2024年10月10日掲載

CHROインタビュー ~次代の人事パーソンに向けた応援メッセージ - 第7回 「人間を知る」ことこそ人事の本質 「人を育み、活かす」ポイントは “つながり、つなげる” こと(前編)

YANMAR 日揮ホールディングス株式会社
専務執行役員 CHRO
花田琢也 はなだ たくや

1982年日揮株式会社(現 日揮ホールディングス株式会社)に入社、石油・ガス分野の海外プロジェクトや事業開発分野に従事。1995年よりトヨタ自動車に出向、海外の自動車工場建設プロジェクトに参画。2002年NTTグループとライフサイエンス系eコマース事業「トライアンフ21」を設立し、CEOに就任。2008年日揮グループの海外EPC拠点JGC Algeria S.p.A.に赴任、CEOに就任。2012年帰国以降、石油・ガス分野の国際プロジェクト部長、事業開発本部長を経て、2017年より経営統括本部人財・組織開発部長に就任して人財開発に従事。2018年データインテリジェンス本部長に就任、CDO(Chief Digital Officer)を務める。2019年ホールディングス化を経て、常務執行役員、日揮グループCDOに就任。2021年日揮グローバル エンジニアリングソリューションズセンター プレジデントに就任。2022年日揮ホールディングス 専務執行役員に就任、CHRO兼CDOを務める。2023年4月から現職。

育成と運営を両立する部長職の三位一体改革

 多くの企業で管理職の機能不全が大きな問題になっている。ビジネス環境の急激な変化への対応や人材育成など人材マネジメントが重視される中、管理職に負担が集中し、組織の要である管理職の改革が大きな課題になっている。そこにメスを入れたのがエンジニアリング大手の日揮ホールディングスだ。
 花田琢也専務執行役員CHROは2022年、部長職のミッションを三つに分けた。経営戦略に基づいて組織運営を遂行する部門長と、人材育成やキャリア開発につながる異動を担当するキャリアデベロップメントマネージャー(CDM)と、日々の業務を管理し、海外を含めたプロジェクトに人をアサインするプロジェクトコーディネーションマネージャー(PCM)の三つを設け、部長職を「三位一体」の機能に再編成した。
 花田氏は「部長職は経営戦略と社員をつなぐ結節点です。しっかりと機能しなければいけませんが、実際は部長1人にいろいろな責任がのしかかっている。このままでは絶対に疲弊してしまうなと思いました」と語る。そして改革のきっかけとなったのが、グローバル事業会社の外国人社長による「Mr.花田、部長代行とは何をやるのだ。ミッションが不明確ではないか」という言葉だった。花田氏は、CDMとPCMという二つの役職の役割についてこう語る。
 「例えば、ある部署ではエンジニアを成長させるにはさまざまな仕事を経験するローテーションが必要であり、社内の各部門の越境も必要になります。それらを1人の部長が全部差配するのは大変です。そこで、部員一人ひとりの成長度合いを見極めながら成長を後押しするのがCDMの役割です。さらに、部員が持つスキルを見極めて、事業系のプロジェクトが求めるタスクに不可欠なスキルを持つ人材をアサインするのがPCMの仕事です。CDMとPCMが機能することで、事業の発展に資することにつながります」
 花田氏は、かねてから人事部門は人を管理する部門から戦略をつくる部門に変わらなければいけないという持論を有している。部長職の機能の再編成もまさに戦略人事の一環であり、ビジネスの現場を知悉(ちしつ)する花田氏だからこそできた改革でもある。

NIKKI

新たな領域を開拓する原動力は、0から1をつくる挑戦心

 実は花田氏は、新卒入社時から人事畑を歩んできた人事プロパーではない。大学時代は土木工学を専攻し、1982年にエンジニアとして入社して以降、多彩な経験を重ねている。同社の主事業である石油・ガス分野の海外プロジェクト(EPC)に6年間従事した後、自ら希望して事業開発部門に異動。EPCに続く事業の柱をつくるため自動車をテーマとするオートパーク構想に参画する。その後、自動車分野におけるEPC事業立ち上げのため、花田氏は自ら希望してトヨタ自動車に出向し、海外の自動車工場建設プロジェクトにも参加している。社内越境だけではなく、社外の企業への越境経験もしている。
 それだけでは収まらない。2002年2月にはNTTグループのシステム開発力と日揮のライフサイエンス系企業とのネットワークを背景に、インターネットを利用した企業向け購買システムを提供する「トライアンフ21」を設立し、自らCEOに就任している。花田氏は「自分で企画したので、それを実現するのは自分しかいない。当然やるしかない。日揮に戻ってくるつもりはなく、片道切符の覚悟でやりました」と語る。ところが2008年、トライアンフ21が軌道に乗ったところで、突然日揮本社に呼び戻され、日揮アルジェリア現地法人に赴任してCEOを務める。帰国後、プロジェクト部長、事業開発本部長を経て、人財・組織開発部長に就任するも、2018年にはデータインテリジェンス本部長(CDO)に就任。そして2021年からの日揮グローバル エンジニアリングソリューションズセンター プレジデントを経て、2022年4月にCDOとCHROを兼務するに至っている(2023年からCHRO専任)。
 サラリーマンの枠を飛び越えた華々しい経歴ともいえるが、トライアンフ21から呼び戻されるまでは自ら志願し、選び取ったものだ。
 「エンジニアリング会社に入ったとしても、もともとバックグラウンドのある土木工学だけをやるつもりはなく、0から1をつくるような新たな価値観みたいなものに挑戦したいという思いがありました。オートパークの事業開発も、石油・ガスは経験したので0から1をつくる仕事を経験したいとの思いで手を挙げました。トヨタ自動車への出向も同じですし、いろいろな価値観をしっかりと経験したかった。今どきの言葉で言えば、自分の軸みたいなものがあって、その軸が多層になっていく。そんなものを志向したのではないかと思いますが、飽きっぽいということもあるかもしれません(笑)」
 アルジェリアへの赴任にしても、呼び戻した当時の役員には「中国に行って農業にチャレンジしたい」と伝えた。その役員は「分かった。農業とチャレンジングなところは認める。ただし、中国ではない。アルジェリアに行って農業をやればいいだろう」と言われ、決意したという。

エンジニアからさまざまな経験を経て人事の世界へ

 常に未踏の地を開拓してきた花田氏だが、2017年に人財・組織開発部長に就任する。職を受けるに当たって戸惑いはなかったのかと聞くと「人事に対する親近感はもともとあった」と語る。
 「当社には労働組合はありませんが、管理職も含んだ社員の生徒会のような日揮協議会で、1993年に従業員代表を務め、人事と対峙(たいじ)した経験があります。人事とキャッチボールをしている中で、人事が何を検討しているのかを知る機会にもなりました。また、自分で立ち上げたトライアンフ21の社長時代は、社長が人事本部長みたいなものですから人事制度を自分でつくるという経験もしました。アルジェリアのCEOのときも、人事権を持つと同時に人事施策も考えないといけませんし、人事畑と結構近いところでやってきたような気がします」
 それにしても、なぜプロパーではない花田氏を人事の責任者に起用したのか。
 「経営トップからは『創立以来90年間、人事部長は事務方出身だが、エンジニアが80%超なので、人事部長はエンジニア出身でもよいはずだ』と言われました。𠮟咤(しった)激励で言いますと、事務系出身でも激励できるかもしれませんが、𠮟咤はできません。エンジニア出身なら『何をやっているのだ、10年前と同じことをやっているじゃないか』と率直に指摘することで鼓舞できます。トップとしては、エンジニアをしっかりと教育し、成長のシナリオを描いてほしいという期待があったのではないかと思います」
 エンジニアであり、現場を知る花田氏だからこそ、人事の責任者になって以降、戦略人事の観点からビジネスの現場に踏み込んだ改革を相次いで打ち出せたのだろう。前述した部長職の三位一体改革もその一つである。

※後編は2024年10月17日に公開予定です。