2025年07月11日掲載

Point of view - 第279回 吉田穂波 ― 人事担当者に必要な「頼るスキル」の磨き方

吉田穂波 よしだ ほなみ
神奈川県立保健福祉大学大学院 ヘルスイノベーション研究科 教授

産婦人科専門医、認定産業医、医学博士、公衆衛生学修士。ハーバード公衆衛生大学院卒業後、東日本大震災の被災地で支援活動を行った経験から組織や個人の「受援力」の研究をはじめ、自治体事業や企業研修を通じビジネスパーソンが孤立しないような職場づくりに取り組む。6児の母。著書に『頼るスキル 頼られるスキル 受援力を発揮する「考え方」と「伝え方」』(角川新書)、『受援力を身につける 「つらいのに頼れない」が消える本』(あさ出版)ほか多数。
https://www.kuhs.ac.jp/shi/laboratory/details_01622.html

はじめに

 組織で働く人々の環境を整備し、適材適所の人材配置を担う人事担当者の皆さんへ。皆さんを含めた組織人が心身の健康を保ちながら業務を円滑に遂行するためには、今まで以上に「頼るスキル」が求められます。今回、「頼るスキル=受援力(じゅえんりょく)」についてご紹介するのは、過去の慣習が通用しない激動の時代にあって、皆さんが安心して人間らしく働き、公私ともに自分らしく生きていってほしいからです。この受援力とは、「人に頼る力」「援助を受け取る力」のことで、2010年に内閣府が防災啓発の文脈で紹介して以来[注1]、災害支援だけでなく職場のメンタルヘルスの現場でも注目されるようになりました[注2]
 私自身が受援力の重要性を認識したのは、2011年に起こった東日本大震災の現場で産婦人科医として妊産婦さんの巡回診療や赤ちゃん連れのご家族の新生児訪問をする中でした。被災者の方々が「他の人も大変なのに、自分が他人に頼るのは申し訳ない」「自分は我慢すべき」「自分のことは自分で何とかしなくては」と適切なケアやサポートを受けることなく、極限状態の中で無理を重ねて心身ともに疲弊しているのを見て、心を痛めたことがきっかけです。
 他人には「もっと頼ってほしい」「自己犠牲の下に無理を重ねると、あなたも家族も共倒れになってしまう」と声を掛け、サポートをすることができますが、振り返ってみると、私自身、普段から他人に頼ることを肯定していなかったことに気づきました。仕事でも、子育てでも、「自分が一人でやり抜かなければ自立した大人ではない」と思い込み、それができないと未熟で不完全な存在であるかのように感じてしまい、他人の時間や労力を自分のために提供してもらうことを、自分の弱さや甘えのように恥じました。「人に迷惑をかけてはいけないから」と自分に言い聞かせ、踏ん張ろうとしていたのです。
 そして、被災地での支援活動の負担が大きくなり過ぎて自分自身がバーンアウトしてしまったことから、受援力の重要性を痛感し、現在は公衆衛生学、母子保健領域の研究者として、「頼るスキル」の普及啓発に取り組んでいます[注3~5]

時代の変化と人とのつながり

 近年、働き方が複雑化する職場環境において、どの産業の職場でも多様性・公平性・包括性(Diversity, Equity, Inclusion:DEI)の推進が求められるようになり、個々の事情や背景に応じた配慮が重視されるようになりました。また、AIを含めたテクノロジーの発展に伴い、働き方の変化のスピードが格段に速くなり、非対面でのやりとりが増えることによる人間関係の希薄化や孤立・孤独が及ぼす健康への影響が指摘されています。
 職場というコミュニティーの中で、働く人々の健康支援のニーズが注目される中、読者の皆さんもご存じのとおり、「ウェルビーイング経営」を推進する企業が増え、浸透してきました。これは社員の心身の健康や人間関係の質、働きがいといった要素を総合的に高めることで、持続可能な組織づくりを目指す取り組みです。経済産業省も「人材版伊藤レポート2.0」(2022年)[注6]において、企業が人的資本の戦略的活用の一環としてウェルビーイングの視点を持つことの重要性を強調しています。
 このような背景から、人間関係や信頼関係を見直し、働きがいや生きがいを向上させる要素がビジネススクール等で研究されるようになりました。その結果、「人の役に立つこと」「人とつながること」「相談できる心理的安全性をつくること」という要素が働きがいや生きがいを向上させることが明らかになり、働く現場でこれらの要素をうまく引き出すため、ビジネスシーンでこそ「受援力」が求められているのです[注7、8]

受援力は信頼の連鎖を生む

 受援力は、人事担当者が他部門や上司と連携する際にも効果的です。自身の業務で限界を感じたときに、「この点は○○さんの力を借りたい」「この状況について現場の意見を聞きたい」と相談することで、周囲との信頼関係が深まります。そしてその姿勢を見た周囲の社員も「困ったときには頼ってもよいのだ」と感じ、結果として職場全体が頼りやすく、支えやすい文化に包まれていきます。
 そもそも、「力を借りたい」とSOSを出さなければ、周囲はその人が困っていることに気づかないままですし、自ら弱みを見せて頼ることで初めて、他の人の得意分野や強みが発揮されるのです。責任感が強く、一人で抱え込んでしまう人がメンタルヘルス不調に陥りやすいことはよく知られていますが、「責任感が強い」ことと「周囲に頼り、解決方法を見つける」ことは両立可能です。「受援力」を磨けば、「これは自分の仕事だから自分がやらなければ」と孤軍奮闘するのではなく、「自分も頑張るが、他人の力をうまく使ってより良い成果を出そう」と思えるようになります。
 一人ですべてをこなすよりも、自分が頼り、頼られることでサポートし合うほうが、仲間意識や連帯感を生みます。頼ることは、弱さではなく困難を乗り越えるための強さです。自分一人ではできないことも人の助けを借りながら取り組むことで成長につながり、人との絆が生まれます。このようにポジティブな面を見るようにすると、一人で頑張り過ぎて倒れてしまうよりも、人の力を借りることのほうが、むしろ仕事人として責任感のある姿勢だと思えるようになるはずです。人事部門が受援力を広め、受援力を発揮しやすい雰囲気をつくり、SOSを求める人を受け止める組織のハブになることで、困難を抱えた社員が早期に支援を受けられる可能性が高まり、貴重な人材が才能を発揮できる職場づくりにつながります。

チームの結束と心理的安全性の向上

 「受援力」が浸透した職場は、自然と助け合いや共感が生まれやすくなり、チームワークが向上します。また、「助けを求めても否定されない」「間違っても責められない」という心理的安全性が保たれることで、職場全体のエンゲージメントや生産性の向上にもつながります。Google社の研究でも、心理的安全性はチームの生産性を高める最重要要素であると報告されており(Project Aristotle)、頼り合える関係がチームの結束を向上させることが示されています[注9、10]

人事担当者の感情労働と孤立

 人事担当者は、人間関係に関する相談や健康情報を含めた社員の機密性の高い相談への対応など、「感情労働」の要素が強い業務が多く、時に深く悩みを抱えることもあります。しかも、「部外に漏らせない情報を取り扱っている」「人事担当者自身が組織内で相談しにくい立場にある」といった理由から、孤立しやすい職種ともいえます。
 まずは、「頼る=弱さ」と周囲から受け取られてしまうのではないかという懸念や、自身が「自分でなんとかすべきだ」という固定観念を持っていることで、自分で頼ることへの心理的ハードルを上げてしまっていることに気づくことが必要です。そこに気づくことで、頼りたいのに頼れず孤立している社員に対し、より寛容な気持ちで対応できるようになります。人事担当者が受援力を発揮し、周囲とつながり、困難を抱えている人から学ぶ姿勢を持つことで、より多様な視点や新たな発想が生まれ、社員への支援策も充実していくはずです。
 「頼る」という行為は、相手への信頼と尊敬の証しです。頼られた相手は「頼られている」「信頼されている」「貢献できた」と自己効力感が高まり、誇らしく思うことでしょう。

「敬意」「承認」「感謝」のスキル

 受援力を高めるためのコツとして、私は、頼る側の心理的ハードルを下げるため「KSK」(「敬意(K)」「承認(S)」「感謝(K)」)という語呂合わせで覚える方法を提案しています。
 まず、頼る相手に「あなただから、あなたにこそ、お願いしたい」と「敬意」を込めて声を掛けます。相手に頼る理由が、相手への尊敬を示すことにつながるのです。次に、相手がいてくれることそのものに対する「存在承認」を伝えます。そして、頼った相手が自分を受け止めてくれたことそのものに対し、「聞いてくれてありがとう」「相談できて楽になった」と「感謝」を伝えることで関係性が深まります。これらを実践することで、社員の間に信頼が生まれ、仕事がより円滑に進む土壌ができていきます。
 職場で「頼ること」は、恥ずかしいことではありません。むしろ、チーム力を高める行為であり、お互いの信頼と成長を育むきっかけになります。これからのAI時代、より価値が高まっていく人間ならではのスキルは、仲間が居心地よく安心して働けるようなコミュニケーションスキル、コラボレーションスキル、巻き込み力、連帯力です。まずは人事担当者自身が受援力を発揮し、頼りやすい風土を浸透させ、働きやすい職場文化の土台を築いていきませんか。

つながりが、自分を守る

 一人で抱え込むのではなく、周囲とつながりながら歩むことは、組織の健全性を守ると同時に、あなた自身を守るスキルでもあり、自分自身の心の安定にもつながります。受援力を生かしながら人と助け合う関係性=ソーシャル・キャピタル(人間関係資本)を築く力は、自分が危機に陥ったときにも孤立や不安から自分を守り、「自分は一人じゃない」「誰かに相談してみよう」と人を頼る、仕事の上での防災ツールともいえるでしょう。
 受援力とは、あなたの声掛け一つで生まれる、温かいつながりの輪です。その信頼関係が、読者の皆さんを含め、多くの働く人々の健康を支える基盤になることを願っています。

【参考文献】

注1 内閣府(防災担当) パンフレット「防災ボランティア活動の多様な支援活動を受け入れる地域の『受援力』を高めるために」(2012年)

注2 宮本真巳「受援力に関連する諸問題について——災害支援からセルフケア支援まで——」『日本保健医療行動科学会雑誌』30巻1号,pp.81-86(2015年)

注3 吉田穂波『受援力を身につける 「つらいのに頼れない」が消える本』(あさ出版、2018年)

注4 吉田穂波「人に頼るのは弱いからではない 職場の信頼関係を高める『受援力』」『Learning Design』2025年1-2月号(2025年)
https://jhclub.jmam.co.jp/acv/magazine/content?content_id=22708

注5 吉田穂波「受援力ノススメ」(2012年)
https://doc.giftfor.life/giftfor-support.pdf

注6 経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書 ~人材版伊藤レポート2.0~」「人的資本経営に関する調査 集計結果」(2022年)
https://www.meti.go.jp/press/2022/05/20220513001/20220513001.html

注7 今井忠則、長田久雄、西村芳貢「生きがい意識尺度(Ikigai-9)の信頼性と妥当性の検討」『日本公衆衛生雑誌』59巻7号,pp.433-439(2012年)

注8 内閣府国民生活局市民活動促進課「平成14年度 ソーシャル・キャピタル:豊かな人間関係と市民活動の好循環を求めて」(2003年)
https://www.npo-homepage.go.jp/toukei/2009izen-chousa/2009izen-sonota/2002social-capital

注9 Edmondson, A. Psychological safety and learning behavior in work teams. Administrative Science Quarterly 44(2), pp.350-383 (1999)

注10 Google「『効果的なチームとは何か』を知る」
https://rework.withgoogle.com/jp/guides/understanding-team-effectiveness/