2024年09月26日掲載

CHROインタビュー ~次代の人事パーソンに向けた応援メッセージ - 第5回 仕事は楽しくきちんと 人を動かすには、人事自身が動いてこそ(前編)

YANMAR 株式会社リコー
コーポレート執行役員 CHRO
人事総務部 部長
長久良子 ながひさ りょうこ

1993年3月慶應義塾大学法学部政治学科卒業。同年4月日産自動車株式会社 部品事業部海外部品部入社、2001年4月より人事部門に異動、2018年4月ボルボ・カー・ジャパン株式会社入社 人事総務部ディレクター、2021年4月株式会社リコー入社 人事部HRBP室室長、人事部タレントアクイジション室室長、2022年4月人事部人事室室長・人事部タレントアクイジション室室長、2023年2月人事部人事室長、人事部タレントアクイジション室室長、プロフェッショナルサービス部人事総務センター所長、同センターHRIS室室長、同センター人事サポート室室長を経て、2024年4月より現職。

畑違いの配属

 長久氏は、2024年4月に、株式会社リコーのコーポレート執行役員兼CHRO 人事総務部部長に就任した。
 「実は私は、キャリアの前半で人事の仕事がしたいと希望を出したことは一度もないんです。新卒で日産自動車に入社した当時は『海外営業がしたい』と話した記憶があります。海外向けの部品営業部で約8年間過ごした中で、人事に良いイメージを抱いたことはなかったというのが、正直なところです」
 部品営業部での仕事にも慣れて、やりがいを感じるようになったときに、長久氏は人事異動で人事の業務に携わることになる。長久氏にとってはまさに青天の霹靂(へきれき)ともいえる異動だった。2001年に同社海外人事部に配属となり、海外出向者に関する採用以外の人事業務全般を担うことになった。長久氏は、このとき幅広く人事業務に携わった経験が、人事としてのキャリアの基礎になったという思いがあるものの、そのこととは裏腹に、それまでとは畑違いの部門で大きな壁にぶつかった苦い思い出を語ってくれた。
 「当時の人事部は、中途採用者や他部門から異動してくる者が少ない環境でした。人事プロパーが多い中で必死に勉強しましたが、新卒から人事に配属されて経験を積んできた同僚たちの知識には追いつけません。中堅社員に差し掛かる時期で、悩みだらけでした。本音では、人事を希望したわけでもないのに、どうしてこんな思いをしなければいけないのかという気持ちもあり、半ば自信をなくしていました」

RICOH

最初の壁を乗り越えられた言葉

 そんな中、人事として最初の壁を乗り越える出会いが訪れた。
 「当時の日産自動車は、フランスに本社を置くルノー社とのアライアンスを開始した初期段階で、役員層にはルノー社からの出向者が多くいました。その中の1人で海外人事部担当の役員が、『何か悩んでいるの?』と私に声を掛けてくれました」
 ある意味で “よそ者” という同じ立場から心配してくれていたのかもしれませんと、長久氏はその当時を振り返る。
 「その役員は、人事に一番大切なのは『常識を持つこと』とアドバイスをしてくれました。就業規則や労働三法など、守らなければいけないルールに沿う仕事は誰でもできる。また、それらは完全に覚えていなくても調べれば分かる。しかし、人を相手に仕事をする上で、ルールに当てはまらない問題が出てくるからこそ、人事としての存在意義がある。そうした事態に対処する際には『常識を持つこと』が最も大切だと教えてくれました。知識不足は大きなハンディではない。『常識』が分かるあなたなら良い人事になれると励ましてもらえたことに、当時とても救われました。その言葉は今でも私の心に刻み込まれており、今では自分が部下に伝えていて、私自身も定期的に振り返るようにしています」
 ただし、「常識」とは何かというと、人によって物差し(判断基準)が異なるので一律の基準を設定しづらいのも確かだ。そこで長久氏は「常識」を次のように解釈することにした。
 「私は、社内外を問わずアンテナを高く張って、いろいろなことを見聞きし、人によって異なるさまざまな尺度や考え方を学ぶことで、自分なりの物差しが持てるようになると考えています。どうしても白黒つかない人事の問題に決断を下すとき、いろいろな要素を踏まえて判断することで、常識的な感覚を得られるのではないでしょうか。また、時間を守るとか、親切な対応を心掛けるとか、本当に基本的なところも常識の一つですよね。当時は自分の人事としての力量不足に悩むことが多かったのですが、それまでお客さまを相手に仕事をする中で大事にしてきたことや信念を、人事の仕事でも同じように大事にしていこうと思い直すことができました」

人事としてのターニングポイント

 また、長久氏は、人事に配属になった後に別の上司から掛けられた言葉が人事としてのターニングポイントになったという。
 「先ほどの上司とは別の方ですが、当時の人事部の課長に掛けられた言葉は、今でもよく思い出します。それは『自分の色を出しなさい』というものです。初めは意味が分からなかったので聞き返したところ、それは “自分の強みを出す” ということだ、あえて教えないから自分で見つけてほしい、と言うのです」
 そこで、長久氏は、周囲を観察してみんなができていないことをできるようになろうと考えた。競争の少ないところを探したら、手っ取り早く自分の強みが得られると踏んだわけだ。
 「人事に配属される前は、本来の仕事もあるのに、人事部に言われた提出物や資料を準備しなければならないことへの “やらされ感” が強かったんでしょうね……。 “人事は人にあれこれとお願いばかりして締め切りに厳しいくせに、自分たちは締め切りを守れていないじゃないか!” という不満が湧いてきました。そこで “どんなことでも必ず締め切りの少し前に提出する” ことを意識してみました」
 そうした行動を続けているうちに、当時厳しかった人事部の大先輩が『長久さんだけがちゃんとやってくれる』と言ってくれたという。
 「それが部内で話題になって、少し世界が変わりました。『自分の色を出しなさい』と言ってくれた上司は、『もっとあなたらしさがあるはずだから、それを追求してみるといいよ』と背中を押してくれました」
 長久氏を信じて、あえて言葉で教えなかった上司は、さらに勇気づけるアドバイスもくれたという。
 「その上司は、『間違ったときは自分が謝るから、とにかく思ったようにやってみて』とアドバイスしてくれました。実際、本当にたくさん代わりに謝ってもらいました。すごく感謝しています。もちろん仕事なので、やって良いことと悪いことはありますが、そう言われるだけで部下としては気持ちが変わりますよね。マネージャーになってから、今度は自分が部下に掛けてあげようと思った言葉です」
 これらの言葉一つひとつが、長久氏の人事としての立ち上がりを支え、今でも強く心に残り、支えてくれているという。

相手の立場に立つ意識

 人事に配属された当初は仕事に悩んでいた長久氏だが、上司やチームメンバーに後押しされ、前向きに仕事に取り組むようになっていった。そこで配属前に感じていた人事へのマイナスイメージを、人事として自分の手で払拭したいと考え始めたという。
 「外から見ていたときに感じていた、人事へのマイナスイメージを『そういう人事にならないようにしよう』と切り替えて考えるようになりました。初めは単純に、人事以外の人にとってアクセスしやすい存在になるにはどうしたらよいか、と考えました。少なくとも、感じ悪いな、嫌だなと思われないように……。それは今でも意識しています。配属前の人事に抱いていた感情を忘れないようにしようと思ったのです」
 長久氏は、キャリアを重ね、本社人事から事業部の人事(HRBP)を経験する。事業部の人事は、社員との距離感が近いのが本社人事と違う点である。そうした環境の中で、一層意識した思いがあるという。
 「私は今でも『自分のお客さまと同じ言葉を使うこと』を意識しています。会社内で部門を越えた異動をすると、転職したくらいの気持ちになるとよく言われます。とりわけ人事は専門用語が多くて、知識がないと何を言っているのか分からないことがよくあります。人事の中で普通に使っている言葉でも、別の部門では意外に伝わらないことが多いのです。実は私自身、人事に配属された当初は、初めて聞く言葉に戸惑いました。例えば “控除” という言葉は人事や経理ではよく使いますが、意外と一般社員には伝わらないことも多いのです。ただ、そのような社員でも “差し引かれる” と言えばすぐに分かります。このように言い換えれば伝わる言葉って、考えたらたくさんあるのです。人事にとってのクライアントは、経営層と社員です。クライアントと同じ目線になって同じ言葉を使おうと、今も部下に話しています」

※後編は2024年10月3日に公開予定です。