2025年04月25日掲載

Point of view - 第275回 久松 剛 ― IT業界に見るテレワーク縮小の背景と今後 ~生成AIの台頭で見直される人材像、人員計画

久松 剛 ひさまつ つよし
合同会社エンジニアリングマネージメント 社長
博士(政策、メディア)

ベンチャー企業3社でのITエンジニア・部長職を経て独立。大手からスタートアップに至るまで十数社でITエンジニアの新卒・中途採用や人材育成、研修、評価給与制度設計、組織再構築、ブランディング施策などを幅広く支援。人材紹介会社やRPO(採用代行)の教育担当も手掛ける。

採用活動の変容とテレワークブームの終焉

 働き方改革と、コロナ禍によるニューノーマルに伴い広まったテレワーク。一方、2023年5月に新型コロナウイルス感染症の位置づけが5類感染症に移行するとともに、従来型の働き方に急速に戻っている。
 東京都産業労働局の発表によると、緊急事態宣言下における都内企業でのテレワーク実施率は63.9%(2021年9月)だったが、2024年12月では43.7%に低下し、フルテレワークとなるとそのうちの16.1%、全体で見れば約7%にとどまり、少数派と言える。
 テレワークブーム終焉(しゅうえん)の象徴として、LINEヤフー株式会社が2025年4月から実施したフルリモートの廃止(原則週1回、あるいは月1回の出社日を設ける)がある。合併前のヤフー株式会社ではフルテレワークを打ち出し、オフィス縮小とともに地方移住を奨励していたことから、従業員の間に衝撃が走った。また、アクセンチュア株式会社では全社員に対し、2025年6月1日から顧客先もしくは自社オフィスへの週5日のフル出社を求めるという(日経クロステック「アクセンチュアが6月から全社員に週5日のフル出社を要求、オフィス回帰の波到来か」2025年4月16日)。
 フルテレワークと相性が良いと思われていたIT系職種の場合、次のような背景がある。

2015年のアベノミクスによる好況感

2019年3月に経済産業省が発表したデジタル人材不足に関する見通しによる、企業の採用への焦り

2020~2021年に見られた「コロナ禍の金余り現象」による外資IT、DX文脈でのコンサルタント、スタートアップ投資ブーム

 これらの条件が重なった結果、デジタル人材採用が過熱した。ITエンジニアの正社員確保は「投資」であったとも言える。加えて、スタートアップ投資ブームを背景に企業数も増加したことから、デジタル人材以外の営業やバックオフィス人材の採用が進んだ。
 正社員数の確保が第一だったため、フルテレワークを理由に全国採用も実施された。「帰属意識の醸成」を目的に月に1・2回、全国に散らばった社員を東京に出社させ、懇親会を実施する企業も見られた。新卒・中途採用ではこうした施策を行う企業とバッティングするため、応募者には働きやすそうな雰囲気や福利厚生の手厚さ、資金に余裕がありそうな感じの受けが非常に良かった。

テレワークが縮小した新型コロナウイルス以外の背景

 この状況が変わるきっかけとなったのが、下記の出来事である。

2022年11月から外資IT企業によるリストラが増加

2023年3月、シリコンバレー銀行(SVB)が破綻

 グローバルで見るとスタートアップ投資は落ち着くことになった。また、国内上場SaaS企業の売り上げマルチプル(企業価値もしくは株式価値に対する売り上げや利益、純資産などの特定の指標)も2021年1月以降奮わない。つまりは、金銭的な余裕がある企業が減っている状態である。
 IT企業に関しては、かつて強気の採用をした正社員に関するコストが固定費用として重荷になっているケースが見受けられる。ダイレクトにリストラを断行する外資企業がある一方で、一般的な日系企業には以下のような足かせがある。

日本の解雇規制

リストラに向けた予算確保の必要性

予算確保に当たっての株主総会の開催。そこから生じ得る風評

 そこで幾つかの企業が実施しているのが、テレワークの廃止である。出社を促すことでコミュニケーションの活性化や新人育成の効率化が期待できるとともに、人員コントロールの視点では、あえて出社を求め、テレワーク希望者にとって働きにくい就業環境とすることで、こうした社員の自主退職を促すことができる。

生成AIの台頭で見直される人材像、人員計画とテレワーク縮小の進展

 このような状況の変化にさらなる追い打ちをかけたのが、下記の出来事である。

2023年ごろからの生成AIの台頭

新卒初任給の見直しの動き

 とりわけ生成AIの台頭の影響は大きく、それまでITエンジニア正社員の人数を集めることが事業拡大の王道だった時代が終わりを告げつつある。株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)の南場智子代表取締役会長が「これからはAIを活用することで、10人でユニコーン企業ができる」と語っているが、これは夢物語ではない。
 採用に難航するテック系スタートアップ企業では生成AIの普及をポジティブな変化と捉え、採用計画を見直している。複数の企業では、既に生成AIが新卒ITエンジニアと同等の働きをしており、今後の生成AIの進化に伴い、1年程度でシニアクラスにまで成長するのではないかと予想している企業が多い。
 採用人材像として、“事業に対する解像度が高く、事業責任者と会話ができ、AIが生成するソースコードをレビューできる人材が1人いればよい” という企業すら登場している。また、あるメガベンチャーでは、新卒ITエンジニアの採用目標人数を当初200人としていたところ、生成AIの成長を見越して60人で着地させたという。
 もちろん、生成AIの導入が不向きとされている機密性の高い事業もあるが、企業全体から見れば限定的であろう。
 昨今の芳しくない市況感を踏まえると、企業は正社員に対して給与に見合ったバリューをしっかりと求めていると言える。改めて考えてみると至極当然のことであり、これまでの時代がIT業界にとって異常に白熱していたにすぎないとみることもできよう。
 一方、3年程度続いたコロナ禍は、出産や育児、介護の在り方、さらには家族構成に変化を与えるには十分だった。コロナ禍で推奨されたフルテレワークを前提にした働き方が、現在はIT業界でも受け入れられなくなりつつある。上述のように企業が求職者に求めるハードルが上がっている今、社員としても行動変容、キャリアチェンジ、あるいは異業種も視野に入れた転職をしなければならなくなっている。企業においては、採用したい理由と人材像を整理した上で、こうした働き方を望む候補者を受け入れられるならば、納得のいく採用ができるチャンスだと言える。