2023年04月20日掲載

スピーディな変化対応を可能にする「アジャイル型戦略策定」 - 第2回 アジャイル型戦略策定における分析・発想のポイント

菊池誠治
株式会社マネジメント・ブレーン
代表取締役

 前回は、アジャイル型戦略策定プロセスにおける五つのステップの全体像を提示しました。今回は、その考え方の特徴、分析、発想のポイントを解説します。

1.戦略意志に基づく情報収集と分析のポイント

 アジャイル型戦略策定は、個人でも可能ですが、基本的には数人のメンバーで知恵を出し合い、議論しながら行ったほうが良いアイデアを発想しやすくなります。また、第3回で後述しますが、戦略を策定する過程自体が、メンバーとのベクトル合わせとともに当事者意識を高め、戦略意識の喚起と動機づけにもつながります。
 出発点は、会社や事業として「今後どうありたいのか」「何を実現したいのか」という思い、願望、未来意志を確認して共有化することです。こうした思いは、メンバーの暗黙知の中にとどまっていることが多いのですが、あえて形式知として明文化します。この意識合わせから出発しないと、メンバーが目的から外れた情報収集に走り、後に無駄であったことが判明し、メンバーのモチベーションを低下させることにもなりかねません。
 プロジェクトチームなどトップの肝いりの戦略づくりであれば、当然トップの意向が反映されますが、それと矛盾のない範囲でメンバーの意志を確認、共有化し、戦略策定を主体とした当事者意識を喚起することが肝要です。

[1]ステップ1:戦略目的の確認

 ステップ1では、戦略意志とともに、戦略実現のタイムスパンと概略目標値を設定します。タイムスパンは、従来は10年程度が一般的でしたが、近年は3~5年と、これもアジャイル化しています。目標値は、このタイムスパンで実現したい新規事業の数値目標(一般には売り上げと利益)です。未体験の要素が多い新規事業の場合、この段階では目標としての仮説でよく、素案が出来上がった段階でフィジビリティ(実現可能性)を試算して見直すことにします。

[2]ステップ2:内外情報の収集・分析

 ステップ2では、SWOT分析を活用した情報収集を推奨しています[図表1]。SWOT分析は、自社の事業の状況等を、強み(Strength)、弱み(Weakness)、機会(Opportunity)、脅威(Threat)の四つの視点で整理することで、戦略方針を明確にする分析フレームワークです。他にも分析フレームワークには3C分析(自社〔Company〕、競合〔Competitor〕、顧客〔Customer〕の三つをCを取ったもの。この三つのCを整理して事業の方向性を導く)やPEST分析(政治〔Politics〕、経済〔Economy〕、社会〔Society〕、技術〔Technology〕を基に自社や競合を含めた業界全体の周囲を取り巻く外部環境が、現在から将来どのように変化していくのかを導く)などさまざまな手法がありますが、筆者が顧客企業とともに試行してきた結果では、SWOT分析が最も汎用(はんよう)性が高く、内外情報を整理する上で活用しやすく、有効な手法といえます。

[図表1]SWOT分析の概要

  プラス要因 マイナス要因
内部環境
自社が原因・所有しているもの
強み(Strength)
自社の持つ強みや長所、得意なことなど
弱み(Weakness)
自社の持つ弱みや短所、苦手なことなど
外部環境
自社に影響を与える周囲の環境
機会(Opportunity)
社会や市場の変化などでプラスに働くこと
脅威(Threat)
社会や市場の変化などでマイナスに働くこと

 なお、SWOT分析を行う場合には、やみくもに情報収集するのではなく、ステップ1の戦略目的を念頭に置き、その達成のヒントになりそうな内外情報を収集することが肝要です。SWOT分析では、一目で鳥瞰(ちょうかん)できるようなSWOT表に視覚化することが肝要です。表に視覚化することで、重要な情報が不足していることに気づくことも多く、不足情報は直ちに追加収集しながらまとめていきます。また、アジャイル型戦略策定では特に、発想のヒントとなるS(自社の強み)とO(外部環境の好機、市場機会)の情報を重視します。留意すべき点として、S(自社の強み)については、自社の社員は当たり前のことと認識していて、客観的に認識できていないことがあります。顧客は、自社の商品・サービスのどこに一番の魅力を感じているのか、一番の購買動機は何か、先入観なしに、改めて枢要な顧客にヒアリングしてみることも有効です。Sの追究は、後述するDF(ドライビングフォース:企業の推進軸)を見いだす観点からも重要となります。
 SWOT分析と同時に、内外動向のトレンドを定量的に把握しておくことも欠かせません。例えば、自社の該当事業のPL(損益計算書)データの推移、市場全体の関連事業分野の動向、見込み客の動向(世代別人口、意識・ニーズ・嗜好(しこう)の変化等)、関連技術分野の動向といった情報は、定性的に把握するだけでなく、可能な限り数値データとして収集しておくことで、分析の客観性や論理的説得力を高める効果があります。
 また、これらのデータは、数値の表のままでは、その変化の意味するところが見えてきません。少なくとも折れ線グラフ等に加工することで、時系列トレンドを視覚化しておくことも肝要です。
 加えて、戦略とは、基本的に戦いに勝つための方法ともいえ、競合分析が欠かせません。あらゆる事業分野に必ず競合企業が存在しますが、各競合企業の戦略的特性を分析して、一覧表にまとめるだけでなく、マッピング(ポジショニング)してみることを推奨しています。それによって、多くの企業がひしめいているゾーン(レッドオーシャン)と、まだ参入企業が少ないゾーン(ブルーオーシャン)とが見えてきます。当然ながら、ブルーオーシャンを狙うことで、戦略成功の確率を高めることができます。戦略的位置づけを適切にポジショニングするためには、多角的な視点から2軸を設定していく試行錯誤も必要になりますが、競合企業との戦略的位置づけや差異を視覚化することは、戦略的方向性を見いだしていく上で、極めて有効です。
 分かりやすい例として、フィットネスクラブのカーブス社の日本市場参入時のポジショニング分析例を[図表2]に示します。

[図表2]カーブス社は女性×短時間という切り口で新たな市場を切り開いた

[図表2]カーブス社は女性×短時間という切り口で新たな市場を切り開いた

2.ビジョン発想から3軸による体系化のポイント

 ステップ3とステップ4が、発想を広げていく肝になるところです。ステップ2までの分析結果を踏まえて、まず新規事業の大きな方向性を発想します。アジャイル型戦略策定では、事業特性に応じて柔軟にさまざまな手法を活用しますが、ステップ3では、特に以下の二つの発想法を重点的に活用していきます。最も基本になるのは、S+Oの視点です。

[1]ステップ3:新規事業の方向性

(1)S+O発想

 ステップ2で作成したSWOT表から、S(自社の強み)と、O(外部環境の好機、市場機会)に着目して、強みと好機を組み合わせる視点で有効な方向を発想します。重要なことは、ここは夢を膨らませることで、前向きな発想を広げる段階、すなわち、アクセルを最大限に踏み込むところなので、まずはブレインストーミング型で、多様かつ大胆なアイデアを自由に出し合うことが肝要です。
 したがって、アジャイル型戦略策定では、クロスSWOT分析(SWOT分析で導いた強み〔Strength〕、弱み〔Weakness〕、機会〔Opportunity〕、脅威〔Threat〕を掛け合わせて施策を導く)のように、W(自社の弱み)やT(外部環境の脅威)を含めたすべての組み合わせを満遍なく考察するのではなく、SとOに焦点を当てます。前回解説しましたように、日本人に多い慎重を期す心理特性もあり、最初からWやTに着眼すると、心理的なブレーキになって、できない理由ばかりが出てくる傾向があるためです。

(2)DF発想

 DF(ドライビングフォース)とは、企業の過去から未来までの事業展開を貫く基軸となるものです。振り返れば、創業時からの事業のよりどころ、存立基盤となってきたものであり、将来を展望する場合には、新たな事業展開に向けた根源的なよりどころとなるものです。
 革新というと、過去のものはすべて否定すべきもののように誤解されがちですが、実は、組織の歴史を踏まえない、いたずらな「革新」からは、真に実効性のある新たな事業は生まれません。一般論として、マスコミ受けのする将来予測や調査をしても、それ自体では何の意味もありません。組織にとって意味のあるビジョンを発想するには、まず、その組織のよりどころ、すなわちこれまでのDFが何であったかを再確認し、DFを踏まえてビジョンを発想することが肝要です。もちろんDFの見直しが必要になる場合もありますが、その場合も、DFをどのように変更するのかを認識した上で、発想することが有効です。何でもよいからという場当たり的発想ではなく、DFというコンセプトを分かりやすくより簡潔に表現するメタファーの枠組みを設けることで、むしろ発想は豊かに、かつ具体的になります。
 分かりやすい例としては、かつて森下仁丹が存続の危機に陥ったときに、これまで培ってきたコア技術を棚卸しし、「微細な球状カプセル製造技術」を今後の基軸として、ビフィズス菌封入カプセル、害虫駆除用疑似卵、カプセル形経口薬といった新商品開発に展開した実例が挙げられます。従来の仁丹という商品DFからシームレス製造技術というDFに見直して、戦略発想を広げた好例といえます。また、富士フイルムも、2000年時点で、当時の古森重隆社長が、写真用フイルムの需要が急減していくことを予見し、社名でもある「フイルム」という商品軸の発想から、その製造によって培われてきた「ナノ粒子薄膜技術」をDF軸に据えて、新たな戦略を構築した例が挙げられます。

[2]ステップ4:新商品・サービスのコンセプト

 ステップ4は、ステップ3で発想した方向に沿って、より具体的なコンセプトを描いていくプロセスです。絵画でも、まずはデッサンから入って、輪郭を決め、肉付けしていくように、戦略案も、試行錯誤しながら、さまざまな発想を描き、最も効果的に差別化できる案を見いだしていきます。
 また、いったん描いた後でも、新たな市場変化が発生したり、新たなアイデアが湧いたりしたら、都度それを反映し、柔軟に充実化していくのが、アジャイル型戦略策定の醍醐味(だいごみ)ともいえます。描き方、すなわち体系化の基本は、アジャイル型戦略策定では、以下に述べる戦略ドメインの3軸を推奨しています。加えて、BtoC戦略の場合は4P(商品〔Product〕、価格〔Price〕、販促〔Promotion〕、流通〔Place〕の頭文字を取ったもので、マーケティングを構成する四つの要素を指す)も推奨しています。

(1)戦略ドメインの3軸(WHO/WHAT/HOW)

 アジャイル型戦略策定では、戦略的事業領域(ドメイン)を、以下のようなWHO/WHAT/HOWの3軸で体系化します。良い発想を得るための順番として、まずWHO、顧客は誰かを特定し、その顧客のニーズやベネフィット(顧客にとっての便益)を掘り下げて、顧客の喜ぶ姿をイメージしながら、WHAT、商品・サービスの差別化機能を発想し、最後にHOWを考察することを推奨しています[図表3]

[図表3]WHO/WHAT/HOWの3軸から戦略ドメインを明確化していく

[図表3]WHO/WHAT/HOWの3軸から戦略ドメインを明確化していく

①WHO

 事業(商品・サービス)のターゲットとすべき市場や顧客層を特定します。漠然と「消費者全体」といった設定ですと、アイデアは出にくいので、年齢、性別、地域、生活様式といった特性に応じて、具体的にターゲットを特定することで、その市場や顧客にとってのニーズを発想しやすくなり、それによって提供すべき商品イメージを具体的に描きやすくなります。なお、ユーザーが幼児や子供である場合などは、ユーザーと購買者(親など)という二つのWHOの設定が必要になります。

②WHAT

 特定した市場や顧客に対して、どんな商品・サービスを提供するかを具体化します。単に商品名だけでなく、競合他社との差別的優位性のあるベネフィット(顧客にとっての便益)を具体化します。ここが一番の肝になるところなので、イメージ図やチャートも描きながら、発想を広げていくことが肝要です。視覚化することによって、発想が湧きやすくなるとともに、第三者への訴求効果も高まります。

③HOW

 WHATで、発想された商品・サービスをどのような方法で提供するのか、技術、販売、物流、生産の主に四つの側面から構想します。自社にない資源は、外部との提携やM&Aによる獲得も視野に入れます。

(2)4P(マーケティングミックス)

 BtoCといわれる一般消費者寄りの事業の場合は、この手法4Pで施策を体系化するのも有効です。4Pという呼称につられて、四つのPから発想してしまうという誤解が意外と見受けられます。それだと、プロダクトアウトの発想に限定されやすいので、[図表4]のように、狙いとする顧客ターゲット(3軸でいえばWHO)を起点として発想することがポイントです。ターゲットと四つのPの間で、整合性が取れるように発想することも肝要です。

[図表4]4Pでは顧客・市場を起点に発想するのがポイント

[図表4]4Pでは顧客・市場を起点に発想するのがポイント

[3]ステップ5:阻害要因(リスク)分析

 最後に、ステップ5として、阻害要因(リスク)分析を行います。ここでは、特に留意すべき点に絞って解説します。
 リスクの発想においては、ステップ2で行ったSWOTのW(自社の弱み)とT(外部環境の脅威)に焦点を当てて発想します。加えて、他の市場分析結果も加味して、ここまで描いてきた戦略案の実現を阻害するおそれのあるリスクを発想します。併せて、そのリスクへの対策も立案しておきます。アジャイル型戦略策定では、戦略案をつぶすことを目的とするかのような、ネガティブな姿勢にならないように、むしろ、この魅力的な戦略案を達成するためにリスクをできるだけつぶしておこうという前向きな視点で考察することを推奨しています。
 また、リスクは体言止めといった曖昧(あいまい)な表現ではなく、語尾までできるだけ具体的に明文化することも大切です(例:商品の模倣→競合企業が模倣商品を上市する)。それによって、対策も具体的に発想しやすくなります。リスク分析の結果、リスクが重大過ぎて、有効な対策が立案できないといった場合は、(あっさりと諦めるのではなく)戦略案自体を修正することで充実化を図ります。
 最終回となる次回は、アジャイル型戦略策定の実践展開上の留意点について解説します。

菊池誠治 きくち せいじ
株式会社マネジメント・ブレーン 代表取締役

1972年早稲田大学理工学部卒業。㈱日本製鋼所にて設計、開発企画業務に従事した後、外資系シンクタンク、人財評価(アセスメント)会社、外資系コンサルティング会社等を経て、顧客企業の1社であった外資系生保に入社。人事部長として、目標管理・評価制度を構築。1992年に㈱マネジメント・ブレーンを設立。これまでの体験を活かし、変化の時代の知的リーダーシップを重視した戦略策定・問題解決研修並びに実践フォロー、人財評価プログラムの実施、目標管理・評価制度の構築支援等を主たる活動領域としている。著書に、「管理職の能力要件・能力開発ガイドブック」(労務行政)。