2025年07月25日掲載

Point of view - 第280回 小橋正樹 ― 人事と産業医のパートナーシップ

小橋正樹 こばし まさき
株式会社oneself. 代表取締役
産業医

2010年、産業医科大学医学部を卒業。2013年、産業医活動を開始。スタートアップ企業の体制づくりから外資グローバル企業の統括マネジメントまで、計30社を超える組織の健康管理に伴走。2019年、株式会社oneself.を設立。月額1万円からプロの産業保健師・産業医を利用できる産業保健業務委託サービスなどを提供。2024年11月よりPodcast番組「産業医の本音~健康と経営のあいだ~」を配信中。

はじめに

 人事の業務は、採用・配置・評価・労務など多岐にわたるが、企業においてはメンタルヘルスや高齢化への対応といった「従業員の健康管理」も喫緊の課題となってきている。しかし、人事は健康管理の専門家ではない。そこでパートナーとなるのが、産業医や産業保健看護職をはじめとした産業保健専門職である。本稿では、産業医の視点から、人事と産業医の連携について述べたい。

産業医の役割

 産業医は、労働者が安全・健康・快適に働けるよう、専門的知識に基づいて職務を行う医師である。職場巡視や衛生委員会、健康診断やストレスチェックなどを通じて、労働者の健康管理をサポートする役割があり、常時50人以上の労働者を使用する事業場では、労働安全衛生法により産業医の選任が義務づけられている。
 もっとも、産業医は単に法令で定められた業務をこなすだけの存在ではなく、本質的には以下のような役割が求められている。

(1)従業員が仕事によって健康を害していないかのチェック
 職場巡視や健康診断結果、面談などを通じて健康リスクを評価し、早期発見と改善に向けた対応を行う。例えば、長時間労働が続いている従業員がいる場合、その影響が身体や精神に及んでいないかを確認し、適切な対策を企業にアドバイスする。また、職場における有害物質への曝露(ばくろ)や騒音、温度管理などの環境要因に関する改善策の提案なども行う。

(2)従業員が働ける状態かどうかの医学的ジャッジ
 従業員が問題なく働ける状態かどうかを医学的に判断する。例えば、長期間の病気やけがから復職する際、面談などを通じて従業員の健康状態を評価し、就業に適しているかどうかを確認する。その上で、必要に応じて勤務時間の調整や業務内容の変更といった提案を企業に対して行う。

(3)健康に関する労務課題解決のための専門的なアドバイス
 人事は社内の状況をよく理解しているが、医学の専門家ではない。例えば、メンタルヘルス不調者に対して良かれと思って行ったアドバイスが、医学的には誤っていた場合、当該従業員の状態が悪化し、就業継続が難しくなるケースもある。産業医は医学に関する知見を基に専門的なアドバイスを企業に提供し、従業員の健康を守りつつ、労務課題解決をサポートする。

 メンタル不調者への対応、健康管理の体制づくりなど、企業によって産業医に期待する内容は多岐にわたる。そのため、まずはこのような産業医の本質的な役割を理解しておくことが重要である。

産業医との連携方法とその効果

 ただ、人事が産業医の役割を理解していても、平時からのコミュニケーションが不足していると、いざというときに有効な連携は図れない。ここからは、常日頃から実践できる人事と産業医の連携方法とその効果について述べる。

(1)定期的な情報共有
 定期的な連携ができていない場合、まずは職場巡視や衛生委員会といった産業医が定期的に会社を訪問するタイミングで、人事と産業医が情報共有を行う時間を取ってみてはどうだろうか。例えば、健康診断の有所見者率、ストレスチェックの集団分析結果、休職者の状況といった定量的な情報に加え、現場の従業員の声や人事が日頃感じている課題点を産業医へ直接伝えることで、職場に潜むリスクを共有し、早期に対策を講じることが可能になる。

(2)個別事例での協働
 休職・復職や治療と仕事の両立支援など、企業として就業上の措置が必要になる個別事例では、人事と産業医の協働が不可欠である。産業医は、企業側でも従業員側でもなく、健康を基盤とする独立した立場から、企業と従業員双方を守るための最適な支援を行う。そのため、時には人事が期待する意見とは異なるアドバイスを受けるかもしれない。しかし、産業医が独立した立場を保つことは、結果的に企業のリスク低減にもつながる。人事は産業医を医学の専門家として尊重し、産業医もまた企業の文化や経営方針を理解しようと努める必要がある。

(3)役割分担と責任の明確化
 連携を円滑に進めるためには、人事と産業医それぞれの役割と責任を明確にしておく必要がある。「産業医は医学的な判断と意見を、人事部門は会社としての決定と実行を担う」という基本原則を共有することで、それぞれの専門性を尊重し、効果的な協業が生まれる。併せて、不調者が発生した際の対応フロー、就業上の措置を講じる際の基準、個人情報の取り扱い範囲といった取り決めを、人事と産業医の間で平時から明確に定めておくことが望ましい。

おわりに

 企業を支えているのは人であり、人を支えているのは健康である。こうした認識に立てば、人事と産業医の連携は、従業員の健康を守り、組織の成長を支える上で極めて重要な意味を持つ。尊重し合い、お互いが案件の “丸投げ” も “抱え込み” もせず、「今起きている健康課題」と「今後起こり得る健康課題」を共有した上で一緒に試行錯誤していく。いわば “良きパートナー” として伴走する姿勢が、人事と産業医の連携において求められるのではないだろうか。