある[図表2]。
[図表2]人事評価における生成AI関連の評価項目

個人別の目標例は、以下のとおり。
・生成AIを用いて、○○業務の月間工数を20%削減する
・生成AI活用のナレッジをチーム内で3件共有する
・生成AIを活用した新規提案を5件創出する
[2]成果を生む生成AI活用を評価する仕組み
ここで注意すべきなのは、「生成AIの利用回数」だけをKPIにしてはいけないという点である。重要なのは、“生成AIで何を変えたか” だ[図表3]。
[図表3]望ましい評価

先進企業の事例
[1]アクセンチュア
世界最大級の経営コンサルティングファームであるアクセンチュアでは、生成AI時代に対応するため、全社規模でAIリスキリングを推進している。特徴的なのは、「AIを専門職だけのものにしない」という思想だ。
同社は、コンサルタント・営業・マーケターを含む幅広い職種に対し、生成AI教育を実施し、AIを “全社員の基礎能力” として位置づけている。さらにグローバルでは、生成AI関連事業に30億ドル規模の投資を発表(2023年)し、AI人材育成を経営戦略レベルで進めている。
[2]三菱商事
三菱商事は、2027年度から管理職の昇格要件にAI資格「G検定」(ジェネラリスト検定、日本ディープラーニング協会が運営)を組み込む方針を打ち出したことで、大きく注目されている(「三菱商事、AI資格を管理職の昇格要件に 全社員必修へ」日本経済新聞 2025年4月28日付)。対象は課長級への昇進者を中心とし、将来的には全社員5000人超への展開も視野に入れる。
こうした方針の背景には、
・AIを理解できない管理職では、今後の事業変革を担えない
・AIを共通言語として意思決定できる組織が必要
・DX推進を現場任せにしない
——という経営判断があるとみられる。
重要なのは、単なる資格の取得ではない。同社が本当に求めているのは、“AI前提で業務を再設計できること” “AI活用を現場で推進できること” “AIを活用した意思決定ができること” である。
これは、日本企業において「AIリテラシーを昇格要件に統合した代表例」の一つといえる。
[3]ソフトバンク
ソフトバンクでは、G検定取得者が2200人超に達しており、全社員の約8人に1人がAI資格を保有している(2025年3月時点)。特筆すべきなのは、対象がエンジニアだけではない点だ。営業・企画・管理部門を含めた全社的なAI教育を推進しており、「AIを全社員の共通言語にする」という思想を明確に打ち出している。
同社が重視しているのは、単にAIの専門家を増やすこと、資格保有者を増やすことではなく、「AIを前提に意思決定できる組織をつくること」だと考えられる。また、「手を挙げた人に機会を与える」自律型の学習文化とAI教育の連動に加え、AI教育をキャリア形成とも接続させている。これは、従来型の “受け身研修” とは大きく異なる。
さらに興味深いのは、管理職層のAIリテラシー向上によって、意思決定の質そのものが変わり始めている点である。生成AI時代においては、現場よりもむしろ “上司” “評価者” “経営層” がAIを理解できないことが、組織変革の最大のボトルネックになる。その意味で、同社の事例は、「AIを組織文化として浸透させる」先進例として非常に示唆的である。
[4]電通グループ
電通グループでも、1000人超がG検定を取得しており(2024年11月時点)、AIリテラシーをマーケティング変革の基盤として位置づける。広告業界では、生成AIによって企画・制作・分析の在り方が急速に変化しており、「AIを使いながら創造性を発揮できる人材」が重要視されている。
[5]PwC
PwCは、AI活用を単なる業務効率化ではなく、「全社員のアップスキリング課題」と位置づける。米国法人であるPwC USでは、AI関連事業に10億ドル規模を投資し、数万人単位でAIリスキリングを推進している。特徴的なのは、“AIを使える人材” ではなく、“AIを顧客価値につなげられる人材” を評価対象にしている点だ。
生成AI時代、人事は「能力定義」をつくり直す必要がある
これまで人事は、過去実績や経験年数、専門性を中心に人材を評価してきた。しかし今後は、“AIと協働できるか” “AIで成果を出せるか” “生成AI時代に価値を再定義できるか” が重要になる。
先進企業に共通するのは、「AIを専門部署だけのものにしていない」という点である。三菱商事は、管理職の昇格要件にG検定を導入し、“AIを理解できる管理職” を標準化しようとしている。ソフトバンクでは、全社員の約8人に1人がG検定を取得し、「AIを共通言語として使える組織」を目指している。
つまり、AI人材戦略とは、“AIの専門家を育てること” ではない。“AIを前提に意思決定できる組織をつくること” こそが、本質なのである。
![]() |
津田恵子 つだ けいこ Happiness insight合同会社 CEO/ベンチャー採用コンサルタント 岐阜県生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、2002年より株式会社リクルートスタッフィングにて人事採用業務に従事。2004年より伊藤忠人事総務サービス株式会社にて、グループ会社向け採用アウトソーシングや伊藤忠商事向け研修企画・運営に従事。 2019年9月に独立し、「一人ひとりの能力が活きる社会を実現する」をビジョンにHappiness insightを創業。企業における採用活動支援では、2022年の面接実績は350名、ダイレクトリクルーティングに関しては、複業クラウド、LinkedIn(リンクトイン)、LabBase、Wantedly、アサインナビ、キミスカなど対象別にプラットフォームを使い分けて実績を出す。その他リカレント教育普及やRPO(採用代行)を通して、働き方に悩んだ自身の経験を活かし、人々の幸せな働き方を支援している。 2023年3月、早稲田大学大学院経営管理研究科修了・MBA取得。稲門会会員。プライベートは三児の母。生成AIプロダクト「Crew」を提供する株式会社クラフターでは、2023年3月から2025年11月まで人事を担当。生成AIに関する資格「生成AIパスポート」取得。現在は従業員幸福度測定のAgentic AI「ハピ子」についてプロダクト構想中。 |
