2024年09月05日掲載

CHROインタビュー ~次代の人事パーソンに向けた応援メッセージ - 第2回 “コミュニケーション” を “成長” へ 仕事を通じた経験・出会いを糧に(後編)

YANMAR ヤンマーホールディングス株式会社
取締役 エンプロイーサクセス本部長(CHRO)
浜口憲路 はまぐち のりみち

1995年3月京都大学経済学部卒業。同年4月ヤンマーディーゼル株式会社(現ヤンマーホールディングス株式会社)入社、6月経理部東京経理グループ配属。1997年7月汎用機事業本部企画管理部、1999年6月本社経営企画部、2000年4月ヤンマーエネルギーシステム製造株式会社管理部、2001年3月本社経営企画部、2002年12月本社管理部経理グループ兼経営統括本部中国室、2004年7月Yanmar Manufacturing America Corporation Treasurer、2007年1月Yanmar America Corporation Treasurer、2009年8月本社経営企画部管理部グローバル化推進グループ課長、2014年4月Yanmar International Singapore Pte. Ltd. 社長、2018年4月本社経営企画部副部長を歴任。2019年9月人事部長、2020年6月取締役人事部長(CHRO)、2023年10月取締役人事担当(CHRO)を経て、2024年6月より現職。

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財務責任者として出向したアメリカで、
コミュニケーションの大切さを痛感する

 岡山の後は大阪の本社経営企画部に戻り、工場再編に関する業務に従事。その後は本社管理部経理グループに異動し、決算業務などを担っていたが、同時に中国での合弁会社の立ち上げのプロジェクトに携わることになった。
 浜口氏はプロジェクトに2002年から参画し、合弁会社の工場の原価計算の仕組みを構築する業務を担当するとともに、上海での現地法人設立準備にも関わることとなった。2カ月ほど中国に出張しながら、現地駐在を想定して住む家を探す準備も進める中で、日本に帰国すると、浜口氏のアメリカ駐在が決定していた。
 「気持ちは中国に向いていましたが、『どうしてもアメリカから日本に帰さなければいけない社員が出たので、アメリカに行ってほしい』とのことでした。そして2004年、プレジャーボート用のエンジンの組み立て・艤装(ぎそう)(各種装備品等をエンジンに取り付ける工程)を行う会社に、財務の責任者として出向しました」
 浜口氏はアメリカ駐在中、複数あったアメリカのグループ会社を統合し、一つのヤンマーアメリカとして再編するプロジェクトに携わった。会計や生産のシステムを統合するなど大規模な再編を、多くの現地社員の協力を得ながら主導した。また、統合に伴い、海外における人事の実務にも触れることとなった。
 「拠点を一つに統合すると、当然余剰人員が発生します。つまり、人員整理や処遇の見直しをせざるを得なくなるわけです。私はあくまで財務担当でしたが、大規模な人員整理を目の当たりにし、その厳しさを肌で感じました。同時に、社員への説明責任の重要さを学びました。クリアで納得できる説明でなければ、議論が終わらないのが海外です。現地スタッフとは言語の違いから伝えることの難しさもありましたが、非常に勉強になりました。普段から相手にしっかりと納得してもらうコミュニケーションを取ることが大切であることを実感しました」
 アメリカでのプロジェクト完了後に帰国すると、本社の経営企画部管理部グローバル化推進グループに配属される。この部門はヤンマーの海外現地法人を管理・統括する組織だったが、海外ビジネスのボリュームが増えてきている中で、「本当にすべて日本で管理してよいのか」ということが議論になった。そこで、各国の海外現地法人の管理機能をシンガポールに移して、より高度化した運用へと変えていくプロジェクトが動き出す。

YANMAR

シンガポールで触れた人事の実務、合意形成の難しさ

 浜口氏にとって、シンガポールでの人事機能をマネジメントした経験が、後の日本における新人事制度の設計に役立った。
 「人事部のマネージャーに現地社員をアサインして、ジョブ型雇用の仕組み、グレードやジョブの考え方、報酬の仕組みなど、さまざまな制度の仕組みを学びました」
 そこから、海外と日本との人事制度に関する考え方の違い、日本の人事制度が内包している課題などについて考えるようになった。
 「最近は日本でも数年で転職する人が増え、会社としては後継人事で右往左往しがちです。『せっかく採用したのに辞めるのか』みたいな声も上がります。でも、海外では3、4年で、短ければ2年くらいで辞めるのは当たり前です。私としては『これはやり切ってもらいたい』という仕事・ミッションを与えて、『それが終わればいつ辞めてもいいよ』とのスタンスで臨むようにしていました。日本企業は伝統的に『まずこれを経験させて、次にあれを経験させて』という長期的な時間軸で考えがちですが、そうした考えを変えていかないと海外では仕事が回りません」
 シンガポールでは、同社が利益を生むまでの仕組みの構築と、その運用が軌道に乗るまでにも大きな苦労があった。自社の製品・サービスを顧客に販売することで利益の獲得を目指すのではなく、コーポレート(本社)機能のサービス提供によって対価を受け取る仕組みをゼロから構築することに挑戦したからだ。
 「グループ経営のグローバル化を目指して、さまざまな取り組みをしました。例えば、適切な投資(再投資)が実行できるような資本関係の再編、グループファイナンス(グループの各社で別々に実施していた資金調達・運用をまとめて実施することで効率化し、最適配分を実現させること)を実施しました。このほかにもリインボイスの仕組み(三国間貿易によるカネやモノの流れ)を導入したりするなど、これまでにないチャレンジを数多く展開しました」
 そうした取り組みを進めるに当たって、浜口氏は各所との折衝に注力する。 「新しいことを始める際には、必ず社内から抵抗する声が上がります。これまでやってきたことを変えることは、誰にでも不安が付きまといます。会社が今後成長していくためには、改革しなければならないという強い意志を持って、抵抗する声に筋道を立てて答えていくことが重要です。決して押し付けるようなことはせず、相手の考えていることや不安に耳を傾けて、一つひとつ丁寧に対応していくことが求められます」

人事にとってのお客さまは社員。社員目線で考える

 浜口氏の人事に対する思いの背景には、シンガポール時代の経験が息づいている。
 「管理職を対象に役割等級制度を導入する際も、『100人が100人とも納得する形は難しい』ことは理解していました。人事は、文句を言われることはあっても『ありがとう』と言ってもらえることは少ないのが現実です。それでも、人事にとってのお客さまは社員です。例えば、製品を販売する場合、社内で『これは良い、絶対に売れる』と思っていても、それが実際にお客さまの使いたいモノであるとは限りません。人事も同じです。人事目線で『絶対にこの制度は良い、社員は満足してくれるはずだ』となってはいけません。常にマーケットインの発想が大切です。そこで人事のメンバーには『社員目線で、この仕組みがあったらうれしい? 助かる? 満足する?』といつも問い掛けます」
 重ねて浜口氏は、人事における課題を解決し、より円滑に進めていく鍵は、コミュニケーションにあると念を押す。
 「誰とどのようにコミュニケーションを取っていくかについて、私自身は過去の経験によって大きく磨かれたと実感しています。何か新しいことを始める際にも、相手の意見を聞いて、懸念点などにしっかりと耳を傾けて、『可能な限り意見も取り入れつつ、自分たちの意図するところに落とし込んでいく』という姿勢が大切だと思います。最終決定した案をいきなり提示して、『これを始めますので、よろしく!』では誰も納得できません。各所から意見を聞き、上がってきた意見のうち全部は無理でも、ある程度の要素が入っていれば、相手も『まぁ、これならよいか』と納得してくれると思います。私は、両者の意見や思いが最もうまく交わる点、すなわち、納得できる点を見つけて、それらを制度や施策に活かすことで、社員が働きやすく、モチベーションを高く保てる環境にしていくことを常に意識してきました」
 また、浜口氏は、コミュニケーションの取り方にもポリシーを持っている。相手がたとえメールや電話で連絡してきても、浜口氏は直接出向いて対面で話すなど、伝え方一つにも気を配っている。
 「同じ文言でも、メールと対面での会話では伝わり方が異なります。メールでは、要件だけを淡々と書くので表現がきつくなる傾向があります。対面で会話することで、表現は軟らかくなり、コミュニケーションが円滑になります。人事の担当者の方には、ぜひ気に掛けて実践してもらいたいですね」

人事担当者が大切にすべき三つのポイント

 昨今、人事部門を取り巻く環境は大きく変化しており、ヤンマーも例外ではない。人によって変化は重荷になるが、浜口氏にとって、変化はモチベーションの源泉そのものだ。既存の仕組みを変えることは手間もかかり、変えることですべてが良くなるという保証もない。しかし、浜口氏は「本当に現状に満足していてよいのか。変えることで今よりさらに良くなるのであれば、思い切って変えていくことが得策ではないか」という判断基準で行動しているという。
 「今、人事は大きく変わろうとしています。新聞紙上でも人事関係の記事が載らない日はありません。最新のトレンドを常に把握しておくことが大切です。書店で人事や組織関連のコーナーに行けば、最新のトレンドを知ることができます。エンゲージメント向上施策、組織開発など、常に最新の情報に触れるよう心掛けています。変えるべきものは変えなければいけない。そのためには自分自身の知識も常にアップデートが必要です。常に学び続けることが、自らの成長につながります」
 そして、“浜口流” の人事の肝は、やはりコミュニケーションにある。他部署との折衝はもちろんだが、自部門でも積極的にコミュニケーションを取ることを意識し、自ら部下に話し掛けていく。
 「『体調どう』『今日ちょっと元気ないね』といった何気ないことから、『さっきのプレゼンは分かりやすくて良かったよ』といったように、言葉のやりとりには常に気を配ります。コミュニケーションは社内だけに限りません。社外のネットワークも有益です。人と直接話をする中でしか感じ取れないこと、学べないことがたくさんあります。苦手な人がいたとしても、相手を思いやり、リスペクトできる部分を見つけて、自らコミュニケーションを取るように心掛けるといいですね」とアドバイスする。
 さらに浜口氏は、「人事担当者は机に座っているだけではダメ。積極的に現場に足を運ぶべきだ」とフットワークの大切さを説く。
 「社員は日々業務に励んでいます。現場で何が起きているのか、肌で感じることが大切です。ずっと自席に座っているだけでは社員に寄り添ったサポートはできません」

“人” とのコミュニケーションを通じ
人事担当者としての成長につなげる

 最後に、浜口氏に人事担当者に向けてメッセージを語ってもらった。
 「自分のキャリアを振り返ると、それぞれの仕事が必ずどこかで別の仕事につながっていました。私はプロジェクトを経験する中で、大切なことをたくさん学ぶことができました。皆さんが今は人事担当だとしても、これから違うフィールドにチャレンジすることがあるかもしれません。それは決して無駄になることはありませんので、たくさんの経験を積んで人間としての深みを出していってもらいたいです」
 「DXやAIなど業務で活用できる技術は日々進化していますが、結局、会社を支えているのは “人” です。その “人” に携われる仕事というのは貴重であり、幸せなことであると人事担当者には感じてほしいのです。会社には、いろいろなタイプの人がいるからこそ、人事として乗り越えなければならない壁も高く、道は険しく長いのですが、学べることもたくさんありますし、壁を乗り越えたときに社員の笑顔を見られれば、その達成感は格別です。多くの “人” とのコミュニケーションを通じて、人事担当者としての成長につなげていってほしいですね」
 「今、人事領域においてマインドセットの変革が求められています。組織形態はヒエラルキー型組織からネットワーク型組織へ、仕事の進め方は管理統制型からエンパワーメント(上司から部下に権限委譲して、社員それぞれが自主的に動く)へ、経験と勘をベースとした画一管理からデータに基づく社員一人ひとりに寄り添う自立・活性化支援へ、人事関連情報も透明化を進めていく方向に動いています。まさに人事は変革の時を迎えています。この変革の波に乗り、皆さんが先頭に立って、会社をより活気のある素晴らしいものにしていきましょう」

※次回は、三菱マテリアル株式会社 執行役常務 CHRO 野川真木子氏のインタビューを掲載いたします(9月12日公開予定)。