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本田秀仁 ほんだ ひでひと 東京工業大学大学院社会理工学研究科博士課程修了、博士(学術)を取得。認知科学・意思決定科学を専門とし、人間の判断や意思決定に見られる「優れた面」と「誤りを生む面」の両方に着目し、人間らしさを形づくる心の性質を探究している。主な著書に『越境する認知科学7 よい判断・意思決定とは何か-合理性の本質を探る』(共立出版)など。 |
組織の決断における「集合知」
組織の決断を、いかにして “よりよく” 下すことができるのか。管理職の判断や決断が問われる場面は日々続く。しかし、多忙な業務の中で、限られた情報に基づいて判断を下さざるを得ないことも少なくない。
ここで注目したいのが、「集合知」と呼ばれる現象である。これは、「多くの人の意見を集約すると、正確な判断に近づく」ということを指す。ただし、これは単なる「多数決」ではない。多数の意見を集めても、もともとの意見が偏っていれば集合知は達成されない。重要なのは、意見の「多様性」が確保されていることである。
「幅広く聞く」という役割
管理職に求められる重要なことは、単に自身の決断力を高めることにとどまらず、「多様な意見を引き出し、それを活かす仕組みを整えること」にある。部下や関係者の意見を求める際、似たような立場や価値観を持つ者の声ばかりを集めて安心してしまったり、自身と考えの近い意見を重視してしまったりしがちである。しかし、それでは判断の幅が狭まり、結果として組織の柔軟性や適応力を損なう結果となりかねない。
多様な意見の重要性を示す研究として、以前、私は異なる視点を意図的に引き出す手法に関する検証を行った。この研究では、医師を対象に、1カ月後の新型コロナウイルス新規感染者数を推定してもらった。その際、一方のグループの医師(69名)には「10人より多いか/少ないか」という比較判断を先に行ってもらい、その後に具体的な数値の推定を求めた。そして、もう一方のグループの医師(66名)には「20万人より多いか/少ないか」という比較判断を行ってもらった後、同様に推定を求めた。先行研究では、このように、推定の前にある値(上記の例では10人または20万人)との比較判断を行うと、推定値がその基準に引きずられるというバイアスが生じることが知られている。実際、私の上記研究においても、医師の推定値は比較判断時に提示された数値の影響を受けており、10人と比較したグループに比べて、20万人と比較したグループの推定値は大幅に多くなる傾向が見られた[図表]。
[図表] 医師による1カ月後の新型コロナウイルス新規感染者数の推定値
しかし興味深いのは、そうした「バイアスのかかった推定値」であっても、それらを集約することで、実際の新規感染者数に極めて近い、高精度な推定が得られた点である。これは、「極端に少ない可能性」や「極端に多い可能性」といった異なる視点から導かれた多様な推定値を統合することにより、結果として実際の新規感染者数に近づいたことを意味し、「集合知」が発揮された一例である。正解は特定の個人の中にあるのではなく、多様な意見や視点の中に潜んでいる。良い集合知を実現するためには、たとえバイアスがかかっているように見える意見であっても、多様な見解の一つとして受け止め、逆手に取って活用する姿勢が重要なのである。
つまり、似たような経験や立場、考え方を持つメンバーだけで議論を行えば、集団として誤った方向に突き進む危険性が高まる。一方、専門性や視点の異なるメンバーの意見を引き出すことで、一人では持つことができないさまざまな視点を有するアイデアを生み出すことができ、結果として精度の高い判断が導き出される。このような集合知の効果は、意見の広がりがあるほど顕著となり、集約された意見は正確な値や最適な選択肢に近づいていくのである。
「自信がある者」だけに頼らない——自信の危険性
また、私たちの別の研究では、「自信のある者」ばかりで構成されたグループは、新たな課題に対して柔軟に対応しにくい傾向があることが明らかになった。自信は過去の成功体験に基づくことが多いが、その成功が偶然によるものであった場合、同じ戦略や判断を繰り返すことが、新たな状況において誤った判断に至る危険性がある。
自信のあるメンバーのみで構成されたグループでは、意見が画一化し、結果として多様性が損なわれてしまうことがある。だからこそ重要なのは、自信のない者の意見であっても、自信のある者の意見と同様に尊重し、真摯に耳を傾ける姿勢である。自信のある者とそうでない者とでは、持っている情報や着眼点が異なる可能性が高く、それぞれが異なる観点から問題を捉えている。そうした多様な視点を組み合わせることによって、より堅実で柔軟な判断が可能となる。自信のある者の成功体験に基づく視点は、自信のない者の視点と交わることで、より優れた決断へと昇華されるのである。
管理職の「聞く力」が、組織を変える
このように、優れた決断は、「多様な意見を引き出し、それを的確に集約する」ことによって導かれる。管理職に求められる重要な役割とは、「組織全体の知恵を正しい方向へと導く」ことである。そのためには、年齢や役職、経験にとらわれることなく、幅広い意見に積極的に耳を傾け、それらを適切にまとめ上げる姿勢が不可欠である。これは誰にでも容易にできることではない。管理職に求められる重要な役割なのである。