浅野浩美 あさの ひろみ
事業創造大学院大学
事業創造研究科教授
1.はじめに
2025(令和7)年9月30日、「令和7年版 労働経済の分析」(以下、白書)が公表された。白書では、第Ⅰ部で前年の動きをまとめ、第Ⅱ部で、その時、特に重要なテーマについて掘り下げた分析をする。今回のテーマは「労働力供給制約の下での持続的な経済成長に向けて」である。
白書に先駆けて、厚生労働省は、7月に「今後の人材開発政策の在り方に関する研究会 報告書」(以下、人材開発報告書)、「経済社会情勢の変化に対応したキャリアコンサルティングの実現に関する研究会 中間とりまとめ」(以下、中間とりまとめ)を、それぞれ公表している。
これら三つの文書を併せ読むと、「労働力不足をどうするか」から「個人と企業の関係性の再構築へ」という流れが見えてくる。本稿では、これらを読み解き、「今、何が変わろうとしているのか」について整理・考察する。
2.令和7年版 労働経済の分析(白書)
白書の第Ⅱ部では、労働力供給制約(単なる人手不足でなく人口構造上の制約)の下で、持続的な経済成長を実現するための対応について、①労働生産性の向上に向けた課題、②社会インフラを支える職業の人材確保、③企業と労働者の関係性の変化や労働者の意識変化に対応した雇用管理といった観点から分析を行っている。
昨年公表された令和6年版白書では、介護分野と小売・サービス分野を取り上げ、人手不足に有効な取り組みについて分析していたが、7年版では供給制約を「前提」として捉え、労働生産性向上の推進が最も重要だとした。そして、実質労働生産性上昇率を米国、英国、ドイツと比べ、AI等ソフトウエア投資などによる業務の効率化や省力化の推進、事務的な業務の軽減が重要だとしている。
次に、命に関わる仕事(医療・保健・福祉)、物流・インフラに関わる仕事(保安・運輸・建設)、日々の生活に関わる仕事(接客・販売・調理)といった社会を支える仕事をどう守るか(どう人材を確保するか)に焦点を当て、他の分野の仕事に比べ、月額賃金が低い、スキルや経験の蓄積に応じて賃金が上昇する仕組みが弱い、などといった特徴があることを指摘し、スキルや経験の蓄積に応じて賃金が段階的に上昇する「キャリアラダー」と呼ばれる仕組みの構築が重要だとしている。
さらに、企業と労働者の関係性を分析し、新卒採用時から同じ企業で働く「生え抜き社員」の割合の低下や、年功的な賃金上昇の鈍化を示している。仕事と余暇についての意識も、この45年で「仕事優先型」の割合が43.9%から23.3%と半減したのに対し、「余暇・仕事両立型」(20.9%→38.1%)、「余暇優先型」(32.1%→35.9%)が伸びたことを示している[図表1]。また、若年層ほど仕事内容より賃金水準を重視[図表2]し、自己成長への関心が高いなど仕事への意識も変化しているほか、「働きやすさ」が社員の継続就業につながることを示している[図表3]。そして、このような中で企業が人材を確保するためには、賃金などの処遇改善に加え、それ以外の労働条件の改善や働きやすい職場環境整備など、各労働者の意識やライフイベントに合わせた働き方を可能とする柔軟な雇用管理を行うことが重要だと指摘している。
[図表1]労働者の就業意識の多様化が進んでいる

資料出所:厚生労働省「令和7年版 労働経済の分析」〔概要〕([図表2~3]も同じ)
[図表2]若年層ほど仕事内容よりも賃金水準を重視する傾向

[図表3]「働きやすい」と感じているグループのほうが継続就業希望が高い傾向

3.今後の人材開発政策の在り方に関する研究会 報告書(人材開発報告書)
一方、人材開発報告書では、労働供給制約やデジタル対応が求められる中、
①個々人が自律的に学んで自己実現を図る
②企業が人材開発により労働生産性を高めて発展する
③経済社会が人材開発・人材の需給調整の仕組みを通じて発展する
——といった社会を目指し、「個別化」「共同・共有化」「見える化」を念頭に人材開発政策を進めるべきだとしている。
「個別化」とは、個人、企業の個々の状況に合わせた人材開発を行うことである。望ましいことだが、難しいことでもあるため、個人がキャリアについて考える機会の提供や伴走型支援、企業に応じた人材開発支援などが求められる。
「共同・共有化」は、産業・地域等の単位で複数企業による人材開発に取り組むことなどである。変化のスピードが速まり、企業内では教えられないことが増える中で必要性が増している。指導者不足に悩む中小企業、人材開発の対象となりにくい非正規雇用労働者には、特に重要な視点である。
「見える化」は、労働市場や企業における職務・スキル・処遇・人材開発を標準化し、見えやすくすることである。個人や企業が人材開発に取り組みやすくなり、能力発揮につながる。
こうした傾向は、賃金などを見直すとともに、「働きやすさ」やキャリア形成支援を企業戦略に組み込むことが必要であることを示唆しているといえよう。
4.経済社会情勢の変化に対応したキャリアコンサルティングの実現に関する研究会 中間とりまとめ(中間とりまとめ)
2025年2月に、キャリアコンサルタントが変化に対応したキャリアコンサルティング能力を身に付け、発揮できるようにするための施策について検討する研究会が設置されたが、「中間とりまとめ」は、その研究会での議論を途中段階でまとめたものである。
「中間とりまとめ」では、変化が激しい中で、自らのキャリア形成について問題を抱えた労働者に対する「解決型」の支援に加えて、労働者が自ら目指す姿を設定し、キャリアを形成する力を身につける「開発型」の支援や、社内での職種転換・再配置によるキャリア形成支援、企業外への移動におけるマッチング支援が求められ、キャリアコンサルタントには情報ツールを使いこなす能力が必要だとした。
また、企業内で活動するキャリアコンサルタントに焦点を当て、キャリア自律は企業経営にもプラスであること、転職防止効果もあることを伝え、キャリア自律支援を働きかけるとともに、経営層との連携・協力についても触れている。
このほか、キャリアコンサルタントに求められる能力は、活動領域ごとに異なるところがあるため、活動領域・レベルに応じて必要な講習を受けられるようにすることや、実践的な学びを行う機会を設けることが重要だとする。さらなる活用に向けて、活用事例やキャリアコンサルティングの意義・効果の周知についても述べている。
5.まとめ
三つの文書について見てきたが、分かりやすい言い方をすれば、令和7年版は、マクロの視点から、労働市場の変化をどう捉えるかについて分析・考察している。令和6年版白書と同じく労働力不足を扱っているが、議論が「量」から「質」にシフトしている様子がうかがえる。労働力供給制約が「前提」となる中で、「人材確保」よりも「人材活用や人材育成の質」(どう生かし、どう育てるか)が問われる時代になり、いかにこれを高めていくかが企業経営において重要になってきたことが示されている。
人材開発報告書は、令和8年度から5年間を計画期間とする「第12次職業能力開発基本計画」の策定に向けたもので、政策のことを論じているが、今回は、それをマクロ(社会)とミクロ(個人)の間のメゾ(組織)の視点からも見ているところに着目したい。人材開発が政策・経営双方にとって共通の重要課題となっている中で、企業が協力し合い、個人のキャリア形成をどのように促すかが問われている。キャリア自律を促すことは、企業目線から見ると、ある意味で人材を手放すことでもあるが、行政にはこれを支える政策が求められている。
「中間とりまとめ」は、年末に予定されている最終とりまとめに向けて現時点での議論や検討状況を整理・集約したものだが、労働者個人を意識し、ミクロな視点からキャリア自律にアプローチしているところが特徴である。構造的な変化が進む中で、キャリア自律をどう支援していけばよいのか、それに対して、キャリア支援の専門家であるキャリアコンサルタントはどうあるべきなのか、今後、どのように議論され、取りまとめられるかが注目される。
マクロ・メゾ・ミクロの3層で示された課題は、いずれも「キャリア支援をどう再定義するか」ということに収斂する。次回は、キャリア支援の現場における実態や課題に焦点を当て、キャリア支援の再定義について掘り下げていく。
【参考文献】
・厚生労働省(2025)「令和7年版 労働経済の分析」
・厚生労働省(2025)「今後の人材開発政策の在り方に関する研究会 報告書」
・厚生労働省(2025)「経済社会情勢の変化に対応したキャリアコンサルティングの実現に関する研究会 中間とりまとめ」
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浅野浩美 あさの ひろみ 事業創造大学院大学 事業創造研究科教授 厚生労働省で、人材育成、キャリアコンサルティング、就職支援、女性活躍支援等の政策の企画立案、実施に当たる。この間、職業能力開発局キャリア形成支援室長としてキャリアコンサルティング施策を拡充・前進させたほか、職業安定局総務課首席職業指導官としてハローワークの職業相談・職業紹介業務を統括、また、栃木労働局長として働き方改革を推進した。 社会保険労務士、国家資格キャリアコンサルタント、1級キャリアコンサルティング技能士、産業カウンセラー。日本キャリア・カウンセリング学会副会長、日本キャリアデザイン学会会長、人材育成学会常任理事、NPO法人日本人材マネジメント協会執行役員など。 筑波大学大学院ビジネス科学研究科博士後期課程修了。修士(経営学)、博士(システムズ・マネジメント)。法政大学キャリアデザイン学研究科非常勤講師、産業技術大学院大学産業技術研究科非常勤講師など。 専門は、人的資源管理論、キャリア論。 |
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