2025年12月25日掲載

キャリアコンサルティング―押さえておきたい関連情報 - 第28回 ハラスメント新時代 ~「キャリア形成の基盤」づくりをどう進めるか

浅野浩美 あさの ひろみ
事業創造大学院大学
事業創造研究科教授

1.はじめに

 2025(令和7)年6月4日、いわゆるカスタマーハラスメント(以下、カスハラ)対策を企業に義務づける改正労働施策総合推進法(以下、改正法)などが成立し、同月11日に公布された。11月17日に開催された労働政策審議会雇用環境・均等分科会においては、関連法の施行日を2026(令和8)年10月1日とする案が示されたところである※1
 カスハラ※2とは、簡潔に言えば「顧客等からの著しい迷惑行為」のことである。
 厚生労働省が2023(令和5)年度に行った「職場のハラスメントに関する実態調査」でも、パワーハラスメント(以下、パワハラ)のほか、カスハラが深刻な問題となっている様子が浮かび上がっている。
 ハラスメントは、コンプライアンス上の課題であるだけでなく、一人ひとりのキャリア形成に直接的に影響を与えるものである。本稿では、ハラスメントをめぐる法制度を確認するとともに、パワハラや今回法制化されたカスハラについて、一人ひとりのキャリアを考えていく観点から、どう向き合っていけばよいのかについて考えてみたい。

※1 施行日は現時点では「案」であり、省令・指針の確定を待つ必要がある

※2 「職場において行われる顧客、取引の相手方、施設の利用者その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者(中略)の言動であつて、その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたもの」(改正法33条)。ここでは「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(令 2. 1.15 厚労告5)を踏まえ、同指針で説明に用いられた用語である「顧客等からの著しい迷惑行為」とする

2.ハラスメントをめぐる法制度

 ハラスメントに対しては、従前から国や自治体も問題意識を持ってきた。既に、パワハラ(労働施策総合推進法)、セクシュアルハラスメント(男女雇用機会均等法)、妊娠・出産等ハラスメント(男女雇用機会均等法)、育児・介護休業等に関するハラスメント(育児・介護休業法)が法で定められている。
 事業主が講ずべき措置の枠組みは、方針の明確化・周知、相談窓口の設置、事実確認、被害者への配慮、行為者への措置、再発防止策とおおむね共通しているといってよいだろう。さらに、ハラスメントに関する独自の条例を有する自治体も見られる。これに、今般の法改正により、カスハラ(労働施策総合推進法)と就活ハラスメント(男女雇用機会均等法)が加わった。

3.ハラスメントは、どのくらい起きているのか

 あちこちの法律に散らばっている印象はあるものの、ハラスメントに関する法制度は徐々に整ってきた。しかし、その一方で、ハラスメントという言葉を聞かない日はないように思われる。職場におけるハラスメントは増えているのだろうか。
 厚生労働省の「都道府県労働局雇用環境・均等部(室)における雇用均等関係法令の施行状況について」※3および「令和6年度個別労働紛争解決制度の施行状況」※4によると、都道府県労働局に寄せられるハラスメントに関する相談件数は増えていること、また、その内容を見ると、パワハラが増えていることが読み取れる[図表1]。カスハラは、職場における優越的な関係を背景とした言動に起因するものであることから、これまでパワハラの一部として取り扱われてきた。このため、[図表1]ではパワハラに関する相談件数の一部となっており、カスハラの件数自体は分からない。

※3 2020(令和2)年6月に労働施策総合推進法が施行され、企業の職場におけるパワハラに関する紛争は同法に基づき対応することとなったため、いじめ・嫌がらせに関する個別労働紛争に基づく対応とパワハラに関する労働施策総合推進法に基づく対応は2020年度以降別途計上している

※4 「令和6年度個別労働紛争解決制度の施行状況」における「いじめ・嫌がらせ」の相談件数以外の相談には、企業からの法令内容に関する問い合わせなどの件数も含まれている

[図表1]都道府県労働局へのハラスメントに関する相談件数の推移

図表1

資料出所:厚生労働省「職場におけるハラスメント対策についての現状等」
厚生労働省「都道府県労働局雇用環境・均等部(室)における雇用均等関係法令の施行状況について」
厚生労働省「『令和6年度個別労働紛争解決制度の施行状況』を公表します」

 今回の法改正に先立ち、企業、労働者を対象にハラスメントについて、より細かく尋ねた厚生労働省の「職場のハラスメントに関する実態調査」(令和5年度)があるので見てみよう。企業調査によると、過去3年間に相談があった企業の割合は、パワハラ(64.2%)、セクハラ(39.5%)、カスハラ(27.9%)の順で、カスハラでは「増加している」とする割合が高かった[図表2、3]。一方、同年度の労働者等調査では、過去3年間に勤務先でハラスメントを受けた者の割合は、パワハラ(19.3%)、セクハラ(6.3%)、カスハラ(10.8%)であった[図表4]。接客頻度別に見ると、顧客等とほぼ毎日接している労働者のカスハラ経験者は17.4%と多い。

[図表2]ハラスメントの種類別に見た過去3年間のハラスメントの相談有無

図表2

資料出所:厚生労働省「職場のハラスメントに関する実態調査」(令和5年度)([図表3~4]も同じ)

[図表3]過去3年間にハラスメント相談があった企業における相談件数の推移

図表3

[図表4]過去3年間に勤務先等でハラスメントを受けた経験(労働者等調査)

図表4

4.パワハラ、カスハラとどう向き合うか

 こうした状況を踏まえ、人事パーソンやキャリアコンサルタントはパワハラやカスハラに対して、どのように向き合えばよいだろうか。
 ハラスメントは人権侵害であり、決して許されるものではない。ハラスメントを受けた者の心身への影響や休職・離職といった深刻な問題を考えれば、相談窓口の整備、迅速な事実確認、被害者への配慮措置、再発防止策など、法令や指針が求める対応を確実に行うことは、組織としての最低限の責務である。「ハラスメントを発生させないようにする」「発生してしまった場合には被害者への影響をできる限り小さくする」という視点を揺るがせてはならない。
 その上で、見落としてはならない視点がある。ハラスメントは被害者だけでなく、行為者にとっても重大なキャリアリスクとなり得る。ハラスメントが認められた場合には、行為者に対し、適正な事実確認・手続きを経た上で厳正に対処することが必要であり、これは当然の措置である。しかし、行為が問題化すれば、信頼の失墜や評価・昇進への影響など、行為者自身の職業人生にも深刻な影響が生じ得る。こうした損失は、結果として組織にとっても人材の喪失につながる。
 ハラスメントは、対話不足や価値観の相違、「人は自分と違うかもしれない」という認識の欠如、小さな不満や理不尽さの蓄積など、複数の要因が重なって生じる。行為者を「特異な存在」と見るのではなく、職場全体の働き方や人間関係の在り方を問い直す視点が重要である。
 ハラスメント防止に向けた働きかけは、人事パーソンやキャリアコンサルタントが力を発揮できる領域であろう。相手の立場で考える、伝え方を工夫する、感情と事実を分ける、価値観の違いを理解するといった基本的な対人スキルを職場に浸透させることは、「行為を生まない」環境づくりに有効である。指導に熱が入りすぎ、意図せずハラスメントになってしまうケースも少なくない。管理職に対し、部下育成やフィードバックの在り方を振り返る機会を提供することは、キャリア形成支援や人材育成の観点からも重要である。こうした支援と並行して、組織として「相談してよい」「小さな違和感でも共有できる」文化を持つことも重要である。
 また、カスハラは、B to Cを想定しがちだが、B to Bの場面でも発生し得る。取引先とのやりとりにおいて、自社の社員が当事者となる可能性もある点には注意が必要である。
 パワハラ、カスハラに関する指針は、現在、見直し・策定されているところであり、人事パーソンは、企業として講ずべき措置に目が向きがちであろう。しかし、ハラスメント対策は、コンプライアンス上重要なだけでなく、「キャリア形成の基盤」と捉えることもできる。公正な手続きを経た上でハラスメントが認められた場合には、行為者に厳正に対処し、組織としてハラスメントを許さない姿勢を示すとともに、被害者を守りながら、ハラスメントに至らない環境や行動を育てていくことが、キャリアコンサルタントや人事パーソンが担い得る重要な役割であり、組織全体の健全なキャリア形成を支えるものとして位置づけられるだろう。

【参考文献】

・厚生労働省(2023)「職場のハラスメントに関する実態調査」(令和5年度)https://www.mhlw.go.jp/content/11910000/001541317.pdf

・厚生労働省(2024)「職場におけるハラスメント対策についての現状等」https://www.mhlw.go.jp/content/11901000/001314146.pdf

・厚生労働省(2025)「都道府県労働局雇用環境・均等部(室)における雇用均等関係法令の施行状況について」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000167772.html

・厚生労働省(2025)「『令和6年度個別労働紛争解決制度の施行状況』を公表します」
https://www.mhlw.go.jp/content/11909000/001587858.pdf

浅野浩美 あさの ひろみ
事業創造大学院大学 事業創造研究科教授
厚生労働省で、人材育成、キャリアコンサルティング、就職支援、女性活躍支援等の政策の企画立案、実施に当たる。この間、職業能力開発局キャリア形成支援室長としてキャリアコンサルティング施策を拡充・前進させたほか、職業安定局総務課首席職業指導官としてハローワークの職業相談・職業紹介業務を統括、また、栃木労働局長として働き方改革を推進した。
社会保険労務士、国家資格キャリアコンサルタント、1級キャリアコンサルティング技能士、産業カウンセラー。日本キャリア・カウンセリング学会副会長、日本キャリアデザイン学会会長、人材育成学会常任理事、NPO法人日本人材マネジメント協会執行役員など。
筑波大学大学院ビジネス科学研究科博士後期課程修了。修士(経営学)、博士(システムズ・マネジメント)。法政大学キャリアデザイン学研究科非常勤講師、産業技術大学院大学産業技術研究科非常勤講師など。
専門は、人的資源管理論、キャリア論。

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