2026年05月26日掲載

戦略人事×生成AI:未来の組織デザインとHRの役割 - 第3回 生成AI時代の戦略的ワークフォースプランニング ~配置・離職・スキル需給を先読みする

Happiness insight合同会社 CEO/ベンチャー採用コンサルタント
津田恵子

 AIの進化は、これまでの人材マネジメントの前提を大きく覆しつつある。従来の人事は「採用」「配置」「評価」といった機能ごとに分断され、過去実績に基づく意思決定が主流であった。しかし生成AI時代においては、事業の変化スピードに人材が追いつかないという構造的な問題が顕在化している。こうした状況下で注目されているのが、戦略的ワークフォースプランニング(Strategic Workforce Planning:以下、SWP)である。

なぜ今、戦略的ワークフォースプランニング(SWP)が必要なのか

 SWPが注目されている最大の理由は、「人材需給の不確実性」が、かつてないほど高まっている点にある。生成AIの導入により、業務の一部は自動化される一方で、新たなスキル需要が急速に生まれているのだ。例えば、データサイエンスやAI活用スキルの需要が急増する半面、定型業務の人員需要は縮小している。このギャップは単なる人員の過不足ではなく、「スキルのミスマッチ」として現れる。
 さらに、日本企業においては離職問題も深刻化している。特に成長領域における人材は流動性が高く、適切な配置や育成ができなければ競争力の源泉そのものが流出してしまう。生成AIの導入は雇用構造を変化させており、業務の代替や役割の再定義が進んでいる。この変化に対して、従来の「欠員補充型」の採用では対応しきれない。
 また、配置の問題も重要である。多くの企業では、過去の経験や評価を基にした配置が行われているが、生成AI時代に求められるのは「スキルベース」での最適配置である。つまり、「誰をどこに置くか」ではなく、「どのスキルをどこに配置するか」という発想への転換が必要となるのだ。
 このように、「配置」「育成」「離職」という人材マネジメントの各要素が、個別ではなく相互に連動する課題として顕在化している。そのため、全体最適の観点から人材マネジメントを設計するSWPの重要性が高まっているのである[図表1]

[図表1]SWPが必要となる背景

図表1

戦略的ワークフォースプランニング(SWP)の具体的手順

 では、実際にSWPはどのように進めればよいのか。ここでは、実務に落とし込める形で五つのステップに整理する。

[1]事業戦略をスキルに翻訳する

 最初のステップは、事業戦略を人材要件に変換することである。重要なのは、組織や職種単位ではなく「スキル単位」で捉えることだ。つまり、SWPの本質は、事業戦略をスキルに翻訳することにある。
 例えば、「デジタル事業を強化する」という戦略であれば、それを「データ分析スキル」「プロダクトマネジメントスキル」「AI活用スキル」といった具体的なスキルに分解する。この段階で、必要なスキルの種類・レベル・人数を定義することが重要である。なお、今後は人事業務についても「AI活用スキル」が入ってくると思われる。

[2]現状のスキル在庫を可視化する

 次に、自社にどのようなスキルが、どれだけ存在しているかを把握する。これを「スキル在庫(Skills Inventory)」と呼ぶ。従来の人事データでは職歴や評価が中心であったが、SWPではスキルデータが中核となる。
 ここでは、社員一人ひとりのスキルを定量化し、組織全体での分布を可視化する。AIやピープルアナリティクス(People Analytics)を活用することで、スキルの把握精度を高めることが可能になる。データに基づく意思決定が、人材投資のROI(投資利益率)を向上させる時代になるだろう。

[3]スキルギャップを定量化する

 将来必要なスキルと現状保有しているスキルを比較し、そのギャップを明確にする。この際、「人が足りない」といった曖昧な表現ではなく、「どのスキルが何人分不足しているか」を定量的に示すことが重要である。
 このステップにより、採用・育成・配置転換の優先順位が明確になる。例えば、短期的には採用で補うべきか、中長期的には育成で対応すべきかといった判断が可能になる。

[4]シナリオプランニングを行う

 生成AI時代において、未来を単一の予測で捉えることは困難である。そのため、複数のシナリオを前提とした計画が必要となる。人材計画については、「楽観・標準・悲観」といった複数シナリオで立てていく。
 例えば、事業成長が加速した場合と停滞した場合で、人材需要は大きく変わる。それぞれのシナリオに対して、人材確保の打ち手(採用・育成・配置転換・外部活用など)を準備しておくことが重要である。

[5]アジャイルに更新する

 従来の人材計画は年次単位で見直されることが多かったが、生成AI時代ではそれだと遅すぎる。四半期単位、あるいはそれ以上の頻度で見直しを行い、環境変化に応じて柔軟に修正する必要がある。
 このようなアジャイルな運用により、人材戦略を常に最新の状態に保つことができる[図表2]

[図表2]SWPの手順

図表2

人材データ整備の実務

 SWPを実現する上で最も重要なのが、「データ基盤」である。人材に関するデータがなければ、どれだけ優れたフレームワークであっても機能しない。ここでは実務的な観点から、人材データ整備のポイントを整理する[図表3]

[図表3]人材データ整備の全体像

図表3

[1]スキルデータの標準化

 まず取り組むべきは、スキルの定義と標準化である。多くの企業ではスキルの定義が曖昧で、部署ごとに異なる基準が使われている。この状態では、全社的な分析は不可能だ。
 スキルを「分類(例:テクニカル、ビジネス、マネジメントなど、業務別に行うもの)」「レベル」「経験年数」などで体系化し、共通言語として整備することが必要である。

[2]データの統合

 人材データは多くの場合、「人事システム」「評価システム」「学習管理システム」など複数のシステムに分散している。これらを統合し、一元的に管理することが求められる。
 特に重要なのは、スキルデータとパフォーマンスデータを(ひも)づけることだ。これにより、「どのスキルが成果に結びついているか」を分析できるようになる。

[3]リアルタイムで更新

 人材データは静的なものではなく、常に変化する。新しいスキルの習得や配置転換などをリアルタイムで反映する仕組みが必要である。
 近年では、AIを活用して社員の行動データや学習履歴からスキルを推定する取り組みも進んでいる。これにより、さらに精度の高いスキル把握が可能になる。

[4]内部流動性(Internal Mobility)の可視化

 データ整備の重要な目的の一つが、社内の人材流動性を高めることだ。海外における人材マネジメント系のトレンドニュースにおいても、 “Internal Mobilityの強化が競争力の源泉になる” とよく発信されている。
 スキルデータを活用することで、「どの人材をどのポジションに配置できるか」を迅速に判断できるようになり、外部採用に頼らず、内部での最適配置が可能となる。

[5]経営との接続

 最後に重要なのは、人材データを経営指標と結びつけることだ。単なる分析にとどまらず、「離職率の改善がどれだけコスト削減につながるか」「スキルへの投資がどれだけ生産性を向上させるか」といった形で、ROIとして示す必要がある。
 これにより、人事はコストセンターではなく、 “価値創造のパートナー” として位置づけられる。

今こそ、すべての企業がSWPに取り組むべき

 生成AI時代のワークフォースプランニングは、単なる人員計画ではない。事業戦略と人材戦略を統合し、未来の組織を設計する取り組みである。
 これからの企業に求められるのは、「人が足りないから採用する」という受動的な発想ではなく、「どのスキルをどう組み合わせれば競争優位を築けるか」という能動的な設計思考だ。そのためには、データに基づき、人材の配置・育成・内部流動性を一体的に捉えることが不可欠となる。
 また、SWPは決して一部の先進企業だけのものではない。むしろ、変化の激しい時代においては、すべての企業にとって不可欠な経営基盤となりつつある。生成AIとともに進化する組織を実現するために、今こそワークフォースプランニングの高度化に取り組むべき時である。

プロフィール写真 津田恵子 つだ けいこ
Happiness insight合同会社 CEO/ベンチャー採用コンサルタント
岐阜県生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、2002年より株式会社リクルートスタッフィングにて人事採用業務に従事。2004年より伊藤忠人事総務サービス株式会社にて、グループ会社向け採用アウトソーシングや伊藤忠商事向け研修企画・運営に従事。
2019年9月に独立し、「一人ひとりの能力が活きる社会を実現する」をビジョンにHappiness insightを創業。企業における採用活動支援では、2022年の面接実績は350名、ダイレクトリクルーティングに関しては、複業クラウド、LinkedIn(リンクトイン)、LabBase、Wantedly、アサインナビ、キミスカなど対象別にプラットフォームを使い分けて実績を出す。その他リカレント教育普及やRPO(採用代行)を通して、働き方に悩んだ自身の経験を活かし、人々の幸せな働き方を支援している。
2023年3月、早稲田大学大学院経営管理研究科修了・MBA取得。稲門会会員。プライベートは三児の母。生成AIプロダクト「Crew」を提供する株式会社クラフターでは、2023年3月から2025年11月まで人事を担当。生成AIに関する資格「生成AIパスポート」取得。現在は従業員幸福度測定のAgentic AI「ハピ子」についてプロダクト構想中。