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小塩真司 おしお あつし 2000年名古屋大学大学院教育学研究科博士課程後期課程修了。博士(教育心理学)。パーソナリティ心理学と発達心理学を専門とし、人間の心理学的個人差に見られる法則の解明、測定手法の開発、年齢に伴う変化や適応・不適応過程について研究を行っている。主な著書に、『「性格が悪い」とはどういうことか——ダークサイドの心理学』(ちくま新書、2024年)など多数。 |
就職や転職に当たっての採用活動の際には、大抵、適性検査が実施される。多種多様な適性検査が実施されており、中には「ビッグ・ファイブ・パーソナリティ」など、心理学で多くの研究が蓄積されている性格(パーソナリティ)特性の枠組みが用いられることがある一方で、インターネット上において無料で提供される性格診断が用いられることもあると耳にする(なお、「MBTI」と呼ばれる性格診断があるが、無料で提供されている性格診断は、本物のMBTIではないので注意が必要である)。
さて、どうして適性検査は採用活動において “適性” 検査として実施されるのであろうか。「応募者の性格やスキルを理解するため」と考える人がいるかもしれない。では、どうして応募者の性格やスキルを理解する必要があるのだろうか。
関連が重要
健康診断を想像してみてほしい。血液検査を行ったところ、何かの指標の数値が高かったり低かったりして、「異常な値」を示すことがある。そのような場合、健康診断の結果には、「要精密検査」と書かれて返却される。どうしてこのような数値に対して、注意が必要だと判断されるのだろうか。数値が平均的な値から離れているからだろうか。
しかし、たとえ測定された数値が平均からかけ離れていたとしても、その値が何らかの実際的な不利益に関連していなければ、問題視されることはない。つまり、ポイントは「その数値が何に結び付くのか」にあると言える。
例えば白血球の数値異常は炎症反応やストレス反応、感染症や白血病の可能性があり、中性脂肪の数値異常は脂質異常症や動脈硬化に結び付くかもしれない。これらは、おそらく医学的な研究の中で関連が検討され、論文として報告されているだろう。このように、血液検査の結果は、何らかの病気の発見に結び付くからこそ、そして科学的な研究知見が提供されているからこそ、重要だとされるのである。
どうして「良い」のか
さて、では、どういう性格が「良い性格」とされるのだろうか。これまでの心理学の研究を概観すると、「良い結果(アウトカム)」が出ることを予測できるような性格が「良い性格」とされる傾向があると言える。
例えば、ビッグ・ファイブ・パーソナリティには、「勤勉性(誠実性)」という性格特性がある。これまでの研究の中で、勤勉性は学業成績の高さや職業パフォーマンスの良好さ、健康関連行動を適切に行うこと、また経済的な成功など、多種多様な「社会的に望ましい結果」に結び付くことが報告されてきた。そのため、現在はこれらの報告を背景として、勤勉性は非常に重要な心理特性の一つとされ、社会の中で「伸ばすべき特性」として扱われるようになっている。
これは、性格についてだけではない。知能もスキルも能力も、社会の中で望ましいとされる結果に結び付くと報告されることで、「良い」ものだと認識されるようになっていくのである。
どうして「悪い」のか
一方の「悪い性格」についても、「良い性格」と話は同じである。つまり、何かしらの「望ましくない結果」が出ることを予測できるような性格が、「悪い性格」だとされるのである。では、どのような結果が「望ましくない」とされるのだろうか。
望ましくない結果には、大きく分けて、内在化問題と外在化問題がある。個人の内側にある思考や感情の側面に問題が生じており、そのために苦痛などを伴う場合に、それらを内在化問題と言う。具体的には、抑うつ的な症状や不安、孤独感、不眠、ストレス反応などが内在化問題に相当する。一方で、問題が行動として外部に現れ、周囲への迷惑行為や社会的に逸脱した行動として表出される場合に、外在化問題とされる。他者への攻撃行動や暴言、非行、犯罪だけでなく、飲酒や喫煙、薬物使用、ハラスメントなども外在化問題に含まれる。
21世紀に入って以降、心理学の分野ではダークな性格群が注目されてきた。他者を自分の利益のために利用する傾向である「マキャベリアニズム」、冷淡で罪悪感を抱きにくい「サイコパシー」、自己に対する誇大な感覚や特別感を抱きやすい「ナルシシズム(自己愛)」、そして他者の苦痛を喜ぶ「サディズム」といった性格特性である。これらの性格は、まさに外在化問題に結び付きやすいものとして関心を集めてきたのだ。そして近年、職場の問題(人間関係上のトラブル、非倫理的な行動、離職など)とダークな性格群との関連を検討する研究が増加傾向にある。こうした動きを見ていると、世界中の職場で、これらの性格の持ち主を回避しようとしているかのような印象を抱く。
良し悪しは単純ではない
ところが、話はそれほど単純なものではない。ダークな性格は、常に「悪い結果」に結び付くとは限らないためである。
例えばマキャベリアニズムの特性は、政治的な駆け引きや厳しい交渉場面で有利に機能することがある。組織内の権力構造を読み取って戦略的に立ち回ったり、冷静な意思決定をしたりするという点から、職場において「良い結果」をもたらす可能性がある。またサイコパシーの特性は、リスクを恐れず大胆な決断を行ったり、周囲に惑わされずに冷静かつ適切な判断を下したりすることで「良い結果」につながる可能性がある。そしてナルシシズムは、カリスマ性が評価されるようなリーダーシップの発揮につながる可能性が指摘されている。成功志向の強さが努力につながるという点からも「良い結果」をもたらすのかもしれない。さらにサディズムは、厳しさや冷徹さが求められる場面や、過酷な状況下で有利に働く可能性が考えられ、特定の場面で「良い結果」をもたらすと考えられるのである。
「良い結果」や「悪い結果」というのは、性格と状況との兼ね合いで生じるものである。「この性格特性は悪い結果をもたらすから、そのような人物を組織から排除すべきだ」と短絡的に考えることは、組織全体の脆弱さにつながるリスクを伴うと認識することも必要になるだろう。