2025年10月24日掲載

Point of view - 第286回 駒田陽子 ― 生産性向上は、従業員の睡眠改善から ~健康や仕事の土台となる日々の睡眠の重要性

駒田陽子 こまだ ようこ
東京科学大学 リベラルアーツ研究教育院 教授

日本睡眠学会幹事、日本時間生物学会理事、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所特別研究員、東京医科大学睡眠学講座准教授、明治薬科大学准教授などを経て、2022年より現職。主な共著・編著として、『子どもの睡眠ガイドブック』(朝倉書店)、『基礎講座 睡眠改善学』(ゆまに書房)、『学術会議叢書23 子どもの健康を育むために——医療と教育のギャップを克服する——』(日本学術協力財団)など。

睡眠不足に伴う生産性の低さ

 健康と仕事のいずれの側面に対しても、十分な「睡眠」を取ることは欠かせない。企業としては、従業員とその家族の睡眠に気を配り、睡眠改善に向けた取り組みを行うことで、従業員のモチベーションアップ、生産性の向上、休職者や医療費の削減、パワハラや不正行為の防止、ウェルビーイングの向上などさまざまなよい効果が期待できる。逆に言うと、従業員が睡眠不足状態のままで業務を行っていると、やる気は起きず、ミスが増えて仕事の生産性も上がらない。気持ちに余裕がなくなり、同僚や部下あるいは家族との関係がうまくいかなくなりがちである。また、高血圧や糖尿病、将来の認知症のリスクも高くなることが疫学調査から明らかになっている。
 ところが日々の睡眠時間が6時間未満の人の割合は、30~50代の男女でおよそ半数に上り、睡眠による休養を十分に取れていないと答える人は、国民の4人に1人を占める[注1]。国際的な調査でも、日本人の睡眠時間の短さとこれに伴う生産性の低さが問題視されている[注2、3]

健康づくりのための睡眠ガイド

 人事担当者が、従業員とその家族の睡眠状況に目を配り、支援していくに当たっては、どのような情報を参考にするとよいだろうか。
 厚生労働省が推し進める「国民健康づくり運動(健康日本21)」では、国民が適切な休養(睡眠)を取れることを目標の一つに掲げている。2024年の「健康日本21(第三次)」スタートに合わせて、「健康づくりのための睡眠ガイド2023」が策定された[注4]。同ガイドが目指すゴールは、「世代ごとに異なる適切な睡眠時間(睡眠の量)の確保」と、「睡眠休養感(睡眠の質)を向上させるための生活習慣の改善」である。
 ガイドでは「睡眠に関する基本事項」として、①睡眠の機能と健康との関係、②睡眠の基本的な特徴、③病気の影響による睡眠休養感の低下の可能性について説明している。
 ①睡眠の機能と健康との関係では、睡眠が健康増進・維持に不可欠な休養活動であり、良い睡眠を取ることが脳・心血管、代謝、内分泌、免疫、認知機能、精神的な健康の増進・維持に重要であるとしている。また、良い睡眠とは、睡眠の量(睡眠時間)と質(睡眠休養感)が十分に確保されていることだとし、不適切な睡眠環境、生活習慣、嗜好(しこう)品の取り方および睡眠障害の発症によりこれらが損なわれると指摘する。②睡眠の基本的な特徴では、必要な睡眠時間は年齢や季節によって変化し、個人差もあるため、長い睡眠を必要とする人(ロングスリーパー)がガイドに従って睡眠時間を8時間に短くすることはかえって睡眠不足を招く可能性があることや、逆に身体が必要とする睡眠時間以上に睡眠を取ろうとすると眠りの質が低下することを指摘している。③病気の影響による睡眠休養感の低下の可能性について、睡眠に問題があることによる(例えば、閉塞(へいそく)性睡眠時無呼吸など)睡眠休養感の低下との区別が難しいこともあるため、ガイドで推奨されている事柄を活用しても睡眠状態の改善が十分に得られない場合は、医師に相談することを勧めている。

世代別の睡眠のポイント

 また、ガイドには睡眠に関する推奨事項として、世代(成人、こども、高齢者)別の睡眠の量と質に関する目標、留意すべき点、改善のための方策が記されている。
 成人の場合、①適正な睡眠時間には個人差があるが、6時間以上を目安として必要な睡眠時間を確保すること、②食生活や運動等の生活習慣や寝室の睡眠環境等を見直して、睡眠休養感を高めること、③睡眠の不調・睡眠休養感の低下がある場合は、生活習慣等の改善を図ることが重要であるが、病気が潜んでいる可能性にも留意することがポイントである。
 こどもでは、①小学生は9〜12時間、中学・高校生は8〜10時間の睡眠時間を確保すること、②朝は太陽の光を浴びて朝食をしっかり取り、日中は運動をして、夜更かしの習慣化を避けることが発達と成長に欠かせない。
 高齢者においては、①長い床上時間は健康リスクとなるため、床上時間が8時間以上にならないことを目安に、必要な睡眠時間を確保すること、②食生活や運動等の生活習慣、寝室の睡眠環境等を見直して、睡眠休養感を高めること、③長い昼寝は夜間の良眠を妨げるため、日中の長時間の昼寝は避け、活動的に過ごすことが推奨される。
 参考情報として、睡眠に影響する生活習慣(いつ、どのような種類の運動をするのが効果的か、食事の取り方など)、カフェインやアルコール、タバコなど嗜好品の影響、快眠のための寝室環境(光や温湿度)、就業形態(交替制勤務)による健康リスクなど、睡眠に関する多くの研究成果が分かりやすくまとめられている。

睡眠チェックシートの活用

 ガイドはエビデンスがしっかりと書かれているために、読み込むには時間がかかり、少々骨が折れるかもしれない。その場合、厚生労働省が企業の健康増進担当者向けツールとして紹介している「睡眠チェックシート」と「アドバイスシート」を活用することをお勧めする。これらのシートは、各人が日々の睡眠を振り返り改善点をチェックする形式のもので、厚生労働省の「健康日本21アクション支援システム」のサイト[注5]からダウンロードできる。従業員に配布して、良い睡眠を取るための参考にしてもらうとよいだろう。

睡眠をしっかり取ることのメリットに目を向けることが大切

 忙しい生活の中でなかなか睡眠時間を確保できないという人も少なくないが、睡眠をしっかり取ることで集中力や効率が上がり、むしろ余暇が増えるのだと発想を転換していくことが大切である。人事部をはじめ、健康管理を担う部署からの発信をぜひお願いしたい。

注1 厚生労働省「国民健康・栄養調査(令和5年)」
https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kenkou_eiyou_chousa.html

注2 OECD "Time Use", OECD Social and Welfare Statistics (database)
https://www.oecd.org/en/data/datasets/time-use-database.html

注3 Hafner M., Stepanek M., Taylor J., Troxel W.M., van Stolk C. Why Sleep Matters-The Economic Costs of Insufficient Sleep: A Cross-Country Comparative Analysis. Rand Health Q. 2017 Jan 1; 6(4):11.

注4 厚生労働省「健康づくりのための睡眠ガイド2023」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/suimin/index.html

注5 厚生労働省「健康日本21アクション支援システム ~健康づくりサポートネット~」
https://kennet.mhlw.go.jp/tools/tools_sleep/index