2026年07月21日掲載

戦略人事×生成AI:未来の組織デザインとHRの役割 - 第5回・完 人間中心のAI活用設計 ~幸福度と創造性が高まる組織づくり

Happiness insight合同会社 CEO/ベンチャー採用コンサルタント
津田恵子

AI時代だからこそ問われる「人間中心」の視点

 生成AIの導入が急速に進む中、多くの企業が「どのツールを導入するか」「どの業務を自動化するか」に注目している。しかし、本当に重要なのはAIそのものではない。重要なのは、「人間がより創造的に働くためにAIをどう活用するか」という視点である。
 近年、ChatGPTをはじめとする生成AIの進化によって、文章作成や情報収集、分析、企画立案など知的労働の多くが支援可能になった。その一方で、「仕事を奪われるのではないか」「人間の価値はどこに残るのか」といった不安の声も少なくない。
 しかし、AI活用の本質は人間の代替ではない。むしろ、人間が本来持つ創造性や判断力、共感力をより発揮するための環境を整えることにある。企業が目指すべきは「AI中心の組織」ではなく、「人間中心の組織にAIを組み込むこと」なのである。

Human-Centered AI(HCAI)とは何か

 こうした考え方を体系化したものが、Human-Centered AI(HCAI)である。HCAIは米国メリーランド大学のベン・シュナイダーマン教授らによって提唱された概念であり、「AIの目的は人間を自動化することではなく、人間の能力を拡張することである」という思想を中心に据えている。
 例えば、AIが「会議を要約する」「資料作成を支援する」「情報検索を補助する」「アイデア出しを支援する」ことは、人間を不要にするのが目的ではない。本来人間が注力すべき、「問いを立てる」「判断する」「共感する」「創造する」といった活動に時間を使えるようにすることが目的なのである。
 生成AIは、単なる業務効率化ツールではない。意思決定の方法や創造プロセス、組織運営の前提そのものを変える可能性を持っている。だからこそ、導入の成否は技術ではなく、人間を中心に据えた設計思想にかかっている。

幸福度と創造性はなぜ重要なのか

 AI活用を議論する際、多くの企業は生産性向上に注目する。もちろんそれは重要である。しかし近年の研究では、生産性以上に重要な要素として、Well-beingの重要な要素の一つである「従業員の幸福度」が注目されている。
 英国のオックスフォード大学Wellbeing Research Centreや米国の調査会社Gallupの研究では、幸福度(Well-being)の高い従業員ほど、「生産性が高い」「離職率が低い」「顧客満足度が高い」「イノベーション創出に積極的である」ことが示されている。
 さらに米国のIndeed社による2024年の調査によると、 Well-beingの高い従業員は、そうでない従業員と比較してAIツールを学ぶ意欲が11%高く、AIに適応する自信も12%高いことが明らかになっている。また、創造性・生産性については1.5倍高い水準を示している。さらに、従業員のWell-being向上に積極的な投資をしている企業では、AI適応力が1.5倍、創造性・生産性も1.5倍高く、従業員のWell-beingスコアは約3倍に達しているという。
 これらの結果は非常に示唆的である。私たちは、しばしば、「AIを活用すれば生産性が向上する」と考えがちだ。しかし実際には、「幸福度が高いからこそAIを活用できる」という逆方向の因果関係も存在するのである。
 心理的に余裕があり、新しい挑戦を歓迎する環境だからこそ、人々はAIという新しい技術を積極的に学び、自らの仕事に取り入れることができるのだ[図表1]

[図表1]Human-Centered AIにおいて人事が担う役割

図表1

AIは創造性を奪うのか

 生成AIの普及に伴い、「AIによって人間の創造性が失われるのではないか」という議論がある。しかし、実際には逆の可能性も高い。
 例えば、企画業務について考えてみよう。従来であれば、以下の工程をすべて人間が担っていた。

1.情報収集
2.資料読解
3.アイデア整理
4.構成の作成
5.プレゼンテーション資料作成

 生成AIはこれらに関するプロセスのうち、「情報収集」「要約」「初期アイデア生成」「資料ドラフト作成」を高速化できる。その結果、人間はより高度な業務である、「問いを立てる」「仮説を考える」「ストーリーを構築する」「最終判断を下す」といった領域に時間を使えるようになる。
 つまりAIは創造性を奪うのではなく、創造性を発揮するための時間を生み出す存在なのである。

AI活用が進む組織のカルチャーとは

 同じAIツールを導入しても、活用が進む企業と進まない企業が存在する。その違いは何か。答えは組織カルチャーにある。
 米国のIBMは、その代表例である。同社が自社の人事向けに開発したAIプラットフォーム「AskHR」は、年間約1200万件の問い合わせを処理し、その94%で人手を介さず完結している。その結果、人事運営コストを40%削減し、HR部門のNPS®は+74まで向上した。しかし、同社のCHROは、この成果について、「成功要因はAIではなくカルチャーである」と語っている。実際、同社では、2018年に人事への問い合わせ窓口をメールや電話からチャットへ一本化し、人事部門の役割を職務再設計やリスキリング推進へと転換している。

※NPS®:ネット・プロモーター・スコア。特定の製品・サービス等に対する「推奨者の割合―批判者の割合」で算出する

 AI活用が進む企業には共通点がある。第一に、学習を奨励する文化である。AIは日々進化しているため、一度研修を受ければ終わりではない。継続的な学習と知識共有が不可欠である。
 第二に、失敗を許容する文化である。AIの出力は必ずしも正しいとは限らない。試行錯誤の中で活用方法を見つけていく必要がある。
 第三に、心理的安全性が高いことである。「こんな使い方をしてみた」「こんな失敗をした」という経験を安心して共有できる環境が、AI活用を加速させる。
 つまり、AI導入とは技術導入ではなく、カルチャー変革なのである。

人事に求められる新しい役割

 では、この変革の中で人事はどのような役割を果たすべきだろうか。役割は大きく二つある。
 一つ目は、人事担当者自らが生成AIを活用することである。採用、人材育成、制度設計、タレントマネジメントなど、人事業務は生成AIとの親和性が高い。人事担当者自身が活用の成功体験を積み上げることで、組織全体への展開も進みやすくなる。
 二つ目は、従業員の恐怖を取り除くことである。生成AIの導入時、多くの従業員は、「仕事を奪われる不安」「評価が下がる不安」「使いこなせない不安」を抱く。これらは自然な反応であり、否定すべきものではない。むしろ人事は、その不安に向き合いながら、「AIは人間を代替するためではなく、人間の能力を拡張するために導入する」というメッセージを繰り返し発信する必要がある[図表2]

[図表2]Well-beingが生成AI活用を促進するメカニズム

図表2

信頼がAI活用を支える

 ここで参考になるのが「世界幸福度報告書2025」(オックスフォード大学Wellbeing Research Centre)である。同報告書によれば、人は、他者の親切心を実際よりも低く見積もる傾向がある一方で、所得が倍になることよりも、「周囲の人を信頼できる」と感じられることのほうが幸福度に大きな影響を与えることが示されている。
 これは、組織にも当てはまる。従業員を幸福にしたいのであれば、単に給与を上げるだけでは十分ではない。

困ったときに相談できる

失敗しても学びとして受け止められる

挑戦しても否定されない

 そうした信頼関係に基づく組織文化を構築することが重要である。
 生成AI活用においても同様だ。最も高性能なツールを導入している企業が成功するとは限らない。安心して学び、試し、失敗できる企業こそが、AIの価値を最大限に引き出すことができるのである。

人間の働き方を設計し直す

 生成AIの導入は、単なる業務効率化プロジェクトではない。それは、人間の働き方そのものを再設計する取り組みである。
 Human-Centered AIが示すように、AIの価値は人間を代替することではなく、人間の能力を拡張することにある。Indeed社の調査は、幸福度の高い従業員ほどAIを学び、活用し、創造性を発揮していることを示している。IBMの事例は、AI活用の成功要因が技術ではなくカルチャーであることを教えてくれる。そして「世界幸福度報告書」は、信頼こそが人々の幸福と挑戦を支える基盤であることを示している。

 企業が目指すべきは、単に「AIを使う組織」ではない。「AIによって人間の幸福度と創造性が高まる組織」である。その実現に向けて、人事は生成AI活用の推進者であると同時に、従業員の不安を和らげ、学習と挑戦を支援する変革の担い手となることが求められている。
 生成AI時代において、最も重要な競争優位は技術そのものではない。人間の可能性を最大限に引き出せる組織づくりなのである。

プロフィール写真 津田恵子 つだ けいこ
Happiness insight合同会社 CEO/ベンチャー採用コンサルタント
岐阜県生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、2002年より株式会社リクルートスタッフィングにて人事採用業務に従事。2004年より伊藤忠人事総務サービス株式会社にて、グループ会社向け採用アウトソーシングや伊藤忠商事向け研修企画・運営に従事。
2019年9月に独立し、「一人ひとりの能力が活きる社会を実現する」をビジョンにHappiness insightを創業。企業における採用活動支援では、2022年の面接実績は350名、ダイレクトリクルーティングに関しては、複業クラウド、LinkedIn(リンクトイン)、LabBase、Wantedly、アサインナビ、キミスカなど対象別にプラットフォームを使い分けて実績を出す。その他リカレント教育普及やRPO(採用代行)を通して、働き方に悩んだ自身の経験を活かし、人々の幸せな働き方を支援している。
2023年3月、早稲田大学大学院経営管理研究科修了・MBA取得。稲門会会員。プライベートは三児の母。生成AIプロダクト「Crew」を提供する株式会社クラフターでは、2023年3月から2025年11月まで人事を担当。生成AIに関する資格「生成AIパスポート」取得。現在は従業員幸福度測定のAgentic AI「ハピ子」についてプロダクト構想中。