2026年01月16日掲載

Point of view - 第291回 戸田久実 ― 耳の痛いことをどう伝えるか ~ “叱る” から “対話する” 時代へ

戸田久実 とだ くみ
アドット・コミュニケーション株式会社 代表取締役
一般社団法人日本アンガーマネジメント協会 代表理事

立教大学卒業後、株式会社服部セイコー(現・セイコーグループ株式会社)にて営業を経て、音楽企業にて社長秘書として勤務。
2008年にアドット・コミュニケーション株式会社を設立。その後、研修・講演の講師の仕事を歴任し、講師歴は約33年。登壇数は5000を超え、指導人数は30万人に及ぶ。
著書は『アンガーマネジメント』(日経文庫)など20冊。中国、韓国、タイ、台湾でも翻訳出版され、累計30万部を超える。

 「最近の若者が何を考えているのか分からない」「何か言えばハラスメントと受け取られるのではと気を使う」——こうした声を企業の管理職や人事担当者から頻繁に耳にするようになった。
 価値観の多様化やハラスメントへの高い意識、働き方の変化などにより、現代の職場環境は従来とは大きく様変わりしている。年功序列やトップダウン型の組織文化が見直され、心理的安全性の確保が重視される中で、上司の役割も変化している。
 現在、多くの組織が1on1ミーティングを導入するようになった。管理職にはこれまで以上に「対話力」が求められ、その中で浮上している課題の一つが「耳の痛いことをどのように伝えるか」である。
 部下に改善点を伝えたいと思っても、「厳しく言えばパワハラと受け取られるのではないか」「離職につながったら困る」との不安から、言うべきことを躊躇(ちゅうちょ)してしまう上司は少なくない。だがその結果、部下は何が良くて何が問題だったのかが分からず、成長の機会を失い、場合によっては「放置されていた」「自分に無関心だった」と感じ、組織への信頼を損なうことにもつながりかねない。

叱ることの目的を見失わない

 まず重要なのは、「何のために伝えるのか」を見失わないことである。叱ることの目的は相手を責めることではなく、行動を改善し、成長を促すことである。怒りや(いら)立ちをぶつけることが目的となってしまっては本末転倒である。
 怒りとは、自身の「こうあるべき」が裏切られたときに生まれる感情である。「期日は守るべき」「報告はすべき」など、職場にはさまざまな「べき」が存在する。これらが守られなかったとき、怒りが湧き上がるのは自然な反応であるが、その感情に任せたまま伝えてしまえば、相手には「叱られた」ではなく「感情をぶつけられた」と受け取られてしまう。

抽象表現ではなく具体的に

 どう伝えればいいのかについて、まず大事なのは「今後どうすればいいのか」が相手に明確に伝わることである。
 「ちゃんと」「しっかり」「早めに」などの抽象的な言葉は、人によって解釈が異なるため、具体的な行動に落とし込んで伝える必要がある。例えば、「期日はちゃんと守って」ではなく、「期日は必ず守ってほしい。間に合わない場合は、期限の前日の就業時間内に必ず相談してほしい」というように、誰が聞いても同じように受け取れる表現が望ましい。
 また、「なぜその行動を求めているのか」という理由を明確に伝えることで、相手の納得感が高まり、行動変容にもつながりやすくなる。「なるほど、そのためか」と理解できると、相手の姿勢もより前向きになる。

過去や人格ではなく今後と行動に焦点を

 耳の痛いことを伝えるときに注意したいのは、過去の失敗を繰り返し取り上げて責めるのではなく、「これからどうしていくか」という “今後” に焦点を当てることである。「なぜできなかった?」「なぜ分からない?」と詰問するような口調では、相手は心を閉ざしてしまう。叱責(しっせき)の場ではなく、成長を促す対話の場にすることが大切である。
 その際には、相手の人格ではなく「行動」にフォーカスして伝えることが重要である。「どうしてそんなこともできないんだ」ではなく、「トラブルが発生したら、必ず10分以内に報告をしてほしい。そうでないと対処できない事態になることもあるからね」といった伝え方が効果的である。

相手の事情にも耳を傾ける

 「このくらい当たり前」「常識だ」「普通~であるべき」といった自分の中の「べき」があるために、ついこれらの言葉を使いつつ、押し通してしまうことはないだろうか。価値観も多様化しているため、自身の当たり前が通用しないこともあり、押し付け、決め付けのように相手に伝わることもある。
 だからこそ、相手がどう考えたのか、相手の事情にも耳を傾けることは欠かせない。同意できなくとも「そう考えたのか」と受け止め、時には「どうしてそう考えたのかを聴かせてほしい」と相手の考えを引き出して耳を傾ける。いくら正しいことを言っていたとしても、相手の事情や背景を無視しては対話は成り立たないし、相手が心を開かない可能性もある。
 相手がどのような状況にあったのか、なぜその行動を取ったのかに耳を傾ける姿勢を持つことで、関係性は大きく変わる。上司が自分の考えを押し付けるのではなく、部下との対話を大切にしつつ耳の痛いことを伝えることは、信頼関係を壊す行為ではなく、むしろ信頼を築くチャンスでもある。
 率直で建設的なフィードバックは、たとえ相手にとって耳の痛いことであったとしても、伝えることで部下の意識や行動を変えるきっかけになる。面倒で勇気のいることかもしれないが、丁寧に積み重ねていくことが、部下の成長につながり、ひいては組織の未来をつくっていくことになるだろう。
 過剰に恐れず取り組んでみてほしい。