2025年08月22日掲載

先進企業の人事トップインタビュー - 第6回・完 会社は人がいなければ成り立たない。人事は会社への貢献こそが存在意義である――楽天証券株式会社 大橋統樹氏(後編)

前編では、ミッション・バリューの策定と浸透をはじめ、楽天証券株式会社における新卒採用や育成等に関する取り組みを紹介した。同社は、デジタルの領域でイノベーションを起こすことのできる人材の採用・育成に注力することと併せて、人事が社員に寄り添って声を聞き、より良い組織をつくるために日々奮闘している。
後編となる今回は、同社の人事トップとして尽力する大橋統樹氏に、自身のキャリアを振り返った上で、転機となった出来事や経験、人事としての心構え、今後の展望を伺った。

大橋統樹氏

楽天証券株式会社
常務執行役員 人事総務本部 管掌
大橋統樹 おおはし とうき

1992年、三井海上火災保険株式会社(現・三井住友海上火災保険株式会社)に入社。営業でキャリアを積んだ後、1998年から外務省に出向。2000年の復職時に人事部門へと配属され、企業合併の業務に携わる。この経験を生かし、2003年に株式会社アイ・ティ・フロンティア(現・日本タタ・コンサルタンシー・サービシズ株式会社)に転職して経営企画部兼人事部の部長職に就き、5社合併後の再構築を担う。2004年からはソニー生命保険株式会社の人事部マネジャーとして人事企画・採用・IPO等に関わったほか、2008年からBNPパリバ証券株式会社、2017年から株式会社アコーディア・ゴルフを経て、2019年に執行役員として楽天証券株式会社に入社。2021年より同社の常務執行役員、2022年より楽天証券ホールディングス株式会社執行役員に就任(いずれも現職)。

楽天証券株式会社
1999年創業。日本初のインターネット専業の証券会社として、株式、投資信託、FXなど多様な金融商品や、サービスを提供する。「資産づくりをイノベーションする」をミッションに掲げ、誰もが資産づくりをはじめ、続けられる社会の実現を目指す。現在は、NISAでも活用できるサービスの拡充やトレーダー層から初心者までそれぞれに適したツール・アプリの提供、楽天グループの強みを最大限活かしたサービス、AIを活用したお客さまサポートの充実等に注力している。

営業からスタートし、経営企画・人事として企業合併やIPOを経験

——現在は人事の最前線で活躍されていますが、大橋さんのキャリアは、最初から人事だったわけではないんですよね。

大橋統樹氏大橋 1992年に大学を卒業し、三井海上火災保険(編注:現在の三井住友海上火災保険)に入社したのですが、6年間は船舶営業部で、国内の海上保険等の営業をしていました。当時は営業として仕事人生を終えたいと思っていたのですが、外務省に2年間出向することになりました。
 出向から戻ってくるに当たって、明確にやりたい仕事がなかったので、「一番大変で、誰も行きたがらない部署に配属してほしい」と言ったんです。当時は、2003年10月に予定していた三井と住友(編注:旧・住友海上火災保険)の合併に向けて動いている最中で、特に大変なのは「人」「システム」「財務」の三つを統合することでした。そこで、「人」の統合を担う人事部に配属にされました。人事というのは青天の霹靂(へきれき)でしたが、これ以降、人事や経営企画といったコーポレート部門でのキャリアが続いていきます。

——思いがけず配属された人事部では、どういった仕事をしていたのですか。

大橋 最初は、合併に関するさまざまな企画業務を担当していたのですが、合併後に人事グループに異動し、労務管理や異動、採用、子会社を含むリストラ等に携わりました。
 合併は、1万人規模の2社の合併ですが、現実的には子会社が100社程度ありましたので、自社の合併を行いながら、子会社の合併も指導していく必要がありました。おのおのの親会社の、そして子会社には子会社の、それぞれの会社が社員の思い・生活を背負いながら、交渉していくわけです。今では考えられないですが、文字どおり「不眠不休」で働きました。大変でしたが、100社合併をやり遂げたという達成感はあります。
 また、当時は、ほとんどの上場企業の合併において、労務コストが抑えられるのでリストラを前提としていたと思います。このような背景があるので、やむを得ないのですが、リストラについて人として思うところはありました。

——その規模の合併やリストラというのは、ご苦労もあったと思いますが、どのような経験になりましたか。

大橋 1万人と1万人の合併という希有(けう)なプロセスに携わって新しい会社をつくる。しかも、三井と住友という、全くカルチャーの違う会社が一緒になる。これは貴重な経験であり、面白いと感じました。
 当時、人事部のあったビルの21階からは、たくさんの雑居ビルが見渡せたのですが、合併などを含めて成長途上の困っている会社がいっぱいあるのだろうなと思って見ていました。そこで貢献してみたい、成長の下支えをしたいと思い、34歳の時に転職を決意したわけです。

——最初の転職先は、アイ・ティ・フロンティア。現在の日本タタ・コンサルタンシー・サービシズですね。

大橋 アイ・ティ・フロンティアは、三菱商事グループとIBMグループのシステム関連会社5社の経営統合によって設立した会社です。2社の統合でも大変なのに、5社のカルチャーを一つにするのはさらに大変です。統合して1年以上が経過したのに課題が山積していたということで、人事領域の再構築を図るために入社しました。当初は人事部長のポジションでしたが、中期経営計画と人事制度を連動させなければ意味がないと考え、経営陣に直談判して経営企画部長も兼務するようになりました。
 新しいビジョン・新経営計画・新人事制度が形になる中、そのまま勤め続けてもよかったのですが、ソニーがソニーフィナンシャルホールディングス(編注:現・ソニーフィナンシャルグループ)を日本初の中間持ち株会社として設立してIPO(編注:新規株式公開)することを聞き、傘下のソニー生命保険に転職しました。当時では日本最高額であった1兆円に近い上場をするというので、やりがいを感じたのです。

——2008年から2010年まで、大学院にも通われていたんですね。

大橋統樹氏大橋 実は、その後に転職した外資系のBNPパリバ証券への入社の初日と、大学院の初日が同じ日だったんですよ。38歳で、仕事をしながら大学院に通って、土日はほとんど勉強と授業に時間を費やしていました。過去の経験から、自分はストイックに追い込んだほうが成長すると感じていましたし、転職と大学院への入学を同時にするという、ほかの人がやらないことに挑戦したいという思いもありました。外資ですから、成果が出なければ「明日にはクビ」という可能性もあります。そういうリスク下に身を置くことで成長してきましたし、今の自分がつくられていると思います。

——楽天証券への転職は、どのような経緯だったのですか。

大橋 私は、ECサイトやデパ地下など、買い物が好きなんです。いろいろ調べて、“こういうふうにマーケティングするんだ” と考えるのが面白くて。もともと楽天市場や他のECサイトを利用していたのですが、楽天市場は “あったらいいな” と思うものが、どんどん導入されていく。その様子を見て、“これは面白い、一気に伸びる会社だな” と感じていたところに、たまたま楽天証券から人事総務管掌のオファーがあったのです。本当に、縁ですね。
 社長と面接したとき、自分でもよく言ったなと思うのですが、「楽天証券の勝ちは決まっている。しかし、自分は “どすごい” 勝ち方をすることに対して貢献できる」と話した記憶があります。それが6年前で、2021年からは常務執行役員に就きました。

——人事としてのキャリアは約25年になりますが、大事にされていることは何でしょうか。

大橋 振り返ってみると、私の中では、常に「変革」や「チェンジ」「合併」「トランスフォーメーション」などがキーワードでした。“business as usual” ——つまり、平時の人事組織を回せる人は、いくらでもいます。私は、何か困っている、苦しんでいる会社を人事として支え、うまく成長に持っていくことが得意ですし、実際に数多く経験してきました。
 人事という職種であっても、「人事パーソン」ではなく「ビジネスパーソン」でなくてはならないと思っています。やはり、企業の成長に貢献することが重要です。その中で、なぜ人事なのかというと、一番は人が好きだからです。人に成長してほしい、人に幸せになってもらいたい。社員の成長を通じて、企業の持続的な成長に貢献することができなければ、自分の存在意義はないと思っています。これまで6社に在籍しましたが、結果的には、すべての企業が、今も生き残って成長している。もちろん運もありますが、自分の目利きも含めて “持っているな” と思います。
 キャリアについては、あえて人より少し大変な道を選んできました。若いときに深夜まで働いたり、転職と大学院への入学を同時にやってみたり。それが体力的にも自信になったし、メンタルも鍛えられた。誰かがやりたくない仕事、他人が嫌がる仕事も、基本的にすべて引き受けてきました。そういう難題を解決すること自体が好きという面もありますが、その経験が今の自分をつくっていると思います。

今後やりたいことは「社史の編纂(へんさん)

——今後、大橋さん個人が人事としてやりたいことは何でしょうか。

大橋 当社は、2024年に25周年を迎えました。ネット証券の業界でも、多数の企業が立ち上がっては淘汰(とうた)される中で、生き残り、成長を続けてきました。そこには必ず理由があります。私が次に考えているのは、それを社史にまとめることです。
 ただ、誤解を恐れずに言えば、当社の素晴らしい功績だけをまとめただけの “面白みのない” 社史を作る気はありません。それだけでなく、積み重ねてきた失敗の歴史も入れるべきだと思っています。例えば、重大なインシデントがあった場合、背景にはそれなりの理由があるはずです。システム障害や事故があってお客さまにご迷惑をおかけした。これは、絶対に繰り返してはいけない。では、なぜインシデントが起きたのか、それを先人はどう解決したのかという記録を残すことで、歴史から学び、次につなげることができます。もちろん、失敗への対応として何が良かったのか、また、なぜイノベーションを起こせたのかという成功の記録も重要です。
 それら一つひとつのエピソードを、現役の社員がケーススタディーとして使えるようにしたい。当社のミッション・バリューを象徴するエピソードを集め、創業50年、100年に向けて、次の世代につなげていきたいと考えています。

人事は経営そのものであり、人を好きになることが重要

——人事の使命・役割をどう捉えているのでしょうか。

大橋統樹氏大橋 会社組織の視点で考えると、人事は経営そのものです。「人は城、人は石垣、人は堀」という言葉もあるように、人がいなければ企業は成り立ちません。人事は、今風に言うと「ビジネスパートナー」として会社全体を見て、経営的な視点で取り組むことが大事だと思います。私は、新卒で営業をしていた頃から人事が嫌いでした。数字も上げないのに偉そうなことを言っている、と感じていたわけです。今でも、自分のことを “人事嫌いが人事をやっている” と思っています。だからこそ、人事に文句を言ってくる人の気持ちも分かるし、厳しいことを言えば、会社に貢献しない人事には価値がありません。
 お客さまをはじめ、株主もそうですが、ステークホルダーのために企業は持続的に成長していかなければならない。会社をつぶさないために、何をどうするかを考えるのは、一丁目一番地です。だからこそ、私は人事をやっているのだと思います。
 そして、社員の立場で考えれば、一人ひとりに対して真剣に向き合うことが不可欠です。社員をデータで捉えてはいけません。社員番号や名前、役職、部署、人事評価……といった各種の人事データではなく、その裏には、それぞれ生活があり、家族がいる。だからこそ、その人の人生まで含めて本気で考える必要があると思います。

本気で人に関心を持つということができない人は、人事という職に就いてはいけない

——最後に、読者に向けたメッセージをお願いします。

大橋 人事としては、まず人を好きになってください。人に対して興味があって、人に対して本当に向き合えるかどうかが重要です。本気で人に関心を持つことができない人は、人事という職に就いてはいけないと思います。
 先ほども話しましたが、私はあえて大変な道を通り、人がやりたくない仕事を引き受けてきました。ケーススタディーではないですが、その経験は自分の中の歴史として積み上がっていくし、将来に活きてくるはずです。

インタビュアー:佐藤文男
撮影:安達英莉

Photo

写真左が楽天証券株式会社の大橋統樹氏、
写真右がインタビュアーの佐藤文男氏

インタビュアー:佐藤文男(佐藤人材・サーチ株式会社 代表取締役)
一橋大学法学部卒業後、日商岩井株式会社(総合商社/現・双日株式会社)、ソロモン・ブラザーズ・アジア証券会社(外資系証券/現・シティ・グループ証券株式会社)、株式会社ブリヂストン(メーカー)等異業種において人事および営業(マーケティング)を中心にキャリアを積み、1997年より人材紹介(人材サーチ)ビジネスの世界に入る。2003年10月に佐藤人材・サーチ株式会社を設立して代表取締役社長に就任する。2013年5月から1年3カ月にわたりシンガポールに拠点を移して人材紹介(人材サーチ)ビジネスに携わる。
本業の傍ら、2017年4月から山梨学院大学(C2C)の客員教授として「実践キャリア論」の授業を通年(前期および後期)ベースで実施している。著書は共著1冊を含め20冊出版。近著は『自助の時代 生涯現役に向けたキャリア戦略』(労務行政、2020年)、『働き方が変わった今、「独立」か「転職」か迷ったときに読む本』(クロスメディア・パブリッシング、2022年)等がある。