前編では、2000年代初頭に同社が陥った業績の悪化により、事業を縮小せざるを得なくなった中でのリストラの経験や、宮原博昭社長体制下でのV字回復時代の取り組みを通じて、上席執行役員・人事戦略室長の小林 徹氏が人事としての業務を進める上で大切にしてきた “現場感覚” や、同社の人材育成の柱である「経験」の重要性について伺った。
後編となる今回は、110社のグループ会社を持つ同社において重要となる、グループ人事とグループ各社の人事とのバランスの取り方や、次世代の人事担当者に向けたメッセージを伺った。
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株式会社学研ホールディングス |
1990年、株式会社学習研究社(現・株式会社学研ホールディングス)に入社し、公教育領域の営業を担当。2002年に文教事業部営業企画室長、2003年に同部大阪支局長に就任し、西日本エリアの事業所閉鎖に伴うリストラの進行役を担う。2006年に人事部へ異動後、業績悪化による早期退職施策や会社分割による持株会社制への移行に従事。2011年に株式会社学研ホールディングスの人事戦略室長に就任し、会社別人事制度の構築やダイバーシティ推進室の立ち上げ、売上高1000億円回復イベントに携わる。その後、秘書室長、経営戦略室長、執行役員、株式会社学研教育みらい(現・株式会社Gakken)代表取締役社長を歴任。現在は上席執行役員・コーポレート本部副本部長を兼務しながら、人事戦略室長としてグループの人事戦略策定などの実務を担う。
株式会社学研ホールディングス
1946年創業。「戦後の復興は、教育をおいてほかにない」という信念の下、創業者の古岡秀人氏が「学習研究社」を創立し、雑誌『学習』『科学』を創刊する。「教育」と「医療福祉」の二つの事業を中心に、“すべての人のゆたかな人生にかかわるコンテンツ・サービス創造企業” として成長を続け、2026年には創立80周年を迎える。2024~2025年度で進めている中期経営計画「Gakken2025」では『SHIFT』を中核テーマに、事業環境の変化を見据えた事業ポートフォリオの転換と成長領域へのリソースシフトを図る。
人事の仕事は、社員を支えることで “その先にいるお客さまに喜んでいただくこと”
——これまでのキャリアを通じて、どのようなことを大事にされてきましたか。
小林 私自身、就職活動において当社を選んだ理由が、この会社の商品・サービスが好きだからでした。お客さまである子どもたちや大人、高齢者の方々に寄り添い、夢や希望を提供することで社会に貢献できる会社であると一貫して思っていますし、それが自分の根幹となっています。
直接お客さまと関わらない人事の仕事であっても、根っこの部分は全く変わりません。「何のために人事をやっているか?」と聞かれたら、それは「企業として、お客さまや世の中に貢献するため」と答えます。
毎日、現場でお客さまと向き合っている社員がいます。人事は、社員を支えることで間接的にお客さまに喜びをもたらし、世の中に貢献する仕事です。
当社グループでは、半期ごとに最も活躍した社員やチームを、全社を挙げて表彰しているのですが、表彰された社員が受賞スピーチでお客さまへの思いを語る様子を目にするたび、当社グループの社員を誇りに思うとともに、人事としてのやりがいを感じます。
お客さまに評価されない→業績が悪化する→事業を撤退する→雇用調整をする……という負のスパイラルを経験した身として、人事の業務もすべてお客さまに貢献することにつながっていかなくてはならないと思っています。
——一方で、人事部門を取り巻く環境は大きく変化してきています。件のこうした環境変化をどう受け止めていますか?
小林 当社グループにおいても、採用難、人材の流動化、賃金水準上昇などの環境変化にはさまざまな対策を講じていますが、明確な正解はないので、今はとにかく、悩みながら試行錯誤で取り組んでいくしかないと感じています。
一方で、課題解決の根幹は、会社としての存在価値そのものだと考えています。当社グループ事業(教育分野と医療福祉分野)の持つ社会貢献性こそが、採用で人を惹きつけ、社員のエンゲージメントを高める本質だと信じていますので、当社グループの理念体系からぶれることなく、これに根差して各事業を推進するための人事施策を運用しています[図表2]。すなわち、「不易流行」——時代の変化に応じて変える部分(流行)と、変えてはいけない芯の部分(不易)を意識することが大切だと考えています。
[図表2]学研グループの事業の全体像
そして、人事としては、このことを社員一人ひとりに、しっかりと伝えていかなければいけないと感じています。お客さまと接する現場の社員は、毎日大変な思いをしています。その中で「しんどいな」「辞めようかな」という気持ちが生じることもあるでしょう。その時に、「あなたがこの会社に入ってやりたかったことは何だっけ?」「そことちゃんと向き合えている?」と投げ掛けることが重要です。
当社の社員は、子どもたちのため、読者のため、高齢者のため、ひいては世の中のためという思いで入社をしてくれています。日々の業務の多忙さで忘れてしまいがちな、こうした “原点” に立ち返らせることが、人事の役目ではないでしょうか。
——御社で現在、特に重点的に取り組んでいる人事上の取り組みを教えてください。
小林 当社グループでは、Aspiration(成し遂げたい目標)として「人の可能性をどこまでも追求する会社へ」を掲げています。そして、これを受けた人事スローガンとして、「従業員の可能性をどこまでも追求する会社へ」を設定しました。
当社の商品・サービスは、子どもたちと向き合う塾講師や保育士、高齢者の方に接する介護士の仕事など、無形の財産ばかりです。社員の成長なくして、事業の可能性を追求することはできません。社員一人ひとりの力をいかに高めるか、それが人事として一番に取り組む課題だと認識しています。
——社員の成長のために、具体的にどういった取り組みをされていますか。
小林 当社は多種多様な業種を併せ持つ点が強みですので、それぞれの社員の経験や能力を掛け合わせることで新たな価値が生まれると考え、「学」「研」の漢字二文字を柱とした育成方針を掲げています[図表3]。
一つは「学び」です。これは “学びから自身の可能性を広げる” 取り組みです。教室・塾事業を営む当社グループでは、社員向けの塾である「学研仕事塾」を設けています。グループ全社から手挙げで参加する同塾は、講師からの知識のインプットにとどまらず、グループワークを基本とし、全社横断で交流を行っています。受講者同士が学び合うとともに、連携による事業アイデア創出など、共創による化学反応を生み出しています。
もう一つは「研く」です。これは “経験から自身の可能性を広げる” 取り組みです。多様な事業を展開する当社グループでは、グループ内外への出向・転籍、グループ横断プロジェクト、グループ内ベンチャーなどの越境学習など、さまざまな経験を積むことができます。それぞれの会社が必要な人材を広く募集するグループ内公募や、自分の働いてみたい会社へ応募できるキャリアチャレンジ制度も用意しており、社員の手挙げによる自律的キャリアの形成を推奨しています。
[図表3]「学」「研」の2本の育成方針

——御社は、グローバル事業にも力を入れています。この「学」「研」の取り組みに、グローバルなチャレンジも含まれるのでしょうか。
小林 もちろんです。現在進行中の中期経営計画「Gakken2025」の中で、2030年までにグローバル比率を拡大することを掲げており、今まさに挑戦の真っただ中です。
ただ、現在の社員の力だけでは、グローバル事業に求められるスキルを十分にカバーできませんので、当社の理念に共感し、グローバル分野にも挑戦したいと考える人材を採用しつつ、今いる社員へもリスキリングやチャレンジを後押しするための働き掛けを強化しています。出版の営業担当者が、キャリアチャレンジ制度でグローバルの新規事業開発に携わっている事例などもあります。
「求心力」と「遠心力」のバランスが重要
——人事はどうあるべきか、目指すべき役割の在り方を教えていただけますか。
小林 グループ人事としては、グループ全体が目指す方向に沿って人材育成をどのように進めるか考えています。多様な事業を行っている当社ならではの新しい価値を生み出す仕掛けづくりに取り組む一方、経営層の育成にも力を入れているところです。
一方で、当社には110社のグループ会社がありますので(2024年9月現在)、「求心力」と「遠心力」のバランスが重要だと考えています。グループ各社には、それぞれの事業領域に特化した人事担当者がいますので、ホールディングスの求心力が強くなりすぎてしまうと、それぞれの事業の特性や強みが生かせません。遠心力の部分、すなわち現場の人事で対応すべきことはそれぞれで極めてもらいつつ、グループ全体が同じ方向に向かっていけるよう、“ベクトル合わせ” をしていくのが、グループ人事の役割だと認識しています。
そして、ベクトル合わせのためには、現場の人事から「ホールディングスは現場のことを分かっていないでしょう?」と思われないようにすることが大切だと考えています。そのためにグループ人事も現場を歩き、一緒に汗をかいて人事課題に取り組むようにしています。
——グループ会社の人事が交流する場や研修などはあるのでしょうか。
小林 グループ会社の人事担当を集めた合同会議を年4回程度実施しています[写真]。直近では、当社のグループ会社が運営している「TOKYO GLOBAL GATEWAY※」という施設で丸1日、グループ全体で目指す人事の方向性を共有しました。この合同会議では、毎回、共通テーマを設定しており、先の会議では「生成AIとグローバル」というテーマで議論しました。その後の懇親会も、皆楽しみにしてくれています(笑)。
※TOKYO GLOBAL GATEWAY:同社グループの株式会社TOKYO GLOBAL GATEWAYと東京都教育委員会が提供する、体験型英語学習施設
[写真]グループ会社の人事担当を集めた合同会議

写真提供:株式会社学研ホールディングス
「現場」と「人事」は一体であるべき
——最後に、次世代の人事担当者に向けたメッセージをお願いします。
小林 当社グループの人事担当者には、「現場とともに汗をかく人事担当者たれ」と伝えています。
繰り返しになりますが、私のキャリアを通じての思いは、「現場」と「人事」は一体であるべきということです。
当社グループの人事が何のために存在しているかと考えると、やはり川上には、商品・サービスを買ってくださるお客さまがいます。お客さまがいるからこそ企業が成り立ちますし、そのために社員がいて、経営があります。そして、それを支えるのが人事なのです。
もちろん、人事が業務を通じて直接向き合うのは、経営層や社員です。ですが、経営戦略もその中の人事戦略も、すべてお客さまの喜びを実現するためのものであり、お客さまのためにという目的を持って社員を支えていかなければなりません。そうした意識で業務に取り組むことが企業の魅力へとつながり、さらにその魅力を外部に発信して、われわれの理念に共感した仲間を増やしていくことができるのです。
お客さまと向き合っているからこそ得られる喜びや、時に感じる痛みを、現場の社員と同じ肌感覚で持っていなければ、“生きた人事” はできません。もちろん人事としては全体を俯瞰し、場合によってはには現場が望まない施策を進めることもあります。ただ、その痛みを想像できる・できないとでは、その効果や、その後の現場からの評価は大きく異なります。「常に社員とその先にいるお客さまを思うこと」は、人事担当者として変えてはいけない “不易の価値観” だと思います。
インタビュアー:佐藤文男
撮影:安達英莉
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写真右が株式会社学研ホールディングスの小林 徹氏、 |
インタビュアー:佐藤文男(佐藤人材・サーチ株式会社 代表取締役)
一橋大学法学部卒業後、日商岩井株式会社(総合商社/現・双日株式会社)、ソロモン・ブラザーズ・アジア証券会社(外資系証券/現・シティ・グループ証券株式会社)、株式会社ブリヂストン(メーカー)等異業種において人事および営業(マーケティング)を中心にキャリアを積み、1997年より人材紹介(人材サーチ)ビジネスの世界に入る。2003年10月に佐藤人材・サーチ株式会社を設立して代表取締役社長に就任する。2013年5月から1年3カ月にわたりシンガポールに拠点を移して人材紹介(人材サーチ)ビジネスに携わる。
本業の傍ら、2017年4月から山梨学院大学(C2C)の客員教授として「実践キャリア論」の授業を通年(前期および後期)ベースで実施している。著書は共著1冊を含め20冊出版。近著は『自助の時代 生涯現役に向けたキャリア戦略』(労務行政、2020年)、『働き方が変わった今、「独立」か「転職」か迷ったときに読む本』(クロスメディア・パブリッシング、2022年)等がある。

