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佐藤麻衣子 さとう まいこ 三井住友信託銀行などを経て2015年に独立。仕事と家庭の両立、育児期の生活設計に悩んだ経験から、「ライフステージに応じた職場づくりで、企業も社員も豊かに」をコンセプトに、育児介護両立支援や柔軟な働き方を実現するための人事労務コンサルティングとライフプラン研修を提供。子ども・子育て支援金制度管理部会の委員等、公職にも従事している。主な著書に、『人事労務・総務担当者の人へ 労務管理の基本的なところ全部教えちゃいます』(共著、ソシム)、『30代のための年金とお金のことがすごくよくわかって不安がなくなる本』(日本実業出版社)がある。 |
多様化するライフキャリアと人材戦略
性別や年齢、雇用形態など多様な社員が働く職場が増えている。それだけでなく、転職や副業も身近なものになり、社員のライフスタイルやキャリアプランは近年急速に多様化している。
このような変化を受け、多くの企業でダイバーシティ経営が推進されている。経済産業省においてダイバーシティ経営は「多様な人材を活かし、その能力が最大限発揮できる機会を提供することで、イノベーションを生み出し、価値創造につなげている経営」と定義される。
筆者は、ダイバーシティを推進すべく、テレワークや時差出勤、育児・介護との両立支援など多様な社員が柔軟に働くことができる制度の整備や同一労働同一賃金への対応などに携わる中で、もう一つの大きな変化を感じるようになった。それは、“多様な生活設計” へのニーズの高まりだ。本稿では、多様な社員が自律的なライフキャリアを描き、エンゲージメントの向上と企業の発展につなげるための取り組みについて考察したい。
金融教育へのニーズの高まり
多様な生活設計へのニーズの高まりは、企業にとどまらず、多方面において変化を生じさせている。教育分野では、2022年4月から学習指導要領の改訂により高校での金融教育が必修となり、若い世代は学校教育で社会保障やライフプランを学ぶようになった。また、同年には「一人ひとりが描くファイナンシャル・ウェルビーイングを実現し、自立的で持続可能な生活を送ることのできる社会づくりに貢献」することを理念に掲げ、官民一体で金融経済教育を推進するJ-FLEC(金融経済教育推進機構)が設立された。ファイナンシャル・ウェルビーイングとは「自らの経済状況を管理し、必要な選択をすることによって、現在及び将来にわたって、経済的な観点から一人ひとりが多様な幸せを実現し、安心感を得られている状態」を指し、人的資本経営においても注目されている。
このような変化を受け、多様な社員が将来にわたって安心して働くために、企業にはどのような取り組みが求められるだろうか。
人事労務の現場における課題
社会保険労務士として企業の支援をする中で、パートタイマーにおける年収の壁に加え、労働契約の管理、育児・介護など収入が途絶するライフイベントへの対応、年金受給が始まる高年齢層の賃金設計など、近年は社員のライフプランへの影響が大きいと感じる事案に直面することも多い。会社側の立場として雇用を継続するための対応はできるが、それだけではなく、社員自身が経済的不安をなくしてより良い選択をするには、社員自らが生活設計を行った上で将来への見通しを持つことが不可欠である。
例えば、年収の壁の対応において「扶養の範囲内で働きたい」と希望する社員が、中長期的なライフステージの変化や将来の年金まで考えた上で判断しているとは限らない。一方で、会社としてはキャリアアップをして正社員になってほしいと思っていても、社員自身が「扶養内でいるほうが得だ」と思って拒んでしまうと、その機会は失われる。
また、会社としては賃上げなどの処遇改善を行っていても、社員の側が家計管理をおろそかにし、確定拠出年金やNISAなどを活用した資産形成を取り入れなければ、インフレリスクに対応できず、将来設計のハードルは上がってしまう。結果的に老後も生活のために働き続けるしかなく、高齢期の労務トラブルの要因にもなりかねない。
これでは社員のファイナンシャル・ウェルビーイングを実現することも、企業の発展につなげることも難しい。これらの課題を解決するためにも、職域での金融教育の必要性は高まっている。
企業も社員も豊かになる社会を目指して
職域での金融教育は、人事労務の課題解決に資するだけでなく、社員の自律的なライフキャリアを育むことにもつながる。金融リテラシーを高めてライフプランを立てることは、中長期的なキャリアや自分の望む人生のロードマップを言語化・数値化する作業でもあり、目指すものが明確になることで今やるべきことに集中できるようになるからだ。
金融教育のニーズの高まりを受け、行政からも中長期的な生活設計を支援するための教材やツールが公開されている。厚生労働省では、2022年から個々の年金額を簡単にシミュレーションできる「公的年金シミュレーター」の提供を開始した。公的年金は、働き方や勤めた期間、年収等によって年金額が決まる。働き方が多様化する中、今の自分の働き方が将来の年金額にどう反映されるのかを把握することは、ライフプランを立てるための重要ポイントであり、手軽に試算ができるようになったことは大きな変化である。
金融庁からも、積み立て目標額から運用期間や利回りを把握する「つみたてシミュレーター」や、簡易的なライフプランを立てられる「ライフプランシミュレーター」などが提供されている。企業としてもこれらを活用して、まずは新入社員研修などに組み入れてみることを勧めたい。
多様な社員がファイナンシャル・ウェルビーイングを実現し、希望を持って生き生きと働くことができる社会の実現を願っている。
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