1999年の創業以来、事業拡大を続け、現在では証券単体でトップの証券総合口座を有する楽天証券株式会社。2025年12月期第2四半期の決算でも、営業収益が対前年比10.1%増となるなど、右肩上がりの成長を続けている。同社の競争力の源泉は、常に業界の先を見据え、テクノロジーやAIを活用したイノベーションを起こしてきたことにある。近年では、パーパス経営を軸に、従業員のエンゲージメントやモチベーションの向上に取り組むほか、テクノロジーやAIの領域に強い人材の育成を視野に入れた新卒採用にも力を入れている。
前編となる今回は、常務執行役員として同社の人事戦略をリードする大橋統樹氏に、人事施策の概要や意図などを伺った。
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楽天証券株式会社 |
1992年、三井海上火災保険株式会社(現・三井住友海上火災保険株式会社)に入社。営業でキャリアを積んだ後、1998年から外務省に出向。2000年の復職時に人事部門へと配属され、企業合併の業務に携わる。この経験を生かし、2003年に株式会社アイ・ティ・フロンティア(現・日本タタ・コンサルタンシー・サービシズ株式会社)に転職して経営企画部兼人事部の部長職に就き、5社合併後の再構築を担う。2004年からはソニー生命保険株式会社の人事部マネジャーとして人事企画・採用・IPO等に関わったほか、2008年からBNPパリバ証券株式会社、2017年から株式会社アコーディア・ゴルフを経て、2019年に執行役員として楽天証券株式会社に入社。2021年より同社の常務執行役員、2022年より楽天証券ホールディングス株式会社執行役員に就任(いずれも現職)。
楽天証券株式会社
1999年創業。日本初のインターネット専業の証券会社として、株式、投資信託、FXなど多様な金融商品や、サービスを提供する。「資産づくりをイノベーションする」をミッションに掲げ、誰もが資産づくりをはじめ、続けられる社会の実現を目指す。現在は、NISAでも活用できるサービスの拡充やトレーダー層から初心者までそれぞれに適したツール・アプリの提供、楽天グループの強みを最大限活かしたサービス、AIを活用したお客さまサポートの充実等に注力している。
コロナ禍以降、パーパス経営の重要性が高まる
——御社は、2022年に新たな企業理念を策定されました。どういった経緯があったのか、お聞かせください。
大橋 コロナ禍以降、“自分自身は何者か、何のために働いているのか” ということを考える人が増えているように思います。その中で、会社としての存在意義、パーパスの重要性が高まってきました。
当社における以前の企業理念は、いわば行動規範であり、生徒手帳のように “やるべきこと/やってはいけないこと” を細かく記したものでした。もちろん、当時こういう理念を設定していたことには意味があり、中途採用を中心に異なる価値観の人材が集まってくる状況下で、皆が同じ規範を共有する必要があったのです。ただ、細か過ぎると人は読まないですし、かえって理解されづらくなります。
そこで、半年間かけて、経営陣や全社員を巻き込んでミッションとバリューを一新しました[図表1]。あくまで概算ですが、経営陣等を含めて延べ100時間以上、この策定にコミットしたのではないかと思います。以前のミッション・バリューは “隙間” がないようにつくったものでしたが、現在のものは “行間” を多くしています。バリューの表現を疑問形にすることで、社員一人ひとりが自分自身に問いかけるものとしました。上から誰かに言われるのではなく、常に自省して、自分の中に落とし込んでいくことが重要だと考えています。
[図表1]楽天証券の企業理念(Mission&Value)

——企業理念は策定するだけでなく、浸透させることこそ重要です。そのために、どのような取り組みをしていますか。
大橋 毎週、月曜日に楽天グループ全体の、水曜日には楽天証券ホールディングスグループの朝会を実施しています。楽天証券ホールディングスグループの朝会では、5分間、社員がミッション・バリューについて話す場があります。それぞれ、役員クラス、部課長クラス、スタッフ、新卒に近い若手――の順で担当し、自分が何者であるのか、どういったキャリアを積んで入社したのかを話す。その上で、ミッション・バリューのうち自身に刺さる言葉・好きな言葉と、それを体現した等身大のエピソードを語るのです。
例えば、新卒で入社したばかりの社員が、なぜ自分は楽天証券を選んだのかを話す中で、率直な思いや夢を語ります。その言葉は、他の社員の心にも刺さりますよね。これを何度も繰り返していく。この活動を数年間続けているのですが、直近の組織サーベイの結果を見ると、企業理念の理解・浸透に関するスコアは徐々に上がってきています。
人事による社員へのヒアリング
——人事として、社員の声を聞き、社員とコミュニケーションする機会をどのようにつくっていますか。
大橋 年1回実施している組織サーベイのほか、半年に1回、全社員向けのアンケートも行っており、いずれも9割を超える回答率です。
加えて、アンケートの回答に「人事と話したい」との希望があった社員や、気になる回答があった社員に対しては、人事が全員にヒアリングを実施します。半年に1回、一定数以上の社員からの面談希望があるので、同じ人が再度希望する場合はあるものの、1年で多くの社員と人事が直接話をします。
そうすると、組織の問題や、マネジャーと部下の関係性の問題など、いろいろなことが見えてきます。人事としては、組織をなるべく良くしたいと思って業務に取り組んでいますが、それは事実に基づかなければいけません。人が人を見る難しさがあるので、できるだけ精緻に情報を集め、面談から浮かび上がってきた問題点が確からしいと思ったときに、今度はどう対応するかを丁寧に検討していきます。
——面談する人事担当者にも覚悟が必要だと思いますが、どのような工夫をしているのですか。
大橋 まず、誰が誰を担当するのか、かなり考えた上で決めています。幸い、当社の規模だと、ある程度は社員一人ひとりの顔も見えます。面談の対象者ごとに、人事の中で最適なのは誰かを、丁寧に検討しています。
次に、最も大切なことは “その人に寄り添う” というマインドセットです。それができると思う人事の担当者が面談するようにしています。
また、社員アンケートの結果は、人事の担当者全員で時間をかけて共有します。この人が悩んでいる原因は、“仕事が多忙だから” なのか “人間関係” なのか。いろいろな可能性があって、事前に人事の担当者同士で時間をかけて話し合います。そこで仮説を立てて、実際に面談希望者の話を聞き、その結果をまた担当者間で共有する。そうすると、想定どおりだったか、意外な理由があったのかが分かります。人事が社員の声を聞くためには、基本的にはこの繰り返しが有効です。
テクノロジー・AIの活用と新卒採用
——御社は、国内証券会社単体でトップの証券総合口座数を誇るまでに成長を続けていますが、その秘訣は何でしょうか。
大橋 2025年1月に、当社の証券総合口座数は1200万口座を突破しました。10年前の2015年3月時点は約180万口座でしたから、6倍以上の伸びです。しかし、その間に従業員数が6倍になったかというと、そうではありません。増えてはいるものの、2倍にもなっていません。
では、何をしたかというと、端的に言えばイノベーションを起こしてきたわけです。UI(編注:ユーザーインターフェース)やUX(編注:ユーザーエクスペリエンス)の向上をはじめ、テクノロジー領域での革新を続けてきました。こうしたイノベーションを実現できる要因の一つが、楽天グループ全体のカルチャーにあると考えています。
楽天グループの長所は、経営陣・役員が率先して学ぶ姿勢です。例えば、経営層が “AIのような新しい技術などが注目されている” という情報に触れた場合、おそらく多くの企業では、まずは経営層が誰かにAIの動向を調べるよう指示をする。指示を受けた人は、さらにその部下に調査を任せ、任された部下が一生懸命頑張って調べ上げる。部下が調べたこの結果は、ボトムアップの形で上位者に伝わっていき、判断されるという流れが多いと思います。しかし、新たなテクノロジーが出てきたときに、このようにボトムアップ型でやるのでは、日々目まぐるしく環境が変わる現代においては不十分ではないでしょうか。その点、楽天グループは、実務的な部分を社員が担うとしても、まずは上層部がテクノロジーをしっかり理解して、それを部下に伝えていくことを重視しています。私自身も、少し前にAIに関する研修を受けたのですが、事前の動画学習と膨大な資料があり、大変充実した研修でした。楽天証券に入って初めてこのカルチャーを学びましたが、だからこそ強い会社、強いグループなのだと感じました。
——一方で、実際にテクノロジーの活用を担う人材の確保について、取り組んでいることはありますか。
大橋 近年は新卒採用に力を入れています。直近では年間20人以上採用していますが、2019年以前は10人未満でした。
誤解を恐れずに言えば、地頭が良くて優秀な人材は、いわゆる大手企業に入ります。しかし、そうした人材が、転職で当社に中途入社した場合に活躍できるかというと、正直難しいのではないかと思います。それはなぜか。もちろん人によりますが、地頭が良くてもAIなどのテクノロジーに関する知見がないことが多いからです。そうすると、テクノロジーの理解や活用に関する素養がある人材を、新卒で採用して育成することが重要になります。
当社の強みはテクノロジー領域にあり、業界内では最先端を走っていると自負しています。だからこそ、自分たちで道を切り開くしかありません。業界の先を見据えて何をするかを考えたときに、新卒採用を強化する必要があったのです。
最初は社内でも厳しいことを言われましたよ。“うちの部署では、新卒ではなく即戦力が欲しい” “教育はどうするのか” といった意見です。しかし、実際に入社した新卒社員が活躍するにつれ、“新卒はいつ来るのか?” と聞かれることが増え、社内の意識も変わってきたと思います。
また、新卒社員の定着率は重要な指標として捉えていますが、当社では入社3年後の定着率は約9割です。当社に新卒で入社した “人財” は、テクノロジーやUI・UXにも知見があるので、転職市場に出れば他社からいくらでもオファーが来ると思います。こうした “人財” に長く働いてもらうために、「報酬」「やりがい」「夢」の三つをキーワードに、いろいろな仕掛けをしました。例えば、市場競争力のある報酬水準としていますし、先ほどの朝会などを通じてミッションの浸透にも注力しています。
——新卒社員はどう育成しているのでしょうか。
大橋 当社はネット証券の会社なので、お客さまはインターネットの先にいます。そこにはお客さまのリアルな生活があり、それを想像しないといけないわけですが、これはものすごく難しいことです。実店舗を運営して、対面で接する機会があれば簡単ですが、ネットビジネスではそういうわけにもいきません。
そこで、入社後は、研修としてカスタマーサービスで、コールセンターをはじめとするお客さま対応を担当してもらいます。お客さまの声がダイレクトに届く中で、時には厳しい言葉をいただくこともある大変な仕事です。研修の最後には、リアルな声を聞いて自分が感じたことをネットビジネスにどう活かすかという提案をしてもらいます。
並行して、英語やITスキル、思考法の知識なども習得していきますが、今年からは “問い” をつくる力を伸ばすプログラムを始めました。お客さま対応の研修中にも、他の部署や社員と同様に業務に臨み、そこでどういう問題があるのかを情報収集した上で、ソリューションを提示するものです。証券業界では、お客さま自身が “何をどうしたらいいか” “何をしたいか” が明確になっていないことが多く、ソリューションを提供するためには、まず第一にお客さまの真の悩みを見極めることがすごく大事です。そのためにも、ChatGPTを筆頭に生成AIが進化する中で、今後は、お客さまの潜在的なニーズをくみ取るために “問い” をつくることが重要になっていきます。こうした世の中の動きを見ながら、育成施策も徐々にバージョンアップしています。
何よりも、新卒社員に対して、私は “楽をしてほしくない” と考えています。お客さま対応を担当しながら、いろいろな勉強をして、他部署の業務にも触れなくてはならない。大変ではありますが、入社後の研修期間でどれだけストイックに取り組めるかが、将来に必ず活きてくると思います。
インタビュアー:佐藤文男
撮影:安達英莉
※後編は2025年8月22日に公開予定です。
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写真左が楽天証券株式会社の大橋統樹氏、 |
インタビュアー:佐藤文男(佐藤人材・サーチ株式会社 代表取締役)
一橋大学法学部卒業後、日商岩井株式会社(総合商社/現・双日株式会社)、ソロモン・ブラザーズ・アジア証券会社(外資系証券/現・シティ・グループ証券株式会社)、株式会社ブリヂストン(メーカー)等異業種において人事および営業(マーケティング)を中心にキャリアを積み、1997年より人材紹介(人材サーチ)ビジネスの世界に入る。2003年10月に佐藤人材・サーチ株式会社を設立して代表取締役社長に就任する。2013年5月から1年3カ月にわたりシンガポールに拠点を移して人材紹介(人材サーチ)ビジネスに携わる。
本業の傍ら、2017年4月から山梨学院大学(C2C)の客員教授として「実践キャリア論」の授業を通年(前期および後期)ベースで実施している。著書は共著1冊を含め20冊出版。近著は『自助の時代 生涯現役に向けたキャリア戦略』(労務行政、2020年)、『働き方が変わった今、「独立」か「転職」か迷ったときに読む本』(クロスメディア・パブリッシング、2022年)等がある。

