2025年10月10日掲載

Point of view - 第285回 松田佳子 ― パーパス実践が拓くカルチャー変革

松田佳子 まつだ よしこ
株式会社リンクソシュール 取締役

2009年株式会社リンクアンドモチベーションに入社後、採用から育成、組織風土のコンサルティングに従事。入社以来、複数の部門立ち上げを経験。2022年組織風土改革に特化した事業部の責任者に着任。自律的に挑戦する風土づくりやMVV(ミッション・ビジョン・バリュー)実践、中期経営計画の実行力を高める組織文化づくりなどをテーマに、多数の企業への支援を行う。2024年株式会社リンクイベントプロデュース代表取締役社長に就任。2025年より現任。

 近年、多くの企業が「パーパス」を掲げています。社会課題の複雑化や人材流動性の高まり、さらには投資家からの非財務情報開示要請の強化など、変化の激しい外部環境にさらされる中、企業は「何のために存在するのか」を明確にすることが不可欠になりました。パーパスは単なるスローガンではなく、顧客(商品市場)、従業員や採用応募者(労働市場)、投資家(資本市場)を中心とした三つの市場から選ばれるための生命線であり、企業の成長戦略そのものに直結するものです。
 しかしながら、パーパスを言葉として掲げるだけにとどまり、現場の実践に結び付けられていないケースも少なくありません。社内において「壁に掲げられた美辞麗句」として受け止められてしまえば、せっかくつくったパーパスも形骸化してしまいます。
 だからこそ、パーパスを行動へとつなげる役割を担う人事部門の存在が重要になります。採用・育成・評価といった人事制度にパーパスを接続し、従業員が日常の意思決定や行動の中で「自分ごと」として捉えられる状態を整備することこそ、人事に期待されるミッションなのです。

パーパス実践を阻む「三つの壁」

 パーパスが実践に至らない背景には、共通する「三つの壁」があります。

(1)感情の壁
 経営層が思いを込めて策定したパーパスであっても、現場の従業員からは「すてきな言葉だとは思うけれど、なぜ自社がこれを掲げるのか」といった疑問が生じることがあります。本来であれば組織の未来を示す希望の言葉であるはずのパーパスが、十分な説明や背景の共有がないまま導入されると、従業員にとっては「上から与えられたスローガン」に映り、むしろ距離感や反発を生んでしまうのです。このような感情のギャップこそが、パーパスの実践を阻む第一の壁となります。

(2)協働の壁
 パーパスは全社的な取り組みであるにもかかわらず、実際には部署ごとに施策が分散しがちです。人事部門は研修、人材開発部門はサーベイ、サステナブル部門はESG活動といったように、それぞれが施策を熱心に進めているが故に、従業員からは「結局、何を優先すればよいのか分からない」「現場任せで丸投げされている」と映ってしまうのです。本来パーパスは、会社全体の方向性を束ねる旗印です。部門同士の協働の仕組みが機能していないことが、パーパス実践を阻む第二の壁となります。

(3)継続の壁
 さらに、単年度施策で終わってしまい、長期的な文化形成につながらないことも課題です。「また新しい取り組みが始まった」という印象を与えると、従業員の信頼を損ねかねません。短期的なイベントやキャンペーンで終わらせず、制度や風土に定着させることが不可欠です。

 これら三つの壁を乗り越えるためには、人事をはじめとした管掌部門が中心となって全体戦略を設計し、全社施策に連動させながら推進することが求められます。

実践を促すための視点

 では、どうすればパーパスを現場の実践につなげられるのでしょうか。いくつかの視点を整理します。

(1)バリューとセットで伝える
 パーパスは抽象度の高い言葉であり、そのまま用いると現場との距離が生じてしまうおそれがあります。例えば「世界を豊かにする」といった表現は美しい一方で、従業員にとっては遠い存在になりがちです。だからこそ、「何を毎日意識・実践すればパーパスにつながるのか」という行動規範=バリュー(例えば「変化を恐れず、学び続ける」など)を明確にし、セットで伝えることが有効です。バリューを通じて日常行動とパーパスを接続することが、実践への第一歩となります。

(2)経営陣の率先垂範
 従業員の意識を動かすには、経営層が自らパーパスについて語り、取り組みに積極的に関与することが不可欠です。トップマネジメントが自ら取り組みに積極的に参加することで、現場に「思い切り取り組んでよい」という安心感が生まれます。逆に、経営層が形式的にしか関与しない場合、どれほど人事が仕組みを整えても現場は動きません。

(3)「自分ごと化」のための対話
 従業員がパーパスを「自分ごと化」するためには、単なる周知では不十分です。対話やワークショップを通じて、従業員自らの価値観と会社のパーパスを重ね合わせる機会を設けることが必要です。自己の棚卸しや相互承認のプロセスを通じて、「会社の言葉」から「自分の言葉」へと転換して初めて、日常の行動につながります。

(4)パーパス実践のサイクル
 パーパス実践を定着させるには、一度のイベントや短期的な施策で終わらせず、継続的に回せるサイクルを設計することが欠かせません。私は、その流れを「診断→共感→実践→賞賛応援→外部への発信」という五つの段階で捉えています。
 まずは、従業員がパーパスやバリューをどの程度理解し、体現できているかを把握する「診断」から始まります。エンゲージメントサーベイや従業員へのヒアリングを行い、現状を測定することで、次の打ち手を明確にできます。その上で、パーパスを掲げる背景や意図を共有し、対話やワークショップを通じて納得感を醸成する「共感」形成のステップが重要です。
 共感が得られて初めて、日常の業務や意思決定の中でパーパスを生かす「実践」につながります。しかし、実践は続けてこそ意味を持ちます。人は「褒められなければ継続できない」存在であり、そこで欠かせないのが「賞賛応援」の仕組みです。表彰制度やシェアリングイベントといったオープンな形で行動を称えることで、従業員は誇りを持ち、次の実践へと踏み出すことができます。
 最後に、その成果を「外部へ発信」することでサイクルが完成します。統合報告書やIR、採用広報などを通じて発信することで、外部からの信頼や期待が高まり、社内の取り組みに新たな意味づけが生まれます。この一連の循環を回し続けることこそが、パーパスを「掲げられた言葉」から「生きた文化」へと変えていく力になるのです。

共感から実践

 パーパスは、企業カルチャーを変革する大きなきっかけです。しかし、その実践は自然発生的には進みません。感情の壁・協働の壁・継続の壁という三つの壁を越えるには、人事部門が主導して仕組みと文化をデザインすることが不可欠です。
 経営と人事が協働し、従業員一人ひとりを巻き込みながら「共感から実践」へと歩みを進めること。これこそが、持続的な企業価値を生み出すカルチャー変革の核心であると考えます。