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長瀬佑志 ながせ ゆうし 170社超の企業と顧問契約を締結し、労務管理、債権管理、情報管理、会社管理等、企業法務案件を扱う。主な共著として『企業法務のための初動対応の実務』、『新版 若手弁護士のための初動対応の実務』、『若手弁護士のための民事弁護 初動対応の実務』、『現役法務と顧問弁護士が書いた契約実務ハンドブック』、『現役法務と顧問弁護士が実践しているビジネス契約書の読み方・書き方・直し方』(いずれも日本能率協会マネジメントセンター)ほか。 |
SNSトラブル事例と企業への影響
近年、従業員のSNS投稿をきっかけとした企業不祥事が後を絶たない。例えば、飲食店アルバイトが食材を不衛生に扱う様子を撮影してX(旧Twitter)に投稿した「バイトテロ」事件が相次ぎ、当該企業は多大な風評被害を受けて、閉店や取引停止に至る事例もあった。
また、SNS上での会社に対する度を越した誹謗中傷も問題となる。営業秘密・顧客情報を漏洩してしまった場合、企業イメージの著しい毀損や取引先からの信用失墜を招いたり、第三者に損害が発生した場合には企業自身が法的責任を問われたりする恐れもある。こうしたリスクを踏まえ、企業としては従業員のSNS利用に関する明確なルールを策定し、周知徹底することが求められる。
「表現の自由」と企業秩序維持のバランス
従業員が勤務時間外にSNSを利用して発信する内容は、本来、私生活領域の行動であり、企業の統制が及ぶ範囲にはおのずと限界がある。憲法上の「表現の自由」は、公権力による表現活動への制約を直接禁じるものだが、私企業と従業員の関係においてもその趣旨は斟酌されるべきであり、企業秩序維持の名の下でも行き過ぎた私生活干渉は許されない。他方で、従業員の投稿内容が企業の社会的評価を低下させたり、業務に支障を及ぼす場合には、企業側にも一定の規制や措置を講じる正当な利益が認められる。その典型例として、従業員の私生活上の行為によって会社の社会的評価が著しく低下した場合には懲戒処分の対象となり得る(日本鋼管事件 最高裁二小 昭49. 3.15判決)。
具体的には、従業員のSNS上の発言内容が、職務上知り得た秘密情報の漏洩や企業の信用毀損など企業秩序に反するものであれば、会社として調査や是正を行う根拠が生じる。一方で、そのような場合であっても、調査や処分は必要最小限の範囲で合理的に行わねばならない。日経クイック情報事件(東京地裁 平14. 2.26)判決でも、社内の秩序違反行為の事実関係を解明するための調査自体は許容される一方で、その調査が「必要かつ合理的なもの」であることを要すると示された上で、違法なプライバシー侵害には当たらないと判断された。このように、企業の監督権限の行使には従業員のプライバシー権や自由への配慮とのバランスが求められる。
「SNSポリシー」と就業規則・懲戒処分の位置づけ
従業員によるSNS上の問題行為に適切に対処するためには、「SNSポリシー」を社内ガイドラインにとどめず、就業規則上の服務規律・懲戒事由として明文化しておくことが重要である。具体的には、「会社の名誉や信用を毀損する行為」「業務上知り得た秘密情報の漏洩」「社内外におけるハラスメントや差別的言動」など、SNS上の不適切行為を懲戒対象とする旨を就業規則に定めておかなければならない。また、当該規定に違反した場合は懲戒処分の対象となり得ることを明示し、従業員に周知しておくことで抑止効果が期待できる。
ただし、懲戒処分を科すには就業規則上の根拠規定が必要であり、その適用に当たっては「客観的合理性」および「社会的相当性」を欠く処分は無効と判断される(労働契約法15、16条)。したがって、SNSポリシーに違反した場合でも一律に懲戒できるわけではなく、投稿内容の悪質性や企業活動への影響度に応じて処分の種類・程度を慎重に決定する必要がある。単なる不平・不満を表明する程度の投稿であれば、注意指導にとどめる場合もある一方、顧客情報の流出や会社への重大な信用毀損行為であれば懲戒解雇も選択肢となり得る。
I企画事務所事件(東京地裁 平30. 2. 2判決)では、採用時に「Facebookアカウントを削除するように」との会社指示に従わず投稿を継続し、業務用メールを無断で私用メールに転送するなど情報管理を怠った従業員について、会社の指示違反による情報管理懈怠が被告に取り返しのつかない損失を招きかねないものだったと認定した上で、解雇を有効と判断している。
SNSポリシー策定・運用の四つのポイント
① 就業規則・規程への明文化
SNS利用に関する禁止事項や懲戒事由を就業規則に明記することで、従業員に予見可能性を与え、処分の根拠を明確にする。
② 社内教育と周知徹底
ルールを定めても、現場でその内容が理解され、浸透していなければ意味がない。策定したポリシーはイントラネットや従業員ハンドブック等で共有するだけでなく、入社時オリエンテーションや定期研修を通じて具体例を挙げながら教育することが望ましい。
③ 誓約書の活用
入社時等にSNS利用ルール遵守の誓約書を取得することは、教育効果と証拠性の両面で有用である。
④ トラブル発生時の対応体制の整備
万が一従業員の投稿による炎上や情報漏洩が発生した場合に、被害拡大を迅速に食い止めるため、人事・法務・広報など関係部署が連携して対応する社内フロー(証拠保全、削除依頼、謝罪公表等の手順)を事前に決めておくべきである。
以上のように、SNSポリシーの策定に当たっては、法的リスクの理解と社内実務での運用を両輪で考える必要がある。従業員の表現の自由を尊重しつつ企業秩序を守るバランスを保ちながら、明確かつ周知徹底されたルールの下で適切な指導・監督を行うことが重要である。
