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西村美緒 にしむら みお そこそこ変動RDワーカー(Rare Disease Worker)。10代から全身痛を抱えながら医師となり、33歳で線維筋痛症と診断された。検査をしなくても相手に痛みの詳細情報が伝わる「ペインカード」をデジタルハリウッド大学大学院にて開発し、2025年度のグッドデザイン・ニューホープ賞を受賞。線維筋痛症のオンライン患者会「ペインラボ」を運営しながら、教育機関や自治体と連携し、総合授業やワークショップ、生成AI講習会などの講師を務める。 |
人事が気づきにくいワーキングロス
企業の人事部門では、従業員の健康状態について、欠勤や休職といった分かりやすい指標が重視されがちである。しかし実際には、それらが表面化する以前から、プレゼンティーイズム(出勤しているが体調不良やストレス等から労働生産性が低下している状態)になり、企業にとっては既にワーキングロスが発生している。
その背景の一つが、慢性痛や難病を抱えながら就労を続ける人の増加である。慢性痛は、3カ月以上持続する痛みを指し、腰痛や頭痛、首や肩の痛みなどを含め、日本では成人の約5人に1人が有している可能性が示唆されている。問題は、こうした不調が外見からは分かりにくく、欠勤や休職という形で顕在化しにくい点にある。多くの当事者は症状を職場に申告せず、痛みを抱えたまま業務を継続する。しかし慢性痛は、集中力低下や睡眠障害、抑うつ・不安などを伴いやすく、業務パフォーマンスや判断精度に影響を及ぼすことが知られている。結果として、本人も周囲も気づかないまま、労働生産性の低下が積み重なっていく。こうしたロスは、個人の健康問題としてだけで片付けられるものではない。人事部門に求められるのは、この「見えにくいワーキングロス」を放置するのではなく、制度設計によって可視化し、人材活用の課題として捉え直す視点である。
稼働の違いを前提とした「RDワーカー」活用モデル
こうしたワーキングロスやプレゼンティーイズムの課題に対し、近年注目されているのが、「難病者の社会参加を考える研究会」が提唱した「RDワーカー(Rare Disease Worker)」である。これは、慢性疾患や指定難病などがありながら働く、または働こうとしている人たちを指す。そして、慢性痛や難病、長期的な体調不良を抱える人材を、健康体の人材と同一の稼働条件で評価・配置するのではなく、個々の稼働特性の違いを前提に就労スタイルを設計し、スキルや経験を活かそうとする人事アプローチも提言している。
既に民間企業の現場では、稼働の違いを前提とした就労設計が長年にわたり実践されてきた。例えば、障害者の就労支援を中心にソーシャルビジネスを展開するゼネラルパートナーズでは、「誰もが自分らしくワクワクする人生」を目指すというクレドの下、リモートワークや時短勤務といった働き方を、特定の属性への配慮ではなく、全社員に開かれた制度として整備している。障害者手帳の有無にかかわらず難病当事者を一般採用し、稼働条件の違いは制度の運用で対応している。
特筆すべきは、「配慮するが評価しない」という状態に陥らないよう、配慮と評価を切り離さず、稼働条件に応じた役割設計を行うことで、個別対応に依存しない人材活用が成立している点である。これは、配慮を理由に成長機会や役割を限定しないという、制度と文化の両面に支えられた実践といえる。
同様に、ソフトバンクの「ショートタイムワーク」制度は、週20時間未満という短い稼働時間から特定の業務を担うことを可能にしている。勤務時間の長さではなく、「任せる業務と成果の範囲」を明確にすることで、短時間でも安定した業務遂行を実現している点が特徴である。
こうした企業の現場や当事者の実践が整理・言語化されたものが、前記の「RDワーカー」である。さらに近年では難病当事者を、山梨県や千葉県などの自治体が正規職員として、東京都港区では会計年度任用職員として採用し、勤務時間や業務内容を柔軟に調整する取り組みが始まっている。
国内の生産年齢人口の減少が進む中、RDワーカーを一つのモデルとして、業務量・時間・役割を適切に切り分け、安定した業務フローを構築できる制度設計を持つことは、企業にとって人材基盤を支える中長期的な人事戦略となり得る。
「働けるか」より「活かせるか」——人事が押さえたい配置設計の考え方
RDワーカーを人材として活かすために重要なのは、その人がどの時間軸であれば安定してアウトプットを出せるのかを把握し、それを前提に配置・業務・評価を設計することである。慢性痛を抱える人材の場合、就労の可否を分けるのは症状の重さそのものではなく、「体調変動の周期」であることが多い。体調の変動が1日の中にあるのか、数日単位や数週間以上の長い周期なのかによって、適した勤務形態や業務設計は大きく異なる。そこで有効なのが、症状の変動と稼働時間の関係に着目した三つの就業タイプに整理することである[図表]。これは、採用後のミスマッチを防ぐために、人事と本人が配置設計のための共通言語として用いることを目的とする。以下では、この三つのタイプについて、配置設計のポイントを示す。
[図表]RDワーカーの症状変動と勤務時間の三タイプ

資料出所:難病者の社会参加を考える研究会『難病者の社会参加白書2025』
[1]ゆるゆる変動タイプ(数週間〜年単位で体調が変動)
体調変動の周期が比較的長く、日々の業務に安定して対応できるケースが多い。このタイプに関して人事が確認することは、業務量の急激な増減が生じにくい職種に就いているか、役割を中長期的に安定して設計できるかという点である。面接では病状の詳細を問う必要はない。これまで比較的無理なく継続できた勤務時間や働き方を確認することで、フルタイム勤務やフレックスタイム制との相性を見極めることができる。環境が整えば、一般社員と同様に安定した戦力となり得る人材である。
[2]そこそこ変動タイプ(数日〜1週間単位で体調が変動)
体調が波のように上下しやすく、連続した長時間勤務が負担となりやすい一方で、勤務形態の柔軟性が確保できれば、生産性を維持しやすい人材である。人事が注目することは、業務をタスクや成果単位で切り分けられるか、短時間勤務や在宅勤務を組み合わせられるかという点である。面接では、体調の波の期間や、勤務時間を調整した場合の業務の進めやすさを確認することで、プレゼンティーイズムを防ぐ設計が可能かどうかを判断できる。
[3]せかせか変動タイプ(1日の中で変動)
1日の中で体調の変動が大きく、「午前は難しいが午後は就業可能」「数時間ごとに休憩が必要」といった状態が生じやすい。このタイプでは、「稼働時間=価値」という評価軸を手放せるかどうかが、採用の分かれ目となる。業務設計次第で、専門性の高い業務や補助的業務において力を発揮する余地がある。重要なのは、業務を細かく切り出し、短時間でも完結するタスクとして成立させられるか、また、成果物ベースでの評価が可能かどうかである。面接では、比較的体調が良い時間帯や、短時間でも成果を出した経験を確認することで、稼働時間に依存しない配置設計が可能かを見極めることができる。
「無理なく働ける」設計が、人材活用の再現性を高める
人事部門にとって、「慢性痛や難病のある人を採用する」ことに不安が伴うのは自然なことである。就労継続の懸念、周囲との公平性、制度運用の難しさなど、慎重になる理由は少なくない。しかし、視点を変えれば、慢性痛や難病などの慢性疾患を抱えながらキャリアを積んできた人材は、限られた条件の中で業務の優先順位を判断し、安定したアウトプットを出す工夫を凝らすことができる場合が多い。これらは、不確実性が高く変化の激しい現代の職場環境において、むしろ重要性を増している実務能力である。大切なのは、“フルタイムで働けないこと” と、“業務遂行能力の低さ” を同一視しないことである。週1~3回の在宅勤務、フレックスタイム制、業務量の調整といった制度を組み合わせることで、業務負荷が平準化され、結果として安定した成果につながるケースは少なくない。
「無理をさせない」ことを前提にした設計は、短期的には調整の手間を要するが、長期的には属人化や突発的な稼働低下を防ぎ、組織全体の業務設計を見直す契機ともなる。人材の配置・活用を検討する上で、人事と当人が面接や面談で用いることができるよう、チェックリスト(体調特性などにより働き方に一定の制約がある人材のための 人材配置・活用チェックリスト)を作成しているため、必要に応じて活用いただきたい。
制度の導入は、前例がなければ動かない。しかし、一つの前例が生まれれば、同様の制約を抱える人材にも同じ設計を適用できるようになる。人事部門に知見が蓄積されることで、個別対応に依存しない人材活用が可能となり、結果として組織全体の安定性が高まっていく。人材不足が深刻化する現在、RDワーカーという視点は、福祉的配慮ではなく、人的資本を持続的に向上させるための実践的な人事戦略として位置づけられるべきである。
かくいう筆者自身も、RDワーカーとして、外来診療と在宅での執筆活動等を組み合わせながら働いている。かつては「医師として働き続けることは難しい」と感じていたが、稼働条件を見直すことで、痛みを我慢する働き方から、専門性を手放さずに仕事を続けられる働き方へと舵を切ることができた。10年前であれば選択しづらかった転職や副業、柔軟な働き方も、今では現実的な選択肢となっている。次の段階は、役割や稼働条件を工夫しながら、自分らしく働き続けることにあるだろう。
本稿が、そうした働き方を制度として定着させるための一助となれば幸いである。
